女神様の私情 - 特別な転生 2 -
水無月カオルです。続きを書きました。
今回はシリアスな場面があります。
自分で書いていて涙が止まりませんでした。
もう歳かしら?
では、続きをどうぞ
第1章 女神様の私情 - 特別な転生 -
ep.2 『日光!日光!×2 再』
少女は木陰で悲壮感を漂わせながら、今まで起こった出来事を遠くの景色を観ながら思い出す。
「異世界に来て、…秒で日光に焼き殺されかけた……」
そう呟く少女の眼からはハイライトが消えていた。
「と、とにかくこの火傷を治療しないと。…川の水とか、何か使えそうな物はないかな?」
眼を凝らし、辺りを注意深く見回すが、小鳥の囀りと、草原を駆け回る数羽の小さなウサギがいるだけで、目立った物は見付からない。
小さな身体でピョンピョン跳ねるウサギが気になるのか、少女はウサギを目で追うと、身体をウズウズさせ、治療を忘れて興奮する。
「ウ、ウサギだぁ。可愛い!こっちに来ないかな?おいでおいで……あっ、来た!」
笑顔で手招きする少女の声に気付いてやって来たのは、珍しい緑毛で眼が赤く、耳が垂れ下がっており、変わった模様が特徴的な小ウサギであった。警戒心が緩いのか、他にいたウサギとは違い足元までピョコピョコやって来た小ウサギは、少女の臭いをクンクン嗅ぐと、ぴょこんと膝に乗り、気持ち良さそうに瞼を閉じると、鳴き出した。
「ぷぃぷぃ、ぷぃぷぃ」
「へぇ~、ウサギの鳴き声って初めて聞いた!私の名前は雪だよ。ウサギさん。あなたのお名前は何て言うの?」
「ぷぃ、ぷぃ、ぷぃ~~~」
ウサギの鳴き声はまるでトト○を連想させる返答に、雪は思わず笑みが溢れる。
「耳が垂れてて可愛いなぁ。それに変わった模様してる。こんな所で何してたの?お散歩ですか~?」
自己紹介をしながらウサギを撫でていると、涼しげな風が雪の頬を通りすぎ木陰を揺らす……
頬に付いた白髪を手で払い、腕の傷を確かめようと視線を向けると、痛々しい火傷が消えていた。
「…凄い!……あれだけの火傷がもう回復してる。さすが吸血鬼ね。…でも、また日光に当たると火傷するし、どーしよっ?ねぇ、ウサギさんは何か良い考えあるかな?」
「ぷぃぷぃ、ぷぃぷぃ」
そんな会話をウサギと話していると、頭に付けている花のバレッタの事を思い出す。
「あっ、確か女神様がこのバレッタに『空間収納』が付与されてるって言ってたけど、どうやって使うの?……アイテムボックスオープン!」
雪は頭に浮かんだ言葉を唱える。すると目の前に半透明な画面が現れ、アイテム欄がずらりと表示される。
『毛ガナイポーション×27、魔力カイ復ポーション×27、ノンビールポーション×27、女神エルポーション×∞、オイシー水×∞、クチが固い財布、苦労ゼット、類似ヴィトントランク、ヒガサヨウコ、箱入り娘、etc…』
「おぉ~、いろんなアイテムが入ってる。ちゃんと女神様入れてくれたんだ。どれどれ…」
雪は眼を細め、画面を覗き込む様に確認する。
「毛ガナイ?魔力カイ復?ノンビール?…ポーションみたいだけど、効果が解らないよ。とりあえず後にして、日傘の替わりになるような物はないかなーっと?…あった!……ヒガサヨウコ?…う~ん。とりあえず使ってみよ…」
(ポチッ)
雪は悩んだが、軽い気持ちでアイテム欄に表示されたヒガサヨウコを押すと、目の前の空間から想像とは違う人の形をした物体が突如現れた。
「…え?……ぇええええーー!」
雪は驚き悲鳴を上げる。
日傘だと思い取り出した物は傘などではなく、首筋まで伸びた赤髪に、紅色の瞳をした狐人の女性であった。訳が分からず固まった姿勢の雪を余所に、くわぁ~っと欠伸をした狐人は突然浮き上がると太い木の枝に腰掛け、背伸びをしながら不満を吐き出した。
「あぁ~、んん~…もう!狭かった~~~!肩がもうガチガチよ!尻尾の毛も乱れてる。……もう最悪!」
「は?人間?……狐?日傘じゃないよコレ!」
雪は驚きのあまり眼を見開き、口をあんぐり開けると、櫛を使い尻尾の毛繕いをしている狐耳の女性に向かって思わず叫んでしまった。その声に反応したのか、気付いた狐人は上から見下ろす様に視線を雪に向けると、不機嫌そうに話し出す。
「あん?…なに?アンタ誰よ!勝手に話し掛けないでくれる!」
「ご、ごめんなさい!…何でもないでしゅ!」
鋭い目付きで睨まれた直後、狐人の口からイラついた低い声が出る。虫の居所が悪いのか、尻尾の毛繕いをしながらキレ気味に答える狐人に雪は反射的に謝ってしまった。
(怖っ。コレはキレてらっしゃいますな…。綺麗な顔してるのに性格がキツイよぅ……。まさか危険なひとじゃないよね?アイテムボックスから出て来たから助っ人的な安全な、ヨ…ヨウコだよね…うん)
苦笑いしながら勝手に納得し頷く雪であったが、しばらくの沈黙の後、下で踞まりながらウサギを撫でている雪に、狐人のヨウコの口から耳を疑う言葉が発せられた。
「あら、美味しそうな匂いがすると思ったらウサギ持ってるじゃない。丁度お腹が空いてるの、食べても良い?」
「……ん、うん?」
油断していた雪は一瞬動きを止め、「聞き違いかな~っ?」と思い、へらへら笑いながら上に居る狐人を二度見すると、狐人は続け様に口を開く。
「聞こえなかった?そのちっこいウサギだよ。さっさとよこしなッ!」
「ぇえーー!ダ…ダメ!ストップ!たたた、食べちゃダメ!お、おすわり!こ…来ないでーー!」
(やっぱり助っ人じゃなかったー!な、何で危ない狐が入ってるのー!あんのスケベ女神やっぱボケてるよ!?バカ!バカー!)
