女神様の私情 - 特別な転生 3 -
蒸し暑い日が続きますね。水無月カオルです。
今回は王国へ向かう途中の出来事です。
では、続きをどうぞ
第1章 女神様の私情 ― 特別な転生 ―
ep.3 『大変な変態達へ』
太陽が真上から少し傾き始めた頃、広大な草原を軽快な鳴き声と共に真っ白な日傘を差した少女が、緑のスカーフを巻いた小さな精霊ウサギと共に歩いている。
「ぷぃぷぃ、ぷぃ~!ぷぃぷぃ、ぷぃ~!」
(ウサギさんすっごく元気になったね!スカーフも気に入ったみたいで良かった~)
「えぇ、魔法薬があって助かったわネ。…それよりも雪ちゃん。アナタの体調はどうなの?」
(あはははっ、……まだダメみたい。日光に当たりすぎたのがいけなかったのかな?)
「当たり前ヨッ!吸血鬼を何だと思ってるの?キズはすぐに治るケド、消耗は激しいから、気を付けないとすぐに動けなくなるわヨ」
(ギクッ!)
「…まさか、治りが早いからそれで無茶したとか…でショ?」
深雪は目を細め、日傘を廻しながら雪に問い掛けると、図星だったのか、うわずった声で言い訳する。
(チ、チガウヨ~、最初は熱くて火傷しちゃったけど。ほら、吸血鬼は『不老不死』だから大丈夫かな、と……)
「まぁ、半分正解ネ。普通の吸血鬼は違うのヨ」
(えっ、違うの!?私の読んだ本だと、吸血鬼はニンニクが苦手で、それに心臓がふたつあって、銀の杭で心臓を突かないと倒せないって書いてあったけど……)
「どんな本を読んだのか知らないケド。純血ではない吸血鬼は不老ではあるの。それでも弱点である日光や、聖属性を付与された攻撃を食らったり、魔力が完全に枯渇すればあっけなく消滅するのヨ」
(ほ、ほぇぇ~!)
「ワタシが知ってる不老不死は『始祖』か『日の下を歩く者』の方々くらいネ」
(ぅぅ、…そうだったんだ。反省します…)
「よろしい、お姉ちゃん反省する子は好きヨ~。…ちなみに、学習しない子は嫌いヨッ!」
(…はい、気を付けて行動します……)
深雪の説明を聞き、雪は改めて吸血鬼の特性を再認識する。
ふたりとウサギは広い草原を歩きながら、時より草むらを横切る野性動物に直面したり、親子連れの野うさぎに顔を緩ませながら手を振り見送ったりした。
その後、しばらくして休憩を取ろうという事になり、日陰を探す為に雑木林に入る。少し進んだ辺りに木陰を見つけたふたりはそこに座り、どこかへ探検にいったやんちゃ盛りな子ウサギを呼ぶが、返事がない。
(あれ、ウサギさん来ないね。お花摘みしてるのかな?)
「精霊は食事は取るケド排泄はしないわヨ。……チョット遅いわネ」
いくら呼んでも来ない。夢中になりどこかで道草でも食っているのだろうか。深雪は立ち上がるとウサギを探す為、匂いを嗅ぎ居場所を探索する。
「……匂いはあっちからするわネ」
深雪が指を差すと、そこは大人の背丈はありそうな藪が行く手を遮る様にびっしり生えていた。
(うわぁ。草がボーボーに生えてる。こんなところへウサギさん入っていったの?でっかい蛇とか出てきそうだけど……)
「野生の生き物は精霊に友好的だから襲われたりしないケド。もしかしたらアナタはいっぱい噛まれちゃうかもネ」
(い、行きたくないなぁ。こ…怖いよぅ~~)
情けない声を出しビビる雪をよそに、深雪は平気な顔で草むらを掻き分け、慣れたようにズンズン進んでいく。
(深雪ちゃんたくましいね。お姉さん感心しちゃった)
「…あっ、ポイズンスネーク!」
(ひぃぃ!蛇はダメだってば!た、たおしてはやくぅぅ~~)
「怖がりすぎ。あっちのほうが驚いて逃げてるから噛まれたりしないわヨ。アナタも吸血鬼でショ?」
(吸血鬼になってまだ1日目だもん!すっごく怖いの!だから深雪ちゃんがお姉さんを守ってください!)
「ハイハイお姉さん。……あぁ、そういえば女神様にトクベツな転生をしてもらったとか言ってたわネ。この世界に来て初日にアナタと出会ったなんて不思議な巡り合わせネ……。見て、抜けたわ」
藪を掻き分け行き着いた先は、泉が沸く畔になっていた。木漏れ日が漏れた先に鹿の群れや野鳥が羽を休めている。どうやらここは動物たちの休憩場所のようだ。
「空気が変わったわ。どうやら天然の安全地帯みたいネ。魔物が近づいて来ないからみんな安心して休めるの。起こさないように静かに探しまショ」
(おっけー。ウサギさーん、どーこでーすかぁー?)(小声)
深雪たちは静かに歩きながら辺りを探索する。頭上では小動物が木の上からこちらの様子を不思議そうにじっと伺っている。
パシャッと泉の魚が跳ねる音に目をやると、水辺のところに緑のスカーフをした物体がポツンと座っており、その周りにはパタパタと大きめの蝶が数匹飛んでいた。
(いたー!深雪隊長!迷子のウサギを発見しました!)
「あんなところにいたのネ。何してるのうさちゃん……?」
深雪が呼びかけるがまったく返事をしない。どうも様子がおかしいと感じたふたりは駆け足でウサギに近づくと、蝶が子供っぽい口調で深雪たちに話し掛けてきた。
「精霊ウサギさんと遊んでたらね。急に動かなくなっちゃったんだよ~」
「お水飲む~?って聞いたけど飲めないみたいなのぅ!」
パタパタと周りを飛びながら言葉を話す蝶の説明を聞いた深雪は蝶にお礼を述べると、踞るウサギのスカーフを外し触診を始める。
さっきまで草原を元気に走り回っていたウサギであったが、今は目を閉じたままうつむき呼吸を荒くしている。深雪はウサギを安心させようと優しい口調で話し掛ける。
「うさちゃん、疲れちゃったの~?ハシャギ過ぎちゃったカナ~?」
「………ぷぃ~」
(ウサギさん大丈夫?お腹が痛いのかな?ぜんぜん動かないよ…)
「外傷はないようネ。問題はたぶん……。うさちゃん、ちょっとチクッとするから我慢してネ~」
(ウサギさんがんばって!)
「ぷぃ~、…ぷぃぷぃ」
深雪は背中に極細の針を注し『血の支配』で体内の血液を検査する。
「……何かいるわネ。雪ちゃん、集中するからしばらく話しかけないで」
(う、うん)
深雪はポツリと呟き、雪に事を伝えると神妙な顔になった。指先に神経を集中させ目を瞑った深雪は、極細の針からさらに細いカテーテルに似た管を伸ばすと手術を始める。深雪は時より険しい表情になりながらも順調にウサギの体内にいる何かと格闘し、それを取り除き続けた。
しばらく沈黙が続いた。時間にして四半時経っただろうか。背中の針を抜き、手術を終えた深雪は少し疲れた表情を見せると、ウサギの状態を確認しようと顔をそっと覗き込む。
気がついたのか、目をパチパチさせ、ウサギのつぶらな瞳と目が合うと、緊張を解いた深雪はウサギの頭をそっと撫でる。
「…ふぅ。うさちゃん終わったわヨ~」
「ぷぃ~」
(お疲れさま!深雪ちゃん先生、ウサギさんの容態は大丈夫なの!?)
