表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/11

女神様の私情 - 特別な転生 6 -

どうも、水無月カオルです。

今回はとっても予想外な出来事が起こります。

予想しながら読んでみてください。


では、続きをどうぞ

第一章 女神様の私情 - 特別な転生 -



ep.6 『狂った果実の誘惑』



何処までも続く真っ白な世界…

何故こんな世界があるのか…

何の目的で存在するのか…

ただ何もない空間に、ひとつだけ置かれた純白な椅子にゆったりと腰掛ける金髪の女神がいた。グレードの高い紅茶を嗜み、高級なお菓子をポリポリと頬張る。女神は碧い瞳で立体画面を見つめながら、時よりシワの目立つ頬を緩ませると、独り言を呟く。


「うふふ、確かにまったりのほほんな人生を歩めると言ったわよ。…でもね、直ぐに歩める訳じゃないのよ。そこへ辿り着くまでに何度も歯を食い縛り、壁を乗り越え、もがいて苦しむの。人生と同じね……雪ちゃん♪」


そう呟くと、女神は紅茶の入った飲みかけのティーカップをわざと落とす。


「だからハリウッド映画みたいな人生を体験して、退屈な私を楽しませてね。お願いしてくれたらすぐに駆け付けてあげるから、早く呼んでね♪」


女神は椅子から立ち上がると、以前撮影会で雪が着た衣装を取り出し、それを手に取ると、ひとつずつビリビリと破く。「ひま、ヒマ、暇…」片言の様に延々と呟く女神は、最後の衣装を破り終えると、狂った様に雪の名前を叫び続けた。


壊れた女神の私情により、人生を翻弄される雪達の運命は、これからどうなってしまうのか……


神のみぞ知る創られた世界が、手招きしながら、とびきりの壊れた笑顔で、罠を仕掛けながら待ち受けている。



「フッフッフ、これから手術(オペ)を始める。メスッ!」


「ぷぃー!」


「雪ちゃん、…これ、ナイフなんやけど……」


「いいのっ!こういうのはノリと雰囲気が大事なんだから~」


ハンターズヴィレッジにある解体所の一郭でエプロンを纏い、フォレストウルフの解体をする白い髪の少女がいた。緑色の子ウサギと、恰幅の良い二重顎を持つおっさんが見守る中、右手にナイフを持ち、狼の腹部を切開すると内臓(モツ)を抜き、魔石を取り出す。器用に毛皮を剥いでいき、骨に付いた肉を削ぎ落とすと、仕上げに部位毎に肉を切り分ける。


「…こりゃたまげた。えらい仕事の出来る別嬪(べっぴん)さんがいるじゃねぇか!レティアちゃんや、このお嬢さんは誰なんだい?」


「さっき冒険者登録したばかりの新人の子だよ。ウルフの解体教えてあげてるんやけど、どうやら何度も経験あるみたいやね」


おっさんに褒められた雪は気分を良くしたのか、脂で汚れたナイフを片手に自慢げな表情で語りだす。


「私の住んでた地域は野生動物がいっぱい居てね。前にイノシシの解体を手伝ったことあったから覚えてたの。すっごく大きくて捌くの苦労したなぁ~」


「雪ちゃんは見た目と違ってワイルドなんやね。リットに見習わせてあげたいわ。あいつ魔物の解体下手なんよ~」


「リットさんは得意なイメージがあるけど、違うのかな?」


「うーん、やれば出来る子なんやけど、変な意地みたいなのがあってね。このやり方が綺麗に切れるって言っても意固地になって聞かないんよ」


「男の自尊心(プライド)みたいなものかな?女は黙って見てなっ!みたいな~?」


「あ~、…かもね。ウチらは幼馴染でな。昔から三人ずっと一緒におるんやけど、最近リットのやつ隠し事が多くてね……」


「男の子だから異性には言えない事もあると思うよ。女の子の悩みとかレティアさんもあるでしょ?」


「ま、まぁね!さぁ、早くウルフの解体しちゃおっか。解体してから換金すれば二割の手数料取られんからさ!」


「そうなんだ~。ところでフォレストウルフは1体いくらで売れるの?」


「今の時期は気性が荒いから大銅貨五枚(5000円)やよ。普通のウルフは大銅貨一枚(1000円)…安いでしょ?命懸けで戦ってこの値段なんやけど、自分で選んだ道やからね」


「冒険者ってもっと儲かるイメージがあるけど、例えば『高い酒を煽り!女を侍らせ!一攫千金を目指しおのれの肉体で敵に立ち向かう!』って前に読んだ小説に書かれてたけど、合ってるのかな?」


雪は巧みにナイフを振り回しポーズを決めると、レティアはクスッと笑いながら答える。


「ふっ、そうやね。王都とかにはおるみたいやよ。Sランク冒険者はエイジス神聖国にしかおらんけど、貴族お抱えのAランク冒険者が何人かおるよ。ちなみに、Bランクは『ベテラン』Cランクからは『一人前』として認められるからね。そしてウチの目標はCランクなんよ~」


「レティアさんは高望みしない堅実派なんだね。無理をせず現実的に狙えるランクかな?得物(エモノ)も長い斧刃(ポールアックス)だから上手くやってイケると思うよ。まぁ、素人から見た意見だけどね」


少女(ユキ)の口から経験を感じさせる意外な発言が飛び出す。レティアは少し驚くが、自分でも納得してしまう。すると、隣で見守りながら作業をしていたおっさんが感心した表情で話し出す。


「しっかりしたお嬢さんだな。どうだ、良かったらオレの息子に会ってみないか?」


「ドランさんの息子さんですか?カッコいい人なら会ってみたいな~。どんな人間(ひと)なんですか?」


「ちょっと待って、ドランさんの息子さんて、まだ8歳くらいやから早すぎるんやない?」


「えぇ~!なんだぁ。…ドキドキして損した~。私の心を弄ばれたよ~!」


「すまねえなぁ!がっはっはっはー!」


そんなたわいもない会話をしながら、雪たちは解体を全て終わらせると、冒険者組合員を呼んでもらい査定を済ませた後、解体所のカウンターで現金を受け取る。空間収納(アイテムボックス)から取り出したカエル顔を模した財布『クチが硬い財布』に硬貨をしまうと、『ケロッ』と可愛い鳴き声をさせた。それを聴いたレティアは、思わず声を出し笑ってしまった。


