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第14話:明日への閃光

「……っ!」


息を呑む音だけが、礼拝堂に響く。目の前の『それ』は、言葉を失うほど禍々しかった。


巨大な心臓が脈打ち、その表面には無数の赤い目が蠢く。不安定な恒星のように強烈な光と熱を放ち、空間を歪ませる。


配信画面には、この禍々しい光景が映し出されているだろう。コメント欄の勢いが、その衝撃を物語っていた。


『うわあああああああ!!!』

『何あれ!?!?!』

『心臓!?』

『これガチだって』

『演出じゃねええええええ』


「これは……霧科医療センターの院長が、かつて進めていた実験の産物である可能性が高い。記録の断片と、この場所の特異なエネルギーパターンからそう推測できる」


圧倒的な異形に、いろはとカレンは立ち尽くす。だが、すぐにMOCAの切羽詰まった警告が飛んだ。


「マスター!カレン氏!後ろだ!」


封印されていたコアが剥き出しになったことで、それを感知した怪異たちが一斉に押し寄せ始めたのだ。振り返れば、礼拝堂の扉は、おびただしい数の黒い腕にこじ開けられようとしていた。ギチギチと嫌な音が響き、隙間から濃密な怨念が溢れ出す。


「嘘でしょ!?あいつら、中に入ってくる気!?」


カレンが顔を引き()らせる。この閉鎖空間で囲まれたら……!


「このコア自体に物理的な攻撃機能は確認されない。だが、この領域における怪異現象の発生源であり、周囲のエネルギーを取り込み現象を無限に増幅・拡散させている。これを無力化しない限り、この空間は怪異で満たされるだろう」MOCAが素早く分析する。


「どうすればいいの、MOCA!?」


いろはが叫ぶ。スペクトラルファインダー越しのその物体は、絶望的なプレッシャーを放っていた。


「ゴーストキャンセラーの最大出力照射で、コアの構造を強制的に不安定化させて中和する。それしかない」


「最大出力って……また暴走したら……」


かつての悪夢が蘇り、いろはの手が震える。


「問題ない、マスター。最適制御は私が行う。以前のような暴走には……理論上ならない。だが、フルチャージには約30秒かかる。その間、何としても持ちこたえる必要がある」


「理論上って……!」MOCAの冷静な言葉に、いろはは唇を噛む。でも、やるしかない。


「わかった!カレンちゃん、援護をお願い!」


「フン、分かってるわよ!あんたの訳の分からない玩具(おもちゃ)が使えるようになるまで、奴らの目を釘付けにしてやるから、その間にチャチャっと終わらせなさい!」


カレンは不敵に笑い、ショットガン型デバイスを構える。その瞳に恐怖はない。覚悟を決めた配信者の顔だ。


いろははゴーストキャンセラーを構え、全神経を集中させる。MOCAがエネルギーチャージプロトコルを開始した。ズゥウン、と重低音が響き、デバイスが(まばゆ)い光を放ち始める。


──30秒。


その瞬間、礼拝堂の扉が完全に破壊され、おびただしい数の怪異が濁流となってなだれ込んできた。


「うわあああっ!来た来た来た!」


「マスター、集中して」


「どりゃあああああ!!!」


カレンが叫び、ショットガンを連射する。閃光が走り、数体が怯むが、すぐに後続が押し寄せる。キリがない。


『カレン様!カレン様!』

『やばい!数が多すぎる!』

『カレン様が体張ってる……!』

『早く!持たねえぞ!』

『みんな頑張れ!!!!』


コメント欄は、かつてない熱狂と祈りに近い応援で埋め尽くされていた。


カレンは縦横無尽に動き回り、怪異の注意を引き付け続ける。時には体当たりで攻撃を逸らし、いろはを守る。さっきまでの彼女からは想像もつかない勇猛さだった。


──15秒。


「エネルギー充填率60%」MOCAの声は冷静だが、その奥に隠せない緊張が滲む。


いろはは歯を食いしばり、デバイスを構え続ける。汗が噴き出し、腕が痺れる。だが、止められない。カレンが、MOCAが、視聴者たちが信じている。


「最終プロセス、最大出力の精密制御と、エネルギー収束を開始。デバイスへの物理接続を行う」


機械的な駆動音と共に、MOCAが素早く変形を開始した。約1秒。人型となったMOCAが、静かにいろはの傍らに降り立つ。尻尾型のケーブルを、いろはが構えるゴーストキャンセラーの接続ポートへと迷いなく差し込んだ。


