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魔法使いが死んだ  作者: 佐藤 つかさ
第一章 魔法使いが死んだ
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1話 魔力機関車マッド号


 「それでは、エルマー、ニクスに続くリオン同盟国家の魔力機関車、各同盟都市間線路開通をここに祝い、乾杯」


 天高く雲が過ぎゆき、風がススキを揺らす音のなか、灰色のローブを着た男は言っている内容に反して淡々とし口調で宣言した。


「乾杯」

 

 続いて隣に立つ長い銀髪の女性がそう言うと周りに立つ豪奢な出で立ちをした五名の男女も「乾杯!」と続け、七つのワイングラスが掲げられる。

その瞬間左右から色とりどりに染められた紙片や花びらが舞い上げられ、集まった人々は口々に祝いの言葉を叫ぶ。準備していた音楽隊が賑やかな曲を奏で初めお祭り騒ぎが一気にシーフの都市全体に広がっていくようだ。


 隣に立つ長い銀髪の女性、シンアを見上げると丁度ワイングラスから口を離したところ

で「ロビンも飲んでみるか?飲みたがっていただろう」と、いたずらっぽく言ってグラ

スを差し出される。


「結構です。未成年の飲酒は法によって禁じられていますから。」


 未成年、15歳以下の飲酒はリオンの通法によって禁じられているため、15歳である自

分はその法の対象である。


「今は祝いの場だから一口くらい、いいんだぞ?」


「法は守らなければいけません」


「そうだったな、私がそう教えた」


 そう言うとシンアはやれやれと言った風にため息をつき、また自分の紫の口紅の引かれ

た唇をワインで湿らせた。

 

 すると恰幅のいい中年男性がニコニコと笑顔を作ってこちらにやって来る。


「シンア様、シーフ特産の白ワインはいかがでしょうか。今年のものは特に出来が良く100年に一度の逸品となりました。」


「ああ、堪能させてもらっているよ。実に素晴らしい味わいだ。」

 

 彼は今滞在しているシーフの都市の王族で確か王弟のバルカス・シーフである。いかにも王族らしい毛皮の襟のついた豪華な服は秋半ばの今の季節には彼の家の裕福さを大いに知らしめる体系も相まって少々暑そうである。

 

 「おや、お連れ様は手持ち無沙汰でいらっしゃいますか。どうぞご一緒にワインを召し上がってください。今年は柔らかく果実味が豊かに仕上がっておりますからお若い方にもきっと気にいられますよ」

 

 「ありがとう殿下、しかし私の息子は優等生でね。あと一年我慢するそうだ」


常に無表情でいるため退屈しているように見えたのだろう。同じように断ろうと口を開く前にシンアが先手を打つ。


 「これは失礼いたしました。息子のロビン様でいらっしゃいましたか。これはこれは大きくなられて」


バルカスは目を丸くした後、こちらを舐めるように観察してくる。未来の貴重な魔法使いだと思って品定めしているのだろう。首を曲げて礼をすると相手も同じように返してきた。


自分の口調がぶっきらぼうであることは自覚しているので目の前の王弟に限らず参列している王族連中から反感を買わないためにも開通式が終わるまで静かにしているのがよさそうだ。


バルカスがシンアの着ているドレスを褒めはじめたので本格的に暇になってきた。

そうすると自然と目線がよそに移る。


 少し向こうには先ほど乾杯を言ったグレイ博士を他の四人の王族が囲んでいるのが見える。彼らはそれぞれルア、マキア、ニオン、ヤシュムの各同盟都市の王族を代表してこの場にいる。

 そして稀代の天才魔石科学者グレイ・エバンズに少しでも取り入ろうと競って後ろの巨大な鉄の塊、魔石機関車マッド号を褒めそやしている。


 魔力機関車マッド号、この鉄の塊こそが本日の開通式の主役である。

 これだけの大きさの鉄塊が更に人や荷物を載せて約半日ほどで各都市間を移動するという。馬車で移動するよりも倍以上早く、地上にひかれた鉄のレールの上を走るので多少の悪天候くらいならものともしない。何より夜間の移動が安全になる。


 エルマー同盟都市国家に初めて魔力機関車が走り世界はこの画期的な乗り物をこぞって自国に取り入れようとした。エルマーの次にはニクス同盟都市国家に作られ、やっとリオンでも完成したというわけだ。

 

