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10、これが勇者殿



 ヘクセはそろそろ帰りたかったが、アキラ君が中々楽しそうである。

 普段魔女の家の家事を頑張ってくれている男の子。しっかり者で、とても頼りがいのある良い子が、年相応に青春しているのを眺めるのが楽しい。


 ので、さっさと帰るべきところを、長居してしまった。


 具体的には、勇者殿が入場してくるまで。


「へぇ、あれが。今回の勇者殿」

「弟君と似ているでしょう」


 聖騎士に言われて、確かに、と、ヘクセは頷く。

 黒い髪は短く、肌は日に焼けていて健康そう。勇者として鍛えているので逞しい。体格は似ても似つかないが、確かに顔立ちはどことなく似ている。


 銀色に輝く甲冑の騎士達に囲まれ、堂々としているその姿。勇者というのはまさにこのような、と、手本にしたいくらい。


 華々しく、勇者殿と聖女様が紹介された。桃色の髪の美人が聖女様か。しかし聖女様は先ほどの妹の方とは似ていない。聖騎士が小声で、あの家は先妻の子が先ほどの妹さんで、聖女様は後妻の娘だという。


「……順番がおかしくないかい?」

「正妻が亡くなった後に、元々の愛人を子どもごと迎え入れたそうですよ」


 醜聞極まりないが、後妻(愛人)の娘が聖女として認められ力を発現したので、男爵と後妻は真実の愛で結ばれていたのだ、家の事情で最初は一緒になれなかったが、などと、そういう美談になっているという。


「……聖女、ねぇ」


 見た目は砂糖菓子のように愛らしいお嬢さん。


「自分の妹があんな地味な恰好をしているのを黙ってみているような女が聖女かなぁ」

「ご本人の意思を尊重している、という可能性もありますよ。女性の装いというのは、中々にこだわりがあるものなのでしょう?」

「私が普段地味な服ばかり着ているのは、私は何を着ても最高に美しいからで、普通の美人は努力しないと駄目なんだよ」


 美人が努力しないで美人でい続けられる、というのは男の妄想である。


 話が逸れた。


「これ、このままいたら、私は祝福を授ける……とか、そういう感じで名指しにされるやつだね?」

「でしょうね。魔女殿がいらっしゃっていることはあちらも把握しているでしょうし」


 第二王子を氷漬けにするためにやってきたのだ、とはさすがに思われないだろう。

 こうして普段出不精の魔女が、舞踏会にやってきた。勇者を祝福する為だ。引き受けてくださったのだと、そのように好意的に判断される。


「……」


 勇者殿が紹介されているのを、アキラ君は黙って眺めていた。黒い眼鏡をかけた少年の表情は硬く、口元は引き結ばれている。


 さて、どうしたものかと、ヘクセは考えた。


 国王陛下から直々に、ヘクセへお呼びがかかる。

 

「断っても構いませんよ」


 と、聖騎士様。

 

 構いません、わけないだろう、さすがにここまで来たらと、それはヘクセにもわかる。


 アキラ君が心配そうに見ているのも、ヘクセには困った。止めて欲しい、という色ではない。どちらかと言えば、祝福を兄に授けてくれるのだろうかと、不安に思っている顔。

 そんな顔をされると、どうにも断り辛いもの。


 仕方ない、と、溜息一つついて、とことこと勇者殿の前へ行く。

 

「はじめまして。柏木源一郎と言います。弟がお世話になっているようで……」


 勇者殿は礼儀正しい青年だった。まだ若く見えるが、歳は二十、あちらの世界でも成人しているという。アキラ君は兄の話をあまりしたがらないから、ヘクセは勇者殿についてあまり知らないけれど、学生という身分であるのに対して、兄は勤め人だったという。そういう経験者であるからか、若くても幼さがない。


「祝福を、というけれど」

「はい?」

「神々からたっぷり貰っているだろう勇者殿に、今更どんな祝福を贈ればいいのやら。濡れた手で氷を触っても、皮膚がくっつかない祝福か、氷を食べた時に頭がキーンとならない祝福、どっちがいい?」


 選ばせてあげよう、慈悲深いので、と真面目な顔でヘクセが言うと勇者殿が笑った。


「ぷっ……ははっ!あはは、はは!」

「……」

「す、すいません、失礼しました。いえ、その、弟がお世話になっている人が、良い人そうで……安心しました」


 優しい兄の顔。

 おや、まぁ、と、ヘクセは面食らう。


 魔女が弟を預かっている、と知っているのに、一度も顔を見せに来ない勇者殿。弟への興味より世界を救う方が重要なのかと、英雄殿はすばらしいね、と、そのように思っていたのだけれども。


 良い青年じゃないか。

 それはまぁ、そうだろう。あのアキラ君の兄なのだ。あんなに良い子の兄が、悪い人間のわけがなく、アキラ君がこの兄を心配して、こんなところまできているのだから。悪い人間のわけがない。


「……」


 ちゃんとした祝福をしてあげようか、とそういう気になる。

 勇者としての人たらし、愛される才能から、ではなくて。弟のことをちゃんと心配していた兄に対して。兄のことを、心配していた弟に対して。何かとてもよいものを、授けてやろうかという気になる。


 大それたものを贈るのなら、ちゃんとした支度をしておけばよかったと珍しくヘクセは後悔した。


 そんなヘクセの耳に、悲鳴。


 天井が、崩れる音。シャンデリアが落下して、下敷きになる人。流れる血。悲鳴、悲鳴。絶叫。


「勇者の祝いの場だというに、この私への招待状がないことは、どういうことか」


 黒い長い髪。褐色の肌に、黒い瞳。黒衣。闇をそのまま人の形にしたような、いきもの。命があるのかないのか、それは神々にしかわからないが、大きな角を生やしているが人の姿をしてはいる。いきもの。


「魔王」


 と、誰かがかすれた声で呟いた。


 恐怖が一気に充満した。膨れ上がり、悲鳴は喉から出る事すら恐ろしくてできないと引っ込む。


 静まり返る会場を魔王は一瞥して、目を細めた。


「勇者が現れたと聞く。そしてその成長を、のんびりと待ってやる親切心というものが、私にあるとどうして信じられたのか」


  




そりゃそうだ。

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