深雪は尋ねられると、苦虫を潰した表情で話し出した。
「コレは大変ネ。小さな寄生虫がお腹辺りの血管を詰まらせて血液に溜まっていたから出来るだけ取り除いたケド。…このタイプは時間が立てばまた増えるわ」
(そっかぁ、だから苦しんでいたんだ。なんだかやっかいな虫だね。掃除機みたいにブワーって全部吸えないの?)
「アナタねぇ、そんな手荒に取ったら血管を傷つけてうさちゃん死んじゃうわヨッ!」
(…ご、ごめんなさい!)
「ワタシが使ったスキルわネ。針に糸を通すほどの精密操作で血管に血の糸を通してから、慎重に虫を刺し殺してから取り除くのヨ。虫と言っても0.01㎜くらいのとても小さなサイズなのヨ」
深雪は怒った口調で丁寧に説明をすると目を細め、小悪魔な笑みで雪をグイグイ攻める。
「どれくらい難しいのか分かる~?」
(虫取網でおりゃーって捕まえるくらいだと思ってたよ。……ゴメンね)
「分かればよろしい。とりあえず何日かかるかわからないケド、王都に着いたら病院で診てもらいまショ。アナタも頑張って体調治しなさいヨ?」
(う、うん。そうだね!ウサギさん一緒に頑張ろうね!)
「ぷぃぷぃ~」
「ハァ、しばらくここで休憩しまショ。妖精さんたちも見守ってくれてアリガト」
「わーい!ウサギさん治った~!」
「また遊べるね~」
周りを嬉しそうに跳び跳ねながら喜ぶ大きめな蝶たちは、精霊ウサギが元気になると、お祝いにサクランボに似た果物をいっぱい渡してきた。深雪とウサギはそれを食べたあと、泉の水で喉を潤した。
「妖精さんまたネ」
(バイバーイ)
泉での休憩を終え、雑木林を抜けたふたりとウサギは、出口まで案内してくれた妖精たちに手を振りお別れすると王都に向けて歩き出す。
(まだ興奮が冷めないよ!妖精さんを初めて見たとき蝶にしか視えてなかったけど、集中して見ると不思議に妖精って認識できるんだね)
妖精と初めて出会い認識できたのが嬉しかったのか、妖精と別れたあとも雪のテンションは上がり気味である。
「自然界に存在する精霊や妖精の類いは視るのもコツがいるのヨ。魔力の扱いに慣れてくると意識しなくても普通に視れる様になるわ」
(へぇ、まさにファンタジーって感じだね!私は凄い世界に来たんだって実感するよ!ウサギさんも可愛いし!)
「ぷぃぷぃ~」
雪の言葉に元気良く反応したウサギはピョンピョン跳ねながら先頭を歩む。
「うさちゃん歩くのつらそうならお姉ちゃんが抱っこしてあげるからネ~。それとも、いま抱っこする?」
「ぷぃぷぃ~、ぷぃ!」
「大丈夫、歩く!」そう言うと、ウサギは歩きだした。
「フフ、元気になって良かった。お姉ちゃん頑張る子は好きヨ~!」
「ぷぃ!」
(深雪ちゃんおんぶして~)
「アナタはバカ言ってないで行くわヨ」
(あははっ)
(……くっ、全て取り除けなかった)
先程の手術での腕前に納得がいかなかった深雪は心の中で悔しそうに呟く。今の状態では仕方がない。そう自分に言い聞かせ納得させる。顔に陰りを残すが、雪と冗談を言い合い仲良く会話をしながら再び歩いた。
途中で街道を見つけ、道沿いにしばらく歩くと、空の景色が夕焼け模様になり、日光が辺りを真っ赤に染める。
(わぁ、すっごく綺麗な夕焼けだ。何だか深雪ちゃんの使ったスキルに似てるねぇ)
「そうネ。……ッ!うさちゃん、お姉ちゃんの所においで~」
「ぷぃぷぃ」
(どうしたの?抱っこするの?)
「ウウウウッ、ガルルルルッ!」
後ろの辺りから尋常ではない複数の唸り声がする。
「雪ちゃんはわんちゃん好き?抱きたい?」
(うん、すっごく抱きたいよ。わんこがいるの?どこにいるの!?)
深雪はウサギを抱きかかえると同時に草むらから現れたのは、可愛らしい犬ではなく。唸り声を上げたフォレストウルフの群れであった。
「雪ちゃんお待ちかねの。…わんちゃんヨッ!」
(わ、私が思ってたのと違うよー!このギラギラした目付き、ハスキーじゃなくて狼だよ!)
「ぷぃぷぃー!」
深雪はウサギを左手で抱きながら、四方八方から現れるウルフの群れを警戒する。
「うさちゃん大丈夫ヨ~。お姉ちゃんの所から離れちゃダメだからネ~」
(ひぃ!いっぱい囲まれてるよ…)
「ヘンな声を出さないの。お姉ちゃん情けない子は嫌い…ヨッ!」
いきなり後ろから飛び掛かるウルフに深雪は廻し蹴りを喰らわせ地面に蹴り落とすと、日傘の先端から『血の光線』を放ち脳天を撃ち抜く。
「…数は。…残り12頭か」
(すっごい廻し蹴り!深雪ちゃん後ろに目があるの!?)
「経験と勘ヨ!いくら強力なスキルを持っていても、こういう修羅場をくぐらない…とっ!すぐにあの世へ行くわ…ヨッ!」
復しても後ろからの攻撃を避け、廻し蹴りとスキルを繰り出しフォレストウルフを屠る。深雪は順調にウルフの数を減らしていると、木の陰からこのウルフ達のボスと思われる巨大なウルフがぬっと顔を覗かせこちらを凝視すると、王者の貫禄を思わせるように、のそのそと姿を表した。
(でっっかー!み…み、深雪ちゃん!あのおっきい狼。ご、ごめーとるくらいあるよ……。映画で観たことある)
「…あれは、魔狼。……かなりマズいわネ」
巨大なボスウルフは深雪たちを一瞥すると、唸り声を上げながら取り巻き共に指示を出す。すると、ウルフの隊列が変化し、急に倒しづらくなった。
「パターンが変化してる……。こっちの攻撃を読んで対応させたのネ」
深雪の言うとおり、どうやらボスウルフは始めに数頭で襲わせ、相手の出方を把握したあと確実に弱らせ、最後はボスの手で仕留めるインテリウルフパターンのようだ。教育されたフォレストウルフの群れは、じわりじわりと深雪達を追い詰めて行く。
「アイツが周りの統率を取ってるから厄介過ぎヨッ!ボスを倒さないと、…このままだとジリ貧ヨ」
(何だかぐるぐる周りだしたよ!)
