04 全国民から慕われる
時は戴冠式当日、派兵直前までさかのぼる。
ウィッシュは多くの民衆に見送られながら、プルガトリア城を出発していた。
兵士は当初の予定どおり、『戦乙女』300名。
白い武装で揃えた彼女たちの中央には、本来は白馬にまたがるソラリスがいるはずであった。
しかしそこにいたのは、なんとも情けない様子のウィッシュ。
着慣れていない鎧はぎこちなく、腰の剣におっかなびっくりしている。
その姿は見るものをひたすらに不安にさせたが、謁見台から見下ろしていたゴッドヘイローはほくそ笑んでいた。
――娘をよこせと言ったときには、なにかと思ったが……。
ちょうどいい駒が舞い込んできたではないか。
余はすでに、ドゥオロイと取引しておるのだ。
戴冠式のこの日に、ソラリスと戦乙女たちを供物に差し出すと。
しかしウィッシュが現われた以上、ソラリスには手駒に戻ってもらうことに決めた。
ソラリスほどの器量の女となれば、もっといい使い途がいくらでもあるだろうからな。
かわりにウィッシュと戦乙女たちを、野獣たちの供物にすることにした。
ウィッシュは捕まり拷問にかけられ、戦乙女たちは犯され、なぶられ、食われ、踏みにじられるであろう。
あとは、今回の出兵はウィッシュの暴政ということにして、ドゥオロイへ全面降伏を申し入れる。
オーロラが消える前にこの国がドゥオロイの手に落ちれば、ドゥオロイは他国へ攻め入るための大いなる足掛かりを得られる。
このプルガトリアは地図から消え去ってしまうが、もはや未練などない。
余はドゥオロイの元老院へと入れることになっているのだからな。
ドゥオロイの中枢にさえ入り込めば、あとは内より野獣どもを操って……。
世界を手に入れるっ……!
ソラリスという大駒をひとつ余らせることができたので、ゴッドヘイローは高笑いをしたい気分だった。
しかしそれはもう少し先にとっておいて、大臣たちに指示を飛ばす。
「よし、数日で戻ってくるであろうから、急いで準備を進めるのだ! ソラリスには余計な手出しをさせぬよう、閉じ込めておけ!」
ウィッシュを送り出した瞬間、ゴッドヘイローは部下たちを急かし、娘を監禁してまであることを進める。
それは、ウィッシュの葬儀の準備であった。
ウィッシュは間違いなく戦場で醜態をさらし、死体となって……。
いや、死体すら戻らずに晒し首になるであろう。
ゴッドヘイローはそれを見越しており、ウィッシュを最悪の戦争犯罪人として罰するような葬儀を考えていた。
ゴッドヘイローとしては、権力を手にして狂ってしまったウィッシュが独断でドゥオロイに攻め入ったことにしたかったからである。
そのため、ウィッシュの似顔絵にバッテンを付けた看板や、ウィッシュに見立てた人形を磔にしたオブジェなどを作らせた。
ウィッシュは名も無き青年である。そのため民衆をちょっと情報操作するだけで、簡単に愚王だと思わせることができた。
民衆たちはこぞって、ウィッシュの似顔絵や人形を傷付け晒し者にする。
街中すべてがウィッシュを弾圧するように飾り立てられたので、ゴッドヘイローは大満足であった。
――これで、ドゥオロイの国王を迎える準備ができた……。
ドゥオロイの国王は今回の一件の是非を問うため、非武装でこの国に訪れる手筈になっている……。
そこで官民一体となって、ウィッシュがやったことにして、国を差し出せば……。
すべては、丸くおさまる……!
この国の民は奴隷となり、ほとんどが殺されてしまうだろうが、もはや余には関係のないことだ。
余はその頃には、奴隷を扱う立場になっているのだからな……!
