第6話 白石蒼
先ほど粗相をしてしまった五十鈴あやせちゃんを従業員が使う休憩室に連れて行った
スカートが乾くまで彼女には今、旅館の浴衣を着てもらっている
銀色の髪で赤い瞳
お人形さんのような白い肌と整った顔をした美人さんだ
目が不自由なようだが、杖は使うものの本当に目が不自由なのかというくらいに危なげもなく休憩室に入ってきて椅子に腰をかける
私がカップに注いだコーヒーを差し出すと、まるで見えているみたいにカップを受け取るのだ
私が驚いているとニコリと微笑んでこういうのだ
生まれつき目が見えないと、生きるために勘が強くなるわ。だから、私は目が見えなくても平気なの
確かに、目が見えない人は見えている人よりも第六感が強くなるという話を聞いたことがある
でも、闇の中で放り出されるだけでも私は怖くて仕方がないのに、あやせちゃんは生まれつき闇の中にいると思うと、私には想像もできない世界に彼女は生きていることになる
「あやせちゃんはお茶の湯女学園の生徒さんなの」
私は彼女の制服を見てそういった
お茶の湯女学園はお茶の水にある一流の女学校である
偏差値も高く、そこに通っているということはあやせちゃんも勉強ができるはずだ
「ええ」
あやせちゃんは上野の浅草寺の雷おこしを齧りながらうなづいた
「じゃあ、賢いんだね。私は全然、馬鹿だから羨ましいな」
「私は大したことはないわ。算術は苦手だし」
全然、苦手そうには見えないが
「私もー。算数とか社会で何の役に立つのかしらね。そういえば」
私は苦笑しながらいう
私は満足に学校なんて通っていない
・・・読み書きそろばんは仕事に必要だから独学で学んだ
「そういえば」
私はさっきから気になっていた彼女の持っていた紫色の包みを指差した
「それ楽器?」
私は尋ねる
「ああ、これは三味線。私のお母さん、三味線の師匠をしているから私も習ったの。学校でも三味線部に入っているわ」
「三味線の師匠なんてすごいじゃん。あやせちゃんはお母さんに似たんだね」
私は素直に称賛した
「正確には義理のお母さんだけどね。私は捨て子だったから」
あやせちゃんは下を向いた
その表情はどこか寂しげに見えた
私の馬鹿
似ているなんて余計なことを言って!
「私も、両親に虐待されて施設で育ったの。大人なんて誰も信用できなかった。そこで育ったお兄さんみたいな人とずっと二人で生きていたから、立派なお母さんがいるあやせちゃんが羨ましいと思うよ」
「気を使わなくてもいい。血は繋がってなくても、私のお母さんはあの人だけだから」
彼女の自信に溢れる表情が、そのお母さんが誇れる人物だということがわかる
きっと、その人は私の周りにはいなかった人物だ
素直にあやせちゃんが羨ましく感じる
「本当にいいお母さんなんだね。よければ一曲弾いてみてよ」
「いいの?下手で悪いけど」
そう言って彼女は三味線を取り出した
そしてバチを持つと三味線を奏で始める
下手なんてとんでもない
曲は私でも知っている
『春よ、こい』
とても軽やかで凛とした音が部屋に響く
その曲を聴くとまるでここが職場の休憩室だと忘れてしまうようなそんな気持ちになってしまう
コンコン
ノックが曲を中断する
「僕だ。蒼、ちょっといいかな」
「秋作さん!ちょっと待っていて」
「誰?」
「根津秋作さん。この旅館の若旦那」
「あなたのいい人?」
確かに、彼とは交際している
だが身分違いの身であり、私はそういうことを望んではいけない人間だ
しかし、秋作さんの熱意に負けて旦那様や女将さんに知られないように隠れてコソコソ、交際している
私はその答えに少し躊躇ったが、ウィンクしてみせる
「うん・・・そうなってほしいとは思っているけどね」
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