女神様の私情 - 特別な転生 5 -
どうも、水無月カオルです。
ひぐらしの鳴く季節ですね!
今回は、いよいよ白魔 深雪の正体が判明します。果たして彼女は誰なのか?
では、続きをどうぞ
第1章 女神様の私情 - 特別な転生 -
ep.5 『大変な変態達へ 過去』
昨夜の騒動から数時間立った深夜の時間帯、ハンターズヴィレッジの地下牢獄の一室に、特殊な拘束具を身に付け椅子に座らされた悪魔がいた。顔の潰れた哀れな悪魔は項垂れ、独り言をブツブツと嘆いている。明かりはなく、窓も無い。悪魔は潰れ掛けた片眼を開け、周囲を見回すが、真っ黒な冷たい床と薄汚れたテーブルがあるだけで、目の前には重厚な扉が見える。
悪魔は扉に向かい立ち上がろうとするが、足が鉛のように重く感じ、立ち上がる事ができない。この場所はなんだ?何故、自分はニンゲンに捕まり、未だ殺されていないのか?ニンゲンは下等種族で弱いはずだ。悪魔に勝てるニンゲンなどいないはずで、これは悪い夢に違いない…など、先程から自問自答をしている。無駄に高いプライドが邪魔をするばかりで、現実を直視しようとしない。そんな夢のほうが良かったと思えるほどの時間が刻々と迫ってきた。ダンクーガとの楽しいお喋りの時間だ。
「ゴメン、待たせちまったな。出来る限り早く終わらせたかったんだが、二階へ畳を上げるのに苦労してな、…参ったぜ!」
重厚な扉を片手で軽々と押し開けながら、真っ黒な部屋に明かりを灯すと、笑顔で話し掛けて来たのは筋骨隆々で若作りをしたおっさんと、眼鏡が似合うひとりの部下が入って来た。
(こ、こいつは確か、我の顔を……)
手には道具袋を携え、黒ずんだ汚いテーブルに置くと、中身を広げ、オモチャを自慢げに見せつける子供の様な笑みを浮かべる。
「どれにすっか迷うな、悪魔君。……おい、起きてんだろ?せっかくだからお前に選ばせてやるよ!」
「………『闇の弾丸』………?」
「無駄だよ。ここは不思議な空間でな、スキルや魔法は使えねえんだよ。…だからこの重い扉も自力で開けねえと逃げられねえからな」
「ちなみに片方3000㎏あります!」
「そうだったな、さすが優秀な部下だぜ。さて、早速質問だ……お前の名前、爵位、所属、少女に液体を浴びせ襲った目的、早く話して楽になろうな!」
「ちなみに今までの最短記録は2時間32分であります!」
「おっ、そうなのか?…なら頑張って記録更新しちまおう…なっ!」
ダンクーガは顔の潰れた悪魔へ白い歯を見せ、巨大なハサミに似た拷問器具を取り出すと、シ○ーマンのマネをしながらゆっくりと歩み、ハサミをシャキンと鳴らす。その不気味な光景に、悪魔は頬をひきつらせ唾を飲み、喉を鳴らす……
小鳥の囀りと共に朝焼けが浮かび上がり、お日様が徹夜をした者達の顔に活を入れる。あれから悪魔の襲撃は一度も無く、朝を迎える事が出来た。周囲を警戒していた者からは安堵の顔が伺えるが、まだ厳戒態勢は敷かれたままだ。昨晩襲撃を受けたハンターズヴィレッジの中でも警備の多い建物に、少女は眠りに就いていた。
「…………お、おしっこ…したい…」
ひとりの少女は呟き布団から上半身を起こしながら重い瞼を擦ると、外から洩れる明かりに気が付く。どうやら朝を迎えていたようだ。
「…あれ、ここ…ドコ…?……浴衣が違う、…まいっかー!おっひさっま、さんさーん、おっはようさーん!(ガラッ!)」
(ジューーー!!!)