「雪ちゃんの財布って魔導具みたいで面白いね!今度また聴かせてよ」


「フォレストウルフ54匹で銀貨27枚(27万円)か、…凄い値段だね。……前の世界だったら考えられないよ~」


雪はホクホク顔で財布に頬擦りすると、隻影の顔を思い浮かべる。


「隻影さんが倒した魔物は全部私にあげるって言ってたけど、さすがに何かお礼したほうが良いよね?」


「そうやな~、一緒に道具屋へ行って探してみよかぁ?」


「うん、行こー!ドランさんありがとうございました。またね!」


「雪ちゃんまた来いよー!」


作業員のドランさんに手を振り解体所から出る。雪は照り付ける太陽に注意しながら日傘を差すと、レティアに案内され、道具屋へ向かい歩き出す。こちらの世界へ転生して初めてのお買い物に、巨乳(たわわメロン)を弾ませながら、何を買おうか笑みを浮かべる。


「ぷぃぷぃぷぃ~」


「るんるんる~ん、おったのしみ~、おったのしみ~、何を買おうかなんなな~ん」


「雪ちゃん楽しそうやな~。道具屋はもう目の前やよ。…ほら、ここやで」


「わぁ、見たことない道具がいっぱいある!ウサギさんも見て見て!薬も売ってるよ」


「ぷぃぷぃ~ぷぅ~」


木製作りのお洒落な道具屋に着いたふたりとうさぎは、ガラス窓から覗く道具の数々に眼を奪われる。ドアを開け店内に入ると、思わず声が漏れる。雪は小走りで商品棚に並べられた道具を舐めるように見回す。レティアと夢中になって眺めていると、店主と思われる中年の女性が、奥の部屋から顔を覗かせ、気の聞いた挨拶をしてきた。


「いらっしゃい、お探しの商品はあるかな?…なんだい、鍛冶屋んトコのレティアかい」


「こんにちは、ロゼッタさん。いつも品揃えが豊富やね。今日は可愛い冒険者を連れてきたんよ」


「さっきからウサギと一緒に目を輝かせてる子かい?見た感じのお嬢ちゃんだね。あんた名前は?」


「あっ、ごめんなさい。私は雪です!こんにちは、素敵な道具がいっぱいありますね」


「おや、うれしい事言ってくれるね。あたしは店主のロゼッタだよ。最近の若い奴らはまともに挨拶もせず口も悪くて、おいだのババアだの言ってくるが、…雪ちゃん、何が欲しいんだい?」


雪の礼儀正しい挨拶に気分を良くしたロゼッタは、優しい口調で語りかける。


「えっとね、まずはこのウサギさん病気みたいだから薬が欲しいかな?身体に小さな虫がいるみたいなの」


「ん、虫だって?そのちっこいウサギ、ちょっとあたしに診せてみな」


「ロゼッタさんは道具屋の他に薬師もやってるんよ。ウチら冒険者はお世話になっとるから安心してええよ」


「ウサギさんおいで、ロゼッタさんに診て貰おうね」


「ぷ…ぷぃぷぃー!」


雪はウサギを呼び抱き上げると、嫌な気配を察知したのか、急に暴れ出し、ビクビク震える。


「大丈夫、痛くしないよ~!きっと少し触るだけだよ。お薬飲むだけかもよ?」


「ぷぃ?ぷぃ~」


「うん、良い子だね。リラックスして~、…ロゼッタさんお願いします」


雪はウサギを落ち着かせると、ロゼッタが用意した小型の診察台に乗せる。


「おチビちゃん、動かずじっとしてな…『診察メディカルデミネーション』」


ロゼッタは魔法を唱えると、診察台が反応し動き出す。まるでCTスキャンで撮影するように、ウサギの身体を円形の装置が左右に動くと、画面に診断結果が表示される。ロゼッタは画面を覗き込むと、少し驚いた表情でふたりに話し出す。


「この子は精霊ウサギかい。初めてお目にかかるよ。雪ちゃんはどこかの貴族様だったりするのかね?」


(ある意味正解です。貴族なのは深雪ちゃんだけど…)


「…おや、こいつはファイアフォックスに噛まれたね。厄介な寄生虫が体内にいるよ」


「そうなんです。キツネに背中を噛まれたんですけど、魔法薬で傷を治した後に苦しんで困ってたんです」


「ぷぃ~」


「毛が無い部分は傷を治した痕と。…雪ちゃん、その使った魔法薬を見せてもらって良いかい?成分を調べるだけさ、直ぐに返すよ」


「えっと、…この魔法薬で治しました」


雪はロゼッタに『毛ガナイポーション』を渡すと『解析(アナライズ)』の魔法を掛け中身を調べる。解析が完了すると、ロゼッタは何やら口をあんぐりさせ、小刻みに身体を震わせた。


「あの、ロゼッタさん?もしもーし」


魔法薬を手にしたまま石化した状態のロゼッタに、首をかしげた雪は声を掛ける。だが、全く反応がない。ふたりは顔を見合わせると、次にレティアがロゼッタの顔に手を近付け、パタパタと手を振ると、石化が解けたロゼッタがやっと正気を取り戻す。


「こ、こいつは凄い!……『完全回復(フルリカバリー)』の魔法薬じゃないか!副作用で毛が一時的に無くなる様だけど、大した問題じゃないね」


「フルリカバリーって初めて聞く効果やね。ロゼッタさん、その魔法薬って欠損も治るん?」


「もちろんさ、あんたの親父さんの脚も生えてくる代物だよ!。これひとつで、……恐らく白金貨数十枚は下らないだろうね!」


まるで夢のような効果を、興奮気味のロゼッタから告げられたレティアは、キョロキョロと辺りを見回し外に目を向けると、店の入り口へ歩いて行く。静かにドアを開け、ふたりを招き入れると、中から丁寧に鍵を掛けた。


「す、すげえ…」


「それ、欲しい…」


いきなり後ろからお約束の言葉が聞こえた瞬間、雪の背筋がゾッと震える。寒気がした雪とロゼッタは恐る恐る振り向くと、リットとリリカが恐ろしい形相で魔法薬を見つめていた。


