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第13話:礼拝堂の封印

ドアが砕け散る音と、いろはとカレンの悲鳴が重なった。


バリケードはもはや意味をなさず、黒い影とデジタルノイズが院長室になだれ込んでくる。それは単なる影ではなかった。歪んだ人型のような形を取り、床や壁を侵食するように広がり、物理的な瓦礫(がれき)をも巻き込んで襲いかかってくる。


「うわあああ!」

「いやあああっ!」


二人は咄嗟に部屋の奥へと飛び退いた。


「マスター、カレン氏、脱出する。解析完了、コアは地下。このルートだ」


MOCAが壁に簡易的なマップと脱出経路を投影する。同時に、日記の解読結果と怪異の共鳴周波数も表示された。


「また地下!?」


「行くしかないでしょ!」カレンが叫び、二人はMOCAのナビゲーションに従って、院長室のもう一つの扉から廊下へと飛び出す。


廊下はすでに地獄絵図だった。壁からは無数の黒い手が伸び、天井からは得体の知れない粘液が滴り落ち、床は不気味に脈打っていた。空間全体を満たす不快なデジタルノイズと、精神を直接攻撃してくる幻聴や幻覚。


二人は地下へと続く階段を目指し、必死に走る。


「ハァ……ハァ……!」

「ぜぇ……ぜぇ……!」


MOCAが投影した脱出経路を頼りに、いろはとカレンは、命からがら地下へと続く階段を駆け下りる。背後からは、壁や床が不気味に蠢く音、そして空間そのものが悲鳴を上げているかのようなデジタルノイズが絶え間なく迫ってくる。時折、黒い影のような手が壁から伸びてきては、MOCAが展開する微弱なバリアに弾かれて霧散した。


「マスター、カレン氏、もう少しだ。この先の区画、古い記録によれば『地下礼拝堂』。そこならば、一時的に怪異のエネルギー反応を遮断できる可能性がある」


MOCAの冷静な声が、恐怖で張り裂けそうになるいろはの心をなんとか繋ぎとめる。カレンも、普段の尊大な態度はどこへやら、必死の形相でいろはに続いていた。その顔には、恐怖と、そして何よりもプライドをズタズタにされたことへの怒りが浮かんでいるように見えた。


やがて、古びた両開きの扉が見えてきた。


「ここか……!」


カレンが乱暴に扉を押し開けると、中は薄暗く埃っぽいものの、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。ステンドグラスの割れた窓から、わずかに月明かりのような不気味な光が差し込んでいる。


「ふぅ……なんとか、撒いた……みたいね……」いろはが壁に手をつき、荒い息を整える。


「あの奥の扉……何かありそうね」カレンは奥の扉を指差す。


部屋の中央には簡素な祭壇があり、その奥に、ひときわ頑丈そうで、複雑な紋様が刻まれた鉄製の扉が鎮座していた。


「MOCA、あれは?」


「解析……これは、極めて強力な封印が施されている。物理的なロックではない。強い感情エネルギー、そして『量子エンタングルメントを利用した精神情報の転写体』によるものだ。日記の記述と一致する」


MOCAの言葉に、いろははゴクリと唾を飲んだ。それってつまり、院長の魂の一部が、この扉を封じている……?


「どういうことよ?さっぱり分からないんだけど!」カレンが苛立たしげに言う。


「院長は、自らの研究が生み出した、あるいは呼び覚ましてしまった『何か』を、この扉の奥に封印した。その際、自身の意識情報――強い意志や感情を量子レベルでこの扉に転写し、鍵とした。それがこの封印の正体だ」


いろははおそるおそる、スペクトラルファインダーを起動し、鉄扉に向けた。モノクル越しの視界に、扉から放たれる微弱な光と、その周囲に揺らめく人影のようなものが見えた。


「院長先生……」


それは、苦悩に顔を歪め、何かを必死に抑え込もうとしている院長の姿……そして、涙を流しながら祈りを捧げる姿だった。その姿に、思わず涙がこぼれた。どれほどの後悔と絶望の中で、彼はこの封印を施したのだろう。


「な、何よ……泣いてんじゃないわよ、気色悪い……」


カレンがいつもの調子で茶化そうとするが、その声にはいつもの刺々しさがない。彼女もまた、この礼拝堂の異様な雰囲気と、いろはの涙の理由を、どこかで感じ取っているのかもしれない。


「この封印を解くには、院長の量子情報と強く共鳴する必要がある。」とMOCA。


いろはは深呼吸をして、鉄扉の前に立った。院長の苦しみ、そして解放への願いに意識を集中する。


「院長先生……あなたの想い、確かに……」


その瞬間、ズンッ!と重い圧力が全身を襲った。頭の中に、院長の絶望、恐怖、そして深い悲しみが濁流のように流れ込んでくる。


『開けてはならヌ……』

『苦シイ……助けてくれ……』

『我々ハ……ココニイル……』


矛盾する声、声、声。それは院長一人のものではない。もっと多くの、名も知らぬ誰かの苦痛が混じり合っているかのようだ。


「うっ……あぁっ……!」


立っていられないほどの精神的な負荷に、膝から崩れ落ちそうになる。


「な、なによ……しっかりしなさいよ!あんたがやらなきゃ、どうにもならないんでしょ!」


不意に、背後からカレンの鋭い声が飛んできた。


「……苦しい……みんなの……想いが……」


するとカレンが私の前に立ちはだかり、鉄扉に向かって叫んだ。


「いい加減にしなさいよ、亡霊ども!いつまでもウジウジと過去に囚われてんじゃないわよ!成仏したいなら、さっさと道を開けなさい!」


そのあまりにも不遜な、しかし妙に力強い言葉に、一瞬、精神的な圧力が弱まった気がした。カレンの、ある意味無神経で、だからこそ揺るがない強さが、院長の絶望とは異なる波動を生み出し、干渉したのかもしれない。


「カレン……ちゃん……」


「勘違いしないでよね、あんたのためじゃないわ。こんな気味の悪いところに長居したくないだけよ。さあ、とっとと終わらせなさい!」


カレンの言葉は乱暴だけど、なぜか勇気が湧いてきた。


「マスターのバイタルと精神波をモニター。負荷軽減システムを展開する」


さらにMOCAのサポートを受け、いろはは再び、鉄扉に向き合った。


(院長の絶望も、苦しみも、全て受け止める……!)


私は叫んだ――心の底から。


ゴゴゴゴゴ……!


地響きと共に、数百年も閉ざされていたかのような鉄の扉が、ゆっくりと、しかし確実に開いていく。


そして――。


扉の奥から、閃光と共に、凄まじいエネルギーの奔流が溢れ出した。それは熱風であり、轟音であり、そして形容しがたいプレッシャーだった。あまりの威力に、私とカレンはなすすべもなく吹き飛ばされそうになる。


「きゃあああああっ!」

「うわあああああっ!」


目を開けていられないほどの光と衝撃。その中心に、何かとてつもない存在がいる。その圧倒的な気配だけが、いろはたちを絶望の淵へと叩き落とそうとしていた。


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