02 国王になる
謁見場内は、城下町以上の騒乱に包まれていた。
国王ゴッドヘイロー様の宣言に、大臣や賢者、騎士たちまでもが大騒ぎ。
ソラリス様にいたっては、玉座を立ち上がってまでゴッドヘイロー様に詰め寄っている。
僕はその様子を、対岸の火事のようにぼんやりと見つめていた。
「まさか、本当にうまくいくなんて……。ゴッドヘイロー様はレベル150オーバーだし、そばには近づけそうもなかったから失敗すると思ってたんだけど……」
僕が生まれ持って与えられたスキルは『土下座』。
土下座することにより、願いや謝罪が聞き入れてもらいやすくなるというもの。
もちろん絶対ではなく、相手のスキルレベルが自分よりも高いと失敗しやすくなる。
また距離が遠かったりすると、効果が半減するんだ。
このスキルは世間的には『はずれスキル』とされ、僕は幼い頃からまわりにバカにされてきた。
それでも『ダートマート』のクレーム処理課にいた時は、けっこう役に立った。
店がどんな大失敗をやらかしても、僕の土下座で最悪の状態になることだけは防げていたんだ。
でもまさか、王様にまで通用するレベルだったなんて、思ってもみなかった……!
そこから先のことはよく覚えていない。
僕の身体はお城のなかをいろいろタライ回しにされたあと、夜には豪華な寝室にいた。
処刑されたり投獄されることもなかったので、どうやら国王が無理を押し通してくれたらしい。
僕は数時間前までは新聞紙を身体に巻いていたのに、いまは王子っぽい豪華な服を着ていた。
目の前には年のいったメイドさんがいて、僕の服装を厳しくチェックしては直している。
「お召し物は結構です。でも、ちょっと髪が長すぎるのが気になりますね。これでは顔もロクに見えないではありませんか」
メイドさんは僕の前髪に手をかけようとしたので、「それはちょっと」と止めた。
「こっちのほうが落ち着くんで、このままで……。それよりも、これからまだなにかあるんですか? あとはもう寝るだけじゃ……?」
「これよりソラリス様がお見えになり、初夜の儀式を行なわれます」
「しょ……初夜!? 初夜って、あの……!?」
「はい」と事もなげに頷くメイドさん。
僕は驚きのあまり、恥も外聞もなく叫んでしまっていた。
「ええっ!? 僕、初めてなんですよ!? いったいどうすれば……!?」
っていうか、僕は彼女すらいたことがない。
それなのに、いきなり初夜だなんて……!?
「ウィッシュ様はなにもする必要はありません。このプルガトリアの王室では、女よりも男のほうが尊いとされています。初夜の儀式において、妻となるソラリス様はウィッシュ様に跪き、永遠の愛を誓うのです。そのあと、ふたりきりのときは、ソラリス様が身の回りのことはすべてやってくださいます。当然、夜の営みについてもすべてです」
「す……すべてっ!?」
「はい。ですのでウィッシュ様はソラリス様に身を任せてください。そろそろお見えになる頃ですので、私は失礼します」
「えっ!? あ……ちょ……!」
僕がうろたえているうちにメイドさんは寝室から出て行き、少ししてからソラリス様が入ってきた。
彼女をこんなに間近で見るのは初めてだったので、その美しさに僕は息を呑んだ。
腰まで伸びた金色のストレートヘアは、星屑のような光をまとっている。
そして青い瞳はまさに小宇宙のように輝き、見つめられると吸い込まれそうになる。
顔立ちは作り物かと思うほどに整っていて、身体は……。
とそこで、僕の夢見心地はシャボン玉のようにパチンと弾けた。
ソラリス様は、これから戦場に向かうようなフル武装。
バトルドレスの上に胸当てやガントレットを付けており、戦争前夜のようないでたちであった。
しかも形相は、敵将を前にしているかのように厳しい。
彼女は無言で歩いてくると、腰の剣を抜いて僕の首筋に突きつけてきた。
跪いて、永遠の忠誠を誓ってくれるんじゃなかったの!?
