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2、パンケーキと卵


「パンケーキも、これだけ可愛くして貰えたら本望だろうねぇ」


 春の庭の苺やラズベリーたっぷり切ってあしらって、生クリームを添え、蜂蜜をたっぷりとかけた一品。スープは細かく刻んだ野菜が何種類も入っていて、じっくり煮込まれている。味付けに使える物が塩と胡椒しかなかった台所が、今やヘクセの実験室顔負けの品ぞろえになっていることは、この料理の味からも分るもの。


「お茶はミントティーにしてみました。さすがミント。異世界でも育つ勢いが凄い」

「いやぁ、あの悪魔のハーブをこんな風に飲んじゃうなんてねぇ」


 庭で見かければ即座に全ての草花を侵食すると、嫌われまくっていたおハーブさんが、アキラ君の手にかかれば爽やかなお茶になってしまう。


 ヘクセはお茶を少し飲んでから、素敵なパンケーキをサクっと、一口。


 粉と卵と牛乳を混ぜるだけのお手軽な料理だ。ヘクセだって作れる。けれど50年くらい前に何かの気紛れで作ったパンケーキは粉っぽかったし、なんか中が生なのに表面は黒焦げだったし、あれは食べ物ではなかった。捨てるのもなんだったので召喚した悪魔にあげたら、悪魔も泣いた。


 けれどアキラ君の作るパンケーキはいつもふわふわで、甘くてやさしい。


「うんうん、君は本当に料理が上手いねぇ。天才的だねぇ」

「こんなの普通ですよ。俺の世界じゃ、もっと美味しいパンケーキがあちこちで食べられますよ」

「こっちでは無いからねぇ。お店をやるなんてどうだろうねぇ。きっと繁盛するよ」

「俺の人生設計に飲食店経営はありません。俺は進学校に合格して、いい成績を取って、東大に入るんです。上場企業に就職して、住宅ローンを組んで一軒家を買うんです。ので、俺を元の世界に返してください」

「うーん」


 もぐもぐと、ヘクセはパンケーキを味わいながら首を傾げた。


 お城で騎士や貴族令嬢たちに囲まれて「世界は俺が救うぜ!」と猪突猛進な兄君と異なって、アキラ君はちっとも異世界を楽しんでくれない。

 まぁ、受験?シーズン?前日??の?お参り帰り?に、異世界召喚に巻き込まれて人生設計が狂ってしまったらしいから、気の毒といえば気の毒な子。ヘクセが知る限り、歴代の勇者たちは異世界を満喫して地位や財を築き幸せに暮らしたというが、アキラ君は頑なに「元の世界でないと意味がない」と言う。


 返せるのなら返してやりたいものだけれど、その場合、召喚時の三十人の魔術師の命どころじゃ「対価」にならない。


 別の世界から「異物」をこの世界に引き込むにあたって、神々は色々混ぜて「異物」を何とかこの世界になじむようにした。勇者のアホのような祝福祭りもその一つだが、何も貰っていないアキラ君だって、別の世界から「やってきた」以上、どうしたって、元の世界に戻すには混ぜ込まれた神々のあれこれを全部取り除かないといけない。


「君だって、この美味しい素敵なパンケーキから、卵だけ取り除いて、殻付きの状態に戻すなんてことはできないだろう?」

「俺にそれはできませんよ。でも、ヘクセさんなら出来るでしょう」

「まぁね」


 ヘクセは目を細め、ひょいっと指を振った。


 可愛いパンケーキがぐちゃり、と潰れて、回って、お皿の上にはコロン、と丸い卵が一つ。温めれば雛にだってなる。


 アキラ君が顔を顰めた。折角のパンケーキを、という非難の色と、そしてこんな風に、人知を超える行いを気安くしてしまえるヘクセが、アキラの望みを叶えようとしないことに対してのじれったさ。


 けれど言葉には出さない。

 出会って半年。遠慮ない物言いをしてくれるようには懐いてきたけれど、基本的に他人に傷を作らないように、自分に傷を作らないように、距離を保つことの出来る子供。


 可愛いなぁ、とヘクセはにこにこした。


 見ていて飽きない。

 出会った頃はずぶ濡れでボロボロで、心は傷だらけだった。噛み付いてこないのが不思議な程何もかもに怯えていて怒っていた臆病で貧相な子供。


 この魔女の元で面白おかしく生きて死んでくれれば楽しいのに、本人はそれを望んでくれないので仕方ない。

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