明らかに普通ではない自分よりも格上の相手が現れ。再びピンチが訪れる。心の中で叫ぶ雪。フワフワと揺れながらゆっくりと雪に向かって両手を伸ばし、舌舐めずりをしながら近付いてくる狐人。
目の前の恐怖に怯える雪は、歯をカチカチ鳴らし顔を引きつらせる。
(あああわわわ。おぅぉおお、落ち着けわわわたたしし!)
雪は寝ているウサギを咄嗟に庇うように抱くと後ろを向き、震えながら眼をつぶる。その様子を観察していた狐人は口元をニヤリとさせると、おでこに手を当て何やら喜んでいる。
「ハハッ。へぇ、良く見たらアンタも美味しそうな魂してるじゃない!…じゃあ、いただくわよ!」
「いやぁぁぁああ!!!」
(うわーん!なんでー!魂ってなに!?食べられちゃうのッ?巻き込んでゴメンね。ウサギさん……)
狐人のヨウコの手が雪の身体に触れ、ブツブツと何かを唱えると、雪の目の前が真っ暗になる。意識が朦朧とする中、巻き込んでしまった小さなウサギに謝罪をした。
「げっぷ、……美味しかった~!」
魂を食らい終えたヨウコの声がはっきりと聞こえる。あれ?と疑問に感じた雪は、ぎゅっと閉じていた瞼をゆっくり開くと、恐る恐る身体の状態を確かめる。
「……………あれ?何ともない……」
「えっ!ちょっと、どういう事?アンタの魂も美味しそうだったから食べちゃったはずだけど、何でまだ生きてんのよ!」
狐人のヨウコは首をかしげ、不思議そうに白髪の少女を細目で見つめると、徐々に肩を竦める。
「まあ、いいわ……。美味しかったよ!そのウサギは死んだみたいだけど?あっはっは!」
口の周りに付いた涎を手で拭い、感想を述べる狐人の言葉に雪は焦り驚くと、抱きかかえていたウサギを確認する。雪は小さなウサギに声を掛けながら揺すって起こそうとするが、ウサギは胸に横たわりながら、眠るように事切れていた。
「ウサギさん?ウサギさんてばっ!起きて、起きてよ!ぷぃぷぃは?ぷぃぷぃ~………」
眼を閉じたウサギへ必死に語り掛けるが、再び目を覚まし鳴くことはなかった。守れなかった罪悪感が胸を過り、大粒の涙が溢れだし、小さなウサギの顔にポタポタと降りかかる。それを上から見下げていた狐人が急に煽り出した。
「な、何よ!……何処にでもいる只のウサギじゃない!泣いちゃって、バッカじゃない!」
腰に手を当て、煽る赤髪の狐人の態度に、白髪の少女は沸々と怒りの感情が沸き出した。
「……おい、バカ狐」
「バ…バカ狐?まさかアタシに言ったのかな?ちょっと可愛い顔してるからって何よ。口の聞き方に気を付けなッ!!」
「……うるさい、黙れ!」
雪は溢れる涙を腕で拭うと、視線をウサギに向け「ゆっくり眠ってね」と囁き、そっと地面に置いた。髪を揺らしそっと立ち上がった雪は、怒りで歯をギリギリと噛み締め、俯いていた顔を狐人に向け睨み付けると、拳に力を込め握る。
「アンタみたいな『お子様』がアタシに敵うと思ってるの?拳なんか握っちゃって、殴り方知ってんの?」
嘲笑う狐人は地面に降り、殴って来いと頬に指を差して挑発する。雪は挑発に乗り、勢いを付け拳を振るうが、軽くかわされると狐人に足を引っ掛けられ無様に転倒する。狐人に見下ろされ、また嘲笑われる。雪は諦めずに立ち上がり何度も拳を振るうが、非力な子供の身体では届くことは敵わず、時間だけが虚しく過ぎ去る。
「あははっ!そんなお子様パンチ当たるわけないでしょ!可笑しすぎてお腹がよじれて苦しい。くぅ~、素晴らしい精神攻撃だ~!」
「はぁ、はぁ、はぁ、くっ………!」
雪はふらつき地面に膝を付き、息を荒げると長髪が顔に掛かる。「あれ?」と思い、頭に手を当て花のバレッタを何度も探すが見当たらない。転んだ拍子に地面にでも落としたのか、雪は焦り顔で辺りを見回すが、何処にも見当たらない。
「あれ?ないよ。どこ?」
「何か探してるのかな?戦闘中によそ見はいけないぞ~。くっくっくっ!」
含みのある笑い声で狐人に声を掛けられた雪はハッと顔を上げると、狐人の赤髪に純白の花のバレッタが嫌らしく着けられていた。
「どうしたの?何か落としたのかな?」
「そ、それ。私のバレッタ!返してー!」
「えっ、どうして?これはアタシが今そこで拾った物なんだけど、だからアタシの物!」
「そのバレッタは女神様から貰った大切な物なの!お願いだから返してッ!」
「ぷっ、あははっ!女神様?只のバレッタじゃないと思ったけど、……そっかぁ、思わぬお宝が手に入った」
「返して!お願いだからッ!」
「いっ!やっ!だっ!そんなに返して欲しいなら、女神様に『ヘルプミー』ってお願いしてみたら?無理だと思うけどね!」
狐人は両手を握りふざけた態度で祈ると高らかに笑い、後ろを向くと何故か日射しへトコトコと歩き出す。そして左右に手を振りながら雪に別れの言葉を告げる。
