今後の方針
「いや、二人ともなんでもう帰って来てんの?」
「飯が不味くて我慢出来んかった」
「本当にねえ」
ファラ師と二人で数日分の食事を買い込んで戻れば、ミル姉と師匠が居間でくつろいでいた。ミケラさんは甲斐甲斐しく薬湯を作っている。
師匠は左腕を失い、片袖が床に垂れ下がっている。ミル姉は右腕こそあるがまだ三角巾で吊られていて、何をするにも窮屈そうに見える。
「顔色が青を通り越して白いんだけど……よくもまあ帰って来られたなあ……」
「いや、あそこで過ごしてみれば解る。あそこの飯じゃ体は治らん。体を作ろうってんなら肉を食わんと」
言っていることは解るが、入院患者に対しては消化の良い食事を出すだろう。別に治療院が悪い訳ではない。
眩暈がするのか微妙に頭を揺らしている二人に対し、ファラ師が戸惑った声を上げる。
「だ、大丈夫なのですか?」
「私はまあ、暫く安静にしていれば治るでしょう。問題はヴェゼルの腕ね。クロゥレンの問題に巻き込んだ以上、治療にかかるお金は全部こっちで持つつもりだけど……無くなった腕はどうにも、ね」
義手の件は、ミル姉に話していないのだろうか?
俺は視線だけで師匠を窺う。小さな頷きが返ったので、言っても問題無いと判断する。
「吹き飛んだ腕については、こっちで代わりを作る。ただ、試作含めとにかく魔核の数が要るんで、結構金はかかると思うよ」
「金と物でどうにかなるなら、幾らでも出すから。クロゥレンに便りを出して、金を引っ張って」
「あいよ」
ファラ師が怪訝そうな顔で師匠に問う。
「失った腕をどうにかする方法があるのですか?」
「治る訳じゃありませんぜ。腕の形をした物を切断面に繋げて、不自然じゃないような体裁を整えるんですよ。なるべく生身の腕に近い外見にするつもりでしてね」
俺の棒を肩に当てながら、師匠が説明する。ファラ師は興味深げに頷いている。
講義は良いが、それで済ませるつもりだったのか?
「ん、動かなくて良いんですか? 最低でも手の開け閉めくらいしないと不便でしょう?」
「動く義手なんて作れんのか?」
「出来ますよ。依頼を受けて多少考えてみたんですが、俺が思うに、実現可能な義手は三種類あります。……この話、飯食ってからにしません?」
食事が苦痛で治療院を抜けて来た筈なのに、話が長くなりそうな気がする。
俺の言葉で思い出したのか、ファラ師は買って来た食材やら惣菜やらを慌てて広げ始めた。ミケラさんもそれを手伝い、あっという間に食卓が出来上がっていく。
師匠とミル姉は久々の娑婆の食事に喜色を隠さず、手始めに肉串に齧り付いた。
「美味え……」
「塩気がある……」
しみじみと呟く二人を、誰もが気の毒そうな顔で見ている。味の濃い物ばかり狙って食べているのに、あんまり気の毒で止めるに止められなかった。取り敢えず布巾と茶を手渡し、暫く好きにさせる。
「治療院で何喰ってたんです?」
「いや、アレ何なんだろうな。刻んだ薬草っぽいものが入った粥……か? 歯応えが無くて、妙に酸っぺえんだ」
「酸っぱいのだけじゃなくて、たまに苦いのとか青臭いのも出るけどね。あそこの料理人に、食事の喜びを知ってるか聞いてみたかったわ」
「余程嫌だったんだということだけは理解した」
二人とも食事に関しては拘りがあるというか、平均よりは良い物を選んで摂っている。拙い飯が続くことは、さぞや苦痛だっただろう。
やがて、ひとしきり手や口をタレでべたべたにして満足したのか、それとも気になって仕方が無かったのか、師匠は改めて義手の話を振って来た。
「で、何をどうするって?」
「あ、もう良いんですか? んじゃ話を戻しますけど、一つは師匠が言った、見た目をとにかく追及したものです。これについては、師匠の方が詳しいでしょう」
師匠の技術力があれば、自身で言っている通り生身と遜色の無い物が出来上がるだろう。また、この類の義手は無駄な仕掛けが無い分軽く、体を疲れさせない利点がある。