「ふ、ふたりとも…どうしたの?…いつもと雰囲気が違うけど……」


「なんだい、あんたたち居たのかい!変な気を起こすんじゃない。落ち着きなよっ!」


「ロゼッタさん、どど…どーしよ~?」


「あたしの後ろに来なさい。レティアしっかりしなっ!あんたがそんな顔したらふたりに伝染す(うつ)るよ!」


「………ハッ!ごめんなさい!わた…ウチ、どうかしてたわ。ふたりとも一旦落ち着いて、深呼吸しよ!大丈夫やからね!」


ロゼッタに恫喝され、レティアが正気に返ると、ふたりを必死に宥める。声が届いたのか、ふたりは剥き出していた殺気をゆっくり鎮めさせる。さらに、レティアはふたりの背中を優しく撫でると、荒げていた呼吸を整え肩の力を抜き、普段の落ち着きを取り戻した。


「……すまねえ、その薬が欲しくてつい……」


「雪ちゃん、ごめんなさい…」


「まったく、馬鹿だね!無理やり奪い取って親父さんとお袋さんに使おうと考えてたのかい?そんな事したら犯罪者になっちまうだろ!親父さん達を悲しませたいのかっ!」


「ご、ごめんなさい!私が後で言い聞かせます。…だから、この事は、ひ…秘密にしてください!」


三人は地面に手を突くと、土下座をしながら許しを請う。ため息をついたロゼッタは、口に手を当て困惑している雪に視線を向けると、過去にあった経緯を淡々と語りだした。


「この子達は、10年前にお互い親を亡くしてるんだよ。リットとリリカは父親を、レティアは母親をね」


「………父さん、……くっ」


リットとリリカは眼に涙を浮かべる。


「…リットの母親は怪我で両目がほぼ見えなくてね、このままだと数年後には失明する。レティアの父親は戦争で活躍してたが、片足を失って今は鍛冶屋をしてるよ。お互い傷を舐め合いながら暮らしている状態さね」


「……そうだったんですか、知り合ったばかりだったから知りませんでした。…ど、どうしたら……」


(えっと、深雪ちゃん起きてる?こういう場合の良い案とか無いかなぁ?こう大岡裁きみたいなの)


(…大岡裁きが何なのか知らないケド、とりあえず衛兵に突き出す?それとも保留にして弱味を握る?他にも名案が浮かぶわヨ)


(なるべく優しいのでお願いします!この重い空気を何とかしないと。……そうだっ!この魔法薬をあげるとか!?)


(はぁ?…アナタはバカなの?白金貨数十枚する代物なのヨ。使ったあとは?「ありがとう」で終わると思う?あの子達の人生を何回も買える値段ヨ。……そうネ、いっそのこと借金奴隷にして遊びましょうカ。それとも変態貴族に高く売る?娼婦に堕とす?)


深雪の口から悪意の籠った発言が次々と飛び出すと、雪のおでこから嫌な汗がツーっと伝う。相手の事情を知らなかったとは言え、軽い気持ちでヤバい代物を出した事がこんな展開になるとは思わなかった。三人は未だに地面に手を付き微動だにしない。それを見兼ねた深雪は奥歯を噛み締めると行動に移す。


(責任の取らせ方くらいは出来るでショ?ワタシが落とし前をつけさせるから替わりなさい!)


(はい、お願いします……)


深雪の態度に気圧された雪は頷くと瞳を閉じ、深雪と入れ替わる。深淵を司る青い眼がゆっくり開かれると、深雪は三人を見下ろし蔑む口調で言い放つ。


「Cランク冒険者が目標のレティアさん、アナタはとてもズル賢いクズ人間ですネ」


「………えっ?」


予想外の言葉を投げ掛けられたレティアは、思わず驚きの声を上げると、そっと視線を深雪に向ける。


「ワタシを殺そうと殺意剥き出しにしておいて、臭い芝居の人情劇?フフフ、笑えるわネ」


「わ、私はそんなつもりじゃない!お願いよ、許して……」


「一人称が私になってるわヨ。いつもは方言を使って相手を油断させているのでショ?ここで許しても、またアナタたち同じ事をするはず。……これで何度目なの?アナタたちは病気ヨ!潔く諦めなさい」


(えっ、びょ…病気って?三人とも健康そうに見えるけど……)


「心に傷を負った『化け物(モンスター)』は傷を癒す為なら何でもする。始めは些細な窃盗から、やがて路地裏で強盗、恐喝、殺人と罪を重ねて行き、最後はゴブリンと見分けが付かない醜い姿に変わり果てる。実際ここで許しても、また隙を見て襲う算段でもするのでショ?お生憎様、そんな事はとっくにお見通しヨ~!」


深雪は三人に向けて痛いほどの図星を突くと、レティアたちはゆっくりと立ち上がり、覚悟を決めた表情を深雪に向け、得物を抜いた。


「…お前ら、ガキを先に始末しろ。ババアは私が殺る…」


「分かった。リリカ、…殺るぞ!」


「うん、殺る…」


「ロゼッタさん、危険だからうさちゃんと一緒に下がっててネ」


「…それはいいけど、あんたが危ないよ!」


ウサギを抱えたロゼッタの心配を余所に、深雪は日傘を構える。


「大丈夫ヨ。さぁ…来なさい。楽にしてあげる」


深雪の挑発に息を荒げたリットは得物を振り上げ、上段から深雪の脳天を目掛け長剣を振り下ろすが、深雪は剣を往なすと商品棚に刃が深く嵌まる。高そうな魔導具が破壊され、辺りに散乱すると、リットは顔をしかめ引き抜こうとする。リットの攻撃が空振りに終わると、魔法の詠唱を終えたリリカが深雪に向け風の矢(ウイングアロー)を放つ。深雪は日傘を開き魔法を防ぐと身体を回転させ、ロゼッタを襲おうとするレティアへ遠心力たっぷりの跳び廻し蹴りを後頭部に喰らわせた。鈍い音を響かせレティアの意識を刈り取りった深雪は白い髪を靡かせ着地をすると同時に、リリカが放ったナイフが胸を目掛けて飛んで来る。だが、それを左手で捕まえると、そのナイフでリットの両肩を抉る。