「はぁ、飽きたからそろそろ行くわ。じゃあねぇ~」
「えっ?ま、待って!行かないでよ!さっき言った事は謝るから!やめてよ!」
雪は突然の事に場を挫かれ戸惑う。
「追って来ても無駄よ……。って言うか、そこから出られないでしょ?匂いでバレバレなんだよ『吸!血!鬼!』ちゃん。バイバーイ!」
「ダメーー!持って行かないでーー!」
太陽の光に反射しキラキラと輝く花のバレッタを付け、尻尾をユラユラさせながら再び歩き出す狐人のヨウコ。弱点を見破られた雪は、ヨウコの後ろ姿を虚しく見送る。悔しさに再び涙が溢れると、雪は胸に手を当て自分に言い聞かせる。
「ウサギさんの仇を取るんだ。…大丈夫、熱くない!痛くない!」
雪は勇気を振り絞り、足を踏み出し日光へ飛び出すと、油断しているヨウコの背中へ体当たりを食らわし捕まえる。
「いてっ!……あん?」
「逃げずに戦えーー!」
雪は大声を出し拳を振り上げるが、決死の行為も虚しく、お腹を殴られ反撃を食らうとお腹を押さえしゃがみ込み、予想外の痛みと衝撃に失禁する。
「…がはっ!ぅぅ………ッ!」
「ぶつかってきて謝罪も無しぃ?暑苦しい吸血鬼ちゃん?あー、背中が痛いなぁ……」
「い、いや!ぐえっ!……は…離し」
雪は首を捕まれると身体事持ち上げられ、宙吊り状態になる。身動きが取れず、足をジタバタもがくと股から滴が漏れ出し、狐人に降り掛かる。その行為がヨウコを更に苛立たせ、眉間に皺を寄せると、声を凄ませ怒り出した。
「…おいおい、アタシにそんなご褒美は要らねよ!アンタの相手は飽きたって言ったよなぁ?いい加減にしろよ!…全く、苛つかせるのが上手いお子様だ!」
身体が焼かれる痛みに苦しむ吸血鬼へ青筋を立て、歯を剥き出すと、ヨウコは悪い笑みを浮かべ右手に力を込める。
「あっ、そうだ!アタシはこう見えて優しいんだ。アンタにパンチの撃ち方教えてやるよっ!こうするんだ………よっ!」
ヨウコは、魔力を込めた右手の拳を雪の左頬に容赦なく繰りだす。骨が軋む嫌な音を立てると、雪の小さな身体は地面を弾みながら木陰まで吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がり、やがて勢いを失う。そしてヨウコは再び口を開き弱者へ中傷を浴びせた。
「木陰へ戻れて良かったでちゅね。今度からは相手を良く見て考えるんでちゅよ?判ったかな?小便臭い吸血鬼ちゃん!」
そう言い残すと、狐人のヨウコは踵を返し再び歩き出し姿を消した。暫くして狐人が居なくなるのを確認すると、雪は身体を引き摺りながら静かに眠るウサギの所へ戻り、亡骸を抱きかかえると、大木へ横たわった。
「ウサギさん、ゴメンね。闘ったけど、…とても…強くて。だ…だけど…いつか必ずッ!……だから、私を…許して!」
雪は悔し涙を浮かべ震える声でウサギに語り掛けると、耳元で「ぷぃぷぃ」と、微かに聞こえた気がするが、痛みと疲労が限界を迎え、雪は深い眠りへ落ちて行った。
「ふんふんふーん♪」
上機嫌で鼻歌を唄いながら、戦利品を太陽に掲げ、草原を歩く赤髪の狐人がいた。気持ちが緩み、視野も狭く、周りを全く気にしていない。警戒を怠らず、自分の身に起こる事を危惧していれば、大事には至らなかったかもしれない。だが、この女神様の前ではそんな事は無意味だと思い知るだろう。
「あぁ、凄く綺麗。こんな白い花があるなんて知らなかった。あんな弱っちい吸血鬼が、こんなすげぇお宝持ってるなんてよぅ」
赤髪の狐人は掲げていた純白の花を顔に近付けると、花びらにくちづけをする。ヨウコは口元をニヤニヤさせながら、先ほどコテンパンにした吸血鬼の話を思い出す。
「確か、吸血鬼がこの花は女神様から貰った物とか言ってたけど、本当なのか?」
「あら、本当よ♪」
「…あん?」
独り言を呟きながら白い花に見惚れていると、後方から声が聞こえ、ヨウコは思わず踵を返し振り向くが、そこには誰もいない。上下左右隈無く見渡すが、声の持ち主は見当たらず、周りが恐ろしいほど静かになり、沈黙の時間が流れる。気配も無く、息遣いも聞こえない。特に変化はなく、気のせいかと警戒を解き振り返ると、背中に鈍い衝撃が走る。ヨウコは衝撃の痛みに耐えきれず思わず仰け反り、手からバレッタを落としてしまった。
ヨウコは顔をしかめ背中を押さえながら振り向くと、そこには見知らぬ金髪の女性が微笑みながら肩を痛そうに擦っていた。
「痛えじゃねえか!…ア、アンタ誰よ!いきなり背中をどついて来てッ!」
「あら、ぶつかってきて謝罪も無いのかしら盗人さん?あー、凄く痛いわぁ~♪痣が出来てるかも~?」
「ぶつかってきたのはアンタでしょ!せっかく良い気分だったのに台無しよ!」