「次は、背中や無事な右腕に伸縮性のある紐を通して義手に繋げ、体の動きを利用して肘の曲げ伸ばしや手の開閉を行う物です」
俺は懐の魔核を二本の棒と球体に変えた。穴を開けた球体に先端を丸めた棒を嵌め込んで、腕の模型とする。
「雑ですが、取り敢えずこれを腕だと思ってください。真ん中の球が肘です。これに伸縮性のある紐をつけて、背中側に当たる方を引っ張れば、それにつられて反対側、つまり手に当たる棒が動きます。師匠自身が動き方を覚えれば、無事な腕や肩の動きを利用して、手の開閉や肘の曲げ伸ばしくらいは出来るようになるでしょう。……今はその紐が無いんで出来ませんが」
伸縮性のある繊維の構造を知らないので、俺には適した紐が作れない。魔核を使って素体の硬さや形は調節出来ても、一度状態を固定すれば再度魔力を加えるまでそのままになってしまう。時間をかけて研究すれば出来るかもしれないが、それよりは元となる素材を探した方が早いだろう。
師匠は二本の棒を持って、曲げたり戻したりを繰り返して印象を掴もうとしている。
「何となくは解った。関節ごとに紐をつけて、各々を曲げ伸ばし出来るようにするんだな。作る部品が増えるのと、俺の慣れが必要だっていうのはあるとしても、ただくっついてるだけの腕よりは良いな。で、最後は?」
「これはもう何となくしか頭に無いんですが……そもそも、どうして腕は曲がるか知ってます?」
周囲を見回せば、誰もがいまいちはっきりしない顔をしている。わざわざそんなことを意識したことも無いのかもしれない。
動かせるし、動く。それは健全な体を持っている人間からすれば、至極当たり前のことだ。
答えが返らないものとして、俺は先を続ける。
「腕と限らず、人の体ってのは信号で動いてます。物を取ろうとすれば、頭から腕を動かせ! って信号が出ます。それを受けた腕は、筋肉を伸ばしたり縮めたりして、物を取ろうとする訳です。いちいち考えなくても、体はこれをやってくれます」
「……ふむ?」
「その信号を受け取って、各所に指示を出す媒介を作れれば腕は動かせます。ですが、その信号を受け取れる物も末端に指示を出すような物も、俺にはちょっと思いつかない。だから、全部魔力でやってみたらどうでしょう?」
微弱な電気信号の受容体など、この世界で研究されている筈も無い。そもそも腕の断面の電気信号がちゃんと生きているかも解らない。だからそこを魔力で置き換えたいのだが……いまいち理解が及ばないらしく、誰の反応も見られなかった。俺も自分の説明が巧くないことを自覚しているので、何とももどかしい。
どうにか言葉を尽くす。
「さっきの応用とでも言いますか、肩や背中でやろうとしていた紐の動きを、師匠が全部自力で魔力でやるんです。腕を幾つかの部品に分けて、曲げ伸ばしの瞬間だけ長短を調整します。たとえば肘を曲げるなら、上腕の内側を縮めて、外側は伸ばします。これを魔力でやるんです。魔力消費は増えますが、師匠なら魔核の操作はお手の物でしょう」
「要は今まで考えずにやっていた腕の動きをある程度単純化して、魔力で意識的にやろう、ってことか? ……やれれば理想的だとしても、使用者の負荷が高いというか、かなりの力業じゃないか?」
「正直そうです。それと、動く義手を作るなら部品数が増えて重くなるでしょう。加えて恐らくですが、普通の腕とは動きが違って不自然に見えるのではないかと思います。ただ、お客様に提示出来る選択肢は多いに越したことはない、と」
作り手側の苦労は一旦置いておいて、客がどういう希望を持っているのか、それをどう叶えるのかということは頭に入れておくべきだ。
師匠は失われた腕を振るような動作をして、項垂れると不意に止まった。ミル姉が首を傾げて口を挟む。
「そこまで詳しいってことは、普通の腕の構造は理解してるってことよね」
「概ね解っているつもりだね」
自分で切り出しておいて何を考えているのか、ミル姉の反応は鈍い。自分でも話がまとまっていないらしく、悩まし気な質問が飛ぶ。
「……ということは、普通じゃない腕も作れるってこと?」