「この数、うさちゃんを護りながらは厳しいかもッ!はやく夜になって……キャー!」
(深雪ちゃんッ!!)
(キィィィン)
フォレストウルフによる死角からの攻撃を危うく喰らいそうになるが、日傘に付与された『障壁』が発動し、ウルフの鋭い牙を難なく防ぐ。
「…これは、障壁!?女神様、アリガト…」
(助かったー!ナイスシールド!!)
「こうなったら、完全に囲まれる前にあそこに見える木の上に避難するわヨ!……『血の光線』」
日傘をフォレストウルフの群れに向かって構え、血の光線を連射で放った直後、僅かに開いた活路を見いだした深雪はウサギをしっかり掴むと、全速力で駆け出す。
(やったー!……ひぃぃ!!追ってくるよーー!)
「あったり前でショー!ワタシたちを食べたいんだからッ!」
心の中で振り向いた雪は後方を確認する。深雪のすぐ後ろからは、ガウガウ唸り声をあげ、目を血走らせながら「待てやゴラ!!」と追いつこうとしてくるフォレストウルフの群れと目が合い思わず悲鳴を上げる。
一本だけ聳え立つ大木にたどり着いた深雪たちは木に足を掛けると、重力を無視するかの様に垂直に登る、というより走る。そのまま何事もなかったかの様に足を木に張り付けたまま静止すると、くるりと振り返り、木の周りに五月蝿く群れるウルフの様子を伺う。
「ぷぃぷぃ~」
(み、深雪ちゃん!?)
「…まだ諦めないみたいネ。ほんとしつこいウルフ……」
(きゅ、吸血鬼マジヤバー!!どうなってるのコレ!?足も狼よりすっごく速かったけどナニコレどんな状態なの!?)
木の上で垂直に立ったままの状態でいる深雪に、腕に抱かれたウサギと雪がはしゃぎ声を上げる。
このピンチを抜け出す方法はないのか。挽回のチャンスを窺う深雪だったが、フォレストウルフの数は減るどころか増える一方で、深雪の顔には徐々に焦りが募る。
(こんな時に血染めの靴が発動しない…。一撃で蹴り殺す力さえ戻れば、…こんな数!せめてはやく夜に…)
血の光線は体外から血を発射させる為、強力なスキルだがどうしても消費が激しく効率が悪い。焦る気持ちを堪え、深雪はぐっと歯を噛みしめ空を見つめる。太陽はまだ完全に沈んではいない。日が沈み、夜になるまで焦らず待つか……
だが、そんな考えを払拭するかの様にでかいヤツが現れる。木の周りを取り囲んでいたフォレストウルフが急に道を開けると、唸り声を上げた巨大なウルフが「逃げてんじゃねえ!!」とふがふが鼻息を荒くさせ、新しいウルフをはべらせやってきた。
「うわっ……。やる気満々な面構え」
(ど、…どうしよぅ。は、話し合いとか無理かな?映画だと大きな狼は人語を喋ってたよ)
「エッ、ほんとかしら!?試してみるわヨッ!」
一縷の望みを託して、深雪はチョット上目遣いで巨大なボスウルフに会話を試みた。
「ハァイ、ステキなウルフさん。お願いだからお話し聞いて欲しいの!」
「黙れ小娘!!!!」
(ひぃぃっ!!)
「お、怒らせたかしらッ?あの様子じゃ意志疎通は無理みたいネ!…それに、またウルフが増えてる……」
「ぷぃぷぃー!」
「「「ドスン!!」」」
(いやぁぁぁぁ!!!!)
「くっ!!」
大木が突如音を立て大きく揺れる。フォレストウルフの大群に目を奪われていた瞬間、怒り狂ったボスウルフは前足を掻き走り出すと、深雪たちが避難している大木にでかい図体をぶつけてきたのだった。
さらにボスウルフは引き返し振り向くと助走をつけ、また大木へ巨体をぶつける。
(ヤバいよー!このままだと木が折れちゃうよー!)
メキメキと音を立てしなり、今にも折れそうな大木。
怒り狂う巨大なウルフと、涎を垂らし下で待ち構えるフォレストウルフの大群に囲まれ、逃げ場のない状況に追い詰められた雪たち。
もはや万事休すかと思ったその時、街道からひとりの初老の男が助けに入った。
「ほぅ、グレーターウルフか。…助太刀いたそう!」
「お願いシマス。ステキなおじ様!!」
(た、たすけてーー!)
「ぷぃぷぃー!」
危機的状況に現れたのは、歳を感じさせる白髪頭を後ろで縛り、朱色を基調とした鎖帷子の鎧。腰に刀をはいた黒い瞳の男であった。
「では、参る!『胴斬り一閃』」
そう叫び、腰を屈みながら真横に刀を抜刀すると、無数にいた狼の群れが一瞬で鼻先から横一直線に斬られ、倒れた直後、血飛沫を巻き上げる。
「……飛ぶ斬撃、素晴らしい威力ネ」
(カッ、カッコいい!斬ったの見えなかったー!)
初老の男は、二、三度見えない斬擊を飛ばし瞬く間にフォレストウルフを斬り倒すと、残るは巨体なグレーターウルフのみとなる。男は刀を構え直すと、睨みを利かせ、沈黙の時間が流れる。互いに一歩も退かぬ間合いの中。突如、沈黙を破るひとの声が街道から聞こえると、グレーターウルフは巨躯を森へ向け、夕闇の中へ消えていった。
「ふむ、引き際のよい魔狼だ…」
右手に握った刀をひと振りし、器用に廻しながら鞘に納める。初老の男はため息をつくと踵を返し、深雪たちの安否を確認する。
「そこの娘、怪我はござらぬか?………ハッ」
初老の男は大木に駆け寄り深雪たちに声をかける。男が見上げた先に、夕日を背に木を垂直に下りる深雪たちの姿が映し出される。
(た、助かったあぁぁ~~)
「ハーイ、無事デスヨ。おかげで助かりました。ありがとうございマス」
「ぷぃぷぃー」
その瞬間、男の記憶からどこか懐かしい光景が浮かび上がる。初老の男は、ウサギを抱いた少女の顔を見るや否や真剣な眼差しで口を開く。
「も、もしやおぬし……」
「おーい、無事かーー!」
初老の男は何かを言いかけると、数人の冒険者と思われる者達が駆け付け話を遮られた。到着したまだ若そうな冒険者たちはあたふたしながらふたりの周辺を見回すと、仲間のひとりが大量に散らばる狼の死骸を目撃すると僅かに仰け反った。
周辺の確認を終えると背中に長剣を携えた茶髪でツンツン頭の少年が澄ました顔で一歩前に出ると、両手を広げ自慢げに話し出した。
「ほらな、オレの言った通りだろ」
「確かにいた。ごめん…」
「まぁまぁ、見つかったんだからええじゃん」
弓矢を肩に背負い、茶髪でおだんご頭の少女が澄ました少年に向かって謝罪すると、その横にいたポールアックスを持った青髪の女性が間に入り、まあまあと宥る。
「いた?もしかして、ワタシを探していたのデスか?」
深雪が不思議そうに問いかけると、青髪の女性が訛り口調で喋り出す。
「そうなんよ。リットの奴が帰り道に白髪の巨乳少女を見たって言ってよー。また妄想が始まったんかと思ってたんよ」
「リット、それでウルフ逃がした…」
「ば、ばかやろー!!こんな所でバラすなっ!」
(えっと、この人達一体誰なのかな?)