「残念ネ。そんな柔な攻撃じゃワタシを殺れないわヨ」


「フゥ、フゥ~、……薬を寄越せ…」


「欲しかったらワタシを殺すことネ。お魚好きなリリカちゃん!」


「風よ。弾丸となり敵を穿て!『風の弾丸(ウイングバレット)』………!?発動しない…」


「おっと、…お楽しみはこれまでだぜ!リリカ、俺の彼女に何してんだ?」


「ダ、ダンクーガさん…」


店の扉が破壊音と共に開くと、爽やかな顔をしたダンクーガと、血相を変えた隻影が店内へズカズカと入って来た。リリカの顔が凍り付くと、隻影は素早くリリカを峰打ちし意識を刈り取る。ロゼッタは、ほっと胸を撫でると深雪に近付き、怪我がないか確認する。


「雪ちゃん大丈夫?どこも怪我してないかい!?」


「えぇ、大丈夫デスヨ。うさちゃん守ってくれてありがとございます」


「あんた、見かけによらず強いんだねぇ、感心したよ!」


ロゼッタは深雪の頭を優しく撫でる。その隣では、しかめ面で状況を把握しかねている隻影が、口髭を触りながら疑問を投げ掛けた。


「これは一体どうした事か。なぜあの者たちが深雪殿を襲っておったのだ!?」


「ワタシをナゼか殺そうと襲ってきたので、返り討ちにしてたところデス」


「この馬鹿どもがさ、雪ちゃんが持ってる魔法薬を奪おうとしてね。…まったく、店をこんなにメチャクチャにして!」


「ニケ、とりあえずここに転がっているバカどもは拘束して地下牢へぶちこんでおけ!あとで俺が直々に取調べをする。次に店の被害状況の確認だ。ロゼッタさんにはすまないが、しばらく睦月で待機してもらってくれ」


「了解しました!『影の束縛(シャドウバインド)』『影の兵士(シャドウソルジャー)』聴いていたな、この者たちを地下牢へぶち込んで来なさい。その後は昼夜問わず監視よ」


影からいきなり現れたニケは、魔法で三人を拘束すると、召喚した影の兵士に命令を下す。そしてロゼッタに一礼し、店を一時閉鎖店する主旨を説明すると、被害状況の確認を始めた。影に拘束されたレティアたちを影の兵士が肩に担ぐと外へ運び出されて行った。ダンクーガは優秀な部下の仕事ぶりを確認しながら深雪に近付くと、少女の華奢な肩に手を乗せ、励ましの言葉を述べる。


「深雪ちゃん怖かっただろ?俺が来たからもう安心しろ」


「えぇ、とっても素敵なセリフで登場して胸がドキドキしました。ワタシはいつの間にダンクーガさんの彼女になってたのですネ。知りませんでした~!」


「あっはっはー!あれは言葉の綾っていう奴だ。アネッサに怒られちまうな。黙っていてくれよ」


「フフフ、ナイショにしておきますネ。隻影様も素敵でしたヨ」


「深雪殿が無事でなによりでござった。それにしても魔法薬ひとつでこの騒ぎとは、これ如何に…」


「これが原因さ……」


そう呟いたロゼッタは、懐から取り出した小瓶を掌に乗せる。皆は興味本位に釣られ、その小瓶をじっと覗くと、小瓶に入った液体は虹色の輝きを放ち、見つめた者たちを誘惑する。まるで「アタシを飲んで」と言っている様だ。


「この輝く魔法薬かい?これは紛れもなく『国宝級』の『完全回復(フルリカバリー)ポーション』恐ろしい代物さね。あたしが解析したから間違いないよ」


「こりゃ…やべえな。国宝級なら確かに喉から手が出るぜ。深雪ちゃんすげえ物持ってるじゃねえか、俺もひとつ欲しいぜ。売ってくれるか?」


「ダンクーガ様失礼します。『フルリカバリーポーション』は、過去に数件しか取引報告がなく、ひとつ白金貨30枚から50枚(30億円から50億円)で取引されております。ちなみに製作者は癒しの魔女イリス様であります」


(す、すっごい!『お値段以上にとり』もびっくりだね…)


「…そ、そんなに高い値段かよ。大豪邸が何軒も建つ代物だな。だけどこいつは欲しいぜ」


値段を聞いて尚、ダンクーガは魔法薬を見つめ、諦めずにねだり続ける。


「でしたら、今回の護衛報酬として差し上げてもいいですヨ?」


「お待ちくだされ深雪殿、それでは余りにも高額ではござらぬか?」


深雪の案を否定した隻影を狡猾そうな瞳で見つめると、白い髪の少女は露骨に肩を竦める。


「はぁ、すみません。隻影様から見て、ワタシはそんなに安っぽい女でしたのネ?とてもガッカリです……」


「あーかーいーー!!てめえ白魔(はくま)様を安い女呼ばわりしやがってぇ!あとで裏まで来い!」


「隻影様、これは腹切り案件でございます!」


「はっ、はく…白魔さまっ!お許しくだされ!拙者はそのような事を申したのではなく……」


顔を俯かせ泣き真似をする深雪。それをオドオドしながら弁明する隻影。その光景に周りが笑いを堪えていると深雪は耐えきれず、お腹を抱え笑ってしまう。


「フフ、アハハッ!…冗談デスヨ。困った顔の隻影様、とっても可愛いデス」


「お前はもう少し腹芸覚えろよー!深雪ちゃんに遊ばれるとか羨ましすぎるぞ!」


「隻影様、これは自腹案件でございます。ご馳走さまです!」


「じょ、冗談でござったか!?……拙者は修行不足でござるな。相分かった」


「全く、あんたたちはいつまで経っても面白いね。とりあえず魔法薬は物騒だから返しておくよ。それとウサギの治療薬だったね。用意するから待ってておくれ」


「分かりました。うさちゃんおいで~」


「ぷぃぷぃ~」


物騒な魔法薬とウサギを受け取ると、ロゼッタは踵を返し奥の部屋へ戻る。深雪は改めて店内を見渡すと、かなり物が散乱しており、リットの怪力が伺える。あの時、日傘で往なさず受け止めていた場合、どうなっていただろうか。吸血鬼ヴァンパイアの膂力は高い方だが、油断は大敵である。そう考察していると、奥からロゼッタが帰って来た。