 本来、世界にただ一人の魔法使いと呼ばれるシンアがこのような催しに呼ばれたからといっていちいち出席する義理はないのだがリオンはこの度の、3年に一度のナイトメア出現の地である。

 彼女はナイトメア討伐のためにシーフに来たのだが何も聞かされずにこの開会式の場まで連れてこられ今にいたる。おそらくシーフの王族のみえのために出席させられているのだろう。

 しかしシンアは好奇心旺盛な性格のためそれなりに楽しんでいるようだ。


 ぼんやりとしていると向こうからグレイ博士がこちらに向かってくるようだ。

固まっていた人だかりが動いて人影に隠れていた一人の少女が見える。

 

 肩を超すほど長いプラチナブロンド、切りそろえられた前髪の下の碧眼と目が合う。

 年は同じか少し下くらいだろう。上質そうではあるが着ているのが水色のエプロンドレスであるため王族ではなさそうだ。

 

「お初に目にかかります。偉大なる魔法使いシンア・フィフス様」


 グレイ博士がシンアに向かって仰々しいお辞儀をする。


「こちらこそ、お会いできて光栄です。グレイ博士」


「そちらは息子のロビン様でいらっしゃいますか?」


 グレイ博士がこちらを見る。その瞳はどこか不気味な光方をしている気がした。

  

「シンア・フィフスの息子のロビン・フィフスです」


彼はお辞儀でもって返してきたが顔を上げてもまだこちらを観察する視線は固定されたままである。

何か科学者的に気になることでもあるというのか。


「この魔力機関車というのは実に興味深いものですね。まるで魔法のようだ」


 シンアが話しかけたのでやっと彼の視線が外れた。


「まさしく半分は魔法のようなものです。なにせ魔力石を動力源としているのですから。」


魔力石とは主に「ホール」からとれる魔力がたまった石のことで、どの文明都市でもこの魔力石が街灯や暖房などの熱源として使われている。

しかし、街灯として扱えば光を多く放ち、暖房の燃料として扱えば熱を多く放つ、時には上に置かれた物が浮いていることすらあるという。そんな魔力石の仕組みは実のところはっきりと解明されていない。神の贈り物であるため人間に都合よく扱えるというのが通説である。


「私は魔力石を光や熱といった熱源として以外の使い道を発見しました。それは動力です。」


「動力、というと魔力石の力であの巨大な鉄の塊を動かしているのですか?」


 王族らしき赤みがかった長髪の少女が驚いた様に問う。


「もちろんそれも可能です。しかしいかな魔力石とは言え無限のエネルギーを秘めているわけではありません。あの魔力機関車は内部の小さな機関を魔力石の力で動かすことによってそれに連動する機関が更に動き、下についている車輪を回転させ稼働します。そうすることで最小限のエネルギーであの巨体を動かすことができるのです」