「あら、偶然ねぇ!私もなのよ♪」
こいつは一体何なんだ?油断していたとは言え、気配もなく現れた金髪女にヨウコは身構えながら、先ほど落としてしまったバレッタを目線で探すが、何処にも見当たらない。すると、いきなり金髪女から声を掛けられ慌てて目線を金髪女に向けると、金髪女の頭に純白の花のバレッタが付けてあり、ヨウコは堪らず指摘する。
「ア、アンタいつの間にそれを……」
「どうしたの~?何か落としたのかしら?」
金髪女は狐人のヨウコにわざとらしく尋ねると、可愛らしい仕草で首をかしげる。
「そのバレッタはアタシのだよ!母様の形見なんだ!返してくれよ!」
「えぇ、本当かしら?さっき、弱っちい吸血鬼から盗んだとか言ってたような~?私の聞き間違えかしら?」
笑うと少し頬にシワが目立つ笑顔でそう語り掛け、指に顎を当てながら首を可愛くかしげる。その動作にイラッとした狐人の口から『言ってはいけない』言葉が咄嗟に出てしまう。
「ふん!歳だから聞き間違えたんだろ!さっさとバレッタ渡して「シワ」でも伸ばしてなぁ!」
ストレートに言葉を浴びせたヨウコは痺れを切らせ、金髪女の頭に付いたバレッタへ手を伸ばし奪おうとすると、サッとかわされる。その身勝手な行動に、金髪女の表情が厳しくなる。
「そうねぇ。口の聞き方が成ってないバカ狐を調教してから、ゆ~っくりお化粧パックでもするわね♪」
「ハッ!ボケてんのか?寝言は寝て言いなぁ!」
「……うふふ。最近ねぇ。…自分の意思とは違う行動をするみたいなのぅ。だから、…たった今から気を付けなさい!」
その言葉にヨウコは危険を察知すると、直ぐ様臨戦態勢を取り構えるが、懐から得物を取り出そうとした隙に、金髪女は目の前から既に消えていた。
「……何処だ!ボケて徘徊でもしてんのかぁ!」
ヨウコは気配を探るように透かさず挑発する。
「あら、括れた可愛いお腹ねぇ、…ちょっと触らせて♪」
「ぇ…………っ!……ゴホッ!」
ヨウコはピクリとも反応する事が出来なかった。目の前に音もなく現れた金髪女にお腹をそっと触られると、内部が「グニャッ」と抉られる衝撃が走る。ヨウコは白目を剥き尋常ではない激痛に顔を歪め、口から涎を吐きながら踞る様に膝を着くと、腹部を押さえ失禁してしまった。
「あら、絞まりが悪いわね。あなたも歳なのかしら?オムツ履き忘れてるわよ♪」
「………ゴホッ!ゴホッ!ぁ………息が…でき…な……」
「呼吸器も忘れてきたの?狐のお婆ちゃん。それとも喉に何か詰まったのかもしれないわね。私が診てあげるわね♪」
「ひ、ひぃぃ!ゴホッ。や…め……。た…助け…て…!」
「耳が遠くて聞こえないわぁ。ごめんなさいね♪」
地面を這い、逃げようとするヨウコの首を掴み持ち上げると、金髪女は再びお腹を触る。ヨウコの全身が陸に打ち上げられた魚のようにビチビチ震え出し痙攣を起こすと、口から魂がふたつ現れた。金髪女はヨウコを乱暴に地面に捨てると、魂を優しく引き寄せ、萌葱色の瞳を光らせ状態を確かめる。
「……損傷は無いみたいね。丸呑みタイプで助かったわ。さあ、この『天花』と共に、元の器へ戻りなさい♪」
少しシワの目立つ笑顔で魂に告げると、ふたつの魂は輝く『天花』と共に空へ浮かび上がり、寄り添うように元の器へ迷うこと無く戻って行った。
「ゲホッ!ゴホッ!ゴホッ!……せっかく…食べたのに…台無し。…ア、アンタ、一体…誰よ!」
「可笑しな事を言うわね。あなたが呼んだんじゃないの?『ヘルプミー』ってお祈りしてたわよ?」
「……えっ!…じゃ、じゃ…あ。…アンタ、まさか……め」
この者の正体に気付いたのか、ヨウコの全身はまた小刻みに震え出し汗ばむ、声を絞り出し金髪女に問い掛けようとすると、女神様は素敵な笑みを浮かべ、遮るように話し出した。
「それよりも~、喉の支えが取れて良かったわね。狐のお婆ちゃん!あら大変、今度は痙攣を起こしてるわ!」
「ち…ちが…う!……も……ゆる…し…て、痛いの…いや!お……ねがい……します……!」
「だ!め!よ!あなたはおいたが過ぎるから、調教と、介護もして……あ!げ!る!」
女神様はヨウコに笑みを浮かべると、森へ視線を向ける。そして逃げようとお尻を見せるヨウコの尻尾を両手で掴むと、遠心力を利かせ振り回し、森へ勢い良く投げ込んだ。
その後、女神エルの調教と介護を受けた狐人のヨウコの運命は……まだ、誰にも分からない。
寄り添うように『天花』と空へ飛び立ったふたつの魂は、無事に器へたどり着いた。ひとつは痛みと疲労で深い眠りに就いている少女へ。ふたつめは、その少女の腕に包まれながら、永遠の眠りに就いている小さなウサギへ。
(………トクン……ドクン、ドクン!)