「待たせたね。この薬を一日二回、七日分処方しておいたよ。これを飲めばウサギも良くなるが、くれぐれも飲み忘れに注意すること、いいね?」


「ありがとうございます!うさちゃん良かったネ、早く元気になろうネェ~」


「ぷぃぷぃー!」


「料金はおいくらですか?」


「診察料合わせて銀貨8枚だけど、店を荒らした馬鹿どもにツケておくからお金は要らないよ。それに、雪ちゃんはあたしの命の恩人だからね。お金は取りゃしないよ」


ロゼッタは深雪に改めてお礼を言うと、ダンクーガの腹が豪快に鳴る。


「よっしゃ、じゃあ帰って昼飯食おうぜ!仕事したら腹減っちまった。ニケ、あとは頼むぞ」


カメラ型の魔導具を手に、現場を撮影中のニケにひと言告げると、眼鏡を右手で直しながら「お任せください」と返事が返ってきた。四人は店を出ると、外には野次馬がぞろぞろと集まり壊れた店を見物していた。ダンクーガたちは無視を決め込み人混みを掻き分けながら宿屋睦月へ向かう。途中で誰かの泣き叫ぶ声が聞こえ、深雪は振り返ろうとするが、ダンクーガに話し掛けられ興味を散らす。


「深雪ちゃん、昼飯は何にする?今日は肉料理がお勧めらしいぜ!」


「お肉いいですネ。たくさん食べて大きくなりたいデス!」


(どこを大きくしたいのかな?おじちゃんに教えてくれよ。ぐへへっ!)


(そんな事が言える余裕があるのネ。アナタはショックで寝込んでいるかと思ってたのヨ)


(少しは落ち込んでるけど、自業自得だからね……)


(当たり前ヨ!ロゼッタさんの忠告も無視して襲ってくるおバカさんに慈悲はないわ)


「深雪殿、着いたでござる。ささ、中へ」


ちょうど昼時の睦月では、徹夜開けの見回りから戻ってきた冒険者たちがダンクーガに向け挨拶をしていた。深雪は冒険者達に会釈すると、男達が元気になり挨拶を返される。店の暖簾を潜ると、忙しそうに駆け回る(こい)さんが疲れ知らずな笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、あらダンクーガさん達じゃない!今日は肉料理がお勧めなので良かったら注文してくださいねぇ」


「深雪ちゃん、(れん)のいるカウンター席か、ゆったり足を伸ばせる座敷にするか決めていいぞ」


「では、カウンター席にします。店主の蓮さんとお話しながらお食事したいデス」


「あらぁ、うちの店主をご指名なんて妬けちゃうわねぇ。四名様とうさぎさんご来店です!では、こちらへどうぞ~」


店員の元気な掛け声(いらっしゃいませ!)と共に、(こい)に案内されカウンター席に腰掛けると、蓮がニッコリしながら迎えてくれた。


「よぉ、昨日は騒ぎを起こしてすまなかったな!悪魔君はきっちりシバいておいたから許してくれよ」


「ダンクーガさんの素早い対処で被害を最小限に抑えられたんです。こちらがお礼を言いたいくらいですよ。サービスするのでどんどん注文してください」


「そうか、なら1番良い物を頼むか!深雪ちゃんたちはどれにする?」


ダンクーガの問いかけに、お品書きをじ~っと覗きながら、何を頼もうか悩む深雪たち。


「ワタシはですネ~。……この馬い肉御膳でしょうカ。蓮さんのお勧めなのでこれをお願いします。それと、…うさちゃんには野菜スティック添えをください」


「ぷぃぷぃ~」


「拙者は、…肉たらしい小象定食を頼む。ロゼッタ殿は何になさる?」


「あたしは閑古鳥の串焼きと、熱燗を頼もうかね。はぁ~、……今日は呑んで嫌なこと忘れたいねぇ~」


「俺はだな、…1番良いマンガ肉を頼む!あれは食った感じがして腹が満たされるからよ」


「あいよ、出来上がるまで少々お待ちください。こちらのお茶をどうぞ」


深雪は差し出されたお茶を飲み喉を潤すと、真剣な顔で作業をしている蓮さんと目が合うと、そっと話し掛ける。


「それは何のお肉ですか?綺麗な桜色してますネ」


「これは桜の花びらを食べ続けた『桜馬(さくらば)』という馬肉なんだよ。深雪ちゃんが注文したお肉だから楽しみにしててね」


(桜馬かぁ。捌かれる前は学級委員長だったのかな?)


(はぁ?アナタ何言ってるの……)


「桜馬ですカァ、実物を観てみたいかも?」


「アマミヤ皇国原産の食用馬で、見た目は鮮やかな桜色の馬でござるが、頭の悪い駄馬でのぅ。いずれ観ることが叶うでござるよ」


「すっごく楽しみデス!アマミヤ皇国、…どんなお国か気になりマス」


「着いてからのお楽しみだな!ここから馬で順調に進めばひと月ほどで着くからアイス食ってりゃすぐ着く」


(1ヶ月かぁ、結構長い旅になるんだね。馬に跨がり草原をかける白い髪の少女、これは絵になりますなぁ)


(あなたは乗馬の経験あるのかしら?股ズレで泣く羽目にならないようにネ)


(馬鹿にしないでよぉ~!…う、馬いことがんばります……)


馬が合うふたりは会話を弾ませ、生け簀を眺めていると、ふと左の壁に掛けてある透明のモニターが目に着いた。


「アラ、このモニターはなんですカ?不思議な感じがしますネ」


「これはエイジス神聖国が開発した最新モデル『T1000型テレビ』という魔導具なんだよ。このリモコンで操作出来るから押してみなよ」


(やった!この世界にもテレビがあるんだ。どんな番組がやってるかな?)


