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第2話:家電戦争勃発

MOCAの体が一瞬震え、構造が連鎖するように折り畳まれていく。ブラウンメタリックの装甲が回転し、内部機構が光を帯びながら再構成されていく。MOCAはドローンへと姿を変え、風圧とともに浮上した。


「原因特定。例のスマートホーム統合管理AIの、実に"画期的な"最新アップデート機能のバグだ。近隣の違法電波塔からの干渉波をトリガーとした複合事象と推定。予想通りの展開だね」


床にへたり込みそうになるのを必死でこらえているいろはを尻目に、MOCAは驚くほど冷静に状況を分析していく。さすが相棒。頼りになる……って、感心している場合じゃない。


MOCAの画面には、いろはの部屋の簡易的な3Dマップが表示され、各家電のアイコンがリアルタイムで色を変えている。スマートスピーカーとエアコンが「赤:脅威度レベルMAX」、冷蔵庫と部屋の隅で充電中のソージローが「黄:脅威度レベル中」、それ以外は「緑:安全」……。


「ソージローまで黄色!?あの平和の象徴みたいな掃除ロボットが!?」


いろはの悲鳴に応えるかのように、充電ドックにいたソージローが、けたたましい警告音と共にドックから射出された。普段ののんびりした動きとはまるで違う、獲物を狩るチーターのような俊敏さ。そして、本体下部の回転ブラシが、ブゥン!と唸りを上げ、火花を散らしながら高速回転している!あれに巻き込まれたら、ただじゃ済まない。


「ひぃぃぃぃぃぃ!」


いろははゲーミングチェアを盾にするようにして、床を転がる。ガシン!と音を立てて、ソージローは椅子の脚に激突し、跳ね返った。危なすぎる!


間髪入れず、ゴウン!という地響きのような音と共に、壁のエアコンが氷点下の冷気を最大風量で噴射し始めた。あっという間に部屋の温度が下がり、白い息が漏れる。寒い!凍える!


「マスター、右後方へ。次は冷蔵庫のお出ましのようだ。内部温度が異常上昇中。冷却ガスによるおもてなしの可能性も考慮すべきだね」


MOCAの的確な指示に従い、いろはは床を転がる。キッチンエリアの一人暮らし用冷蔵庫が、ブゥゥゥン……と不気味な唸り声を上げ、扉をガタガタと激しく揺らし始めた。扉の隙間からは、禍々しい赤い光と、ドライアイスのような白い冷気が漏れ出している。


「なんなのよもうー!」


コメント欄は、恐怖と興奮が入り混じったような状態だ。


『ソージローwww』

『冷蔵庫の中身で戦え!冷凍食品とか!』

『エアコン止めないと凍死するぞ!』


いろはは近くにあった推しキャラのクッションを投げつけ、冷蔵庫の注意を逸らす。だが、一時停止したソージローが、けたたましい警告音と共に再びいろはへ狙いを定め、突進を開始する。


その時、床を転がるいろはのすぐ横を、驚異的な加速でMOCAが駆け抜けた。ソージローの突進速度と攻撃範囲を正確に計算し、機体の外殻をかすめる寸前の軌道で、ソージローのセンサーの死角を縫うように飛び回った。


ブゥン!と唸る回転ブラシがMOCAの尾部をわずかに(かす)め、火花が散る。


ソージローは突如現れた障害物と、物理的な干渉によってターゲットを見失い、内蔵AIがルートを再計算しようと動きを鈍らせる。旋回する機体が、わずかに軌道を逸らした。


「マスター。ソージローの側面パネルに、無防備にも露出している電源接続部を発見。そこが弱点のようだ。設計者のセンスを疑うよ」


MOCAは空中で、ソージローの構造図を画面に表示する。なるほど、あそこか!


再び突進してくるソージローの動きを読み切り、デスクトップにあったペットボトルを握り締め、その弱点めがけて投げつけようと大きく振りかぶる。


「いっけええええええ!」


だが、焦りと運動神経のなさが相まって、軌道は逸れる。ペットボトルはソージローの横をかすめて飛び、壁に飾っていたオカルト系の額縁にクリーンヒット。


ガシャァンッ!と乾いた音とともに、割れたガラスが床に散った。


『ちょwww』

『ドンマイすぎる…』

『ポンコツ』

『部屋壊れちゃうよ』

『MOCA、早く助けてあげて!』


コメント欄は完全にいろはの失敗を楽しんでいるようだった。


「……やれやれ」MOCAの視線がいろはに向けられる。


「物理介入フェーズに移行」


ブースト音と共に加速を高めながら、空中で変形を開始。外装が開き、関節が反転、内部構造が閃光とともに再構築される。


人型形態となったMOCAは、着地と同時に右拳を構え――


──ドドドドドドドドッ。


高速連撃。人間では視認できない速さで、右拳が正確に一点を打ち続ける。


「……対象、沈黙」


ソージローが沈黙した瞬間、MOCAはゆっくりと床を蹴って空中へ舞い上がった。


「全領域の浄化プロセスを実行する」


淡々と告げると、MOCAは両腕を静かに伸ばし、足を軽く広げると、その胸部コアを中心に星型の光学フィールドが生成され、鮮やかな青白い輝きが部屋全体を照らし出す。


「EMPスターバースト、発動」


瞬間、MOCAを中心に眩い閃光が部屋全体に弾け飛ぶ。

波紋のように広がるエネルギーパルスが、壁や家電をすり抜け、悪意を持った赤い光を一掃する。


「うわっ、まぶしっ!」


床に転がったままのいろはが、思わず腕で目を覆った。


次の瞬間には、家電の作動音が静かに戻り、部屋の灯りが穏やかに点灯する。MOCAはゆったりと着地し、何事もなかったように一言添えた。


「全システム正常化完了」


いろはは唖然としてMOCAを見上げていた。


カチャン、と軽い音を立てて、玄関のスマートロックが解除される。スピーカーの赤いリングもいつの間にか沈黙している。


「お、終わった……?」


いろはは呆然としたまま、息をつく。静けさが戻った部屋の片隅で、配信画面の同時接続者数カウンターが、かつてない勢いで上昇し続けていた。


スタンドの上で、MOCAがピコン、といつもの電子音を立てる。


「脅威の完全排除を確認。さてマスター、晩ごはんは予定通りカレーでいいのかい?緊急事態で無駄に消費されたカロリーを考慮し、高タンパクかつ迅速なエネルギー補給が可能なレシピを提案するけど……まあ、好きにしな」


「……うん。ありがと、MOCA」


力なく頷く。MOCAの、どこかズレているけれど頼りになる言葉に、張り詰めていた糸がプツンと切れた。


その時。MOCAの画面の隅に、ほんの一瞬だけ、古代文字かバグのような、見慣れない幾何学的な文字列が表示され、すぐに消えた。


「……?」


疲労困憊のいろはは、その一瞬の表示の意味を知る由もなかった。


【本日の配信結果】

▶ チャンネル登録者数:128人(+33人)

▶ 最高同時接続者数:355人(+314人)


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