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03 大国を懐柔

 ゴッドヘイロー様の開戦宣言に、驚愕していたのは民衆だけではない。

 僕も驚いていたけど、それ以上にソラリスさんが慌てふためいていた。


「お……お父様! それはわたしが女王となったときに発表する公約だったはずです! 女王としての器を民に示すために、わたし自らが言いだしたこと! 国王がウィッシュ様になったのですから、その公約は無効とすべきです!」


「いちど元老院によって承認され、そしてこうして公示された以上、覆すことはならん! それに民は、新国王の器に疑問を抱いておる! ならばなおのこと、ここで力を示さなければならんのだ!」


「で……でしたら、わたしが行きます!」


「ならん! 王妃となったそなたはここで、王の帰りを待つのだ!」


 突然のことに僕は混乱しかけていたけど、ソラリスさんの言葉を聞いて気持ちの整理がついた。

 ゴッドヘイロー様に詰め寄る彼女の肩を、僕は後ろから抱く。


「僕はひとりで大丈夫です。あなたはここで、僕の帰りを待っていてください」


「えっ……? ウィッシュ様は、武術の心得がおありなのですか……?」


「ありませんけど、なんとかなりますよ」


 僕はソラリスさんを心配させないつもりで気楽に言ったんだけど、逆効果のようだった。

 ソラリスさんはよりいっそう、青い瞳を不安げにさまよわせている。

 でもそれだけで僕は、地獄にだって旅立てる気がした。


 だって……スキルの効果とはいえ、僕のことをこんなに心配してくれる人なんて、いままでいなかったから。

 それに、僕と結婚しなければ彼女が行くことになっていたと思うとなおさらだ。


 僕は『ダートマート』にいた頃、クレーム処理課としてこの大陸じゅうを飛び回っていた。

 それぞれの国の国民性にあわせた謝罪をしていたんだけど、そのために各国の歴史も勉強した。


 ドゥオロイ王国は、プルガトリアを囲む12の大国のなかでもトップクラスの軍事国家である。

 好戦的な人種で、大柄な体格にものをいわせた肉弾戦を得意としている。


 力の強さこそがすべてで、太古の昔は戦争好きであった。

 侵略された国は、野獣のような兵士たちによってメチャクチャにされるらしい。


 男は八つ裂きにされ、女は陵辱の限りをつくされる。

 子供は少年兵たちの練習台となり、金品や食料はすべて強奪、建造物なども跡形もなく破壊するという。


 殺戮と破壊の使徒……それが、ドゥオロイ王国……!


 この国にどれだけ兵力があるかはわからないが、まったく相手にならないどころか、なぶり殺しにされるのは目に見えている。

 ソラリスさんが行ったりしたら最後、敵兵たちによって……。


 そこから先は考えたくもなかった。

 僕はソラリスさんの手を握りしめる。


「大丈夫、僕は死んだりしません。必ず生きて戻ってくるから安心してください、ね」


 微笑んでようやく、ソラリスさんは「わかりました……」と渋々ながらも納得してくれた。

 僕のまわりにはすでに兵士たちが取り囲んでいて、「ウィッシュ様、出陣の準備ができました」と促してくる。


 どうやら、逃がさないようにしているつもりらしい。

 僕ひとりだったらなんとかして見逃してもらうところだけど、ソラリスさんがいる以上は腹をくくるしかない。


 僕は、名前も知らない者たちに向かって言う。

 無事帰ってこられたら、彼らの名前も覚えなくちゃなと思いながら。


「では……! ウィッシュ軍、出発しましょう……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 兵士を引きつれた僕は、ドゥオロイを目指して北東に進路を取る。