「ぎゃあああああああっ!」
スキップをしながら笑顔で歌い、朝日を塞いでいた障子窓をガラッと開けると、太陽が『日光!日光!×2』と、笑顔で出迎えてくれた。
「…悲鳴!白魔様、如何された!さては悪魔かっ!?」
悲鳴を聞いた隻影とレティア達は部屋へ駆け込み警戒すると、畳の上でのたうち回る雪を発見する。レティアたちは訳が解らず口を開き呆然としていると、隻影が慌てて障子窓を閉めた。
「深雪殿、御乱心召されたか!?気を確かにっ!」
「……深雪?…あれ、身体が動く!やった!まだ火傷治ってないけど治ったー!」
「深雪ちゃん何で火傷しとるん?大丈夫なんか?」
「深雪ちゃん、クマさんパンツ丸見え…」
「…きゃ!ご…ごめんね!朝から変なの見せちゃって…」
「べ、べつに変じゃねえしっ!」
「リットにはご褒美やったねぇ~」
「リット、深雪ちゃんにお礼…」
「そ…それより、身体は大丈夫なのかよ?煙吹いてんぞ」
隻影は雪を大事に抱き抱え、布団の上に戻すと、火傷の状態を確認する。煙が収まり、肌の火傷が瞬く間に治る。その状態を確認すると、隻影から安堵の表情が浮かび、雪の顔を見つめる。
「…今のなんなん?尋常じゃない回復力なんやけど……」
「深雪ちゃん、吸血鬼…」
「はっ!?吸血鬼って、あの希少種族のか?す、すげえ…」
「…あ、あの。私は雪ですけど?深雪ちゃんとお話したいなら替わるよ」
雪の何気ない発言にみんなは困惑する。見た目はそっくりな雪と名乗る少女を、隻影は暫く見つめる。
「……確かに、眼と雰囲気が違うでござるな。雪殿、すまぬが替わって頂けるか?」
「はい、起きて深雪ちゃん!」
(………オ、オエエエェェ~~~~)
(ひぃぃ!な、なんて声出してるのっ!?あのね、隻影さんが心配してるみたいだからお姉さん替わるからね?)
(や、やめてっ!そんな事したら猩々…じゃなくて、少女じゃなくなっちゃうヨッ!雪ちゃん、お願いだから…御手洗いに……行って、…替わって…ください!)
(ふーん、しょうがないなぁ~、そこまで言うなら~、そうしてあげる!私は「お姉さん」だからねぇ)
(ぐぬぬぬぬっ!)
澄まし顔のお姉さんに初めて主導権を握られた悔しさを深雪は噛みしめる。雪はお花摘みへ行く事を告げると、リットが着いて行くと言い出し、顔を赤くしたレティアに頭を叩かれる。
(ジャーーーー)
「お待たせしました。隻影様!」
洗面台の前で二日酔いな顔を洗い、鏡に向かい笑顔で挨拶をする。深雪は完全体に近付かせる為、空間収納からオイシー水を取り出し一気に呷ると、顔の血色が戻り、生き返った表情を取り戻す。
「流石は女神様の飲み物ネ。…感謝します」
(スッキリした?昨日は強いお酒をガバガバ呑んでたから心配したんだよ!覚えてる?)
「……なんだか濡れて喘いでいた記憶が、それから、お腹の辺りがズキズキして痛かった気がするわネ」
(ぶはっ!…ちち、違うからね!あれから悪魔が出て来て襲われそうになったんだから!)
「…は?悪魔って、…それで倒したの?被害状況はどうなってるの!?」
(安心して、ダンクーガさんが瞬殺して何処かへ連れて行ったから大丈夫だよ)
雪の報告を聞いた深雪は驚いた表情で口を開く。
「それは凄いわネ。普通は悪魔に一対一で勝てる人間は居ないわヨ。…ダンクーガというひとは何者なのかしら?」
(ん~。なんか深雪ちゃんの知り合いみたいだったけど、覚えてないの?ふたりとも大人になった深雪ちゃんに土下座までしてたんだからね!)
