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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
中央職人編
93/223

穏やかに

 中身さえ決まってしまえば、眼球を作ることそのものは難しい作業ではない。

 強度を見切って一定の厚みを確保した薬液保存の球体を作り、残された目と一致する色を再現すれば良い。ファラ師の瞳は赤茶色系の色で、白目はうっすらと青みがかったような印象だった。ただ、記憶だけを頼りに曖昧な物を作れば、当然に微妙な齟齬が出る。

「ということで、目を見せて欲しい」

 いきなり切り出されても、ファラ師は動じずに応じた。

「解った。しかし、そんなにすぐに出来上がる物なのか?」

「構造そのものは単純なんで、形だけならすぐに出来る。今回の場合、難しいのは色付けだな。魔核は属性に応じた色をつけられるんだが、加減を間違うと残った眼と色味が合わなくなるからね。結構調整が細かいんだ」

「ほう、面白いな。各属性毎の色は?」

「地は黄、水は青、火は赤、風は緑。陽が白で陰が黒。この六色を巧く組み合わせて赤茶色を再現する」

 せねばならない。

 微妙に気が重い。

 赤茶色ということは、使用属性は火と風と水の順だ。火も風も俺の得意属性ではない。いや、得意ではないというより、むしろ苦手な方だろう。

 巧くやれるだろうか?

 難しい顔をしていると、作業を覗きに来たらしいミル姉が俺の頭に自分の顎を載せた。頭頂部に圧がかかって痛い。

「何してんだ……」

「いや、暇でね。義眼作るの?」

「今からな。ああそうだ、暇ならちょっと手伝わないか?」

「構わないけど、何すれば良いの?」

 丁度良い時に丁度良い人材がいた。苦手意識のある俺がやるより、得意属性の人間にやらせた方が楽だ。俺は瞳の部分を生成し、ミル姉に渡す。

「これに火属性の魔力を込めてくれ。ある程度強めに込めれば、色が変わるから」

「ふうん?」

 ミル姉が俺の指示通りに魔力を込めると、魔核は色鮮やかな深紅に染まった。魔力の質が高いだけあって、発色が良い。後はファラ師の瞳と見比べて、現実に近い色へと落とし込んでいく必要がある。

 出来映えを見て、ミル姉は感嘆を漏らした。

「へえ……面白い。ここからは?」

「次は風属性。さっきの半分くらいの力加減で頼む」

「はいはい」

 すると、先程まで深紅だった魔核が、目に突き刺さるような眩い黄色に変わった。魔核が小さいため簡単に染まってしまうというのもあるが……これは力の込め過ぎだ。ここまで変性してしまうと、最初からやり直した方が早い。

 俺の様子が芳しくないことを悟ったか、ミル姉が気まずそうな声を漏らす。

「失敗した?」

「そうだな。赤は良い色が出てるから、風属性をゆっくり混ぜて橙色くらいで止める感じで」

「結構繊細なのね。魔核の数は足りる?」

「特区で買い込んで来たから、まだ大丈夫だ」

 とはいえ、買った魔核も旅の途中で多少使ってしまっている。義手の分を考えれば、そう何度も失敗は出来ない。まあミル姉は魔力の制御が得意な方だし、何度かやれば要点を掴めるだろう。

 気を取り直し、再び瞳の部分を作る。すかさずミル姉がそれを赤く染め、改めて橙色を目指す。早くも加減を理解したのか、今度は巧く色が染まった。

「綺麗なものだ」

 ファラ師が呟く。俺も同意する。

 とはいえ、ここからだ。

「次は水属性を加えて茶色を作る。で、後はファラ師の目を確認しつつ、実際の色に寄せると。どうする? 一回最後まで自分でやってみるか?」

 途中まで手をつけたのなら、着色くらいは最後までやり切るのも良い。水属性が不得意なミル姉では失敗する可能性も高いが、逆に言えば得意な俺が調整することも出来る。遊びというか、職業体験としては丁度良いくらいだろう。

 ミル姉は少し思案し、一つ頷く。

「じゃあ折角だし、ちょっとやってみますか」

「水属性は風の半分くらいの加減で良いと思うが、火と風が結構入ったからな。水もそれなりに必要だと思う」

「了解」

 ミル姉はファラ師に顔を近づけ、色を一度確認してから魔力を注ぎ始めた。別に視力が低い訳でもなかろうに、息がかかりそうな距離まで近づいた所為でファラ師が少し退く。深手を負ったからなのか、どうもミル姉の緊張感が緩んでいる感があるな。

 まあ……ファラ師に嫌悪感が出ている様子も無いので、ひとまず流す。

 さて正直なところ、ミル姉の水術はあまり秀でたものではない。それでも魔力量はあるので、効率や精度を無視すれば色調補正くらいは出来るだろう。

 色が変わり始めた辺りで、ファラ師がそっと呟く。

「職人としてはきっちり合わせたいのかもしれないが、左と同じ色でなくても私は構わないぞ?」

「あ、もしかして変えたい色でもあったか?」

「いや、瞳の色を意識したことなど無いからな……変に目立つような色でなければ、文句は無いよ。作ってもらえるとも思っていなかったし」

 半端に色がずれるくらいなら、いっそまるっきり違う色の方が個人的には良い気がする。

 ミル姉は慎重に魔力を込めながら、何でもない調子で言う。

「二つ作って、一つは別の色にする? 予備があっても良いじゃない」

「それもそうだな」

 色調に拘らないなら、それこそ作業に苦は無い。そう思うと急に気が楽になった。

 雑談を混ぜながら、加工を続けて行った。


 /


 昼から続いた作業が、日暮れになってようやく終わった。私の手元には自分が作った義眼と、フェリスが作った義眼の二つが揃って並んでいる。眼球が剥き出しで転がっているようで、違和感がある。

