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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
中央職人編
92/222

老薬師

 さて、フェリスは義眼をどうするつもりなのか。目としての機能を取り戻せないのなら、当初の想定通り造形に凝るしかないように思える。

 痛み止めの薬湯を飲みながら、考えを尋ねる。

「眼球を動かすことが出来ないんで、結局は不自然になると思うんですよ」

「そうだろうな」

 一部でも眼球が残っていれば別だったが、完全に片目は失われている。目元が凹まないように、取り敢えず球を詰めておく感じにはなるだろう。

 正面から見た時に、顔が元の印象を保てるような出来映えのものを俺は作るつもりだった。

「師匠の腕の話で思いついたんですが、目にだってモノは仕込めます。ファラ師は魔力量こそ多くないものの、魔術強度が低い訳ではありません。なので、義眼に魔力を込めることは出来ます。ということで、敢えて球の中心を空洞にした、強度の低い義眼を作ります。いざという時は魔力を込めて義眼を破壊し、眼窩から秘薬を吸収するってのはどうでしょう?」

 なるほど。危険な場所に身を置くことの多い人間だろうし、緊急時の手札を増やしておくという発想は悪くない。

「構造としては単純だな。むしろ秘薬の質の方が問われるのか。……クロゥレンの秘薬って、効能はなんだ?」

「主に強心と造血ですね。興奮剤としての効果も多少あります。まあ回復というより、死ぬ手前で止める薬って感じです」

 状況を引っ繰り返すには、少し弱い気がするな。

「ふむ……眼球内を幾つかの小部屋にして、薬を複数仕込んでみるか? いや、あまり量が少ないと、効能が期待出来んか。決め手に欠ける……」

「多分、二種類が限界じゃないですかね。うちの秘薬と後一つ何か……」

 皮膚からの吸収が可能で、かつ戦況を変えられるだけの要素。秘薬が有用なことは確かでも、選択肢としては無難だ。堅実さを求めることを否定はしないが、物足りなさが目立つ。

 これは俺達だけで考えてもあまり良い案が出ないな。

「仕方ねえ、ちょっと外に出るか。近所に薬師の婆さんがいるから、専門家の話を聞きに行こう」

「お、都合が良いですね」

「まあこの辺住んでるのは組合員ばっかだ。行くぞ」

 靴を引っ掛けて家を出る。風が強く、少し肌寒い。フェリスが外套を俺に投げて寄越した。

 ……改めて街並みを見れば、この辺は魔獣の被害は少なかったようで、建物の状態はそれなりに落ち着いている。ただ、外出していて被害に遭った職人もいるとは聞くし、見た目だけでは推し量れない。

 あの婆さん生きてるよな?

 三軒隣の家の戸を開け、声を張り上げる。

「おーい、ウィジャ婆、いるかー?」

「あいよぉー」

 生きていた。声の調子も変わりない。

 ウィジャ婆はよろめきながら玄関に出て来ると、俺の姿を見て目を剥いた。

「なんつう様だ! アンタ何があった!?」

 そういえば俺の腕が吹き飛んだことについては、特に誰にも喋っていなかった。ウィジャ婆が驚くのも当然か。説明が面倒なので、早めに義手を作っておくべきかもしれない。

「ちょっとしくじってな。そうじゃなくて、今日は薬のことで相談があるんだよ」

「腕は生やせないよ!」

「いや、俺の腕じゃなくてな……」

 話が進まない。

 俺は興奮しているウィジャ婆をどうにか宥め、フェリスと一緒に家の中へ上げてもらう。何処まで状況を詳らかにするか迷ったが、昔気質の婆さんなので、納得しないことには協力してくれまい。客のことを誰かに他言するような人でもないし、俺が関係した部分については全て話すこととした。

 フェリスが信じがたいものを見るような顔をしているが、敢えて無視する。

 一部始終を聞き、ウィジャ婆は忌々しげに舌を打った。

「ハン、なるほどねえ。経緯は理解した。理解したが……あの弓狂いの業を止めようなんざ、馬鹿の所業だね! 腕が無くなる訳だよ」

「そりゃ自覚してるが、そこは本筋じゃねえんだよ。その一件でファラ・クレアスの手を借りたんだが、彼女も片目を失ってしまってな」

「はあ、あの小娘かい。詰めの甘そうな顔しとったものな」

 散々な言い様だ。しかし、不覚傷を負った挙句に相手を取り逃がした以上、当人も文句は言えまい。聞き流して説明を続ける。

「まあ最後まで聞け。それで、彼女の義眼を作ることにしたんだが、中に薬品を仕込めないかという話になったんだよ。少量でも効果が発揮されて、戦況を変え得るような薬品って何か思いつかんか?」

「物騒なことを考えるね。あたしゃ武人でもなんでもない、単なる隠居婆だよ」

「頭ん中まで錆びついたってんなら頼らんよ」

 ウィジャ婆は俺が頼れる中で、一番知識のある薬師だ。階位こそ第六と中級に留まっているが、その腕前が確かだということも知っている。

 俺は視線を上げ、相手の顔色を窺う。ウィジャ婆は腕組みをしたままで黙り込んでいた。何かを考えているのか、応じる気が無いのか、いまいち判断がつかない。フェリスは静かに座ったまま、相手の動きを待っている。