「この赤いボタンかしら?(ポチッ)あっ、映りましたヨ!」


テレビの電源を入れ、映し出された画面には、ちょうど番組中継が始まったばかりのようだ。画面には人気アナウンサーの女性が黒髪ポニーテールを靡かせ、ニュース番組の進行をしている。どうやら今年は終戦から五年に一度開催される『セントラルクワッド』が行われる年だと抑揚を付け話している。画面が切り替わり、空中に浮かぶ巨大な建物や慰霊碑が映し出されると、深雪たちは画面に釘付けになる。


「もうそんな時期でござるか、……あの戦争終結から、もう10年……」


「殺った殺られたの忙しい時代だったな……」


戦争経験者のふたりは悲壮感に暮れていると、カウンターから蓮の声が聞こえ、料理が出来上がった事を告げる。


「深雪ちゃん達、お待たせしたね。馬い肉御膳と野菜スティック添え、肉たらしい小象定食、閑古鳥の串焼き、そして1番良いマンガ肉をどうぞ召し上がれ」


「わぁ、美味しそうなお肉!」


「おう、早速食おうぜ!」


「では、……『いただきます!』」


「ぷぃ~」


深雪は箸を握ると、桜馬肉を掴み、艶やかな白米に乗せて食べる。口の中に広がる肉の旨味がお米と合わさり、さらに食欲を促進させる。これはまさにG1クラスの馬い肉だ!深雪は頬っぺたを膨らまし舌鼓を鳴らすと、味わいながら咀嚼する。


「うめえ~、さすがマンガ肉だ!蓮の腕がまた上がったな。良い仕事してるぜ!」


「この小象の肉も胡椒が良い塩梅を出しておる。食べやすくて箸が止まらないでござるよ」


「あ~~、熱燗が身体に染み渡るねぇ~。閑古鳥も柔らかくて旨いねぇ」


蓮の腕前をベタ誉めしながら、口にご飯を掻き込み至福のひとときを味わう。その後、世間話に花を咲かせお腹が満たされた皆は、膨らんだお腹を(さす)る。椅子にもたれ掛かり、食後のデザートを頬張りながらテレビを観ていると、突然緊急速報が流れ、先ほどの女性が映し出されると、座敷にいた他の冒険者の客達や、側で待機している護衛もこぞってテレビに注目する。


「ひゃあっ!デイジーちゃん、今日も可愛いなー!あのチラリと覗くふとももがたまんねえぜ!」


「オレはガーベラちゃんだな!活発で、元気に跳び跳ねた時のゆれるおっぱいがたまんねえ~」


冒険者の卑猥な欲望が聞こえ、恋に「静かにせい」と後ろからお盆で尻を叩かれた野郎たちは、何故か気持ち良さそうな表情で喚くと、尻を押さえ、大人しくなる。


「緊急速報をお伝えします。ただいま入った情報によりますと、数日前から活性化し、町に被害をもたらしていたベヒモスですが、無事に沈静化されました。現場から中継が繋がっております。ガーベラさん、そちらの状況はどうですか?」


画面が切り替わり、倒壊した建物と共にオレンジ髪にウェーブが巻れた活発そうな女性が映し出された。


「はぁい!ガーベラだよ~!みんな見てみてーー!すっごくおっきくて真っ黒な猛獣はキレイなお姉さんたちに優しく相手されて大人しくなってまーす!観て観て、さすが30m級だよねーー!エイジス神聖国から出張してきたエルフさんが倒したんだよ!紹介するね!」


胸を揺らしながらはしゃぐ女性の背景に、ごろりと横たわったとてつもなく巨大な猛獣と、取り巻きと思われる獣が映し出される。その光景に、深雪は思わず息を飲む。ガーベラの紹介と共に緑髪のエルフと思われる女性達が映し出され、冒険者たちから歓声が挙がると、今回の活性化についての疑問や意見の受け答えを、インテリ風のエルフが得意げに述べている。


(あれが隻影さんたちが言ってた大したことないベヒモス!?ふっとい脚、……ワンパンであの世へ逝けそうな前足ですなぁ…)


(あの取り巻きはタイガーウルフかしら?襲われたらかなり厄介ネ……)


(ダテ○オトもびっくりですなぁ…)


「このデザート、冷たくてとても美味しいデス」


呟いた雪の発言をスルーした深雪は、テレビに映し出されたエルフ達の会話を聞きながら、ベヒモスの話題を振る。


「これがベヒモス、…さすがに大きくてびっくりしました。あんな猛獣をエルフさんたちが倒したんですネ」


「また…随分と暴れたな。普段はもっと大人しいはずなんだが、機嫌でも悪くなったのか?」


「拙者達が通り抜けるまで息を吹き替えさないか、心配でござるな…」


中継が終わり、画面に再びデイジーが映し出されると、被害状況を説明する。


「今回の被害総額は金貨2500枚(25億円)ほどで、死傷者の数は200名、行方不明者は60名を越え、家を失った方々の安否が心配されます」


「やべえな、人的被害かよ。…結界柱が故障して役に立たなかったのか?」


ダンクーガの聞き慣れない発言に、深雪は眼を細めると、疑問を問いかける。


「……柱が故障ですか?結界柱とはどんな物なのデス?」


「障壁を応用した結界柱の事さね」


横にいたロゼッタがお茶を啜りながら答える。


「エイジス神聖国が終戦後に開発した装置の事で、魔物が近付くと結界柱が反応して、何重にも施した魔法障壁を結界に見立てて魔物にぶつけて追い出す仕組みになってる巨大な魔導具さね。それでも巨体なベヒモス相手にはやや酷だったのかもしれないねぇ」


「へぇ、とっても素晴らしい柱があるのですネ。障壁の応用で結界を生み出す発想力。エイジス神聖国は発明家がとっても優秀なのですネ、このテレビと言い、素晴らしいデス」


「あそこは発明品もすげえが、軍事戦闘力も桁違いだからな。国に喧嘩を売って帰って来た奴はいねえからよ」


「僕の生まれた故郷もエイジス神聖国と戦って滅ぼされたからね…」


蓮が悲しげな表情をしながら呟いた。その眼はどこか遠くを眺め、生まれ故郷の記憶を思い出している様子であった。


「まさに神の国みたいですネ、施しと天罰を併せ持つ力、触らぬ神に祟りなし…デス!」


「だな、さてと…デザートも食い終わったし、そろそろ戻るか。ニケも報告書まとめて待ってるだろうしな!」


「ごちそうさまでした。とっても美味しいお肉でしたヨ」


「ありがとう。今日のお代は要らないよ。悪魔をやっつけてくれたお礼です。深雪ちゃんもまた来てね」


タダ飯をたらふく頂いた深雪達は席を立ち、仲睦ましい夫婦の笑顔に見送られながら店を出る。深雪は日傘を差し、先ほど食べた料理の感想をロゼッタと話ながら中央の建物までやってくると、物陰から年の頃は四十ほどの男性が飛び出して来ると、いきなり声を荒げた。