(少なくとも、見た目は悪い人間ではなさそうネ)
「これ、おぬし達。話はそれくらいにせぬか、娘が困っておるぞ」
はしゃぐ若者たちに深雪が困惑した表情をしていると、初老の男の一言で場は静まった。話を戻し、まずは自己紹介をする流れになった。
「拙者、隻影と申す。ひとりで気ままな諸国漫遊の旅をしておる」
「オレはリット、Eランク冒険者だ!ちなみに目標はSリャンク冒険者になることだ。よろしくな!」
「リャンク…」
「……うるせー!」
「ウチの名はレティア。Dランク冒険者なんよ。実家は鍛冶屋やっとるから装備の修理は任せてな」
「リリカ、Eランク冒険者。……おっぱい大きくていいな…」
(つぎは私たちの番だよ。なんて言うの?吸血鬼だぞ、吸っちゃうぞ~って言っとく?)
両手を広げおどけた格好をしながら雪のバカっぽい言葉をスルーし、深雪は第一印象を気にしながらステキな笑顔で話し始める。
「ワタシは深雪と言いマス。可愛いうさちゃんと一緒に旅をしてる途中なのヨ」
「ぷぃぷぃ~」
可愛らしいウサギを顔に近づけ、笑顔で名乗ると、隻影の眉間が僅かに反応し、深雪に尋ねてきた。
「深雪殿はもしやアマミヤ皇国の出ではござらぬか?」
「…えっと、ワタシですか~?エヘヘ…」
隻影に突然尋ねられるが、深雪は笑いながら視線をウルフの死骸へ誘導させ、言葉巧みに誤魔化す。
「それより隻影様。散らばったウルフはどうしマスか?」
「ん。おぉ、そうであった。拙者が解体して、この近くのハンターズヴィレッジで換金しておこう」
「ならオレ達も手伝うぜ!数が多いから手分けしてやったほうが早いからな。取り掛かるぞ!」
「リット、偉そう…」
「なっ!!」
リリカに呟かれ、出鼻をくじかれたリットが喚く。それをレティアが宥めながらいそいそと解体作業に移る。
(それにしても隻影さんすっごく強いね。刀で三回振っただけなのに、大きい狼残しただけで全部倒しちゃうし。……パッと見ただけでも50頭くらいはいるよ)
「おそらく達人級の剣豪ネ。あの年齢で気ままなひとり旅ができるのヨ。かなりの修羅場をくぐってると思うわ…」
深雪は横目で隻影を一瞥する。
この世界は前世の雪がいた世界とは違い、剣と魔法が存在する他、危険な魔物からドラゴンまで様々な生物が存在する。近所の子供が棒切れ一本持って、ひとりで森へ探検に出掛ければ、数時間後には魔物のお腹の中にいるであろう。雪が転生したこの世界はそういう事が日常的に存在している。
その事実を先ほど嫌と言うほど経験した雪は、慣れた手つきでウルフを黙々と解体している隻影の姿をまじまじと見つめていると、雪はふと何かを考え始める。
(うーん。…あの量を捌くのは骨がおれるよね……)
前屈みで腕を組み、ぐぬぐぬ唸り声を上げる雪は仰け反ると頭を抱える。すると、手に花のバレッタがコツンと触れ、その拍子に雪はハッとした表情で思い出す。
(ねぇ深雪ちゃん。アイテムボックスに入れて運んだらどうかな?)
雪のアイディアに頷いた深雪は早速実行する為、隻影たちに声をかけ、手を止めさせる。
「みなさん。もうすぐ日が沈んで真っ暗になってしまいマスヨ。なので~、ワタシがいったん回収しますネ」
「ええけど、どうするん?」
年端もいかない少女のおかしな発言に、みんなが深雪の行動に注目すると、深雪はフォレストウルフに近付き日傘を翳すと、心の中で『収納』と唱え、死骸を瞬く間に収納していく。
その見事な光景にリットたち若者は驚きの表情を浮かべ呆然と佇んでいると、あっという間に全てのフォレストウルフを回収した。
「す、すげぇ…」
「今のなんや?」
「深雪殿は『空間収納』のスキル持ちであったか。いや、驚いたでござる」
「空間収納って、かなり貴重なスキルやん」
「す、すげぇ……」
「リット、さっきから同じ…」
「通常はアイテム袋に入れるのだが、触れずにこれほどの数を収納できるとは。いやぁ、深雪殿。助かったでござる」
(褒められちゃった。やったね深雪ちゃん)
隻影にお礼を言われた深雪は笑顔で謙遜する。
雪はアイテムボックスを開き中身を確認すると、フォレストウルフの数は54と表示されており、それを見た雪は、「ほんと隻影さんすごいな…」と頷いた。
(向こうで倒した狼はちょっと遠いから回収はあきらめよっか?)
「そうネ。リスク回避と思えば安いものヨ」
遠くに伸びる街道沿いに目を向けた深雪たちは、さすがの距離とリスクに時間を考えると早々に諦めた。
「もぅ…真っ暗。帰ろう…」
「そうだな。ハンターズヴィレッジに戻ろうぜ!」
「では拙者が灯りを…」
隻影は懐から宝珠を取り出すと詠唱を唱える。
『我のゆく闇の先に明かりを灯せ』【陰陽術:灯火をもつ乙女】
「…では参ろう」
隻影が先頭を歩き出すと、宝珠から出現した着物姿の乙女が一礼し、手にした灯火を隻影の足下に照らすと、慣れた様子で3歩先を歩く。リットがお決まりの言葉を呟くと、みんなは隻影の後を追い、ハンターズヴィレッジを目指し歩きだした。
街道沿いを進み、時より闇夜の森から獣の鳴く声がするが、襲っては来ない。辺りを警戒しながらしばらく歩くと、大人ほどの高さの灯籠が道沿いに現れ、淡い光に照らされた建物が見え始める。
高い塀に囲まれた入り口の門まで辿り着いた隻影たちは式神にお礼を述べると、取り出した宝珠の中へ戻した。
(転生して初めての建物だぁ!中はどんな感じになってるのかな?)