「ふふふふふふ! ふぁーっはっはっはっはっはっはっはっはーっ!!」
王が留守なのをいいことに、玉座に座っていたゴッドヘイローは、ガマンできなくなってひとりで高笑い。
するとそこへ、伝令の兵士が飛びこんできた。
「申し上げます! ソールサークルをドゥオロイ国王が突破いたしました! ドゥオロイ軍は引きつれておらず、国王おひとりのみです!」
武装、非武装に関係なく、ソールサークルは戦意のある者を通さない。
たとえどれほどひた隠しにしていても、その野望を内に秘めたものは通ることができないのだ。
野獣と呼ばれたドゥオロイの者たちならなおさらなのであるが、ソールサークルを抜けたということは……。
「きっと、ウィッシュと女どもをさんざんなぶりつくして、相当スッキリしたに違いない……! しかも、単騎でこちらに来るとは……! よし、出迎える準備をするのだ!」
ゴッドヘイローは城内にいる者たちすべて、そして城下町にいる民衆を集め、沿道に整列させた。
もちろん、手にはボロボロになったウィッシュの似顔絵や人形を持たせて。
ソラリスはこの時はじめて監禁を解かれたのだが、街の変りように愕然とする。
しかし、もはや何もかもが手遅れであった。
「ドゥオロイの国王がお見えになります!」
伝令に、色めきたつゴッドヘイロー。
なんとか助けてもらおうと、ゴマすりの準備を始める大臣や貴族たち。
ドゥオロイの恐ろしさは知っていたので、民衆たちは怖れおののいていた。
やがて現われたドゥオロイの王は、たしかに自国の軍隊は引きつれていなかった。
しかし、大勢の者たちを引きつれている。
それは、なんと……戦乙女たち……!
その美しき見目と、白備えの装備は、出兵したときとなんら変っていない。
陵辱の痕どころか、ホコリひとつ付いていないかのようだった。
それ以上に信じられなかったのは、戦乙女たちの中央にいる者たち。
ドゥオロイの王と、ウィッシュ……!
しかもふたりは義兄弟の契りでも交わしたかのように居並び、満面の笑みで馬に跨がっている。
馬上でなければ肩でも組みそうな仲良しぶりであった。
ドゥオロイは、待ち構えていたゴッドヘイローに朗らかに応じる。
「ウィッシュ殿の申し入れにより、ドゥオロイとプルガトリアは無条件和平を結ぶことになった。オーロラが消えても、我がドゥオロイが守ってやるからな!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
それは常識から考えて、ありえないことであった。
なぜならば、今回の一件はプルガトリアが仕掛けてきたことである。
ドゥオロイからすれば、プルガトリアを占領するいい口実をもらったようなものである。
侵略してもいいはずなのに、和平とは……。
たとえプルガトリアを守るにしたところで、現王族は全員処刑して、ドゥオロイの息のかかった王族を据えるくらいのことはしてもおかしくないというのに……。
なのに、無条件っ……!
これは傍から見れば、ドゥオロイ側の全面降伏にも等しいことであった。
大国がなんの見返りもなしに小国に組みするなど、よほどの弱みを握られていないかぎりありえないからだ。
本来ならばドゥオロイ国王は股間を握りしめられているような、苦渋の表情をしていなくてはおかしいのに……。
その表情は晴れやかであった。
「ウィッシュは、この俺様が初めて認めた異国人だ! お前たちはすばらしい王に恵まれたな!」
それでようやく、民衆はウィッシュの偉業を実感する。
「あ……あのドゥオロイと、和平を結ぶだなんて……!」
「ウィッシュ国王はいったい、なにをやったんだ……!?」
「でもこれで、オーロラが消えても攻め入られずにすむぞ!」
「ああ! 有数の軍事大国であるドゥオロイの後ろ盾があれば、他の大国も簡単には攻めてこられまい!」
「す……すげぇ……! すごすぎるよ、ウィッシュ国王は! 大国を相手に無傷で戻ってきたうえに、和平を勝ち取るなんて!」
「ああ! 私腹を肥やすばかりだった前国王とは大違いだ!」
「ウイッシュ国王! あなた様こそ、我々が望んでいた真の指導者です!」
「ウィッシュ国王、ばんざーいっ! ばんざーいっ!」
城下町を支配していた通夜のようなムードは一転、英雄の凱旋パレードのような明るさに早変わりする。
絶望に打ちひしがれていた民衆は、突然プレゼントされた平和に涙を流して大喜び。
誰もがウィッシュの名を叫び、その素晴らしさを声高に叫んでいた。
このお話は、ひとまずこれにて完結です!
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