「ダ…ダンクーガさん!レティア達はどこですか!?早く会わせてください!」


「……なんだジョンか。ここの規則は知ってるよな?まだ会わせる事はできねえよ」


「ダンクーガさん、この人間(ひと)はもしかして…」


「あぁ、三バカの親父さんだ。そろそろ来る頃だと思ってたぜ」


険しい表情をしたジョンはコツコツと義足を鳴らし近付いて来ると、隻影とロゼッタは深雪を庇う様に前へ出て背中で隠す。するとそれを見たジョンは深雪に向かって声を荒げた。


「日傘を差した少女ってあんただな!レティア達にポーションを見せて(たぶら)かせた少女は!」


「えっ、誑かせた?何を言ってるのデスか?」


「おいジョン、口の聞き方に気を付けろよ。まだ事情聴取も始めてねえんだぞ。勝手に妄想を膨らませるなっ!」


ジョンの身勝手な発言に、ダンクーガは睨みを利かせ反論する。


「す…すまない、言い過ぎた。………ちょっと頭を冷やしてくる」


そう言うと、怯えた声を出したジョンは身体を丸め、義足を鳴らしながら何処かへ消えていった。


「ジョンの奴、先走らないといいけどねぇ……」


ロゼッタが神妙な顔つきでボソボソと呟く。


(こわっ!すっごく不気味なんだけど、深雪ちゃん怖くなかった?)


(おじちゃん怖かったヨッ!おしっこ漏れそうだった~!)


(ぐはっ!…じゃあおじちゃんと一緒に御トイレ行こうか?ぐへへっ!)


いつものバカなやり取りをしていると中央の建物の扉がいきなり開き、中から受付嬢が飛び出して来た。


「あっ、ダンクーガさん!先ほどジョンさんが血相変えて怒鳴り込んで来まして、…ようやく帰ったと思ったらまたですか…」


「あいつならいま帰ったぜ。変な気を起こさないように監視をつけろ」


「はい、直ちに向かわせます!」


「深雪ちゃん、俺の執務室で聴取を取るから来てくれるか?」


「ハイ、痛くしないでくださいネ」


「ぶはっ!深雪ちゃん、周りが誤解するからやめてくれ!」


「ハーイ!では行きまショ、隻影様!」


「う…うむ!」


中央の扉を潜り中へ入ると、数人の護衛に囲まれながら、窓際のテーブルでアシュリーとアネッサが一緒に読書をしていた。その光景を目撃したウサギが小さく鳴くと、読者をしていたアシュリーが気付き、小走りで近付いてくる。


「ぷぃ~」


「ウサギさんだ~!お姉ちゃんどうしたの~?」


「アシュリーちゃんお勉強してたの?えらいね~!」


「いっしょに遊んで~!さっきへんなひとがきてあばれてよめなかったの~」


「すまんなアシュリー、深雪ちゃんはパパとお仕事があるから向こうでお勉強しててくれるか~?」


「え~!お姉ちゃんとあそびたかったよ~」


「…そうだ。お仕事が終わるまでうさちゃんの面倒を見てくれるとお姉ちゃん嬉しいなぁ~」


「うん、ウサギさんのめんどう見る~!」


「ぷぃ~」


深雪は嬉しそうに微笑むアシュリーにウサギを渡し面倒を頼むと、ダンクーガたちと階段を上がり二階の執務室へ入る。


「ダンクーガ様、お帰りなさいませ!」


「おう、ただいま!深雪ちゃんとロゼッタさん、そこのソファーに座ってくれ、早速事情聴取を始めるぞ」


「では、わたくしは聴取を記録いたします」


深雪と店主のロゼッタは、店で起こった出来事を出来るだけ詳細に説明する。ニケの突っ込んだ質問に対しても冷静に答え、隻影はそれを静かに見守る。ロゼッタの証言と照らし合わせ、偽りが無いと判断するとダンクーガは笑顔で頷く。


「よし、以上で聴取は終わりだ。深雪ちゃんにロゼッタさん、お疲れ様!」


「白魔様、お疲れ様でした。いまお飲物をお持ちしますね」


「ふぅ、こういうのは慣れませんネ、疲れました~!」


「深雪殿とロゼッタ殿、大変でござったな…」


「まったくだよ。早いとこ弁償して欲しいね。よりによって魔導具が置いてある商品棚を破壊するとは、少なく見積もっても金貨が何枚もいるさね」


(うっへぇ~。地下労働行きは免れないね)


「俺達が見回りをしてたら道具屋の方から夥しい殺気を感じてよぉ。覗いてびっくりしたぜ!」


「悪魔の襲撃より驚いたでござるよ。まさかレティア殿達とは…」


「ワタシもびっくりしましたケド、やはり何度か似たような事をしてたのデスか?」


「ん~、未遂ではあるけどな。トラブルを起こされた人間がたまに居なくなったりして有耶無耶になるケースがわりとあった」


(被害者が居なくなるって、マフィア柄身のパターンじゃん!!絶対におかしいって……)


「最近になってリットは益々力が強くなってな、ちょっとしたトラブルも増えていた。リリカも魔力量が増え、魔法の威力も格段に上がってきた矢先、今回の事件を起こした。レティアも同じ穴のムジナよろしく、ポーションが等々ダメ押しになったな……」


「若い人間(ひと)によくある事ですネ、身体が成長して実力がつくと自信過剰になりますから、やがて周りが見えなくなって最後は他人を巻き込んで絶望を迎える。自分はまだ子犬なのに立派な狼だと勘違い、ここで気付くかが運命の分かれ道ですネ」


「精神が未熟な時期でござるからな、誰か良い師匠でもおれば変わったかもしれぬが、……たらればになってしまうな、すまぬ」


みんなが神妙な面で談話をしていると、ニケが紅茶を差し出してきた。深雪は礼を言い、紅茶をひとくち飲むと、ダージリン特有の香りが鼻を通り抜け、ホッとため息が漏れる。


「ニケさんは紅茶の淹れ方がとても上手ですネ。香りが引き立っていて美味しいデス」


「久方ぶりに旨い紅茶を呑んだよ」


「恐縮であります!お口に合いなによりです」


「良い茶葉が手に入ってな、最高級グレードのダージリンなんだぜ」


「確かに香りも素晴らしいでござるな。この香りは確か…『高貴なひととき(ロイヤルモーメント)』でござるか?」


「その通りであります。とある方からの頂き物でございます」


(そのひと、戦車に乗って優雅に嗜んでそうだね)