(見たところ入り口の門は和風作りで立派ネ。お風呂はあるかしら…)
建物を見上げながらふたりは呟いていると、急にリットが元気な声で叫ぶ。
「やっと着いたぜ!ここが、ハンターズヴィレッジだぁー!!」
「リット、うるさい…」
リリカに注意され、リットは思わず声を張り反論するが、更に何者かが現れ追撃される。
「誰だ騒いでいる奴は!」
「ほら、怒られた…」
「ぐっ……」
「なんだ。レティア達じゃねえか。遅いから心配したぞ」
「ダンクーガさんただいま~」
「ただいま…」
ランタンの灯りと共に現れたのは、白髪混じりの黒髪頭で、背中に背丈ほどの大剣を背負った筋骨隆々の男が部下を数人引き連れて門の外からやって来た。
(黒髪のひと、筋肉すっごいね…)
「えぇ、尋常ではない筋肉密度に、…聖遺物をいくつも付けているわネ」(小声)
深雪は黒髪の男の手足に付いている装備をじっと観察しながら答える。
「ダンクーガ殿、…久方ぶりでござる」
隻影は一歩前に出ると黒髪の男に向け親しそうな口調で挨拶をする。名前を呼ばれた男はそちらに視線を向けると、目を見開き、懐かしそうに顔をほころばせながら隻影に近づく。
「…おぉ、紅じゃないかっ!生きてたのかッ!」
「はっはっはっ、おぬしこそ、息災であったか」
ふたりは力強く手を握り合わせると、それを見たリットが不思議そうに尋ねる。
「ダンクーガのおっさんはこのジイさんと知り合いなのか?」
「あぁ、この人はこう見えてな…。アマミヤ皇国を代々守護する武家貴族の御当主『紅 隻影』様だ。無礼な事をしたら首が飛ぶから気をつけろよ」
ダンクーガがニヤけた顔で首にチョンチョンと手を当てそう答えると、周りの空気が一瞬にして変わり、リット以外のみんなは隻影に対し思わず頭を下げて畏まる。
「いやいや、拙者はもう隠居した身、無礼など気になさらず只の老人と思ってくれて構わぬ。ササ、顔を上げてくだされ」
頭を下げる人達に隻影は顔を上げるよう願うと、みんなは頭を下げたまま顔を見合わせ目で合図すると、一同揃って顔を上げた。
「おじ様は貴族のお方でしたのネ。通りで佇まいに貫禄があると感じましたわ」
(ほ、ほえぇぇぇ……。せ、隻影さんって貴族様なんだ…)
雪は驚きの表情を浮かべ少し緊張する。だが、そんな事はお構い無しに叫ぶ者がいた。
「ハッハー!なんだアカイのジイさん隠居してたのか、結構歳なんだな」
リットの何気ない言葉に、塲の空気が変わる。
「リット、それ以上はいけない…」
「リットのバカッ!セキ、…アカイ様、すみません」
「いや、気にせんでもよい」
「ほらな、気にするなって言ってただろ」
塲の空気が更にざわつく。
(やっぱり服装とか見ても身なりは整ってるもんね。お忍びの旅してる水戸黄門みたいなひとなのかな?)
「ミ、ミトコウモン?…だれ?」
(えっと、私の前世の世界にいた偉人でね。天下の副将軍って言われてた偉い藩主が隠居して、諸国漫遊しながら困ってるひとを助けたり悪者退治してたんだよ。だからちょっと雰囲気が隻影さんに似てるな~って思ったんだよ)
深雪が「へぇ」と相づちを打ち、そんな会話をしていると、ダンクーガが門を指差し声をかける。
「よっし。こんな入り口で立ち話もなんだ。さぁ、中へ入ってくれ」
和風作りの立派な門を開門しダンクーガに案内されながら進むと、石畳や踏み固められた土の道沿いに、均等に整地された民家や店舗が見える。まるで時代劇のセットを思わせる作りの様で、かなり快適に過ごせるようだ。
ダンクーガの昔馴染みの偉い訪問者に一同戸惑いながら、中央に位置するでかい建物へ入って行った。途中でリットがまたやらかさないかと、皆は内心肝を冷やしながらも事なきを得た。
「ダンクーガさんお帰りなさい。見回りお疲れ様です」
三階建ての建物へ案内された深雪たちは、中央カウンターのある所までたどり着くと、カウンター越しに書類作業をしている受付嬢と思われるひとが気づき挨拶をしてきた。
「ただいまカリナ。大事な客人が来た。すまないが二階へは誰も通さないよう頼むぞ」
「はい、わかりました。そちらの男性の方とお嬢様ですね」
受付嬢は一礼し透き通る声が響くと、周りがざわつき始める。一仕事を終えたのか、座っている冒険者達が「あれは誰だ」と興味本意に騒ぎ立てる。部下のひとりが近くの冒険者に耳打ちすると、さらに注目が集まる。
「おぉ、そうだ深雪殿。拙者は少しダンクーガ殿と話がある故、しばらくゆるりとして待たれよ」
「わかりました紅のおじ様。改めて、先程は助けていただき本当に助かりました」
「ぷぃぷぃ~」
深雪は改めて頭を下げる。
「いや、あれは当然の事をしたまで。礼には及ばぬ」
「それではワタシの気が済みません。せめて夕食をご一緒に…」
「あいわかった。では、御免!」
隻影はそう告げると、部下へ指示を出し終えたダンクーガと共に二階へ上がって行き、姿が見えなくなる。
やれやれ、レティア達は疲れた様子で空いているテーブルへドカッと座り込むと、緊張した身体を伸ばし凝りをほぐす。
「ハァァァ………緊張したわぁ~」
「リット、バイバイ…」
リリカが突然首に手を当て、リットに向けて首斬りポーズをする。
「はぁ?何言ってんだリリカ…」
「ウチも同感やよ…」
「フフ。リットさんの立ち振舞いは面白くて観ていて飽きないですネ」
「えっ、本当か!そっか、はははっ!」
(この人間、深雪ちゃんの嫌味を理解してないよ…)
照れ笑いをするリットを横目に、呆れた表情を浮かべるリリカ。それを苦笑いで返したレティアは、何気なく深雪に尋ねる。
「そういやぁ、深雪ちゃんは何であんな所におったん?ウルフに襲われてたみたいやったけど」
「迷子になったうさちゃんを夢中で探していたのデス。それで気づいたら囲まれていました。ねぇうさちゃん」
深雪は笑顔で無難に答え、抱いていたウサギの顔を覗くと、小さな子ウサギはスヤスヤと寝息を立てていた。
「ウサギ、寝てる…」
「どうやら今日はイロイロあって疲れちゃったみたいデス」
「そうか、ウサギ見つかって良かったな。深雪ちゃんの胸の中で気持ち良さそうに寝てるぜ……ごくっ」
深雪の隣に座っているリットは、ウサギの寝顔を見つめている深雪の胸元を、上から勘付かれないようにそ~っと覗くが、リリカはその視線に気付く。
「リット、アウト…」
「バッ!!なっ!何がアウトなんだよッ!?」
「深雪ちゃん、おっぱい大きいもんなー!」
「ば、ばっかやろ!む…胸なんて覗いてねーしっ!」
「吃った、怪しい…」
「フフ、ワタシの胸にナニか付いてました?」
「だ、だからガン観して無いって!信じてくれ、深雪ちゃん!」
(この人間、いまガン観って言ったよね?…有罪だね)
「オレは見てねぇ!!」と騒ぎ立てるムッツリットから深雪は目を逸らすと、奥に浴場の案内看板が目に入った。
(あっ、お風呂の看板があるよ。誘ってみんなで入りにいこうよ)
「そうネ」(小声)
雪の提案に深雪は不適な笑みを浮かべながら立ち上がると、リットを横目で見ながらお風呂へ誘う。
