第8話 逢引き
木枯らしが私たちの間を通り抜けてゆく
火星も暦の上では師走に入る
旅館の裏に私と秋作さんは二人っきりになるなり後ろから秋作さんに抱きしめられた
秋作さんは細い体つきなのに、今、私を抱きしめる力が強いのは、やっぱり男の人なんだと実感する
「秋作さん!こんなところをだれかに見られたら!!」
私は振り解こうとするが、秋作さんの腕は強く出し締められており、離れることはできない
「いいんだ。このままで」
秋作さんは耳元で囁いた
「僕は決心したよ。この家を君と一緒に出ることにする」
「ダメですよ。そんなことをしたら旦那様も女将さんも悲しみます。それに私なんて秋作さんにそんな風に想ってもらえるような価値は」
「昔何があったのかは聞かない。けど、病弱で両親から跡取りに期待されてもうまくいかずに落ち込んでいた僕を明るく励ましてくれた君を好きになった。過去なんか関係ない。僕と新しい場所で未来を作って欲しいんだ」
「嬉しい」
私も秋作さんと出会って彼と共にいるうちに、初めて人を好きになった
彼は優しくて誠実で弱々しく見えるが意思はしっかりしていて、私を守ってくれる存在だ
同時に私も彼を守ってあげたい
「でもなんで急に」
「父さんが見合い話を持ってきた。そこで君と世帯を持ちたいと言ったらそんなのとんでもない。君に暇を出して二度とお前と合わせないようにすると言ったんだ。君の素晴らしさを何もわかっていないんだ」
違う
私のことをわかっていないのはきっと秋作さんの方
でも嬉しい
でも
今でもあの夜のことが耳にはなれない
白木屋に踏み込んだ赤舐一味はそこにいた人たちを次々に殺めていった
銃声、硝煙、悲鳴、そして忘れられない坊やの泣き声
一年たった今でも耳から離れない
まさか、あそこまでするとは思っていなかった
まるで畜生だ
それに劣る畜生働き
幻藏は変わってしまった
昔は乱暴なところはあったが、仲間たちに優しい男でとても子供を殺めるような男ではなかった
でも変わったのは私も同じだ
引き込みをやって可愛がってもらった白木屋の人たちを死なせてしまった
私だけが幸せになっていいのだろうか?
「今日の夜10時に空港で落ち合おう。金星で大学の友達がホテルをやっているんだ。そこで二人で働かせてもらって世帯を持つんだ」
「わかりました。一緒に幸せになりましょう。秋作さん、私を離さないでね」
そうね
『過去』なんて知らない
私は幸せになる
今まで傷つけられてきたんだもの
私にだって好きな人と幸せになる権利くらいあるはずだ
その話を一部始終物陰からあやせが聞いていた
人よりも耳がいい
隠し話は聞き逃さない地獄耳だ
「鏡助。二人は今日の夜10時にここから出て行くみたいよ」
『それじゃあ、赤舐がこの旅館を狙っているわけじゃあないのかな。でもまだわからない。引き続き監視を続けてくれ』
「鏡助』
「なんだ?」
鏡助は尋ねる
「私はやっぱり、あの人を殺すのは反対よ」
『あやせ、そいつは』
声が鏡助の声ではない
艶やかな女の声
妙多羅のお清の声だ
「母さん」
『そいつはその蒼という女があんたと同じ孤児だからかい』
お清は優しい口調であやせに尋ねる
「そういうわけじゃない・・・けどあの人は」
あやせは珍しく口篭った
動揺しているのがわかる
クスリとお清は笑う
『私はいつも言っているはずだ。私情は仕事に厳禁さ。どうせ殺しちまうんだから標的の事情なんて関係ないとね。私情を挟めばこの世界じゃあ命取りになる』
実際に標的に同情して死んでいった始末屋も多いと聞く
あやせは珍しくため息をつく
自分でもまだ、こんな気持ちが残っているのに驚く
自分はまだ殺人マシンではない
心を持った人間なのだと実感する
「わかったわ。引き続き監視続行する。必要ならば彼女は私が始末するわ」