まったく真逆の行為をされて、僕はのけぞる。
「わあっ!?」
「わたしはお前を夫とは認めない」
その声は鈴音のように美しかったけど、あからさまに僕を拒絶していた。
「ま、まあ、そうですよね……」
「だからここで貴様を殺し、わたしも死ぬ」
「ええっ!? どうして!?」
「国王である父上の命に背くからだ。それに、わたしがお前の妻になるということは、お前がこの国の王になるということ。お前のような馬の骨に、この国を渡すわけにはいかん」
「そんな、僕は国なんて……!」
「ウソをつけ。この国を乗っ取るために、父上をたぶらかしたのであろう」
「最後にこうやって、あなたと話したかっただけなんです」
僕がホントの事を白状すると、ソラリス様の顔はさらに険しくなった。
「……なんだと?」
「僕は生まれてこのかたずっと、ひとりぼっちで生きてきました。まわりからバカにされて、彼女どころか友達もいませんでした。仕事をクビになって、すべてを失って最後になにかしようと思って、それで思いついたのが、あなたと話がしたいって……」
「なぜ、わたしと話がしたいと思った?」
「それは、あなたが僕の太陽だったから……」
「なに?」
「太陽は遠くにありますけど、見ているだけで元気がわいてくるでしょ? それと同じで、あなたのことは遠くからしか見たことがありませんでした。でも、僕はいつも元気をもらっていました。そんな憧れのあなたと話して死ねるなら、処刑されても構わないと思って……」
僕は首筋に押し当てられた剣に、自ら刺さりに行くように前かがみになった。
ソラリス様は戸惑いを隠せない様子で剣を引っ込めてくれる。
僕はまた賭けに出た。
足元にはヒマワリのじゅうたん。ヒザにモフッとした感触を感じながら、起毛に両手を埋める。
額までもを埋没させた瞬間、ホンモノのヒマワリの花が咲き乱れ、寝室はヒマワリ畑と化す。
咲き誇るそのすべてが、ソラリス様のほうを向いていた。
「お願いします……! 僕だけの太陽になってください……! あなたと一緒になれるのなら、僕は誓います……! この寝室だけでなく、中庭じゅうを……! いや、この国すべてと、あなたの心をヒマワリでいっぱいにすることを……!」
しかし、応えはない。
おそるおそる顔をあげてみると、彼女は震えていた。
剣をポロリと落とすと、込み上げてくる気持ちを抑えるかのように、両腕で胸を抱く。
「初夜の儀式は、女が男にひれ伏し、百の言葉で愛を誓うのに……! 男のほうがひれ伏して、愛を誓うだなんて……! それも、たったひとつ……わたしの大好きなヒマワリで……! いままで誰ひとりとしていなかった……こんなことをする人は……! こ……この人は、いままでわたしに言い寄ってきた、どの男とも違うっ……!」
顔は上気しきり、真っ赤っかになっている。
それはまるで導火線の短くなった爆弾のようだった。
そして、ついに……!
「こ……こんなの……はじめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……どがっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
ソラリス様はのけぞり大爆発。
それは比喩ばかりではなく、アーマーがバラバラに外れ、ドレスまでもがビリビリに弾け飛んでいた。
残っていたのは、初夜の儀式の本来の装束なのであろう、純白のナイトドレス。
ソラリス様は太ももからつうとひとすじの汗を垂らしながら、僕の後を追いかけるように絨毯に伏せた。
「う……ウィッシュ様……! たったいまより、わたしはあなた様のものとなりました……! どうか、わたしを一生、あなた様のそばに置いてください……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日の朝。
ソラリスさんはたどたどしく僕の世話をしてくれた。
朝食を食べさせてくれて、服を着替えさせてくれて、いっしょに寝室を出る。
廊下では大臣たちが跪いていて「今日はウィッシュ様の戴冠式です」と教えてくれた。
あ……そうか、昨日まではソラリスさんが即位するはずだったのに、結婚したから僕が国王になるのか。
中庭を一望できるという謁見台に案内されると、外にはすでに大勢の民衆が集まっていた。
国民の大半は国外に逃げ出したはずなのだが、それでも城の中庭を埋め尽くすほどの人々が残っているようだ。
魔導装置で拡声されたゴッドヘイロー様の声が、遠方に見える城下町まで届いていそうなほどに高らかに鳴り渡る。
『これより、我が娘ソラリスと、新たなる王族となった青年、ウィッシュの婚礼の儀を執り行う!』
民衆たちは、これから行なわれるのはソラリスさんの戴冠式だと思っていたようで、さっそくざわつきはじめる。
それでも式は妨害されることなく進み、僕はゴッドヘイロー様から王冠を授かった。
『たった今より、このプルガトリアはウィッシュ国王が治めることとなった!』
前国王より正式な宣言があってもなお、民衆たちのどよめきは止まらない。
無理もない。どこの馬の骨とも知らない男がとつぜん王となったのだから。
しかし、とつぜんなのはそれだけではなかった。
まさに寝耳に奔流が押し寄せたかのような衝撃の事実が、前国王より告げられる。
『我が国を取り巻く情勢は緊迫をきわめておる! この国難を乗り越えるために、これよりウィッシュ国王が、隣国のドゥオロイへと出兵する! ウィッシュ国王指揮下の元、ドゥオロイとの全面戦争を行なうっ!』
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」