「それでは、夕食前にみんなでお風呂へ行きませんか?」
「えっ!!オ、オレと一緒にッ?…い…いいぜ!」
何を思ったのか、リットはびっくりし一瞬固まると、深雪の胸元を再び見ながら欲情した表情で答える。
「リット、変態…」
「こりゃもうあかんわ」
(このひと目が怖いよ。冗談が通じないね…)
「レティアさん、リリカさん。行きまショ」
「そうやな、悪いのぅリット」
「リット、悪い…」
鼻の下を伸ばし欲情したムッツリットにそう告げると、女性三人とウサギは立ち上がり、会話を交えながら浴場へ向かった。
「………おい、…オレは?」
置いてきぼりに困惑するリット。すると、状況を観ていた三人の同士達が声を掛けてきた。
「よう、兄弟!オレ達と今から登山へ行かないか?」
「はぁ、今から登山だって?外はもう真っ暗だぞ」
いきなり青髪の男に登山へ行こうと言われ、困惑するリットに怒濤の声が飛ぶ。
「ばっかやろ!お前は察しが悪いな!オレ達が登るのはな。男湯と女湯を隔てる壁という名の山だ!」
「それこそばかやろうだろ!バレたらダンクーガのおっさんに半殺しにされるんだぜ?」
すると、もうひとりの黄髪の男が横から囁く。
「お前、あの『巨乳』拝みたくねえのか?」
「………ごくっ」
さらに横から赤髪の男がリットの耳元で囁く。
「ダンクーガの旦那はいま二階で客人を接客中だ。せっかく訪れたこのチャンス、お前は不意にするのか?」
「………だ、だけどよ」
歯切れの悪いリットの言葉に、誘った三人は呆れた表情で答える。
「…そうか。ならオレ達三人で仲良く行ってくるわ!」
「じゃあな。せっかく同士だと思ってたのによ」
「奴にはまだ早かったようだ。仕方がない、置いていこう」
三人はそう告げると、リットに背を向けたアルピニスト達は、まだ誰も成し遂げたことのない難攻不落の登山へ向かった。
一方では、ハンターズヴィレッジの二階にある客室に案内された隻影。貫禄のあるふたりは、高級感漂うソファーに深く腰掛け、ゆったり座り心地を確かめていた。
「これは、嵐の夜に現れるという暴れ水牛の革か…」
隻影は手で長椅子の感触を確かめると、ダンクーガが感心した口調で答える。
「おっ、分かるか。5mクラスの大物だ…」
「あの図体と水の障壁は拙者も若い頃苦戦した思いが、……懐かしいのぅ」
「…それで、オレに昔話を語りに来た訳じゃないよな?」
ダンクーガは腕を組むと、真剣な面持ちで隻影に尋ねる。
「相変わらず察しがよいな。…実は先ほど拙者と共に参った白髪の娘がおったであろう」
「あのウサギを抱いた可愛らしい巨乳少女か、紅も隅に置けねえなぁ!」
真剣な面持ちを崩し、突如ダンクーガが隻影を茶化すと、いきなりノックも無く扉が開く。ふたりが思わず扉に目を向けると、桃色の髪を胸元まで垂らした女性がひょっこり顔を覗かせる。
「あら、声がすると思ったらあなた帰ってらしたの?そちらはお客様かしら?」
「アネッサか、いま戻ったぞ」
「あなただと、…もしやおぬし」
「あぁ、そのもしやだ。…結婚したんだよ」
「それは目出度い!いつ頃祝言をあげたのだ?」
「10年前のあの後、すぐだ…」
「そうか、……あれは地獄の様な出来事であったのぅ」
思いにふけるふたりを余所に、元気な声と共にアネッサに似た幼女が部屋へ駆け込むと、ダンクーガの膝元へやってきて飛び込むように座る。
「パパ、おかえりなさい!」
「おう、ただいま!アシュリー」
「さっきねぇ、白いかみのキレイなお姉ちゃんがいたんだよ~。ママみたいにおっぱい大きかったぁ~」
ダンクーガの顔を見上げながらアシュリーが白髪の少女の話をすると、隻影は話題を戻す様に話を振る。
「そう、その娘は『深雪』と名乗ったのだ…」
「なんだとッ!ま、間違いないのか?」
隻影がゆっくり頷くと、ダンクーガは顔を上に向け、膝に乗っているアシュリーの頭を優しく撫でると、暫く沈黙が流れる。
「拙者が街道で偶然出会ったとき、グレーターウルフとその取り巻きに囲まれおってな、かなり力を落とされ苦戦しておる御様子であった。それに、…記憶が無いのか、……拙者の顔を忘れておられる…」
「白魔 深雪様、生きていたのか、……くっ!」
ダンクーガは呟くと、目元に手を当て涙を堪える。
「姿が幼くなっておられるが、あの白髪と深淵を司るあの深い青眼、拙者が見間違う筈はない。まさに偶然お助けしたのだが、運命とはこの事であったか」
「…運命だと、どういう事だ?」
隻影の言葉にダンクーガは日焼けした大きな手の隙間から眼を覗かせると、隻影を睨み付ける。
「あの御方からの『御告げ』である。10年前、皆の反対を押し切り息子へ家督を譲り、拙者が国元を出て諸国漫遊の旅をしておった理由がまさしくこれである」
「待て、それは初耳だぞ。なんで俺に話さなかった」
「特別な御告げは他の者への口外は出来ぬ、…仕方なかったのだ。……すまぬ!」
初老の男はダンクーガに頭を下げ、復しても重い沈黙が漂う。だが、そんな雰囲気は関係ないと、アシュリーの甘えた可愛らしい声がその空気を払拭する。
「ねぇパパ、いっしょにおフロ入ろうよ~」
「……今日はママと入りなさい。アネッサ頼めるか?」
「アシュリー、ママとお風呂行きましょう」
「うん!パパいってくるね~」
元気に返事をしたアシュリーはダンクーガの膝から下りると、アネッサの手を握り笑顔で部屋を出ていった。アシュリーの無邪気な笑顔に助けられたふたりはお互い笑みを溢し、この場は丸く収まる。
「まぁ、半分は許してやるよ。だから、今晩の晩酌に付き合え!」
「ダンクーガ殿、かたじけない…」
「とにかく、記憶を失った白魔様のこれからの事を『ふたり』で考えるんだぞ、いいな?」
「あい分かった」
(わぁー、凄い!露天風呂だぁ)
「拘りを感じるお風呂ですネ」
「そうやろ、広くて綺麗やから人気もあるんやよ」
「ここのお風呂、好き…」
場所は替わり、浴場へたどり着いた深雪達は、日本の伝統的な露天風呂を思わせる石造りに感動していた。吹き抜けの先には整えられた生垣が等間隔で並べられ、鹿威しがお辞儀をしている。
「ここから西にある『地獄谷』から温泉引いてるんよ。まずは、湯船に入る前にちゃんと身体を洗うんやよ」
「わかりました。うさちゃん、お姉ちゃんが身体洗ってあげますネ~」
「ぷぃぷぃ」
「深雪ちゃん、背中洗ってあげる…」
「ではお言葉に甘え、お願いしますネ」
洗面鏡の前に座り、深雪はミルクの香りのする石鹸を泡立てウサギの背中を優しく洗い出すと、子ウサギは気持ち良さそうに鳴き声を上げ、眼を瞑る。
「このウサギええ子やね。暴れんで大人しくしとる」
「やんちゃ盛りですケド、言うことはちゃんと聞いてくれるいい子デスヨ」
笑みを浮かべそう答えた深雪はふと鏡に映る自分の姿を見ると、幼い顔立ちをした姿に疑問を抱く。
(…12歳くらいかしら?白髪と、深淵を司る青眼。ワタシの以前の姿に似てるわネ。でも、…この胸はアンバランスな感じがする。だれの趣味かしら?)