「………ぷぃ?」
暖かい温もりと安らぐ匂い。柔らかい膝の感触にウサギはそっと瞼を開くと、そこには雪が眠っていた。
「ぷぃ、ぷぃぷぃ、ぷぃぷぃ」
ウサギは喉を鳴らし起こそうとするが、雪は未だに深い眠りから覚める様子がない。良く見ると、ワンピースは土で汚れ、左頬は腫れ上がり顔は苦しそうにしている。自分が寝ている間に一体何があったのだろうか?
「ぷぃ~~~!」
暫く見つめているが、悪夢でも見ているのだろうか。雪は顔を歪ませ時より唸り声をあげ独り言を呟いている。
「……パパ、…ゴメン……なさ…い。…やめ…て……ぶたないで!」
「ぷぃ、ぷぃぷぃー!」
「大丈夫?」そう鳴き声を掛けると「…ウサギさん」と、僅かに返事を返し、少しだけ苦痛に歪む顔を和らげた。だが、今の鳴き声に反応するもうひとつの存在が茂みからゆっくりと現れた。
「ケン!ケン、ケンケンケン!」
「ぷぃ?………ぷぃ!」
そこに現れたのは、火の様な赤い毛をした狐「ファイアフォックス」という、復しても厄介な狐であった。火狐は雪とウサギを交互に見比べると、「ケケケ」と旨そうに舌舐めずりした。
「ぷぃ!ぷぃぷぃ!ぷぃーー!」
未だに目覚めない雪に「危ないよ。起きて!」と必死に鳴くが、少女は目を覚ましてくれない。
「ケン!」
「…ぷぃ!ぷぃー!」
小さなウサギは決心したのか、大好きな雪を守れるのは自分しか居ないと雄叫びを上げ、己を奮い立たせる。脚に力を入れながらのしのし歩き、『自分は強いぞ』とアピールしながら火狐の前に立ち塞がった。
「ぷぃーー!」
「ケンケンケン!」
ほぼ同時に後ろ足を蹴り、お互いの身体を激しくぶつける。だが、体格差では圧倒的有利な狐が僅かに押し勝つ。ウサギは力では不利だと察し素早く身体を回転させ距離を取る。今度は自分の身にマナを纏わせ身体強化をすると、ジグザグ跳ねながら相手を惑わせる。そして火狐の真下に潜り込むと、顎に鋭い突進を食らわす。
「キャン!ケン!ケン!ケーン!」
「ぷ、ぷぃーー!」
まさかの会心の一撃であった。火狐は痛そうな悲鳴を上げ、茂みを掻き分け林の方へ逃げて行く。情けない後ろ姿の狐を見送り小さなウサギは生まれて初めて勝利を確信する。
「ぷぃぷぃ、ぷぃぷぃ!」
「勝った、勝ったよ!」と、後ろを振り返り、大木に横たわる大好きな雪の元へ向かおうとした……その時!
「「がぶっ!」」
「ぷぃ?……ぷぃーーー!!!」
ウサギの背中に痛みが走る。逃げ出したと思っていた狐が、突如背後から現れ、鋭い牙でウサギの柔らかな背中を噛む。相手を油断させ、隙を付く。これも立派な作戦「卑怯とは言うまい」なのだ。
「……ん?……鳴き声?…あれ、ウサギさんが居ない。どこ?」
「ぷぃーーー!!」
「えっ、生きてたのウサギさん!……狐?」
草原に響く凄まじい悲鳴に、眠りから目覚めた雪に、復しても残酷な光景が目に映し出される。
「いや…いやぁぁあああ!バカ狐あっちへ行け!」
ウサギを助けようと雪は両手を地面に付き、歯を食い縛りながら立とうともがくが、身体は先程のダメージに悲鳴を上げ動かない。その間にもウサギの悲鳴が聞こえ、火狐は更に顎に力を入れ、背骨を噛み砕こうとする。
「バキバキッ!」
「ぷぃー!ぷぃーー!!」
骨の砕ける音と悲鳴が交互に響く。
「やめてッ!やめてよー!ウサギさんが死んじゃう!……動いて、動いてーー!」
雪は震える腕で必死に身体を起こそうとするが、全身が鉛のように重く、一歩も踏み出すことが出来ない。それでも足掻き続ける雪に、突如誰かが話し掛ける。
(それなら、代わりにワタシが助けてあげようか?)