(はっ?誰よソレ……)


「おっ、正解だ。王都に行った時に、偶然買い物帰りのアネッサの母さんに出会ってな、ニケの店でお茶したんだよ。その時に貰ってなぁ」


ダンクーガが事の経緯を話すと、深雪が興味を示す。


「アシュリーちゃんのおばあ様デスか、機会があればワタシも王都へ行った時、お会いしてみたいデス」


「あのひとは可愛いのに目がないからな、深雪ちゃんならきっと大歓迎されると思うぜ!」


「出発予定は明日(あす)の明朝を予定しておりますので、数日後にはお会い出来るかと思われます。ちなみに王都までは馬で三、四日の距離であります!」


「フフ、お楽しみが増えてわくわくします」


「そうだな。…よし、次は三バカの取調べだな。行ってくるわ!」


「いってらっしゃい、お仕事頑張ってくださいネ」


ダンクーガは腕を曲げチカラコブを作ると、手を振り執務室を出て行った。深雪はソファーにゆったりもたれ掛かり、紅茶のおかわりを貰うと、優雅なティータイムを楽しむ。ニケは何処か懐かしそうにその光景を横からそっと眺める。


気の緩んだ顔をしばらく晒していたニケは、ふとなにやら思い出し『魔法の鞄(マジックバッグ)』から冷えたホールケーキを取り出し笑みを浮かべると、一人前にカットし、深雪とロゼッタの前に置いた。


「深雪様、甘いものはいかがですか?こちら、チーズケーキというお菓子でございます!」


(こ…これはっ!深雪ちゃん替わって~!お姉さんからのお願いよ~!)


(えっ!?…ナニッ!?雑音がスゴくて聞こえないヨッ!ゴメンネお姉ちゃん!)


(いやだあああああぁぁぁ!!!)


「ハイ、頂きますネ~!では、さっそく…(ゴクッ)」


ひとりのお姉さんが泣き喚く。深雪とロゼッタはフォークに手を伸ばし、一人前にカットされた冷えたチーズケーキをひとくちサイズに切り、口にそっと運ぶ。


「……う、…旨い!!さすが数ヵ月待ちなお菓子なだけあるね。これならいくらでも入りそうさね」


「…す、すっごく美味しいデス!甘酸っぱさがとってもいい感じ。…クセになりそう!」


「魔法士時代に部下が買ってきてくれて食べた事があったけど、あの頃のケーキとはまた違った味だねぇ。これもとても旨いよ」


ロゼッタの言葉に反応した深雪は興味本位で訊ねる。


「ロゼッタさんは魔法士だったのデスか?」


「確か、王都の宮廷魔法士でござったな。今でもそちらに?」


隻影の問いかけに、ロゼッタはフォークを置くと、紅茶を呑みながら答える。


「もう15年も前に引退したさ。年寄りがいつまでも居座ったら優秀な若い者たちに席が回って来ないだろ?」


「……確かに、そう言った考え方もありますネ」


「ですが、当時の噂によれば、引退の件に関してかなり反対した者たちがいたとか。今でも宮廷魔法士の席が空けば、ロゼッタ様の名前が囁かれております。……ロゼッタ様の優秀さが見て取れます」


「よしてくれよ。そんなのは時間が立てば解決する。いつまでも引退した奴にしがみついてないで自分達で考えるこった。あたしは引退して今はしがない道具屋の店主さ、関係ないね!」


ロゼッタはキッパリそう述べると、チーズケーキの塊を口に入れ、旨そうな表情を浮かべた。


だが、そんな話は気にも留めず。五月蝿く嘆く者がいた。


(ワレワレハ、ケーキを欲している!そう、けーきが食べたいのだっ!ケーキ対策に取り組みたいっ!深雪ちゃん先生!!景気良くケーキが食べたいですっ!)


(…もぅ、うるさいわネー!アナタ辛いもの好きでショ?味わって食べてあげるから心配しなくて大丈夫ヨ)


(うわーーーんッ!深雪ちゃんのバカァ!ひとくちでいいのにぃ~!)


辛いもの好きな自称お姉さんが、何やら騒いでいるが、深雪はそれに構わずニケに質問する。


「美味しいお菓子ですネ。このお菓子はニケさんが作ったのデスか?」


「はい、わたくしが考案して製作しました。いつも特別な方にだけお出ししております!隻影様もいかがですか?」


「では、拙者も頂こう。実は見ていて涎が垂れそうであった」


「アラ、でしたら隻影様。ワタシが食べさせてあげますネ!ハイ、あーん……」


「み、深雪殿!?くっ……これも修行でござる!」


隻影は覚悟を決め、深雪が差し出したチーズケーキをデレデレした顔でひとくち食べる。すると、横から「パシャ」と聞き慣れない機械音が聞こえ、思わず振り向く。そこには、ニヤケ面をしたニケがカメラ型の魔導具をこちらに向け、ふたりの光景を撮影していた。まるでパパラッチに盗撮されたスターの様に、カメラを凝視した隻影は、皮膚という皮膚から嫌な汗がダバダバと溢れだし、全身を満遍なく湿らせた。隻影は顔を強張らせていると、澄ました顔の深雪から感想を訊かれる。


「隻影様、お味はいかがですか?」


「………とってもでりーしゃすでござる…」


「お褒め頂き光栄であります!深雪様、隻影様に次の「あーん」をお願いします!」


「隻影様!ハイ、あーん…」


「やっぱり、あんたたちは面白いねぇ」


天国と地獄の狭間で苦闘する隻影は、これも修行の一環と称し、羞恥心を抑えながら、可憐な少女から差し出されるチーズケーキを貪るのであった。


いかがでしたか?水無月カオルです。

まさかレティア達がこんな事を仕出かすとは、戦争の爪痕は何が起こるか分かりませんね。それを冷静に対処するミユキも長年の経験を思わせます。皆さんはどう思われましたか?


では、また次回お会いしましょう

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