「何だ普通じゃない腕って。武器でも仕込むのか?」
「例えば、ね。そう極端じゃなくても良いけど、どうせ生身じゃないんだから、狩りの道具を仕込んだり出来るじゃない」
それは本当に便利なのかと問おうとした時、師匠が勢い良く顔を上げた。いつになく目が輝いている。
「そうか、それだよ!」
「は? まさか本気で武器ですか?」
「いや、武器じゃなくても良いんだ。まず、動かせる機構が出来るなら動かす、これが前提だ。俺が腕を動かせないことに耐えられんだろうしな。それで、どうせなら生身では無理だった動きが可能な形にしたい。たとえば、手首から先が一回転するとか、指を増やすとか、作業中にこうだったら良いのに、って思った要素をとにかくぶち込んでいく。まあ魔核は大きさの変更は出来ても、そのままの形で動く物ではないから、実現不可能な案も多いだろうけどな」
確かに作業をしていて、己の手に不自由さを感じることはあるかもしれない。ただ、普通は手を改造するのではなく、器用に扱えるように練習する方向へと考えは進んでいく。しかし今回はそうではなく、手を改造もするし動かす練習もする、ということか。
手の本来の形から離れれば離れるほど、操作も難解になっていくことは想像に難くない。それでも、師匠はやり遂げるつもりなのだろう。
そちらの方が、便利で面白いから。
何処となく興奮を滲ませたまま、師匠は膝を打ち鳴らす。
「良し、決まりだ。俺もお前も造形やら素材の性質やらを弄るばっかで、部品を組み合わせて特定の機構を作ることに慣れてない。腕についてはもう割り切って、お互いに学びの機会とすべきだ。後は……ファラ様の義眼だな」
切り出せずにいたことに、とうとう触れられてしまった。これについては色好い返事を出来ない俺がいる。
「最初に言っておきますが……残念ながら、視覚を復元する案は、今の俺にはありません」
義手もそうだが、神経の代わりとなるものはどうすれば出来上がるのか、さっぱり解らない。取り入れた光を像として照射する球体が出来たとして、その信号をどう視神経に引き渡せば良いのか。
俺は前世で専門業者や職人という訳ではなかったから、基礎的な知識しか持ち合わせていない。陽術師に回復を依頼するか、他者の肉体を復元出来る異能者を見つけることが一番の近道だろうが……そんな人間、実在するなら何処かで噂になっていそうなものだ。
ファラ師は覚悟が出来ていたようで、俺の発言に苦笑を漏らした。
「流石にそう都合良く事が進むとは思っていなかったし、問題は無いよ。それに、財産を全て手放したから支払いが出来ない」
「貴女の支払いもクロゥレンで持つけど」
「義眼は部品数が少ないし、そんなに高くないから俺の持ち出しで良い。……ああ、いっそ義眼にも仕込むか」
視覚を復元出来ない代わりに、別の腹案が浮かんだ。暫く真っ当にモノ作りに向き合えていなかったからか、やりたいことを色々と思いついてしまう。
師匠は何処か笑みを含んだ顔で薬湯を啜り、話をまとめ始める。
「うん、取り敢えず大まかな所は決まったな。ファラ様の義眼は時間がかかるか?」
「いや、一日あれば充分でしょう。ファラ師は暫く中央を離れる予定なので、すぐに済ませます」
「じゃあそれから俺の腕、と。ファラ様、出発を少し待ってもらいますよ」
返事を聞く前に、師匠は席を離れ手を洗いに行った。ファラ師は急な展開で戸惑いを隠せずにいる。
ミル姉はファラ師の背中に手をついて立ち上がると、彼女へと語り掛ける。
「納期は守る連中だから、ちょっとだけゆっくりしていきなさい」
「……良いのでしょうか」
「本人達が言ってるんだから、良いんでしょ」
そう、良いのだ。
身内への甘さは多少あるものの、別に俺達は慈善事業をしている訳ではない。
単に、溜まりに溜まった鬱憤を、モノ作りで晴らしたいだけだ。
今回はここまで。
義手は「能動義手」とか「筋電義手」とか色々あるらしいです。
ご覧いただきありがとうございました。