「……えっ、誰なの?」
突然脳裏に色っぽい少女の声が聞こえ、ユキの白銀の瞳が入れ替わる様に深淵色の瞳に変わる。そしてユキの身体が重力を妨げるようにふわりと浮き上がると地面に片足ずつ着地し、ゆっくりとした足取りで歩き出す。だが、太陽の光が射すその先に、雪は思わず制止する様に叫ぶが、身体は構わず歩み続ける。
(ダメだよ!火傷しちゃうよ!)
「大丈夫よ…『血染めの帳』ほら、平気でショ?」
(凄い!…周りが一面真っ赤になってる)
雪と入れ替わった謎の少女は左手を空に向け振り落とすと、吸血鬼の固有スキル『血染めの帳』を発動させる。辺りの景色が血のように真っ赤に染まり、日光を遮ると、火狐に向かって優雅に歩き出す。それを見ていた火狐が驚き警戒したのか、噛んでいたウサギを一旦離し、口に付いた血を舐める。
火狐の近くにたどり着いた謎の少女は、狐に向かってにこやかな表情で挨拶をする。
「ハァイ、キツネさん。弱い者いじめは楽しいカナ、カナ~?」
「ケン!ケンケンケン!」
「死ね!『血の光線』」
謎の少女は右手の人差し指を火狐に向けると、赤黒い光線が放たれた。その光線は火狐の眉間を一瞬で貫くと、呆気なく絶命させる。
「ふぅ、……やっぱり威力も射程距離も全然ダメ。あの頃とは雲泥の差ネ。…それにブラッドスキル。一度使っただけで喉の乾きが速い、余り使いたくないわネ……」
(ほ、ほへぇ~。す、凄い!魔物みたいな狐を簡単に倒しちゃった……)
火狐を屠った謎の少女は人差し指に「ふっ」と息を吹き掛けると、少し自慢気に話し出す。
「これくらいの魔物なら、今のワタシでも指先ひとつで楽勝ヨッ!」
(私の知ってる指先ひとつと違うッ!そそ、それよりウサギさんは?早く助けてあげて!)
「あっ、そうネ。状態確かめるのに夢中で忘れるところだった……」
心の会話で雪に指摘され、入れ替わった謎の少女は、左耳に髪を掛けながら色っぽい声と仕草でウサギを見下ろし状態を確認する。
「うさちゃん、お姉ちゃんが助けに来ましたヨ~」
「……ぷぃ、ぷぃー!」
「うわっ、背中が抉られてひどい重症ネ。……よく頑張ったわネ!お姉ちゃん頑張る子は好きヨ~」
「ぷぃぷぃ!」
(無事で良かったぁ……ぐすん!)
「ついでに、泣く子は嫌いヨッ!」
(な、泣いてないもん!これ鼻水だもん!)
「ならいいわ。うさちゃん、戻る前にチョットだけお注射しますヨ~」
「ぷぃー!」
「血の支配」
入れ替わった少女は人差し指から極細の針を出し、傷口から溢れ出る出血箇所にスーッと射す。しばらくすると背中の出血が完全に止まり、ふたりはホッとした表情を見せる。
「………ハイ、止血完了!大木の所に戻るわヨ~」
痛々しい姿のウサギを抱きかかえ木陰に入ると『血染めの帳』を解除し、元の場所まで戻って来た。すると、先程まで横たわっていた地面に、純白の花のバレッタがひょっこりと佇んでいた。まるでユキの帰りを待っていたかの様に花びらをキラキラ輝かせて……
「あら、この白い花は……?」
(それー!狐耳のバカ女に盗まれたバレッタだー!持ってかれたと思ってたのに見つかって良かったよ~)
「バカ女?まぁ、それにしてもこの花、…少し見ただけで凄い代物って分かるわネ。うさちゃん、ちょっと降ろすわヨ」
「ぷぃ」
ウサギをそっと地面に降ろし、バレッタを胸の谷間に挟むと、右手の人差し指を少し離れた岩に向ける。
「よく見てるのヨ『血の光線』…ほら、さっきより3倍は射程距離が伸びてる。…威力も段違いネ」
指から放たれた血の光線は、10メートル程離れた岩に当たった後、抉れた痕を残す。
(本当だぁ!さっきは3メートルくらいだったのに9メートル以上飛んでて岩がぐわって抉れるー!)
「凄いでショ?使った感じ、スキル能力を3倍程度効果を上げて発動できるようだケド。…喉の乾きはチョット治まらないみたいネ。何か飲み物ないかしら?あぁ、その前にうさちゃんのケガを治してあげまショ」
(それならケガナントカっていう怪我が治りそうな名前の薬が確かあったと思うなぁ。ちょっと探してみるね。アイテムボックスオープン!)
雪は空間収納を呼び出すと、目の前に画面を表情させた。
「わおっ、凄いじゃナイ!空間収納っていうスキルネ。ん~、毛ガナイポーション、これかしら?」
(あっ、それだね!名前が表示されてる所をポチッて押していいよ。出てくるから)
謎の少女は言われた様に押すと、100ml程の透明な小瓶に入った液体を取り出す。中の液体は怪しげに輝きを放っており、如何にも魔法楽デスヨ、と言わんばかりのようだ。
「毛ガナイポーション。これを使ったら怪我が治るのよネ?」
(た、多分ね……)
「うさちゃん、これ傷に塗ってあげる。ワタシ鑑定出来ないし、成分表が書いてないから治るか解らないケド…」
(えっ!だ、大丈夫かな?)