 フェリスは仕上げとばかりに義眼へ細長い針を突き刺し、何か液体を注入していた。

「何してんの?」

「いざという時は魔核に魔力を流して義眼を砕くと、中に仕込んだ薬が溢れるようにしている。この近所にいる薬師がうちの秘薬を改良してくれた」

「へえ。どんな感じ?」

「ざっくり言うと、魔力消費無しで俺の『健康』をちょっと落としたくらいの回復が出来るようになる」

 何言ってんだコイツ。

 思わず顔を上げると、ファラと目が合った。

 ファラはフェリスを斬ったことがあるから、あの回復力の異様さを理解している筈だ。即死以外で殺す方法があるのか疑わしいアレを、格落ちとはいえ再現出来ると?

「……ちょっと、信じられないんだけど」

「まあ骨折を治すのに数分かかるって感じかね。むしろ魔力消費があんまり無いってことの方が脅威的だな。俺のはどうしたって魔力を使うから」

 この言い方、さては自分で試したな。

 敢えて口にはしないものの、呆れから嘆息が漏れる。

 異能を鍛える為に、フェリスは昔から自傷を繰り返していた節がある。新薬の効能を確かめるためには、自分を実験台にすることに躊躇いは無かっただろう。

 さも自分が常識人かのように振舞っているが、大概狂っていると思う。

「思い付きにしては、また随分な物を作ったわね。かなり破格の効果だけど、高かったんじゃないの?」

 うちの秘薬が元になっているとはいえ、変化が劇的過ぎる。並の素材ではそこまでの改良はされない。

 フェリスは一度手を止めて天井を見上げると、淡々と返す。

「高い……まあ高いのかな? 海の魔物の素材を使ってもらったから、希少なことは間違い無いな。物々交換になったから、金額は聞いてない」

「それ、何と交換?」

「師匠が作る義指と交換ってことになった。第九階位の職人仕事と引き換えって考えれば、まあ釣り合いは取れてるんじゃないか」

 発言に、知らず、こめかみを押さえてしまう。

「自分の従者に与える物の対価を、師匠に背負わせてどうするの……」

「言いたいことは解るけど、あれはむしろご近所付き合いの一種だよ。俺も作業は一緒にやるし、全員その辺は理解してるから大丈夫だ」

 当たり前の顔をしているが、フェリスとヴェゼルでは職人としての価値に差があり過ぎる。同じ義指でも、ヴェゼルが作るなら百万くらいはするのではないか。フェリスがそれを理解していない筈もない。これはもう今までの付き合いや、職人同士の感覚から来るものなのだろう。

 ああ、ファラの顔が申し訳無さそうなものになっている。

「後でこっちでお礼はしておくから、ファラは気にしないで。カルージャの件も含めて、ヴェゼルには借りがあるから」

 ひとまず、ミケラに良い酒屋の場所を聞いておこう。父に連絡をして、まとまった金額をすぐにでも送ってもらわなくては。

 そうしてあれこれ考えているうちに注入も終わったらしく、フェリスは義眼から手を離し一息ついた。

「これでどうかな、っと。ファラ師、ちょっと嵌めてみてもらえる?」

「解った」

 どこか恭しく受け取ると、ファラは空いた眼窩にそれを嵌め込んだ。正面から見る限りでは色も左右で変わらず、特に不自然な印象は受けない。フェリスも角度を変えながら顔を覗き込み、出来映えを確かめると頬へと手を伸ばす。

「……良いんじゃない? やっぱり美人ね」

「瞳がもうちょい下だな……これくらいか。どうしようかな。義眼を今の位置で固定するか」

「お願い出来るか? 動いた時に取れたりするかもしれない」

 確かに、ファラの速度で急制動を繰り返せば義眼は何処かへ飛んでいくだろう。必要な処置だ。

 フェリスが氷で鏡を作ると、ファラは自分でも顔を左右に振ったり、上下に揺らしたりして感覚を確かめ始めた。

「違和感は?」

「初めて身に着ける物だから、よく解らないのが本音だな。でも、悪くはない。変に重かったり、頭が偏るような感じはしないよ。いや見事だ」

「なら良かった。じゃあ固定するか、少し痛むよ」

「任せる」

 フェリスの魔力が走ると同時、ファラが微かに顔を顰めた。滲んだ涙を指の腹で拭いつつ、フェリスはファラの義眼に触れる。

 お、と声に出しかける。

 今のは、異性に対する気遣いがあった――些細なことながら、初めて男としてのフェリスを見たようで、ちょっと感動する。

 いつまでも子供のままではない、か。

 何となく微笑ましいものを胸に抱きながら、私は二人の調整を黙って眺め続けた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりの魔核職人としての面目を施しましたね。ところで、義眼とヒーリングポーションの組み合わせはよく考えられていますね。よくあるご都合主義のバランスブレイカーにならなくて素晴らしいと思います…
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