 グレイ博士は急に早口になり瞳は空を見つめ爛々と輝きだした。


「その内部機関の構造は……」


「それは素晴らしい。あなたは噂にたがわぬ天才のようですね博士」


 シンアがニコニコと微笑みながらあからさまに話をさえぎる。しかし博士は大して気に

触ったというわけでもないらしく。スンッと元の冷淡な雰囲気に戻った。


「私は魔力石のさらなる解明に魔法使い様の意見をぜひとも参考にさせていただきたいと

考えています。もしよろしければ皆様、魔力機関車マッド号の内部もご覧になってくださ

い。そしてシンア様、可能であればこの無能な人間にいくらかのお知恵をお貸しいただき

たく」


「いいでしょう。あなたの話は面白そうだ」


 壇上にいた人々がゾロゾロと移動して「駅」という魔力機関車に乗り降りするための建

物に入っていく。


「ロビン、私は博士と機関室で話しているからお前は好きに見学しておいで」


シンアはそういって一番先頭の個室に博士と乗り込んでいった。


他にすることもないので他の人に交じって二番目の箱に乗り込む。

中には二人乗り程の座席が二つ向かい合う形で車内の両端にいくつか並んでいる。想像したよりも座性の数が少なくその分スペースが広くとられている。

内装も落ち着いていて品があった。


王族の方々は座席に座ってみたり、窓の外を覗いたりとはしゃいでいるようだ。話し

かけられてボロを出す前に次の箱に進む。


 そこは先程よりも多く座席が置かれていて内装もこざっぱりとした印象を受ける。

なるほど、乗る場所によって乗客のランクを分けるのだろう。


さらに次の箱に進むとそこには先客がいた。


 外で目が合った少女だった。

 ぼんやりとした様子で外を眺めている。正午過ぎの柔らかな日の光に包まれて、最初に見た時よりも人間らしく見えた。

 外で見た時はその整った見た目や感情の読めない瞳から人形のようだと思ったのだ。

 だが今の彼女はどこか疲れているような雰囲気があった。


 引き戸の閉まるガチャンという音がして少女がこちらを見る。


「お連れの方ですか?」


 黙っているのもおかしな気がして声をかけたがこれはこれでおかしかっただろうか。


「グレイ博士の娘のゴールド・エバンズよ。あなたは?」


「シンア・フィフスの息子のロビン・フィフスです」


「そう、私たち同じ立場なのね」


 確かにただの連れとしてここにいるという意味では同じ立場だ。


「お母さまは?どうされているのかしら?」


少女がこちらに歩み寄りながら聞いてくる。


「シンアはいま博士と話しています」


「なら少し退屈なんじゃない?お話でもしていましょうか」


見た目の印象よりずっとフレンドリーな性格なのかもしれない。

彼女は王族でもないしもし機嫌を損ねたとしても大して問題にならないだろう。


「ええ、ぜひ」



 彼女はやはり自分より1つ下の14歳だった。

 父に連れてこられたものの退屈していたのは彼女の方であの雲が何に似ているだとか今食べたいものの話だとか、そんなとりとめのないことをずっと話してくる。

 

 向かいの座席に座る彼女の金髪が光に透けてキラキラと目に眩しい。

 

「あなたは何が好き?」


 食べ物の話題である。

 さて困った。何と答えたものか。


「何でも好きだよ」

「あら、いいわね。私はひよこ豆だけは絶対に食べたくないのに」


 本当は何も思いつかなかっただけだったが、好き嫌いがないのは嘘ではない。

  

 そのとき。


「ロビンここにいたのか」


 後ろでドアの開く音がして振り返るとそこにはシンアがいた。


 彼女はゴールドのことを見て少しぎょっとしたようなそぶりを見せた。誰に対しても物怖じのない彼女にしては珍しいことだった。

 

 しかしどうしたのかと尋ねる間もなくまたいつもの笑顔が戻り、


「なんだナンパでもしていたのか?」


 と聞いてくる。


「お話は終わったんですか?」


「ああ、これから王城に招待されるからもう行くよ。君も博士と一緒に行くだろう?外で待っているよ」


「じゃあ行くわ、おしゃべりに付き合ってくれてありがとうロビン。楽しかったわ」


 そういうとゴールドはするりと出ていった。

 なんだか猫みたいな子だったなと思う。


 駅の外に出るともう日が傾いていて向こうの空がオレンジ色に染まり始めていた。

 大きな窓があった車内でもそのくらいはわかったはずなのだが今になって気が付いたので少し不思議に感じる。


 駅の前にはシーフの王族の紋章が飾られた馬車がとまっていてシンアがあれに乗るよと言ってくる。


 馬車に乗るのは久しぶりだ。基本長距離を移動するときはシンアのほうきに乗って空を飛ぶかさもなくば瞬きの間に目的地に着いているからだ。


「博士とはどんな話をしたんですか?」


「別にどうということはない。君たちが話していたようなただのおしゃべりだよ」


 はぐらかされてしまった。


「城に着いたら夕食をご馳走になる。そしたら今夜が本番だ」


「はい」


本番とはナイトメア退治のことである。


正直に言って、今までさんざん特訓したがうまくいったことは一度もない。だから今回もうまくいかないだろう。

それでも問題はない、結局シンアが倒すことになるだけなのだから。いつものとおりに。


 本番といって実際は実験的な試みなのである。


 これまでがうまくできていなくともいざ現実と対峙したならうまくいってしまうかもしれない。というのが彼女の言い分であるが、自分としては全くうまくいく気がしないのだが。


「大丈夫だロビン。きっとうまくいく」


 彼女が微笑んで言う。

 笑いかけてくるこの人はいつからかどこを見ているのか分からなくなった。


 目の前まで移動してきた馬車が開かれて乗り込む。

 

 馬車の窓の外で同じように王家の紋章のついた馬車に乗り込むゴールドが見えた。

あの子も城に行くようだ。


 夕飯にあの子の嫌いなひよこ豆が出なければいいなと思った。





 

 

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