「大人になった?ワタシが?…まぁ、詳しい事は本人から聞いて見まショ。何があったのか楽しみネ…」
深雪は不適な笑みを浮かべながら鏡の前で髪を整えると、現場ネコのポーズを取り、笑顔で御手洗いの扉を開ける。そして隻影達に向かって満面の笑みで挨拶をした。
「お待たせしました。おはようございます~」
「深雪ちゃんおはよー!」
「おはよう、深雪ちゃん…」
「よ、よう!深雪ちゃん!」
「深雪殿、今日も笑顔が素敵でござるな」
「フフ、隻影様も整ったお髭が素敵ですヨ」
笑顔で見つめ合うふたりに、歯噛みしたリットが透かさず深雪の体調を気遣う。
「み、深雪ちゃん。身体の具合は大丈夫なのかよ。悪魔にひでえ事されたって聞いたけどよ」
「それウチも聞いたわ。悪魔に臭い液体掛けられて襲われそうになったんやって?」
「悪魔、鬼畜の所業。…許さない!」
「悪魔の仕業」の話に隻影はバツが悪そうな表情をするが、みんなの意見に賛同する。
「う、うむっ!あの鬼畜悪魔は拙者とダンクーガ殿が懲らしめておいた故、安心されよ」
「フフ、それを聞いて少し胸の痞えが取れました。…カラダの方は今のところ、…無事みたいデス」
「そっか、部屋に駆け込んだ時に畳の上で暴れとったから心配したんやで、なんかの呪いかと思った」
「雪ちゃん、おバカさんの匂いがした…」
(え、…えー!ひどいよー!ちょっと忘れてただけなのに…)
「それがおバカさんって言うのヨッ!……ハッ」
深雪は思わず口に手を当てる。
「えっ、深雪ちゃん?今誰に…あぁ、雪ちゃんって子に言ったんやね」
「ハイ、日光の事を忘れてたみたいデス」
「おバカな雪ちゃんも良いな…(小声)」
リットの小さな独り言が聞こえ、それを深雪はじっと見つめる。
「リットさん、雪ちゃんの事もよろしくお願いしますネ」
「おう!任せてくれ!一緒に悪魔野郎をぶん殴ってやろうぜ」
「はっはっはっ、拙者も負けてはおれんな。では、そろそろあさげの支度も整ったでござろう。下へ参ろうか」
話を切り上げた隻影は深雪の前に手を差し伸べる。深雪は笑顔で手を掴むとゆっくり立ち上がる。その仕草につられて皆も腰をあげる。
「今日のご飯はなんやろ、肉かな?」
「今日の予想、きっと焼きじゃけとだし巻き卵…」
「じゃあ腹ごしらえしたらダンクーガのおっさんの所へ行って見ようぜ!」
リットのキメ台詞が決まり、あさげを食べる為、扉を開けると廊下には武装をした数人の女性がいた。深雪たちは挨拶をしながら一階へ降りると、店主の蓮が調理場から出て来て挨拶をする。蓮は昨日の場所へ朝食を用意してある事を告げ、深雪を一目見るとまた調理場へ戻って行った。
深雪はすれ違う警備の者たちに笑みを浮かべ挨拶し、奥の座敷へ向かい襖を開けると、あさげの匂いと共に女将の恋が朝食を並べ終え、立ち上がる所だった。
「皆さんおはようさん。厳戒態勢中でゴタゴタしてるけどちゃんと食べてね」
「恋さんおはよーさんです。残さず頂きますよ」
「ありがとうございます。とても美味しそうなしゃけですネ。リリカさん当たりですヨ」
「うん、…隣で一緒に食べよ。深雪ちゃん…」
リリカは深雪の手を掴むと、和風机に連れて行き、隣に座らせる。それを見たリットは悔しそうに歯噛みした。レティア達も各々席へ座り、箸を手に取ると、深雪はあさりの味噌汁に口を付ける。あっさりとした風味が体の中を駆け巡り、二日酔いの頭に刺激を与える。
(ふははははっ、あさり共め!我の二日酔い撃破の糧となるがいい!)
(フフ、カラダに染み込む感じがして良いわネ)
雪の魔王口調にハニカミながら笑顔で答えると、自分の分の惣菜を机の下へそっと置くが、ウサギが居ない事に気付き器を戻すと、脂の乗ったしゃけに箸をつけ、ご飯と一緒に食べた。
(あの子はいまアシュリーちゃんの所だったわネ。ちゃんとご飯貰ってるかしら?)
