第1話 命の音
路地裏をヤクザ風の男が駆ける
その後ろを抜き身の刀を携えた男が追いかける
抜き身の刀を持った男の歳は30前後
身長は180cmほど
ウェーブの掛かった髪を後ろで縛った、スマートな体をスーツと羽織で包んだ見た目は美麗な侍である
しかし、その腹の中のは人を殺さずにはいられない天魔を飼っていた
今、一人の用心棒の侍をあっさり斬り殺してきたところだが、その程度では、まだ、この体の火照りは抑えられない
手にする長刀はまるで赤いクリスタルを削って刀の形にしたような刀身をしている
刀の名前は村正、そしてその持ち主の名は桐谷壱兵衛、またの名を斬一倍と言う名の始末屋だ
「こ、殺されてたまるか。お前みてえなドサンピンなんかによお」
「ふっ、確かに私の出番はなさそうだな」
斬一倍は鼻で笑い飛ばすと、赤い刀を鞘に納める
前を走るヤクザものの前には銀髪の少女が立っていた
色白でどことなく浮世離れした15才くらいの美しい少女だ
光を映さない赤い目でヤクザものをジッと見ている
「なんだてめえは!」
ヤクザものは手にした拳銃の銃口をあやせに向ける
次の瞬間、その手が地面にズルリと落ちる
「ひい!!な、なんで、なんで俺の手が!?」
彼女の目は見えていない
しかし、男の命の音は、心臓の鼓動はこの耳が捉えている
蜘蛛の模様が描かれた着物を着た少女あやせは爪のついた籠手を装備した手を振るう
籠手から伸びた銀色の糸が男の首に絡みつく
「死んで」
ビイいいいいいいン!
三味線のような糸の音が夜空に響く
あやせが手を握ると糸が一斉に肉に食い込み、男の首が胴体から離れて宙を舞う
残された胴体はそのまま、地面に倒れ伏す
心臓の音が徐々に小さくなっていき、聞こえなくなった
男の命は今、消えた
「相変わらず酷い殺し方だな」
胴体が泣き別れした死体を見て斬一倍は嘲笑う
「あなたに言われたくないわ。斬一倍」
「まあ、そうかもしれないがね。頼人は喜ぶだろうがな」
「隠蔽よろしくね」
「任せておけよ。今日、この現場には誰も不審な人物はいなかったと報告しておくよ」
斬一倍は昼間は奉行所に勤める役人であり、始末屋の仕事をサポートする
その事を聞いてあやせは微笑んだ
「そ。お願いするわね」
血の匂いのする路地裏から去っていくあやせ
「人を殺したというのに呼吸一つ乱さない、気に入らないな」
その後ろ姿を見ながら斬一倍は舌打ちをする
「人を斬らねば生きていけない俺の言えたことじゃあないが・・・、死が人の形をしたような娘だな、あれは」