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11/13

11、兄弟



 早すぎる登場は誰からも歓迎されないし、面白みがなさすぎるんじゃないか。


 反射的にヘクセが思ったのはそんなことで、そんなつまらないことを考えるくらい、招かれざる客、魔王の出現は別段関心を持つようなことではなかった。


(な、の。だけれども)


 どういうことか。


「どういうつもりだ?」

「……それは、まぁ。本当に、ねぇ」


 無関心の顔のそのままで、世に飽いた魔女の姿のそのままで、気づけばヘクセ。額と両腕にびっしりと、魔力回路を浮かび上がらせて、出力最大の力でもって、魔王を氷漬けにしていた。


 けれど魔王を倒すことができるのは、この世で勇者という生き物だけ。これは決まり切っていること。いかにヘクセが上位の魔女であろうと、人が届かぬ領域にまで手を伸ばす存在であったとて、理を変えられるものではない。


 ので、氷に封じられた魔王は、ギョロりとその目をヘクセに向けて疑問を口にする。


「まぁ、どうにかできるわけじゃないんだけど、でも。動けないだろう?少しはね」


 行動の理由、ではなくて、凍らせてどういう意図かと、聞かれていない質問をあえて口にする。


「ほらほら、さぁさぁ。今のうちに、すぐ死んじゃいそうな連中は避難をね、って、まぁ、あえて私が言わなくても、みんなさっさと行動しているのだけれども」


 魔王を足止めして、くるりと後ろを振り返れば、パーティーの参加者たちは蜘蛛の子を蹴散らしたかのように消えていた。


 居残っているのは聖騎士と勇者様と、アキラくんに聖女の妹だというエマ。


「……勇者殿は、この場に残ったらまずいんじゃないかい?」


 おや、とヘクセは眉を潜めた。


 今日は楽しい勇者殿のお披露目パーティーではあったけれど、勇者殿が無事に勇者殿として覚醒しているわけじゃない。

 今この場で、魔王に狙われて死んだら最も不味い、人類にとって損失のある人間がなぜ残るのか。王族や貴族どもはなぜ盾になってあの青年を守らず自分たちだけとっとと逃げ出したのかと、腹立たしくさえあった。


 勇者殿に守られたいのなら、彼が勇者に育つまで守るべきではないのか。


「それは魔女殿も同じでは?」

「君、」


 ヘクセは自分と魔王の間に立って剣を構える聖騎士の背中を見上げた。


「魔王は魔女の胎を使い後継者を残すのでしょう。あなたがいては折角勇者殿が生き延びて、後に魔王を討ったとしても、後継が残されていたら意味がありません」

「私の体は私だけのものだからね。そうならないように300年前に子宮を焼いている。言わなかったかい?」

「……初耳ですが」


 まぁ、言うようなことでもないだろうとヘクセは驚いて振り向く聖騎士を無視した。


 そんなおしゃべりをしている間に、氷は砕かれて魔王がゆっくりと動き出す。

 一歩、足を進めると床が闇に侵された。あの変色した場所に人間が触れれば命を吸い取られるだろと見た目でもわかる禍々しさ。


 美しく煌びやかだった楽しいパーティー会場が悍ましい死の空間になるだろうというのは、わかりきったこと。


 ヘクセは前衛を聖騎士に任せて、自分は後方へ下がった。腰を抜かしているアキラくんと、それに寄り添って離れないエマ嬢。二人のそばに歩み寄って、しゃがみこむ。


「おやまぁ、アキラくん。逃げ遅れたのかい」

「ち、ちが、います」

「魔女様。この方は、逃げようとはなさいませんでした。ただ、今は驚いてしまっているだけです」

「おや、なぜ?逃げるべきだろう。アキラくんはとても弱い、ただの人間なのだから。おや、これは。聖女の結界?」


 魔王とこれほど間近にいて無事でいられているのはどういうわけかとヘクセは疑問で、そしてアキラの周りが聖なる結界に包まれていることに気づく。


「……」

「と、なると。聖女は君の方だった、ということか」


 ヘクセが問うと、エマ嬢は答えないがその沈黙は肯定だった。


 虐げられる前妻の娘。後妻の娘は聖女だと崇められ華やかに着飾って社交界で注目を浴びている。いつもはパーティーに参加しないはずの後妻の娘が、どうしたって今日はいたのかという疑問。けれどそれは、まぁ、何のことはない。勇者のお披露目パーティーで聖女が示す奇跡の力を、後妻の娘が使えるように演出するために連れ出されたというだけか。


