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第9話 分岐点

カラスの鳴き声が不気味に響く


『塗仏寺』


そう薄く書かれた表札が風に吹かれて揺れる


本所にある廃寺には普段は誰も近寄らない


日が落ちるこの黄昏時なら尚更だ


しかし、今日の逢魔が時には無数の気配がこの廃寺にあった


「よう、蒼。久しいな。逃げずに来たのは評価するぜ」


と、首がない仏像の前に立つ赤舐の幻藏は腕を組みながらこちらを見下ろしていた


ドレッドヘアを後ろで縛り、赤く染めた革のコートを羽織っている二十代中盤の長身の男


その羅漢像を思わせるギョロリと見開かれた目は狂気の色が写っている


額から左目にかけて赤い火傷を時々、左手で撫でていた


蒼は二度と会いたくはなかった


彼こそが赤舐の幻藏である


「幻藏!!」


蒼は赤舐一味の手下たちに床に押さえつけられながら、幻藏を睨みつけた


この眼力で殺せたらどんなにいいか


しかし、どんなに祈ろうとも実際にこの眼には、そんな魔力はない


「私が来ないなら根津屋に火を放つと脅されちゃあ来ないわけにはいかないでしょうが」


「秋作だっけか?聞いているぜ。そいつとデキているんだってな」


蒼の心臓がひっくり返った


幻藏は全てお見通しなのだ


「違う、若旦那は関係ない」


嘘をつくな、蒼に米神に赤舐の手下が拳銃を押し付ける


「正直に話せよ。俺とお前の間で俺は裏切り者には容赦しねえことくらいわかっているだろ?」


「秋作さんから世帯を持とうと言われた」


「それは本気なのか?」


蒼の頬に赤舐の幻藏の無骨な指が触れる


「遊びなら許す。だが本気でそいつに惚れているんなら、そいつ諸共お前を殺す」


「あ、遊びよ。ちょっと色目を使ったら向こうが本気にした。それだけの話」


秋作の命を助けなければ、蒼は懸命に嘘をつく


閻魔大王もこんな時くらいの嘘はお見逃しくださるはずだ


本気で幻藏は秋作を誘拐してなぶり殺す、それくらいは平気でやる男なのだから


蒼の話を幻藏は首を動かしながら聞いていた


「そうか。安心したぜ。離してやれ」


幻藏に言われて手下は蒼を掴んだ腕の拘束を解く


「幻藏」


「今夜、12時に、根津屋を襲う。お前、白木屋の時のように鍵と警備システムを外しておけ」


幻藏は眉一つ動かさずに言う


驚いたのは突然の襲撃計画を告げられた蒼だ


「あ、あんた!やめて、根津屋の人たちを殺さないでよ!手を出さないで!」


「この後に及んで他人なんて関係ないだろうが!!」


幻藏は恐ろしい顔をしながら怒鳴った


「勘違いするな。これはお前を生かすかどうかの分岐点だ。根津屋の鍵を外せば俺はお前が逃げたことを許す。裏切り者は許さない俺が命を助けると言っているんだ」


「幻藏」


幻藏は蒼の華奢な体をその屈強な腕の中に引き寄せた


そして抱きしめながら泣きそうな声で囁く


「頼むよ。蒼。()()()以来、この顔が焼かれた時から俺はお前を守ると決めたんだ。俺にはお前が必要なんだ。だから俺にお前を殺すなんて真似をさせないでくれ。頼むよ・・・」


先ほどまでとは違い弱々しい幻藏


昔の優しかった幻藏を思い出してついつい、抱きしめたくなるが、理性がそれを押し除ける


今の彼は穢らわしい畜生働の悪党だ


その烙印はもう、生涯落ちない


「あんたはあの日、火傷をした時から、所長を刺した時から変わったよ。昔の優しかったあんたはどこかに行って、まるで私の父親や所長みたいな眼をしたあんたがここにいる」


俺は()()をしただけさ


「弱いものは虐げられるのが世の中なら、俺は虐げる側に回る。俺たちを無視した世間が俺たちの仇だ。俺は俺の仇を討っているだけなんだ」


「そんなのただの八つ当たりじゃない」


蒼は両の手の平を顔に当てて泣き出した


昔のあんたは優しかった、親がいなくて悲しくて弱い子たちの盾になる男の子だった


なのに今のあんたは暴力を私たちに振るってきた大人そのものじゃないか



寺から蒼が出てきた


呆然とした表情で帰路に着く


どうする?


幻藏を無視して船で金星まで向かう?


いや。執念深い幻藏は必ず、私たちの居場所を突き止めてやってくる


私はいい


秋作さんは生きたまま、八つ裂きにされる


私の命に代えたってあの優しい人にそんなことは誰であろうとさせない


「蒼さん」


凛とした声がして振り返ると杖を突くあやせがいた


「あやせちゃん。なんでここに」


「今夜、引き込みをするの?」


「なんでそのことを・・・?」


その時、蒼は気づいた


あやせがただものではないことを


もしかして、あの水を被ったのも根津屋に潜り込むための演技だったの?


「答えて」


あやせは強い口調でいう


その赤い瞳に蒼は心臓を掴まれたようになる


この光を宿さない赤い瞳は閻魔の眼だ


嘘をついたり誤魔化せば彼女に地獄に引き摺り込まれる


蒼はそう思った


「ずっと、私のせいで死んでいった人たちの声が耳について離れない」


蒼の頬に涙が流れ落ちる


「もう、幻藏たちの言いなりになりたくない。誰か助けてよ」


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