「焼きじゃけ美味しい、ご飯が止まらない…」
「リリカは魚好きだからな、ちなみにオレは肉が好きだぜ!」
「リットは骨付き魚食べれんからなぁ。だから本が読めないんだよねぇ」
レティアの思わぬひと言に、リットは箸から惣菜を落とすと、慌てて反論する。
「ばっ、深雪ちゃんの前でバラすんじゃねえよっ!少しは読める!」
「では機会があったら、一緒に読書でもしましょうネ」
「えっ、ほ…本を?…が、頑張るよ」
深雪の社交辞令を本気にしたリットは顔を赤らめると、目線を反らし、落とした惣菜を食べる。その後、嫌な顔をしながらも、しゃけに箸を伸ばし、いそいそと食べ始めた。
「深雪ちゃんの前だと素直で良い子やん。ウチも読み書きは苦手やけど、読書頑張るわぁ」
「焼きじゃけ、おかわり…」
和気あいあいと会話を弾ませながら深雪達は食事を終えると、ダンクーガのいる中央の建物へ向かう。三枚の焼きじゃけを食べたリリカは、お腹を擦り満足げな顔をしながら、日傘を差した深雪の横を歩き、レティアはハンターズヴィレッジにある建物の説明をする。先頭を歩く隻影の後ろ姿を深雪は観察しながらリリカとお喋りをしていると、緑色の小ウサギとアネッサ親子が護衛を引き連れ、見廻りという名の散歩をしていた。アシュリーが深雪たちに気付くと、ウサギと一緒に走ってくる。
「ぷぃぷぃ、ぷぃー!」
「あっ、お姉ちゃんたちだ~。おはよー!ウサギさんかしてくれてありがとー」
「アシュリーちゃんおはよう。うさちゃん大事にしてくれてありがとうネ~」
胸に飛び込んで来た子ウサギを深雪は抱き抱えると、アシュリーの頭を優しく撫でる。
「えへへ~、ママとみまわりしてお姉ちゃんおそったわるいあくまみつけるんだよ~」
「フフ、嬉しいなぁ。じゃあ見つけたら、とっても強いダンクーガに知らせてあげてネ~」
「うん、ママといっしょにたくさんみつけてくるね~」
「それじゃアシュリーの為にパパ頑張って倒さないとなー!」
ダンクーガは高笑いをした後、アネッサと護衛にひと言告げると、手を振りながらアシュリー達を見送る。隻影達と合流したダンクーガは、皆を連れて中央の建物へ戻ると、カウンターで仕事をしている受付嬢が笑顔で挨拶してくる。
「お帰りなさいダンクーガさん。会議室でニケさんがお待ちですよ」
「わかった。さて、すまんがレティアたち三人はここまでだ。待機でもしていてくれ」
二階へ続く階段の前でダンクーガは立ち止まり、レティアたちに告げると、リットが不満の声を漏らす。
「な、なんでだよ!オレは深雪ちゃんの護衛だぞ!」
「リットよしなって、ギルドの規定忘れたん?」
「ギルドの階段は、信用ある者しか上ることが出来ない。…私たちはまだBランクじゃない」
「そういう事だ。じゃあ、深雪ちゃん行こうか」
「皆さんすみませんが、ここまでありがとうございマシタ」
「ぷぃぷぃ~」
深雪はお辞儀をするとダンクーガは深雪の背中に手を回し、隻影と二階の会議室へ入って行った。
「よう、戻ったぞ」
「お帰りなさいませ。準備は出来ております。深雪様はこちらへお掛けください」
「ありがとうございマス」
眼鏡が似合う緑髪の部下に案内された深雪は席に座ると、部下はそのまま人数分の飲み物を用意しテキパキと配り出した。
「深雪様失礼いたします。お飲物をどうぞ」
「ありがとうございマス。眼鏡がとっても似合うお姉さん」
「深雪様も、クマさんパンツがとってもお似合いです!」
眼鏡の似合う仏頂面の口からいきなり爆弾発言が飛び出すと、何事もなかった様に踵を返し、ダンクーガの横に立つと会議を始めた。
「では、お手元の資料をご覧ください。昨晩、宿屋睦月に突如現れ、深雪様に謎の液体をかけたのち、「ぐへへへっ」な如何わしい事をした悪魔の正体が判明致しました」
(あの人、なんだか私と気が合いそう)
「しっ、黙ってなさい(小声)」
「名前はデーモンシャペロン。東ヴァイオレット帝国所属。爵位は無し。階級は中尉でした。深雪様を襲った理由ですが、どうやら東帝国貴族の間で白魔深雪様を花嫁にする為、見苦しい争奪戦を画策している様です」
「ダンクーガ殿、それは誠か!?」
「俺の拷問方法を知ってるだろ?」
「ちなみに液体を掛け、泥酔させた事は否定しております!」
部下の辻褄の合わない話を聞くと、張本人達は咳払いをし、険しい表情で資料を読む振りをする。
(角が二本で子爵級とか言ってたけど爵位は無しなんだね。それより、深雪ちゃんにお酒吹き掛けたのって、確かダンクーガさんと隻影さんだよね?)
(…えっ、どうしてふたりが?……変わったプレイが好きなのかしら?)
(えっとね。それは、…ゴニョゴニョ…なのです!)
深雪は昨日の出来事を詳しく聞くと、資料で顔を隠したふたりに視線を向けると、悪魔の笑みを浮かべる。
(ふーん、あの時に呑んだ『鬼人の酒』がネェ~)
(スッゴク悪い顔してるけど、あのふたりは命の恩人だからね!)
