第3話 トリガー
ヘッドギアを掛けてそのサイトにアクセスする
木の瞬間、女は目を開くと伏見稲荷大社のような無数の鳥居と、賽の河原のような積み石が広がっていた空間が目の前に現れる
ネットの掲示板で実しやかに噂されていることがある
殺人事件などの犯罪に巻き込まれた被害者遺族の元に電子メールが届く
そこには『魑魅魍魎討伐列伝オンライン』ともう、誰もアクセスしない古いネットゲームのアドレスと、その隣には腹せぬ恨みを晴らしますと書いてある
そこをアドレスにアクセスするとその場所に辿り着くという。
髑髏の椅子に腰を掛けながら化け猫の姿をした女が一人三味線を奏でていた
そこは終了したオンラインゲームとは思えない、まるで本物の死後の世界のような厳かで神秘的な世界が広がっていた
「いらっしゃい。お梅さん」
化け猫は三味線を下ろしてぺこりと頭を下げる
名前を呼ばれるとは思っていなかったのでお梅はびっきりして身構える
化け猫は呆気に取られるお梅の顔を見てニヤリと笑った
「ここに来たということは恨みを晴らしたいんだね。『赤舐の幻藏一味』に殺された婚約者の仇を」
「な、なんで」
女は驚く
いや、自分をここに誘ったのはこの女だ
当然、自分のことなどすでに調べ上げられていると見て間違いない
だが、あったばかりの他人い自分のことや赤舐一味の事、失った婚約者のことを言われると動揺して震えてしまう
「ほ、本当にあなたが宗介さんの恨みを晴らしてくれるの?」
震えながらどうにかそのことを口にしていった
そうだ、自分は恨みを晴らすためにこの場所に訪れたのだ
勇気を、勇気を出さねば死んだ婚約者の宗介にも顔向けできない
「話してごらん。まずはそれからだ」
見た目に反して穏やかな口調で化け猫は尋ねてくる
「私の婚約者はKYOの料亭『白木屋』に住み込みで勤める板前でした。1年前、深夜に武装した賊が料亭を襲った。賊たちは旦那様も女将さんもその坊やも、容赦無く殺した。宗介さんは仲の良かった坊やを必死に守ろうとしたけど、すぐに取り押さえられて、ひどい暴行を受けて殺された」
女のアバターから涙が流れる
「奉行所の調べでは西国を中心に荒稼ぎをしている『赤舐の幻藏』という盗賊団の仕業だって言っていた。内側から鍵が外されていたから内部に共犯者がいたとも聞きました」
「そいつは引き込みだね」
「え」
「盗賊の中にはね、あらかじめ忍び込む店や企業に手先を従業員として潜り込ませるのさ。それを引き込み役という。どうやら、飛んだ害虫を白木屋は呼びこんじまったみたいだねえ」
「そういえば、同心の人の話には従業員や家族は皆殺されたが一人だけ行方のわからない人がいるとか」
「そいつが引き込み役さね。で、お梅さん。あんたはどうしたい?」
「どうするって?」
恨みを晴らすのが私らさ
でも、慈善稼業でこんな業の深いことをやっているわけじゃあない
「私らはタダでは動かない。お代はもちろん、それ相応の額をいただくが、もうひとつ、あんたから頂戴するものがある」
「な、なんですか?」
「実際に動くのは私らだ。奉行所より早く幻藏一味を追い詰め、得物を準備し、確実に幻藏の息の根を止めよう。だが、別に私らは幻藏に恨みはないさね」
「何をお出しすればいいのですか?」
言われてもお梅にはわからなかった
金以上に彼女が望むものはなんだ
「あんたの『殺意』つまり、私らはただの銃にすぎないから、あんた自身がその引き金になって命じて欲しい。そして全てが終わった後、我々と一緒に地獄に堕ちる覚悟が欲しい。善人の綺麗な手ではなく、血に塗れた人殺しの手で銃を握り引き金を引いて頂戴な」
「わ、私に人殺しになれってことですよね」
「そうだ、間違えちゃあいけないよ。これはあんたの恨みだ。人を殺すのはあんた自身の手で撃鉄をあげて引き金を引くんだよ」
「で、でも、私に、私に人殺しなんて」
「お梅さん」
化け猫はお梅を抱きしめた
そして耳元で優しく包み込むように囁き続ける
それは果たして妙多羅天の導きか、破滅に誘う魔の囁きか
「幻藏をこのままにしておいていいのかい。奴は宗介さんたちを殺しても反省もせず、後悔もせず、次の獲物を虎視眈々と狙っている。そんなことをして何になる、死人はそんなことを望んじゃあいないと何も知らないくせに歯の浮く正論をいう輩は五万といるがね、あんたがもう一度前に向くためには、婚約者の霊に報いるには銃を取るべきだと私は思うんだ。婚約者を奪われたあんたはその権利を持っている。さあ、すでにこのサイトを訪れたことであんたと幻藏との戦いの幕は上がっている。さあ、我々の引き金になっておくれ」
「そ、宗介さんは」
「本当に優しい人でした。看護師の私が患者さんから怒られたり、失敗しても、微笑みながら、そんなこともあるよと言ってくれた。もうすぐ、板前として板長さんに認められるから、その時は一緒になろうと言ってくれました」
ぐっ
お梅は力いっぱい手を握りしめる
今まで溜め込んできた怒りや悲しみが一気に溢れてきたのだ
そして涙を溜めた瞳で化け猫に向かって叫んだ
「なんで!なんで宗介さんが殺されなきゃならないの!幻藏という人に殺されるようなことなんて絶対にしていないのに、なんであんなひどい殺され方をしなくちゃならなかったんですか!」
お梅は止まらない
それは良くも悪くも、心からの本当の彼女の想いだった
「お願いします!赤舐の幻蔵とその一味を始末してください。私があなたたちの引き金になりますから!!」
誰かが宗介さんはそんなことは望んでいなかった、君も犯罪者になるぞと言ってもいい、勝手に言わせとけ
宗介さんを殺した源藏とその一味は私が絶対に殺してやる
そのためならば、私は地獄に堕ちてもいい。だから私は引き金を引く
「了承しました。我らはこれからあなたの殺意に従う殺しの武器になりましょうや。標的は赤舐の幻藏一味。始末してご覧に入れましょう」