第5話 根津旅館
浅草にある根津屋は200年の歴史を持つ、古い旅館である
「蒼さん。表に水を巻いてちょうだい」
「わかりました」
根津屋の従業員、白石蒼は桶と柄杓を持って玄関から水をまいた
ビシャッ
「あっ」
表を歩いていた杖を持った少女の制服のスカートに水がかかってしまった
銀色の髪を肩まで伸ばした小柄な少女
整った色白の顔と赤い瞳がどこか神秘的な雰囲気を見るものに与える
視覚障害者なのだろう、杖を持った少女は濡れた学校の制服のスカートを気にしていた
「ごめんなさい!」
蒼は頭を下げて謝る
「いいわ。私が気をつけていなかったのが悪いから」
「そんなことないですよ。水をかけた私が悪いのですから。さあ、こちらへ」
あやせは蒼に言われるがまま、根津屋に連れ込まれて、脱いでいた衣服を渡して露天風呂に浸かった
お湯に浸かる
乳色の白い肌、同年代の中では発育がいい乳房が湯船の水鏡に映る
ポカポカ、暖かい
体が温められて血行が良くなってゆくのを感じる
あやせは自分の胸に手を伸ばした
あれ、また、胸が大きくなった?
胸を触って成長を確かめる
始末屋として乳房は大きくない方がいい
大きければ走ったり、忍び込む時に邪魔になる
しかし、年々、胸にばかり脂肪がいっているのが、あやせの悩みだ
『こちら、『照魔』、うまく、根津屋に潜り込めたようだな』
『火車』の始末屋には『照魔の鏡助』によって仕事の前に血液中に通信用ナノマシンを打ち込んでいる
照魔の鏡助とは直接殺しには加わらないが火車に在籍する連絡や、ハッキングによるサポート役に徹した始末屋だ
この通信用ナノマシンによってまるでリアルタイムで会話しているように、仲間と通信ができるし、仮に誰かに持ち物を調べられても通信機の類を持っておらず、疑われる恐れがない
「ええ、こちら『八握脛』、今のところは順調よ。彼女は私が始末屋とは疑っていないみたい」
『それは重畳。一年前、白木屋の事件では、彼女は『黒石朱』という名前で女中として忍び込んでいた。おそらく、根津屋にいるのも次のお勤めの引き込みのため、潜り込んでいるのだろう』
「本当にそうなのかしら?」
『何か感じたか?』
「彼女心臓の音がとても穏やかよ、とてもお店の人たちを裏切ろうと企んでいるようには思えなかったわ」
『お前の勘はよく当たるからな。だが、油断は禁物だ。プロの引き込みは自分さえ騙せるというからな。押し込みがあるならば必ず赤舐一味から接触があるはず』
「疑い性なのね」
『職業柄な。根津屋の周りを『摩利支』に見張らせている。赤舐が接触してくれば必ず気づくはずだ』
摩利支のゴンゲン
火車に所属するサイボーグの破戒僧で、拳銃からミサイルまであらゆる火器を使いこなす
「それであの蒼さん。始末するつもり?」
当たり前だ
照魔の鏡助は冷たく言い放つ
『白木屋ではあの女のせいで女子供を含めた十五人の人が殺されたんだぞ。頼人もあの女の始末をお望みだ。無論、始末するべきだ』
「・・・そう。切るわ。誰か来た」
そういってあやせは通信を切る
「あやせさーん」
明るい声と共に浴場に蒼が入ってくる
「着替えを用意しました。スカートと下着の方は洗濯して乾かしていますので
「どうもありがとうございます」
あやせは頭を下げる
頭を下げるあやせを見て、蒼も頭を下げる
「そ、そんな。頭を下げないでください。あたしが悪いんですから」