「次に、わたくしがお風呂で確認しました白魔様のおへその下にある「制約の紋章」ですが、『苦痛』『行為』『記憶』の三重制約が判明しました。恐らく別々の悪魔が紋を刻んだものと推測されます」
ダンクーガは説明を聞くと、手をぽんッと叩き、思い出した様に口を開いた。
「なるほど、だからあんなに白魔様は苦しんでいたのか」
「それで、解呪方法は判明したのであるか?」
眼鏡の似合う部下は、ふたりの話を興味深く聞くと、ダンクーガに途中経過を述べる。
「只今、わたくしの並列思考で解析中であります。もう少し時間を頂けたら詳しく解析出来るかと…」
「わかった。詳しい説明で助かったぜ。解析が終わったらまた報告してくれ、頼んだぞ」
「了解しました。他に質問がありましたら何なりと申してください」
「では、『鬼人の酒』のお値段について質問よろしいデスカ?」
深雪の質問に対し、緑髪の部下は眼鏡の中の瞳を光らせると、流暢に語りだした。
「『鬼人の酒』日枝山に住む鬼人族が造る酒。度数が高く、クセのある味ですが、市場では人気が高く愛好家達が好んで飲みます。お値段は3年物1ショット45mlで銀貨1枚(1万円)12年物720mlで金貨15枚から(1500万円から)です。ちなみに最近出回った『鬼人の酒30年物1800ml』は希少価格白金貨1枚(1億円)の値段が付きました」
「ダンクーガ殿、…拙者と昨晩飲んだ酒は確か…さん、…いや、何でもござらぬ」
(深雪ちゃんに金貨のシャワー浴びせたんだね。羨ましいなぁ~)
「助かりました。丁寧な説明ありがとうございます。眼鏡のお姉さん」
「わたくしの名は『ニケ』と申します。白魔様、以後お見知りおきを」
ニケと名乗った女性はお辞儀をし、眼鏡を右手でくいっと上げると、笑顔から仏頂面に戻す。ニケは他に質問はあるか問いかけると、眉間を僅かに寄せた隻影が質問を投げかける。
「ハンターズヴィレッジへの侵入方法はどうなっておる?悪魔が現れるまで気配を感じ取れなかったのだが……」
「侵入方法に関しましてはこちらの魔導具『ひとりボッチ』を使用したと思われます」
ニケは胸元からネックレス型の魔導具を取り出し、黒く濁った宝石へ魔力を流し発動させると、一瞬にして姿が見えなくなり、隻影達は驚きの声を挙げる。
「こ、これは何と面妖な魔導具。ダンクーガ殿、気配は感じ取れるか?」
「……実体を消すタイプの魔導具だな。それに、臭いや音まで消えてやがる。…東帝国の野郎、厄介なもん作りやがってよー!」
ダンクーガが困惑していると、ニケが見計らった様に発動を解除する。ニケが現れた先は、何と深雪の真後ろであった。ニケは手を伸ばし深雪を後ろから抱きしめ眼鏡を外すと、柔らかな頬にキスをしていた。
「……きゃ!ニケさん?」
「この様に、魔力が続く限りヤりたい放題…という代物であります。フフフフッ」
ニケの抑揚をつけた声に、隻影が反応する。
「ニケ殿、深雪殿から離れるでござる」
隻影は忠告するが、ニケは会話を続ける。
「魔力使用量に関しましては、1秒間におよそ15ほど、一般の人間による魔力量は平均150ほどですが、魔族はその10倍以上ありますので、侵入に関しては十分可能かと思われます」
「ほう、魔力消費量は割りと高めだな。確かに侵入には持ってこいの代物だ。……そうだな、とりあえずそれはニケに預ける」
ニケは笑みを浮かべ返事をする。
「白魔様、如何でございますか?とっても危険な代物を使ってくる悪魔がいるのです。ですので、いつも同じ場所に居られる女性が護衛に相応しいかと思うのであります」
ニケは深雪の顔に頬擦りすると、胸元を優しく撫でる。隻影に見せつける様に挑発すると、ふたりは視線を合わせる。
「ニケさん、…顔がとっても近いデス……」
「ニケ殿、拙者では不服だと申すか?……返答次第では容赦せんぞ」
隻影とニケはお互い睨み合うと、激しい火花を散らす。殺気に怯える深雪と子ウサギ。悪魔以外にも取り合いをする者達が、目と鼻の先にもいた。
(スゴい殺気ネ……)
「ぷぃ~…」
ニケは笑みを浮かべると、深雪の頬に再度キスをする。すると、殺気を滾らせた隻影が立ち上がり、啖呵を切った。
「魂喰らいの魔女め…!……白魔様から離れろ!」
「落ち着け紅。昔はどうあれ、今のこいつは俺の優秀な部下だ。……ニケ、そうだろ?」
「はっ!もちろんであります!イタズラが過ぎました。紅隻影様、申し訳ございません!」