鏡に映った自身の身体の変化を観察していると、雪が話しかけてきた。
(やっぱ気になる?この身体は転生する時に女神様が作ったんだよ。でもね、ほんとは私、褐色エルフにしたかったんだよねぇ~……ブツブツ)
(…あの女神様の趣味なのネ。なんとなく納得したわ)
深雪は頭の中に女神様を思い浮かべると半笑いする。
(それより深雪ちゃんは以前は何歳だったの?私は27歳だったよ。お姉さんでしょ?)
(フフ、そうネ…)
(あ~、笑ったなぁ!今度お姉さんだった事を証明してあげるからね)
(ハイハイ分かったわ。ステキなお姉さん)
深雪の余裕ぶりに納得しないのか、頬を膨らませる雪が可愛く感じた。
「うさちゃん痒いところはありませんか~?」
「ぷぃぷぃー!」
「気持ち良さそうやね。…おっ、毛がなくなってる部分があるやん」
「ウサギさん、剥げてる…。リット、いつかこうなる…」
「あはははっ!リット可哀想やな」
「ぷぃ~?」
「うさちゃんの毛は生えてきますヨ~」
「ぷぃぷぃ」
「背中、完了…」
「ありがとうございます。ワタシもお返しに背中を洗ってあげますネ」
「うん、お願い…」
「あんたらもう仲良しさんやな」
「レティア、背中洗う…」
「おっ、あんがと~」
「ぷぃぷぃ、ぷぃぷぃ」
お互いの身体を洗い合い親睦を深める深雪たち、身体が綺麗になった所でお待ちかねの湯船に向かう。深雪は湯船に足を入れゆっくりと身体を沈めると肩まで浸かる。1日の疲れが身体から溢れだし湯船を伝うと、石畳に流れ落ちる。
「はぁ~~~、気持ちええなぁ~」
「お風呂、最強…」
「同感ですネ~~~」
「ぷぃ~」
「それに、この草原を一望出来る景色は素晴らしいデス」
(こんなに歩いてきたんだね、凄いなぁ~。……うーん、さすがにあのおっきな木は見えないね)
(そうネ、とりあえずゆっくりして、体調が回復したらあなたもお風呂に入りなさい)
(うん、そうするね!みんな優しくしてくれるから楽しみだな~)
身体を伸ばし、闇夜に散らばった星を眺めているとレティアが徐に、ミユキのお腹に注視しながら尋ねてきた。
「そういやぁ、気になったんやけど、ミユキちゃんのおへその下に付いとる紋章みたいのなんなん?」
「…コレですか?」
尋ねられた深雪はおへその下を覗き込むと、リリカが代わりに答える。
「それ、吸血鬼の紋章…。本で読んだ」
「へぇ、深雪ちゃん吸血鬼なんやぁ。…なんかエッチやな~」
「後学の為、よく見たい…」
「ウチも見たいわぁ」
「あ、あの……チョット!」
異世界人の常識なのか、ふたりは深雪が吸血鬼である事に驚かず、さらにお腹を興味本位にマジマジと遠慮なく覗き込んでくる。少し恥ずかくなり、困った表情を浮かべていると、突然扉が開き、幼女が元気な声で浴場へ走り込んでくる。
「あーー、白いかみのお姉ちゃんだ~!」
「アシュリー走ったらダメよ」
元気な声が浴場に響くと、レティアとリリカは視線を扉に向け、入ってきたアネッサとアシュリーに注目する。
(た、助かったぁ~~~)
「こんばんは、桃色髪のお嬢さん」
近付いてきた幼女と目が合った深雪は微笑むと挨拶をする。
「うん!こんばんはお姉ちゃん」
「アネッサさん、こんばんは~」
「こんばんは…」
「レティアちゃん、リリカちゃん、こんばんは。白髪の子は初めて会うわね。誰かしら?」
「この子は深雪ちゃんやよ。このウサギと旅をしてるんやって~」
「あぁ、あなたが深雪ちゃんね。夫が話してた通りの可愛らしい子ねぇ」
アネッサはアシュリーを洗面鏡の前に座らせ、娘の桃色髪を洗いながらそう話した。
「アネッサさん、ダンクーガさんの奥さん…」
(ええっ!見た目が凄く若いよ…)
雪はあまりにも歳が離れているふたりに驚くが、深雪は顔には出さない。
「ありがとうございます。アシュリーちゃんも可愛らしいお子さんですネ。お母さん似かな~?」
「えへへ~」
「うふふ、桃色の髪が私にそっくりで可愛いでしょ」
娘の身体をアネッサは優しく洗いながらちょっぴり照れた表情で話す。
「ママ、おフロ入っていい~?」
「ええ、いいわよ。ママもすぐに行くからね」
「うん、お姉ちゃん!となり入っていい?」
「良いわよ。どうぞ~」
「ぷぃぷぃ」
「あっ、うさぎさんがいる~!ママ、はやくきて~」
賑やかな声が聞こえる女湯に、今から山頂へ挑もうと欲望を剥き出した4つの影が、ゆっくりと忍び足で近づいていた。
「今の声を聞いたか、兄弟!」
「あぁ、これはすげえぞ…」
「…なぁ、やっぱやめようぜ」
「ばかやろ!トップスリーが勢揃いしてるんだぞ!」
「いいか、よく聞けリット」
男たちは腕を組むと、リットに目を向け欲望を吐き出す。
「まずはアネッサさん。桃色髪にあの豊満な胸元とくびれたあの腰、くぅ~」
「ダンクーガさんが羨ましいぜ!」
「次にレティア。青髪に平均的な胸だが長身でスリムな体型、くぅ~」
「リットが羨ましいぜ!」
黄髪の男がリットの背中を叩く。
「いや、ただの幼なじみだぞ……」
「そしてリリカ、茶髪にやや小さめな胸だが、あのお尻のライン、くぅ~」
「リット!リットめぇー!」
赤髪の男がリットの背中を叩く。
「いや、妹だし……」
「最後に深雪ちゃんだ。白髪で小柄な体型なのに『巨乳』あの小悪魔な笑みでお風呂に誘う姿、くぅ~」
「けしからん、リットてめぇー!」
青髪の男がリットの背中を強く叩く。
「いってー!なんでさっきから叩いてくるんだよ!」
「そこでだ。オレが開発したこの伸縮機能性搭載梯子、名付けて『立ちんぼ』だ!」
青髪の男はアイテム袋から短い梯子を取り出すと、説明を始めた。
「使い方は簡単、これを壁に立て掛け、ボタンを押すと……どうだ!」
「すげえ、壁に固定されて理想的な長さにっ!」
「なぁ、コレの開発費いくら掛かったんだよ」
「実に『金貨30枚』だ!(3000万円)」
「マジかよ、さすがボンボン!」
一般の平均年収10年分を使い、男の夢を叶えるこのボンボン。彼の名は『ボン・ジュール』後に有名な発明家として世間を轟かせる男だ。
「ヨシッ!…リット、てめえは見張りだ!」
「なぁ、やっぱやめとけって…」
リットは忠告するが、三人は鼻息を荒くさせ全く聞いていないようだ。
「いざ、頂上へ!行くぞー!」
「うおおおおおおっ!!!」
「とーーちゃーーくっ!」
息を切らし三人は頂きへ辿り着くと、湯煙から覗く女の花園を一望できた。予想通りの光景にまるで雲から地上を見下ろす神にでもなった錯覚に陥る気分で辛抱強く見下ろしていると、湯煙が少しずつ晴れ、桃色髪のシルエット姿が徐々に表れた…???