 数日かけてプルガトリアの国境までたどり着き、大いなる加護のカーテンを抜けていた。


 オーロラ、正式には『ソールサークル』の外に出た今、僕を守るのは『戦乙女』と呼ばれる300人の女の子たちだけ。

 聞くところによると、彼女たちはソラリスさん直属の部隊で、みな年の頃はソラリスさんと同じくらいらしい。

 僕よりずっと歳下の子ばかりなのに、僕よりずっと勇ましくて強そうだ。


 僕らウィッシュ軍は小高い丘の上に立っていて、国境沿いにずらりと展開するドゥオロイ軍を見下ろしていた。

 昨日、僕を馬車から投げ飛ばした倉庫番みたいに大柄な男たちばかりで、みな山賊みたいな格好をしている。


 そのむくつけき外見にふさわしい、「ひゃっはーっ!」と下卑たヤジが飛んできた。


「見ろよ! マジで女だけの軍団だぜ!」


「しかも若い女ばっかりじゃねぇか、最高だ!」


「あんな細い女をやるのは初めてだ! 触るだけで折れちまいそうだぜ!」


「おいおい、壊さねぇようにしろよ! またとねぇチャンスなんだからよ!」


「ムチャいうなよ、これだけ野郎が余ってるんだ! 数人がかりでヤッたら簡単にブッ壊れちまうよ!」


 彼らがそう言うように、体格だけでなく戦力にも差がつきすぎている。

 戦乙女たちは総勢で300名、対する相手は……。


「およそ5000です」


 傍らにいた、双眼鏡を覗いている女の子が苦々しく教えてくれた。

 僕の顔も自然と渋くなる。


「戦力差、16倍差ですか……」


「ウィッシュ様、いかがいたしましょう?」


 実を言うと、僕は城を出たときからずっと思っていたんだ。

 こんな幼気な女の子たちを戦わせたくない、って。


 となると……作戦としてはひとつしかない。


 僕は馬を前に進め、先陣へと立つ。

 そして、魔導拡声装置を手に叫んだ。


『ドゥオロイ国王に、一騎打ちを申し入れます!』


 これには背後にいる味方だけでなく、敵もざわめいた。


「おいおい、なんだあの野郎!?」


「あんなモヤシみてぇなヤツが、プルガトリアの大将だってのかよ!?」


「たしかプルガトリアは今日、ソラリスの戴冠式じゃなかったか!?」


 僕はその疑問に答える。


『僕はソラリスさんと結婚しました! だから僕がプルガトリアの王です! 王どうしなら、一騎打ちしても問題はないでしょう!?』


「ぎゃははははは! アイツ、なに考えてんだ!?」


「普通に戦っちゃ勝てねぇからって、偶然に任せた一点勝ちしようって魂胆かぁ!?」


「バカが! 俺たちの大将に勝てるわけがねぇのに!」


「でもよぉ、アイツさえブッ殺したら配下の女たちは捕虜になるんだろ?」


「あっ、そうか! 女たちを無傷で手に入れるチャンスじゃねぇーか!」


 ドゥオロイの国王も同じことを考えていたのか、それとも一騎打ちを断るのはプライドが許さないのか、ともかく申し出を受けてくれた。

 僕は戦乙女たちを引きつれ、敵陣に向かって進んだ。


 敵軍は中心から割れるように両翼に展開し、僕らを取り囲んでいく。

 真ん中には簡易の陣営があり、そこには数人の大男たちがいた。


 僕は馬を降り、みんなを置いてひとりで敵陣営へと歩いていく。


 敵陣営にいた、巨人ともいえるひときわ大きな男が立ち上がり、僕に相対するように歩を進めてくる。

 間違いない、あの男がドゥオロイの国王だ。


「一騎打ちは、我らドゥオロイのもっとも得意とするところ! 新しきプルガトリアの王よ! 貴様の力、見せてもらうとしよう! 我らが認める力であったときは、それ相応の敬意をもって葬ろう! だが、くだらぬ力であった場合は、もっとも恥ずべき方法で殺してやるから覚悟しろ!」


 僕が無言で頷き返すと、ドゥオロイの国王は背中に携えていた大剣の柄に手をかける。

 あと一歩踏み込んで抜刀すれば、僕をまっぷたつにできる距離で。


「では……いくぞっ!」


 その合図と同時に、僕は居合いの達人のような素早さで動く。

 戦乱の歴史が刻み込まれた荒野に両膝をつき、眠っている英霊に祈りを捧げるように、両手をつく。


 僕の行動は予想外だったのか、兵士たちは唖然としている。

 ドゥオロイの王は激怒していた。


「この期に及んで臆したかっ! 一騎打ちでひれ伏すとはっ……! くだらぬ力をも見せる勇気のないとは、見下げ果てたぞっ!」


 いいや……! 僕の力は、これから見せるんだ……!


「死ねぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」


 轟音とともに振り下ろされる大剣、僕はそこにカウンターをぶつけるように、顔をあげて訴えた。


「お願いです……! 僕の国を、守ってください……!」


 巨木のように倒れてくる大剣が、すれすれで僕をそれ、肩を掠めて地面に叩きつけられた。


 ……ずずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


 激震とともに大地が爆ぜる。

 噴き上げた土煙は蒼空で形をなし、相搏つ竜虎を浮かび上がらせていた。

 青天から降り注ぐ稲妻。白と黒に明滅する世界のなかで、ドゥオロイの王はうつむいたまま肩をいからせていた。


 ……ダメか……!? と思った瞬間、王はパッと顔をあげる。


「その意気や、よしっ……! 全身全霊をもって、貴様の気持ちに応えよう……! たった今からドゥオロイは、プルガトリアの盾となった……!」


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」

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