ニケは謝罪の言葉を述べると隻影に深くお辞儀をする。深雪の横で一瞬不適な笑みを浮かべたニケは、顔をあげると仏頂面に戻り、踵を返し、ダンクーガの横へ着く。謝罪を受け取った隻影は「もうよい」とひと言述べ、椅子に座り直した。
「すまんな、こいつら昔から深雪ちゃんの事になると仲良しになっちまってよ」
「仲良しではありません」
「仲良しではござらん」
ふたりは言葉をハモらせる。
「まぁ、これから向かってくる変態共の対応を考えないとな」
ダンクーガは椅子にもたれ腕を組むと、ニケたちと思案を巡らせる。三人の話し合いが始まると、深雪はウサギの背中を撫でながら俯き、寂しげな表情をさせる。
「雪ちゃんとうさちゃんの三人で自由気ままな旅をするつもりでいたけど、……何だか無理そうネ」
(私もそう思ってたんだよ~!まったりのほほん何処行った!これじゃ『ベリーハード』だよ!女神様は有休か!ストライキか!最初の話と違うよ……)
「ぷぃぷぃ~」
俯いたままの状態がしばらく続いた深雪は、ふと顔を上げ、目の前に置かれた飲み物を手に取ると、ゆっくり口に流し込む。
「この紅茶、すっかり冷めてしまってるわネ……」
その言葉を聞いたニケは振り向くと、急ぎ替わりの紅茶を深雪の前に差し出した。
「は、白魔様。申し訳ございません!こちらの紅茶を御召し上がりください」
「あ、ありがとうございマス……」
畏まった態度で冷めた紅茶を下げるニケのあまりにも豹変ぶりに、深雪は動揺しながらお礼を言う。そして温かい紅茶を少し飲むと、意を決し、自分の過去を知っている者たちに声をかけた。
「あの、少しよろしいでしょうカ?」
「ん?どうした深雪ちゃん」
「ぷぃ~」
振り向いた三人は深雪の顔を見つめる。
「皆さんはワタシの過去をご存知なのデスヨネ?でしたらワタシの過去を、少しだけでも話して頂けませんか?」
深雪の真剣な眼差しで願う姿に、気持ちを汲み取った三人は頷くと、顎髭を貯えた隻影が口を開く。
「その件は拙者が説明致そう……」
隻影はそう述べると、真剣な面持ちで深雪に話し始めた。
「深雪殿はアマミヤ皇国に嫁がれる前は、西ヴァイオレット帝国の軍人で有らせられた。当時は『第二次中央戦国大戦』の真っ只中で、拙者の伯父、ダンクーガ殿の父上が英雄として活躍しておった時代であった」
「ダンクーガ様と隻影様は血縁者でしたのネ」
「歳は同じ60なんだがな。俺のほうが若く見えるだろ?」
「そうですネ」
「ちなみにダンクーガ様のお父様は1582年生まれで、今年で161歳でございます」
「……確かそうだったな。長生きだろ?」
ダンクーガは少し考える素振りをすると、深雪に笑顔で答える。隻影は少し寂しげな表情を見せるが、頷き話を続けた。
「うむ、当時20歳の伯父上はほぼ無敵でな、20年続く戦争を終わらせる為、帝都にあるヴァイオレット城へ使者として赴き、帝王との謁見を間近に控えておった時、偶然出会ったのが白魔 深雪様、あなた様である」
「親父はひと目惚れ、雪の様な白い髪に青い深淵の眼を持つ巨乳の軍服姿がすげえ好みだったそうだぜ!」
ダンクーガは徐に両手で巨乳を持ち上げる仕草をすると、ニケから半笑いの声が聞こえた。
「当時の白魔様は帝国貴族である伯爵家の御令嬢であらせられてな。その美貌に男女問わず、誰もが狙っておったそうな」
「ちなみに当時の帝国軍では五指に入る程の強者であらせられました!」
「そして惚れた親父は猛アタックするんだが、付き合う条件がこりゃまた傑作でな!」
三人は顔を見合せながら含みを持たせると、ゆっくりと口を開いた。
「……なんと『雪の大食い対決』でござった」
「フフフ、当時のワタシは面白そうな条件を出しますネ。トイレと恋人になれそうデス」
「白魔様は吸血鬼の父と雪女の母との間に産まれた『スノウヴァンパイア』雪は大好物なので、ほぼ無限に食べられるのでござる」
「その勝負、誰も勝てないのではないデスカ?無謀にもほどがありますヨ」
「そうなんだがな、そこが親父のすげえところよ!雪にかけるシロップに細工をしてよ。白魔様が夢中で食ってる隙を突いて、激辛わさびを混ぜて食わせたんだよ!」
「辛いものが苦手な白魔様は顔を真っ赤に悶絶状態、見事勝利を勝ち取ったのでござる!」
「そ、そう言えば、昨日の夕食に出たお刺身に、…わさびを浸けなかったデス!」
(激辛わさびを食べさせるとかエグい勝ち方だね。無意識に覚えてたのかな?)
