6、舞踏会の招待状
「要するに勇者殿のお披露目パーティーだろうね」
騎士殿、ではなく、珍しくお城からの使者が届けてきたお手紙を一瞥して、ヘクセは鼻で笑い飛ばした。
「時期的にそろそろ礼儀作法も習得した頃だろうから、着飾って貴族連中の前に公式に出すには丁度いい」
「俺は行きませんよ」
「良いんじゃないかな。私も行くつもりはないし」
「……ヘクセさんは行った方が良いんじゃないですか?だってそれ、ヘクセさん宛てですよね」
アキラ君は心配そうに声をひそめる。
手紙を受け取ったのはアキラ君だ。珍しく訪問者。聖騎士さんが来る日じゃないな、と扉を開けると、王宮で何度も見た装いの使者が、立派な馬に乗ってやってきた。呼び鈴を鳴らしたのは下男で、アキラの存在に気付いた使者は「……なぜこんなところに子どもが?」という顔をした。アキラが勇者の弟で、魔女の元に預けられているということは限られた者しか知らない事だ。
「こういう集まりに出なくても私は最強に最高の魔女なので許されるからいいんだよ」
「いや……それはちょっと……聖騎士さんだって行くんですよね?ヘクセさんが行ったら喜ぶんじゃないでしょうか……」
「それはないと思うよ。大半の私への招待状を事前に握り潰してくれているのはあの子だからね。今回はあの子より上の方からの招待状だから邪魔できなかったみたいだけれど」
「それなら尚更ちゃんと出た方が……」
臆病なアキラ君の性質が出ている。
他人に「お呼ばれ」したら、それを拒否した場合に相手に怒られないか、問題にならないか、とそういう怯え。
「君が『パーティーに行ってみたいけど、招待状もドレスもない!』って嘆くなら、以前君が話してくれたガラスの靴のお姫様よろしく、魔法使いのおばあさん役になるのはいいけど。自分が着飾って行くのはちょっと……」
「面倒くさいんですね、要するに」
「家にいて君の手料理を食べている方が良いねぇ」
「はぁ。でも、勇者のお披露目パーティーっていうのは、国にとって重要なものなんでしょう?」
「それはまぁ、ね。私を呼びつけたい理由もわかってる。魔女の祝福を受けた勇者、と、またさらに一つ、箔を付けたいのさ」
「……もう十分、神様の祝福を貰ってるみたいですけど、兄は」
「それはそれ。目に見えるわけじゃないからね。あぁいうご大層なパーティーを開いて、その場で神々しい、儀式めいたものが必要なんだろうね」
既に神々から浴びるように祝福を受けた勇者殿に、今更魔女がどんな祝福をすればいいというのやら。見世物になるつもりはないが、つくづく、権力者の考える事は呆れてしまう。けれど反面、そういうことをしなければ「安心」できない「納得できない」ので、怖いのだろうという人の心を理解もしている。
「……行った方がいいんじゃないですか、ヘクセさん。その、使者の人が言っていたんですが……『これ以上、主人の王宮での立場を悪くしたくなければ必ず出るように説得しろ』って。多分、俺のことを使用人か何かかと思って言ったと思うんですけど……」
「君にそんな余計なことを吹き込んだ愚か者は明日の朝、凍死してしまえばいいね」
ヘクセは窓を開けてふぅっと、掌から外へ息を吹きかけた。名も知らないし顏も見ていないが、ヘクセが願えば容易く呪える。この家の敷地内に入ってそんな頭の悪い発言が出来るなど、躾のなっていない馬鹿を寄越したのは誰だろうか。
招待状を適当に流し読みしていたが、改めて差出人を見てみる。
「おやおや、これはこれは……」
王家の印。記されていたのは第二王子殿下の御名前だ。聖騎士が魔女への招待状を破り捨てられない、第三王位継承権を持つ男。
王太子の第一王子はそれなりに賢い男だが、体が弱い。魔の瘴気が薄れなければいつ死ぬともわからぬ男。それゆえ、王妃が急いで王太子にさせて自分の地位を守っていたけれど。
「君の兄君は、」
「兄さんがなんです?」
「殺されてしまうかもしれないね」
「……は?」
三十人の魔術師の命を対価に、呼び出された異世界の勇者様。
魔王を打ち倒し、魔族を滅ぼす英雄殿、になるために、これまでの生活を捨てさせられたというのに。
人間同士の足の引っ張り合い。
王位も何も、世界が滅びたら意味がないだろうに。
「……それ、冗談とかじゃないんですよね。ヘクセさんが、そう思ったっていうことは、そういう可能性が……あるっていうことですね?」
賢い子。魔女に守られた平凡な男の子。アキラ君。眉を顰めて、ヘクセの手の招待状と、記された名前、それに、あれこれ考えるように瞬きを繰り返す。
「……俺も舞踏会に行くには、どうしたらいいですか?」