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5、チョコレートと騎士


「それじゃあ、そろそろ帰るとしよう。次はまた五日後に」

「聖騎士というのはこんなに頻繁に城を抜け出していいものだったかな。暫く来なくていいんだけれど」

「ヘクセさん!もう、すいません聖騎士さん。あのこれ、夜食にどうぞ。サンドイッチなんですけど。以前美味しいと言って頂いたとんかつを挟んだものです」

「アキラ君、私には??」


 夜。

 夕食を一緒にした聖騎士が城へ帰る、というので玄関まで見送るアキラ君と氷の魔女のヘクセ。ヘクセは見送りというよりは、聖騎士が出て行ったあとにきちんと結界を張り直す為。夜に魔女の家に来るような者はいないだろうけれど、アキラ君と暮らすようになってから、毎晩きちんと、ヘクセは結界を張る様になった。


 多忙な聖騎士様が自分を心配して様子を見に来てくれているのだと信じて疑わないアキラ君は、こうして帰り際に「これ、お夜食に良かったら!」と土産を包むのを忘れない。

 また美味しそうな物をどうして聖騎士にばかり渡すのか、とヘクセが不満を漏らす。


「ありがとう、君が作ってくれるものはいつも美味しいので嬉しいよ」

「こ、こちらこそ……いつも、良くして頂いて……!」


 にこにこと聖騎士が笑顔でお礼を言うと、アキラ君が照れたように赤くなって俯く。


「いつも君に良くしているのは私だけど???私だけれども??」

「どちらかといえばヘクセさんのお世話をしているのは俺です」


 良くしてるのも俺です、とアキラ君は畳み掛ける。


「それに……聖騎士さんは俺が召喚に巻き込まれた直後から、色々良くして頂いているので、少しでも御恩がお返しできたら……嬉しいです」


 わりと人見知りをする傾向があるはずのアキラ君の態度。


 なるほど、懐いているのかとヘクセは頷いた。

 ズタボロになるまで王宮であれこれ追い込まれたらしいアキラ君。聖騎士殿はそれを救ってくれた恩人だ、と。アキラ君視点で言えば、王宮から「連れ出して」くれたのも聖騎士殿なのだ。


「あぁいう兄だったら、よかったなぁっていう、理想みたいな人なんですよ」


 聖騎士が帰って「騎士殿ばかり狡いのでは」と不平不満をもらすヘクセにアキラ君は呆れたように答えた。


「理想の兄……あれが……?」

「周囲に気配りが出来て、いつも穏やかで、優しくて、頼りになってって、最高じゃないですか」

「最高……あれが……??」

「ちょっと、なんですかヘクセさん。聖騎士さんを悪く言うなら夜食は無しですよ」

「いや、なんかこう……私の知る騎士殿のイメージと……君、大丈夫??悪徳商法とか、詐欺に騙されたりしない??」

「失礼な。俺はその辺はしっかりしているつもりです」


 そうかなぁー、あのうさん臭い騎士殿を全面的に信用している子など、心配で仕方ない。


「聖騎士さんは俺をここに連れて来てくれる時に、俺にずっと話しかけてくれたんです。これから行く所は良い所だから心配しなくていいって」


 アキラ君は思い返すように目を閉じた。


 雪道を、馬に乗るアキラの前を歩きながら、聖騎士は言葉をかけた。


『そこには君に悪意を持つ人はいないし、きっと君を守ってくれるだろう。最初は冷たく感じるかもしれないけれど、それは彼女の所為ではなくて、氷の魔女という特性でもあるんだ。大丈夫、彼女はあれで、懐に入れた者には優しいからね。彼女の元で暮らせる事は、きっと君にとっても幸福だ』


 吹雪く、冷たい風の中に、苦しい呼吸の中に見えた金の髪に、優しい声。それがどれほど嬉しかったか。


 と、そこまではヘクセには告げない。


「君は……ドナドナされたっていうのに……健気にあの騎士殿を信じて……」


 どこまで聖騎士への信頼が低いのか、ほろり、と涙を流すような演技をしながらヘクセはハンカチで目元を拭う。


 ちなみにドナドナというのは「売り飛ばされる」というこの世界の俗語である。


 アキラ君の世界では牛が売られに行く時の歌でドナドナというのがあるらしい。


「良い匂いだねぇ、何をしてるんだい?」

「チョコレートを刻んでます。ヘクセさんが詐欺師みたいに言う聖騎士さんがこっちでは珍しいチョコレートをくださったのでホットチョコレートを作ってるんです」


 アキラ君の世界ではいつでも気軽に食べられたというチョコレート。こちらでは平民が口にすることはまず出来ない、貴族と王族だけの嗜好品だ。


 ヘクセも食べるのは久しぶりだ。買えない事はないが、買って食べる程興味はなかった品である。


「ふーん……って、チョ、チョコを刻ッ……!?刻むッ!?一個で金貨一枚するチョコを!!?」

「え、いや、だって。食べたら一口で終わっちゃいますし、一応五つありますけど……それなら刻んでホットチョコレートにした方がいいじゃないですか。多分これ良いチョコですし」


 その形だって菓子職人が「この形がこのチョコレートに相応しい!」と考え抜いて作った物だろうに、まな板の上でチョコレートが容赦なく刻まれていく。


「こわっ……物資に溢れた異世界人の遠慮ない調理方法……怖っ……」


 ソファの背に隠れつつ台所を覗き込むヘクセはそんな軽口を叩く。


 刻まれたチョコレートは小鍋の中に入れられた。温めた牛乳が入っているようで、そこにトロトロと蜂蜜を加えていく。


「本当はコーンスターチを入れるとトロミがついて良いんですが、トウモロコシの粉って、そう言えばありませんね」

「もっと南の方へ行けばあるかもだけれど、この辺りは無いね。騎士殿に頼めば手に入れてくれるんじゃないかな」

「お忙しい聖騎士さんにそんなことをお願いはできませんよ」


 チョコがすっかり溶けて滑らかになったらカップに移す。湯気のたつ甘い香りのする飲みものだ。


「電子レンジでも作れますので、ヘクセさんが飲みたくなったら自分で作ってみてくださいね」


 作り方は書いておきます、とアキラ君は言った。


 日本語をヘクセが覚えてから、あれこれと彼は書いて残すことにしたらしい。

 街の雑貨屋で買ったノート(王都なので識字率が高く、こうした品が日用品として売られている)に、料理の作り方から、洗濯の仕方まで、事細かに書かれている。


 ヘクセが「読まないかもしれないよ」と言うと「読まないと困りますよ」とアキラ君はさらりと答えた。


 彼は本気で、ヘクセに魔法を捨てさせるつもりらしい。



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