「ま、まぁ!こう言うのは勢いが大事なの!うさちゃん、ちょっと滲みるわヨ~!」
「ぷぃぷぃー!」
(ウサギさん、我慢してね!)
小瓶の蓋を開け、怪しく輝く液体を傷口にそっと垂らすと、まるで魔法の様に怪我が綺麗に治っていく。だが、薬の副作用なのか、治した部分の毛が無くなり、ツルツルになってしまった。
「……ヨ、ヨシッ!うさちゃんよく頑張ったわネ。……えらいわッ!」
何処かの安全確認を連想させるポーズを取りながら、何かを誤魔化す様にウサギを褒めるぎこちない笑顔の少女。
「ぷぃぷぃー!ぷぃー!」
(ぇー!確かに傷は綺麗に消えたけど、毛が無くなってるよ~?)
「ぷぃ?」
「シッ!静かにしなさい。時間が立てばそのうち綺麗に生えてくるわヨッ!」
(そ、そーだよねぇ!…後で隠せる服でも着せてあげないと……)
「さて、うさちゃんの怪我が治ったところでー。次は気になってたノンビールと言うのを飲んでみまショ!どんな味がするのかしら?」
謎の少女はウキウキしながらノンビールを押そうと指を伸ばすと雪が咄嗟に声を掛ける。
(あ、あのッ!その前に、ウサギさんを助けてくれてありがとう!とっても強くてカッコ良かったよ!)
「ええ、ワタシもうさちゃん好きだから助ける事が出来て良かったわ」
(それとね。自己紹介しようよ!私の名前は、天花 雪だよ!)
「ワタシは、白魔 深雪ヨ!アナタも名前に同じ漢字があるわネ。『雪』同士、仲良くしまショ!」
(うん、仲良くしようね深雪ちゃん!)
「ぷぃぷぃ!」
「フフ、うさちゃんも仲良くしましょうネ」
ふたりは笑みを浮かべ、お互いの自己紹介を終えると、雪はお礼にノンビールを取り出しそれを深雪に渡すと、勢い良く栓を開け豪快に煽る。
「コレ、すっごく美味しい!シュワシュワした後に仄かな苦味があるケド、スッキリとしたワタシ好みな味ヨ!」
「あらそう。気に入ってくれて良かったわ♪」
感想を述べた直後であった。突然、何処かで聞いた声がする。深雪は声がした方へ振り返った。
太陽の光を遮るように真っ白な日傘を差し、首にはフサフサした狐の尻尾を巻いた金髪の似合う女神が、まるで近所の散歩をしている感じで現れた。
(えーー!め、女神エル様だ。どうしてこんな所にいるんですか!?それに何か見たことある尻尾が巻いてある!)
「…女神エル様、ステキな尻尾を巻いてどうしてこんな所にいるんデスか?」
「あら、これが気になるかしら?偶然お散歩していたら、お口の悪い狐が急にぶつかって来てね。謝らなかったから懲らしめていたのよ~♪」
(あ、あのバカ狐倒したんだ……)
「そうでしたか、…お疲れさまデス」
「うふふ、無理しなくても良いわよ。深雪ちゃん♪」
女神が笑みを浮かべ深雪の名を口にすると、深雪は少し沈黙した後、勘弁したのか再び喋り出す。
「………へぇ、ワタシの事気付いてたのネ」
真剣な表情をした女神の眼が深雪を捉え、何やらじっくり観察しているようだ。その様子を深雪は緊張した面持ちで息を飲みながら待ち続ける。すると、観察を終えた女神は頬に手を当て、困惑した表情で話し出す。
「…ひとつの身体にふたつの魂が結合してるわね。あの時雪ちゃんの魂が抜かれなかったから変だと思ってたの。アイテムボックスの中にもイレギュラーな存在が潜んでいたし、誰のイタズラかしら?」
「さぁ?ワタシに聞かれても解らないわネ。気付いたらこの身体にいたのヨ。……それとも、アナタにとって邪魔な危険分子は無理矢理にでも引き剥がすつもり、……とか?」
深雪の含みのある言葉に反応した女神は目を細めると、場の空気が一瞬で凍り付く。肌にビリビリと受ける強烈な威圧感に、呑まれそうになりながらも深雪は負けじと目線を女神に向け、荒々しい女同士のにらみ合いになる。
ふたりの激しいにらみ合いに、雪は息苦しくなりながらも必死に堪え、雪の代わりにウサギを助けてくれた深雪を何としても守ろうと、声を絞り出し、殺気立つ女神に慈悲を乞う。
(めめめ、女神様!お願い…です!深雪ちゃん……をを、殺さないで、助けて……ぐすん)
涙をいっぱい溜めた雪は、泣き崩れた表情で必死に女神に願う。その言葉を聞いた女神は、さらにプレッシャーを強めスタスタと歩き近付くと、右手を深雪の胸元に乗せた。
深雪は触れられた瞬間死を覚悟し、抗うこと無く目を閉じる。
「雪ちゃん。うさちゃん。バイバイ……」
別れの言葉をそっと呟く。深雪は閉じた瞼の暗闇を目で見つめ続ける。身体を触られる感触が全身隈無く広がり、最後におでこの辺りに柔らかなものが当たった。
予想外の光景をまじまじと見ていた雪は、目を点にさせながら不思議そうに尋ねた。
(えっと、…あの。女神様?)