「白魔様の抱いていらっしゃる精霊ウサギ様もわさび色でございますね」
「フフ、うさちゃんは食べちゃうくらい大好きですヨ~」
「ぷぃぷぃー!」
(私は辛いの大好きだから真逆だね。お姉さんだからかなぁ?)
(甘いお菓子はワタシが全部食べてあげるわネ、お姉さ~ん!)
(がるるるるっ!)
「その後、待たせていた帝王に親父は、白魔様との結婚を前提条件に停戦協定を結ぶと伝えてめでたし!と思うだろ?だけどな、ここからが本番だ」
「白魔様を以前から狙っておったけしからん悪魔共が伯父上の条件は無効だと申し、押し寄せて来おった!」
「奴らの戦いは魔力に物を言わせる大技狙いの魔法攻撃なんだが、親父には通じなかった。何故なら親父には…」
「自身が魔法と認識したものは無効化されるスキル『マジックジャマー』の所有者であります!」
「魔法士にとっちゃ恐ろしいスキルだろ?それで返り討ちにあってボッコボコにされたんだよ」
「フフフ、素晴らしいスキルの持ち主なのデスネ」
「悪魔共は殺されて当然の行いをしたのだが、情けをかけた白魔様が伯父上に嘆願してくださり『安心せい、脛打ちだ!』の刑で事なき終えたそうなのだ」
「問題を起こした奴らは更迭、財産没収もされ『脛も齧れない』ほど没落したそうだ。当時の帝王はあれやこれやで疲弊してたから喜んだろうな。戦争を勝手に吹っ掛けた厄介者の始末に、使者の親父に支払うはずだった賠償金もいらないと言われ、伯爵令嬢との結婚だけでほぼ停戦協定結べたからよ」
「この当時からワタシの取り合いがあったのですネ。それからどうなったのデス?」
「一応付き合う事になったんだけどな。次の年の1603年に第二次中央戦国大戦は終戦を迎えて、21年続いた戦争の傷を治す為に、ふたりは政治利用されてよ。イチャコラ出来ずに5年、10年と月日は流れ、帝王も死んじまって気付いた頃に、…次は帝国の内戦ってワケだぜ!」
「政治利用デスカ………」
(私なら国を出て駆け落ちするなぁ~)
「それを見兼ねたアマミヤ皇国の青龍様が、困り果てておる白魔様を手助けなされ、天候を操り、帝国にある山脈へ雪を降らせると、ふたりで雪崩を起こし砦を崩落させたのである。帝国へ天罰を下した青龍様は高らかに笑うと、アマミヤ皇国へ白魔様をお連れし、ようやく伯父上と再開なされたのだ」
「帝国の国境周辺が未だに雪だらけなのは青龍様の嫌がらせが続いているからだな!」
「実に11年の歳月、伯父上は32歳になられておった。ふたりは喜び合い、直ぐに祝言を挙げると、仲睦まじく紅家で暮らす事になられた。1614年『帝国冬の陣』の事である」
「そんな長い道のりがあったのデスネ。……そ、それで今は何年なのデスカ?」
「現在は1743年であります。ちなみに白魔様の御年齢はトップシークレットであります!」
「安心してください。雪ちゃんとワタシは昨日産まれたばかりの赤ちゃんですヨ。バブバブ~」
(バブバブ~)
「ぷぃぷぃ~」
深雪は両手を顔に近付けると、手をぐぱぐぱさせながら可愛い仕草で答える。
「白魔様のバブバブ……素敵でございます!」
深雪は可愛い仕草から真顔に戻ると、青い深淵の瞳を震わせる。
「これは正真正銘本当なのデス。雪ちゃんが転生した時にワタシの魂もこのカラダに定着していました。それでふたりで仲良くする事に決めて、うさちゃんと旅をしていたら、隻影様たちに出会ったのデス…」
「本当だよ!私、昨日この世界に転生したばかりだもん!」
いきなり人格が入れ替わり、ふたりが一瞬驚くが、現れたのが雪である事に気付いた隻影は、冷静にふたりを静める。
「先ほど宿屋でお会いした雪殿でござる」
「確かに、…雰囲気がまるで違うな。転生者か、俺の知り合いにいるから信憑性はあるが、ひとつの体に魂がふたつか……」