「……義眼に仕込む、って言ったね。大きさはどれくらいだい?」

「フェリス、模型を頼む」

 振り向いて声をかける前に、フェリスは魔核を球体に変容させていた。ウィジャ婆はそれを受け取り、手の上で転がす。

「限界まで詰めれば……ちょっと穴を開けておくれ。中の容量を見たい」

「これで良いですか? 強度を考えて、厚みはこれ以上減らさないつもりです」

「そりゃ構わんさ。あくまでアンタ等が作るのは義眼であって、薬入れじゃないからね。……坊、若いのに手際が良いな。ああそうだ、元々入れる予定だった薬はあるかい?」

「こちらをどうぞ」

 ウィジャ婆は手元にあった水差しから模型へと水を注ぎ、それを掌へと移す。重さを確かめると、すぐさま手を拭った。

 次は秘薬を舌に垂らし、数秒程口中で味わうと吐き出す。

 重さまでは俺でも何となく解るが、あれで成分分析が出来るのだから恐れ入る。

「ガゼンダの実……サンズの根、ゴダンの皮、魔力水。組み合わせは良し。出来もなかなか。薬の選択としては悪くない。ただまあ確かに、戦況を引っ繰り返すような薬ではないな。これは命を繋ぐためだけの薬だ」

「はい、それは師匠にも指摘を受けました」

 垂れた前髪をかき上げ、ウィジャ婆は悩まし気に呻く。

 そう、悪くはないのだ。ただ、時間に多少余裕があるため、より良い選択肢が無いか探している。

 考えた末にウィジャ婆は立ち上がると、背後の棚から薄茶色の包みを取り出し、俺達の前に投げる。

「武人が何を欲するのか、あたしゃ知らん。解るのは薬のことだけで、さっきの薬は血を急速に増やすもんだ。血の元になり得るものを集め、血へと強引に変える、液体の形をした術式だ。通常の薬と違って、術式だから魔力を使う。それはまあ良いとしても、アレは血を止めるもんでも傷を治すもんでもない。足すとすれば、消費される魔力を補いつつ、傷の修復を促すもの」

 包みを破らぬよう丁寧に開いて、俺は中を検める。包みよりも色の濃い、茶色の粉末が姿を現す。鼻を刺すような刺激臭が漂い、顔を顰めた。

 フェリスは眉を跳ね上げ、指先にそれを擦り舌で舐め取る。

「ん……血の味がするな。微かに生臭みが残ってますね。海の魔物の体液を乾燥させた?」

「良い読みだ、ヴァズグラの腸から絞った体液だね。坊は調合持ってんのかい?」

「第四ですが一応。手慰み程度ですね」

 納得したように頷くと、ウィジャ婆は手元の器に秘薬を入れて粉末の一部を混ぜた。そのまま薬液に指を突っ込むと、水面が泡立ち粉末が徐々に溶けていく。粉が溶け切ると、今度は薬液を透明な瓶に注ぎ、光に当てて濃度を確かめる。きつい臭いは気付けば薄れてしまっていた。

 満足の行く出来映えだったのか、ウィジャ婆は瓶に蓋をしてフェリスに手渡す。

「坊の薬を改良しただけのもんだ、多少の傷ならすぐに治るだろう。因みにさっきの薬、作ったのはアンタだろう?」

「そうです。正直なところ、昔母に教わった手順を教わったままこなしているだけのものですが……」

「知識も無いのに混ぜ物なんざするもんじゃない。……その歳にしちゃ良い腕だ、もっと精進せえ。アンタみたいな若いのが少なくて困る」

 フェリスは頭を下げ、丁重に瓶を懐へ仕舞い込んだ。ウィジャ婆はあまり若手を褒めることをしない人だから、フェリスの腕は実際に悪くないのだろう。

 ともあれ、材料は揃ったかな。

「すまんな、休んでるとこ。幾らだ?」

「タダでええよ。こっちも頼みたいことがあるんでな」

「なんだ? 俺も自分の義手作るから、あんまり時間のかかる作業は出来んぞ?」

 ウィジャ婆は居住まいを正し、俺達に向き直る。大きく息を吸い、何か緊張したように口を開いた。

「……うちの孫も魔獣にやられてな。利き手の小指を食い千切られちまった。手が出来るんなら指も作れるだろう? ついでに作っちゃくれんか」

 なるほど。まあ俺の義手を作る前の練習と思えば丁度良いな。海の物はこの辺ではなかなか手に入らないし、こちらが貰い過ぎなくらいか。

「怪我の調子はどうなんだ? 採寸があるから、うちに来てもらわないと作れないぞ。後、義眼が終わってからだから、最短でも明後日だな」

「痛みはまだあるらしいが、いずれ落ち着くだろう。都合がつくなら三日後に行かすよ」

「了解。全力を尽くそう」

 安心したようにウィジャ婆は笑う。目尻に少し涙が浮いていた。余程、孫が可愛いのだろう。

 しかし……欠損部位を補う装備品の需要が高まりそうだな。作業工程を確立させた方が良いかもしれない。

 満足に作業が出来る状態でもないのに、忙しくなりそうだ。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 欠損と聞いて、Kenshiというゲームを思い出す。 良い物だ。気が向いたらどうぞ。
[一言] 魔核職人で義肢装具士、いいですね。フェリス君は、福祉の概念の欠片すらない世界での先駆者ですね。 でもこの世界ですから、刀のギミックが付いた義肢で武器職人になるのかな? 次回も楽しみです。
感想一覧
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