カチン、と電子音が響く。


そして、小さな両手をいろはの手が握るグリップにそっと重ねるように添え、同じ方向を見据えた。


「……全エネルギー、キャンセラーに転送」


MOCAのその言葉は、あまりにも唐突だった。


「全エネルギーって、どういうこと……MOCAはどうなっちゃうの!?」


「どうなるかはわからない。今は照準に集中するんだ」


「そん……な……だって、最適制御するって……」


「この状況では、これが唯一の『最適』だ。躊躇している時間はない」


目の前のリアクターの禍々しさ、背後から迫る無数の怪異、そして何よりも、MOCAを失うかもしれないという恐怖。いろはの心が締め付けられる。


「充填率85%」


いろはの手が、震え始めた。ゴーストキャンセラーの重みが、鉛のように感じられる。


「む、無理だよ……そんなの……MOCAがいなくなったら……!」


涙が溢れ、視界が滲む。トリガーを引くことができない。


その時、カレンの鋭い声が飛んだ。


「何よ!あんたの『ガチ』ってその程度!?」


ハッとして顔を上げるいろは。カレンは満身創痍になりながらも、必死に怪異の進行を食い止めている。


「マスター」MOCAの声が、今度はどこか優しく響いた。


「撃たなければ、すべての犠牲が無駄になる。私たちがここまで来た意味も、カレン氏の奮闘も、そして……マスターが照らそうとした未来も」


未来……。


その言葉に、いろはの心に小さな光が灯る。そうだ、諦めちゃダメだ。MOCAが、カレンちゃんが、そしてみんなが繋いでくれたこの一瞬を、無駄にしちゃいけない。


「自分を信じるんだ。私は、大丈夫」


涙をぐっと堪え、いろはは顔を上げた。その瞳には、恐怖を乗り越えた強い決意の光が宿っていた。


「MOCA……カレンちゃん……ありがとう!」


涙を振り払い、いろはは叫んだ。恐怖も不安もない。ただ、仲間と共にこの絶望を打ち破るという、確かな決意だけがあった。


背後で、コメントの奔流が爆発したかのような凄まじい気配がする。それは直接見えなくとも、確かにいろはの背中を押していた。


「チャージ完了。いつでも撃てる、マスター!」


MOCAの最後の言葉と共に、ゴーストキャンセラーが最大出力の輝きを放つ。


「これが……ウチらの……」


それは、暗闇を切り裂く希望の光かのように。


「ガチだああああああっ!!」


いろはの絶叫と共に、凝縮された高周波の奔流が、コアへと一直線に放たれた。凄まじいエネルギーの圧に、いろはの体が後方に突き飛ばされるように、足が地面を擦る。


閃光。轟音。世界が白に染まる。


礼拝堂を埋め尽くしていた怪異たちは、断末魔と共に次々と霧散していく。


猛烈な灼光を放っていた人工の心臓は、中心から亀裂が走り、ガラス細工のように砕け散ろうとしていた。無数の赤い目は光を失い、脈動は静かに止んでいく。


静寂と、かつての世界の輪郭が戻る。破壊された壁の隙間から、祝福のように朝日が差し込んでいた。


「やった……やったよ……!」膝から崩れ落ちそうになるいろはを、カレンが力強く支える。


「……MOCA?」


ふと、MOCAの気配がないことに気づき、いろははハッとして周囲を見渡した。いつも傍にいた小さな親友の姿がない。


まさか。嫌な予感が胸をよぎる。


いろはは震える足で、最後にMOCAがいたであろう場所へ歩み寄る。


そこに、痛々しく歪み、機能を停止した、小さな金属の(からだ)が力なく横たわっていた。


「MOCA……?MOCA!!」


呼びかけても、返事はない。ただ、静かに朝日を反射しているだけだった。


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