「お兄ちゃんたちさっきからさわいでなにしてるの~?」
「…えっ?………つるぺた」
期待を寄せ、押すな押すなと壁から身を乗り出した三人の前に現れたのは、トップスリーでも無く、小悪魔でもない、小さな幼女が見上げていた。
「アネッサさんじゃなくて娘のアシュリーちゃんかよっ!」
「ばっ、ばかやろ!声がでけえって!」
「アシュリーちゃんどうしたの~?」
慌てて口を押さえ固まる三人の声に反応したのか、湯煙の中から誰かが近付いてきた。
「お兄ちゃんたちが壁でおしごとしてるの、みて~」
「お兄ちゃん?」
深雪はアシュリーにそう言われ、指を差した先を見ると、湯煙の先には固まった表情でこちらを伺う三人の変態たちの姿が現れた。
「そうみたいネ、邪魔になるといけないからあっちに戻りましょうネ~」
「うん、わかった~」
アシュリーを湯船に戻した深雪は腕を前で組み、目線を壁上へ向けると、あたふたするアルピニスト達は苦し紛れに言葉を絞り出す。
「か、壁の強度……ヨシッ!×3」
どこかの現場猫を連想させるポーズを取る三人に、深雪は白けた表情で話しかける。
「アナタ達、この貸しは高いわヨ。黙っててあげるから早く行きなさい」
「は、はいっ!×3」
三人は声を揃えると一目散に梯子を下り、見張りのリットを置き去りにして逃走するのだった。
(えっ!深雪ちゃん許しちゃうの?通報したほうがいいよー!)
「貸しを作ったほうがお得ヨ」
「お姉ちゃん、はやく~」
「はいはい、今行くわヨ~」
そこで今回の教訓『観たい景色』と『見える景色』は違う。
こうして、アルピニスト達の最初の挑戦は終わった。だが、彼らは決してあきらめはしないだろう。何故なら、そこに山があるからだ………
「ふぅ、ええ湯やったぁ~」
「夜風、気持ちいい…」
風呂から上がり、火照った身体を冷ます為、外のベンチに腰掛け庭の風景を楽しむ4人とウサギがいた。灯籠には火が灯り、池には鯉に似た魚達が口をパクパクさせながら水面で餌をねだるような仕草をしている。やんちゃ盛りなウサギは楽しそうに前足で魚を触り、はしゃぐ様子を深雪は微笑みながらノンビールを片手にチビチビ飲みながら、先ほど着付けた浴衣姿を楽しむ。
(浴衣姿が映えますなぁ、うなじも最高だぜ、ぐへへっ!)
(ムッツリットのマネしてるの?)
(大正解、君は天才だ!)
(フフフ、雪ちゃん面白いわネ)
深雪はチラリと横目でリットを覗くと、何だかそわそわして落ち着かない様子をしている。その様子をしばらく見ていると、横からリリカが声をかけてきた。
「深雪ちゃん、なに飲んでるの…?」
「ウチもそれ気になってたんよ」
「ほろ苦くて美味しいですヨ、飲んでみますか?」
不思議な飲み物に興味本位を抱いたリリカに、深雪は飲みかけのノンビールを手渡すと、リリカはそれをぐびっと煽る。すると、リリカの口に今まで感じた事の無い感触が広がり驚きの表情を見せる。
「シュワシュワ、スゴい…」
「ウチにも飲ませて」
リリカからノンビールを受け取ったレティアはグビッと煽ると、リリカと同じ表情をする。
「どうデスか?病み付きになる味でショ?」
「旨い!苦いけどエールとは違って今まで飲んだ事ない味やね。この飲み物って深雪ちゃんが作ったん?」
ふたりの面白い反応に、思わず笑みを溢しながら答える。
「フフ、……実はコレ、女神様の飲み物なんですヨ」
「あはははっ!確かに美味しさは女神級やねぇ」
「深雪ちゃんは、神!」
仲睦まじい女性陣をベンチに座りながら横目でチラチラと覗くリットの視線に気付いた深雪は、そっと飲みかけを差し出した。
「リットさんも飲みマスか?」
「うぇっ!い、いいのか?」
「はい、良かったらワタシの飲みかけをどうぞ~!」
前屈みでノンビールを差し出し、小悪魔な笑みを浮かべる深雪から飲みかけのノンビールを震える手で受け取ると、浴衣から覗く谷間に眼を奪われ思わずリットは鼻息を荒くする。
「……どうしました?飲まないのデスカ?」
固まったまま一点を見つめ動かないリットに深雪は首をかしげ問いかけるが、フーン、フーンと言うだけで一向に飲もうとしない。やがて、震える手で握り締めていたノンビールの手からじわじわと手汗が沸き、リットの手からするりと滑り落ちると、地面にすべて溢してしまった。
「あっ、リットなにやっとんねん」
「もったいない。バカリット…」
「リットさん調子でも悪いのデスカ?」
「…………っ」
深雪たちはリットに話しかけるが、彼は俯いたままなにも言わない。
「皆さん、ご飯ですよ~」
「アネッサさんや、すぐ行きます」
「リット、行くよ…」
「……すまん、後で行く。…今はひとりにしてくれ……」
「お姉ちゃんたちはやく~~~」
「リットさん、先に行ってますネ」
「………ぁぁ」
(我が人生に、一片の悔いあり!)
リットは心の中でそう叫び、己のヘタレ振りに心底落ち込むのであった。
いかがでしたか?水無月カオルです。
今回は個性的なキャラが数人登場しました。
リットがイイ味出していると個人認証に思います。皆さんは誰が良かったでしょうか?
では、次回もお楽しみに