 一体なぜ、自分が聖女だと言わないのか、自己主張の少ない娘の身に何があったのか、それはヘクセにはどうでもいいことだけれども。


「かわいいアキラくんを助けてくれてありがとう」

「あ、いえ……」


 まず言われるのがそんな言葉だとは思っていなかったらしいエマ嬢は大きく目を見開いて、首を振る。まだあどけない少女。親に言われて姉の手伝いでもしていたのか。

 

「……ヘクセさん」

「おや、なんだい、アキラくん」

「兄を。兄は、」

「勇者殿か。彼なら、うん、残念だけれどここで殺される感じかな」

「は……?」


 気の毒。残念。ご愁傷さまと、言い方は何でもいいのだけれどとにかく。準備が間に合わなかった。かわいそうだけれど、ここで彼の異世界転移大冒険は終わりだろう。

 気持ちの良い青年で、とても強くなる見込みがあっただけに、もったいないけれど、仕方ない。魔王だってアホではなかったというのは、まぁ、それはそうだろう。


「あぁ、大丈夫大丈夫。君はエマ嬢の結界で絶対に安全だし、君のことはこの私が守るしね。魔王も今回は勇者を殺すっていう目的だけだろうから、うーん。勇者殿を殺されると人類は滅亡確定だけど、まぁ、仕方ないよね?」


 人間が魔王に対抗するために勇者を呼んだのを正当防衛だとすると、魔王が自分を殺す存在が完成する前に殺しにくるのも正当防衛みたいなものだろう。どっちもどっち。滅ぶのは仕方ない。うんうんとヘクセが頷いていると、アキラくんが走り出した。


「え?」

「兄さん!!」


 駆け出した先、は。魔王の攻撃を受けて、しのいで、段々とボロボロになっていっている勇者殿の元。


「アキラ!こっちに来るんじゃない!」


 怒鳴る勇者殿。そんな声が出せたのかと、好青年の顔からは想像もできないほどの、怒号。命の危険を誰よりも理解しているから、そこに自分の弟が飛び込んでくる恐ろしさから出る声だ。


「逃げようよ、兄さん!!」


 けれども兄の心配、必死な叫びなど聞こえないのか、弟は、アキラは必死にぐいっと、兄の腕を掴んで引っ張った。


「ア、アキラ!?」

「逃げるんだよ、バカ兄貴!いっつもいっつも、なんでそうなんだよ!こんな世界、俺たちには関係ないだろ!兄さんがいないと滅びる世界なら、兄さんが死んでも守れないなら、死ななくてもいいじゃないか!!」


 よいっしょっと、ヘクセは兄弟の前に分厚い魔力の氷壁を出現させた。


 時間稼ぎその二、でしかないけれど、今この場で、飛び出したアキラが魔王に惨殺される展開はヘクセは認めない。


「如何しますか、魔女殿」

「うーん。うーん」


 氷の壁を作って、魔王がすぐに破壊できないように呪って呪って、動きを鈍くして、あれこれと災いのブレンドをプレゼントしていると、聖騎士が声をかけてきた。


「足止めくらいなら私でも出来ますが。魔女殿は弟君と勇者殿を連れて安全な場所に行かれますか?」

「うーん。それは知ってるけど……うーん」


 その場合、聖騎士は死ぬ。


 未完成な勇者を、人類の希望を、魔王から逃すために命を捧げるというのは、まさにまさしく英雄の行いと言えばそうなのだけれども。


 どのみち勇者が殺されれば人類は滅亡で、その時に聖騎士も生きてはいない。死ぬのが遅くなるか早いかの違いで、勇者が生き延びる可能性があるのなら、彼に人類が守ってもらえるようになるまで、彼を守るべきなのがこの世界の人間の義務だと、ヘクセも先ほどそのように考えはした。けれども。だけれども。


「そんなこと言うなよ、アキラ」


 氷の壁の内側で、勇者殿が弟をぎゅっと、抱きしめている。


「もう俺たちは戻れないんだ。だから、この世界はお前が生きていく世界だから。だから、俺は、兄ちゃんなんだから、守るに決まってるだろう」





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