「安心して雪ちゃん。話は最初から聞いていたから状況は把握しているわ。この子がどんな反応をするのか確かめたかっただけよ♪」
(よ、よがっだよ~。…ぐすん)
「……雪ちゃん。その、庇ってくれてアリガト。消されると思って内心ビクビクしてたの……」
「試すような事をしてごめんなさい。今のあなたの力を測らせてもらったの。残念だけど、本来の実力には程遠いみたいね。謝罪の印に、早く元に戻れるように少し手を貸してあげる♪」
そう女神は言葉を述べると差していた真っ白な日傘を閉じ、深雪の前に差し出した。女神から差し出された日傘を受け取った深雪は興味深く傘を観察するが、至って普通の日傘であった。
「この日傘はナニ?レースが着いてて可愛らしいケド、普通の傘にしか見えないわネ」
(あっ、この真っ白な日傘。私が使ってたのと同じだ!どうして女神様が持ってるの?)
「じつは、雪ちゃんが旅立つ時にうっかり渡しそびれてしまったの。……もう歳かしら?」
(……………)
「……………」
目を游がせ無言の沈黙で流す。ここで「そうですね」は口が裂けてもふたりは言わない。
「それでね。この日傘に『障壁』の魔法を付与しておいたのよ。使い方は日傘を開くだけ『自動』で発動する優れ物よ。後は、どんなに振り回しても絶対に壊れないし、スキルの媒体にも使えるのよ♪」
深雪は日傘の説明を受けると、感触を少しずつ確かめる様に動作確認をする。
(おー!かっこいい魔法の傘だね!女神様、ありがとうございます!)
「雪ちゃんは凄くトクベツな転生をしたのだから、これくらいの待遇は普通よ~♪」
「何だか女神様は『過保護な母親』みたいな感じネ」
「ぷぃぷぃ、ぷぃぷぃ」
「うさちゃんもそうだって言ってるようネ」
「いつの間にか親バカになってしまったみたいだわ♪」
深雪たちはお互い顔を見合わせ笑い合うと、女神は深雪の隣に寄り添う小さなウサギを見下ろし観察する。
「それよりも、普段は『原始の森』にいる精霊がこんな場所にいるのかしら?」
(えっ!ウサギさん精霊だったの!?私がこの木で休んでいた時に偶然出会ったんですよ)
「出血量が普通の動物より少量だったから不思議に思ってたの。傷口を自然にマナで塞いでいたからなのネ」
すると、ウサギが突然鳴き出し女神に何かを訴える。
「ぷぃ、ぷぃぷぃー!ぷぃ~ぷぃ、ぷぃ~、ぷぃ、ぷ、ぷぃ!」
「…変な格好した人間に、狭い物に、閉じ込められて、連れられて、走る、逃げた!」
女神はウサギの言葉を聞き取り翻訳すると、顎に手を当て考える。
「変ねぇ。あの辺りは霊域で、ニンフとエルフが守護しているから人間は入って来られないはずなのに……」
(女神様、ウサギさんが言ってる事が判るんだ……)
「えぇ、判るわよ。あなた達の事も大好きだそうよ~♪」
「ぷぃぷぃ!」
「うさちゃん、アリガト!」
(私も大好きだよー!)
「では、女神からのお願いよ。あなた達にこの子を『原始の森』へ還してあげて。遠い道のりだけど頑張ってちょうだい♪」
(はい、分かりました!)
「えぇ、いいわヨッ!」
ふたりの返事が重なり、顔が紅くなる。だが、少しだけ心が繋がった気がしたのは、なぜだか恥ずかしくはなかった。
「もうそんなに仲良しさんなのね。焼いちゃうわ♪」
「そ…そんな事はイイから、場所を教えなさいヨ」
「うふふ。まず、現在の居場所は大陸の南南西に位置した森の近くにいるわ。ここから北上して道なりに東へ向かうと、王都『アーカムネリア』に辿り着くから、まずはそこへ向かいなさい。次に、王都から北上して国境を越え進むと、4カ国が集まり、四柱に囲まれた中立都市『セントラルクアッド』があるわ。そこから更に北へ向かい、川を隔てる長い橋を渡ると目的地手前の国『エイジス神聖国』そして抜けた先には最終目的地、原始の森にたどり着くわよ♪」
(ウサギさんすっごく長い旅をして来たんだね!)
「ぷぃぷぃ!」
「じゃあ、まずは、下着を着替えたら王都へ向かいまショ。……何だか濡れてて落ち着かないのヨ」
(あわわっ!私のせいでゴメンねぇ…)
「替えの下着は空間収納の『類似ヴィトントランク』に入ってるわよ!安心して、誰かに見られるといけないから私が壁になってあげる♪」
「アリガト、お願いするわネ」
深雪は類似ヴィトントランクを開け、中身を物色すると、手頃なスカーフが見つかり、脱毛したウサギに巻いてあげる。女神が出した水で股下を洗い、替えの下着に履き替えると、女神様は何だか爽やかな顔をしていた。
(それでは女神様、いってきます!)
「ぷぃぷぃ」
「戦闘関連はワタシが何とかするから、安心しなさい」
「うふふ、いってらっしゃい。気を付けてね♪」
女神エルは優しい眼差しで手を振り見送りながら、ふたりとウサギは王都アーカムネリアを目指すのであった。
いかがでしたか?水無月カオルです。
あらたに登場した白魔 深雪、彼女は一体誰なのか?気になって夜しか寝られません。
では、次回もお楽しみに