「雪様が転生者とは、実に興味深いであります!のち程わたくしのお部屋で詳しくお話をお聞かせください」
「ニケ殿、その時は拙者も同伴するでござる」
その言葉に復しても隻影とニケは殺気を出し睨み合う。
「やめろ。その話は俺も興味はあるが、白魔様は1733年の第三次中央戦国大戦の終戦後、帝国内で行方不明になったと報告があってな。当時、1703年から始まった大戦は表向き、「東帝国側の食糧難」による一方的な侵略行為だったんだがな。真実は、100年立っても変わらねえ姿の白魔様に変態共が再び襲い掛かって来やがったと言うアホ話だ」
「阿呆な話ではあるが、東帝国の使者が信書を持参してきてのぅ。信書の中身は、『白魔様と母君の交換条件』母君を人質に取られた白魔様は錯乱し、当時着ておられた軍服を身に付けると、我らの制止を振り切り帝国へ向かわれた。その後、拙者は家督を息子へ譲り、行方知れずの白魔様を探す旅へ向かったのでござる」
ふたりは眼を瞑り、当時の光景を思い出すと、苦虫を潰す表情をしながら後悔の念を浮かべる。
「親父もショックで寝込んじまうしな。何とか元気付かせる為に、柄でもない俺はアネッサと結婚して娘のアシュリーを授かった。あそこまで落ち込んだ親父は初めて見たぜ……」
「だが、10年振りにようやく御会いできたでござる。白魔様、アマミヤ皇国へ拙者達と御帰還致しましょう!」
「パパ、ただいま~!あくまいなかったよ~」
隻影の思いの篭った言葉とほぼ同時に、勢いよく会議室の扉が開くと、散歩から戻ったアシュリーが突入してきた。アシュリーは周りを見渡すと、ウサギを抱きながら俯いた深雪を見つけ、近づき顔を覗きながら問い掛ける。
「お姉ちゃんへんなかおしてるよ~。もしかして帰っちゃうの~?」
不安な顔で問いかけるアシュリーに、入れ替わった深雪は俯いたまま重苦しい口調で答えた。
「ゴメンね。…お姉ちゃん今困ってるの。…お家へ帰りたいケド、悪い悪魔が襲って来て、迷惑掛けちゃうかもしれないのヨ…」
「わるいあくまならパパがやっつけてくれるよ~。ニケもすっごくつよいよ~」
「いや~、照れるぜ!実際、悪魔は俺の眼じゃねえからな!」
「深雪様、ご安心下さい。ダンクーガ様は、あの神スキル『マジックジャマー』の所有者であります!」
「深雪殿、拙者も悪魔退治は大の得意でござる」
「えぇ、…そうですネ。とても安心しました……」
深雪は無理やり笑顔を作るが、不安の色は隠せない。また自分を目当てに悪魔がいつ襲ってくるのか解らない状況で、不安だけが募り、心は休まらない。
「深雪ちゃんよく聞いてくれ。俺達はな、あの戦国大戦を30年生き抜いた最強の猛者だ。悪魔殺しの称号を持つ紅隻影と、英雄の息子の俺、あとニケも居るんだぜ!この面子を見て襲ってくる悪魔がいたら、…そいつらは雑魚のもぐりだ!だから雑魚の始末は俺達に任せて、深雪ちゃんは冷たいアイスでも食いながら安心してアマミヤ皇国へ帰ろうぜ!!」
ダンクーガの気迫ある発言に、胸を打たれた深雪は青い瞳に涙を浮かべると、笑顔で「お願いします」とひと言述べ、ウサギを顔に抱き寄せると、顔を隠し、嗚咽を堪える。
(深雪ちゃんも私と同じで弱いところは魅せないね……ぐすん!)
(ワ…ワタシは、…泣く子は大嫌いヨッ!)
(泣いてないもん!鼻水だもん!)
(なら、ゆるして、あげる……)
こうして、似た者同士はまた絆を深め合い、雪と深雪は最強の猛者達を護衛に、アマミヤ皇国へ向け早速準備に取りかかるのであった。
どうも、水無月カオルです。
白魔 深雪の過去が明らかになりましたね。
あの勘と鋭い蹴りは軍人時代に築かれた物だったのですねぇ~(軍服姿が眼に浮かぶ…)
リットに更なる強力なライバルが出現しましたが、果たしてどうなる事やら…
では、次回も楽しみにお待ちください