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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
中央騒乱編
87/222

 何故、城内にラ・レイ師が残っている? ファラ師に伝えた気配は、確かに強大かつ巧妙な魔術師のものだった。あれだけの魔力の持ち主が複数存在することなど考え難い。

 しかし、理由はどうあれすぐ傍に本人がいる以上、それは倒すべき敵だ。幸い消耗しているらしく、それほどの圧は感じない。仕掛けるなら今が好機だろう。

 格上相手に奇襲……理由を意識しないと、気力が折れそうだ。

 大きく吸って、吐く。

 恐らく、ラ・レイ師を直接狙っても効果は薄い。誘い出す意味も込めて、ブライを狙うべきだな。

 魔力を気取られることを嫌い、針での攻撃を選ぶ。僅かに開いた扉の隙間目掛けて、全力で腕を振るった。

 飛来した針は真っ直ぐにブライへと向かい、その身を貫こうとしたところで、ラ・レイ師の反応がかろうじて間に合った。魔術師であることが疑わしくなる程の動き――武術強度もかなり高いようだ。

 どうにか一本刺さったものの、致命傷には程遠い。諦め半分で放った次弾が回避されたことを見て、身を引いた。次の瞬間、盾にした扉が引き裂かれ、肝を冷やす。

 やはり駄目か。

 簡単には終わらないことに落胆しながら、毒霧を流し込んで場を作る。真っ向勝負などしていられない。万全でないとはいえ、相手はラ・レイ師。ミル姉を超える強者に対しては、慎重にならざるを得まい。

 さてどう出る。

 様子を窺っていると、ブライは長剣を抜いて立ち上がった。ラ・レイ師が止めるかとも思ったが、奴も向かって来るらしい。意外なことに怯えは無く、武器を構えた立ち姿が堂に入っている。

 ……いや、結構強い、のではないか?

 あれは鍛えている人間の構え方だ。ラ・レイ師と大体似たような武術強度に見える。近しい印象としては、クロゥレン家守備隊の下位。一対一なら接近戦でも対処出来るが、二人がかりだと完全に目無しだ。

 汗が頬を伝う。現実は甘くないということか。

 かといって今更退ける訳もない。

 覚悟を決めた。泥人形を作り、毒霧の中を突貫させる。二人がそれに反応するのを確認し、俺も室内へと忍び込んだ。

「そこか!」

 ブライの振り下ろした長剣が、泥人形を真っ二つに割る。ああも綺麗に斬られるということは、腕だけでなく武器の質も良い。金がある奴は違う。嫌な要素ばかりが増える。

 舌打ちを隠しながら、針を飛ばす。床の一部が持ち上がり、ブライの四方を囲って攻撃を遮った。小規模であっても『城塞』の守りは健在だ。

 麻痺毒が通用することを期待しているが、持久戦で俺が生き延びられるかが怪しくなってきた。どちらかでも落としておかないと、先が続かない。何処かで無理をする必要がある。

 飴を口に含み、魔力を補給する。そろそろ物資も限界だ。ここから先は息継ぎ無しだな。

 相手を釣るため、人形をもう一体出す。ラ・レイ師はブライの守りを固めたいようだが、ブライは攻めの意識が強い。折角陣地を作っても、そこから抜けて囮を追ってしまう。

 その齟齬こそが隙になる。

 手が届きそうな位置に人形を送り、敢えて速度を緩める。手に持たせた石を投げさせようとすれば、ブライはその出がかりを潰そうと前に出る。薙ぎ払いが人形の腕を切り裂き、石が跳ねた。ラ・レイ師が生成した壁で跳ねた石を防ぐ。

 何の仕込みも無い、単なる石を警戒している。ブライを守るため、来た攻撃全てを受けるつもりでいる訳か。まあ俺がどういう攻撃手段を持っているか相手は解らないし、体で確かめる訳にもいかないだろうから、過保護でも対処としては理解出来る。

「ふん、手応えの無い!」

「ブライ様、前に出過ぎないで下さい! ワタシはまだやれます!」

「お前にこれ以上負荷をかける訳にはいかん。それに、暗殺者程度に怯えてなどいられるか!」

 負荷をかけまいという心遣いがあったのか。

 ただ、無能な上司が張り切ると部下は大変だ。攻めに回ればブライが死に、受けに回れば消耗する。俺としては、ブライを下げてラ・レイ師が出て来た方がずっと恐ろしい。

 それでもこの感じだと、ブライは大人しく守られることを良しとしないだろう。何せ自分が言っている通り、俺の攻撃は手応えが無い。大した脅威を感じないから、自分はやれると信じ込む。

 二度も俺の魔術を斬って、武器が無事だと思ったら大間違いだ。

 剣身に付着した泥を遠隔で固める。鋭利な部分が覆われてしまったなら、それは単なる剣の形をした棒に過ぎない。まして、重心も狂ってしまった武器をどれだけ巧みに扱える?

 お前等と違って、俺は自分の体で確かめる覚悟がある。

 人形を先行させ、遅れる形で自分も一緒に前へ出る。長剣の間合いの手前で左右に分かれ、ブライに向け針を投げつける。石礫が横合いから飛び出し、針を圧し折った。

「ふんっ!」

 ブライは先程より幾分不格好に剣を振るい、人形ではなく俺の方を狙った。増長、不適切な間合い、流れる体――全てが噛み合い、歪んだ剣筋が俺の左肩を捉える。

「……ぐっ!」

 骨に罅が入った。予定通り、浅い。

 肩を抑えて飛び退きつつ、すぐさま『健康』で骨を治す。そうして肩から手を離さないまま、少しずつ距離を空けた。

 ブライが長剣を上段に構え、にやつきながら足を進ませる。ラ・レイ師が体勢を低く落とし、床に手を触れる。仕留められると確信した上での臨戦態勢。

 やれやれ、ようやく準備が整った。


 /


 クロゥレン家の手の者は、国内でも上位に入る強者だということは聞いていた。

 毒で視界を塞ぎながら、囮を利用しつつ投擲での攻撃を繰り返す戦術は巧みなものだ。ラ・レイが消耗していることもあり、なかなか決定打に繋がらない。

 混乱に乗じてこの部屋へと忍び込んだ手腕といい、優秀であることに疑いは無いだろう。

 しかし……それだけでは不足している。

 何者かは知らんが、こちらを殺せるだけの戦力が整っていないようだ。ラ・レイの受けを崩すだけの投擲も出来ず、接近戦を捌くだけの腕前も無い。肩への一撃で、投擲の精度も一層落ちる筈だ。

 驚かされはしたが、恐れるほどのものではないな。

「ここを切り抜けて、態勢を整えるぞ」

「畏まりました」

 止まっていた囮が動き出し、それに合わせて本体が毒霧に潜り込む。

「逃がさん!」

 正確には解らずとも、大まかな位置は掴んでいる。踏み込んで突きを放つと同時、人形が腕を広げながらこちらへと飛び掛かって来た。勢いは良かったものの、それもラ・レイの障壁にぶつかってこちらには届かない。

 泥の飛沫が頬にかかる。剣先が再び肉に触れた感覚が伝わる。浅い、だが当たっている。仕留めるのももう時間の問題だ。

 更に前へ。手応えがあった辺りに向けて追撃を放つと、靄の中から若い男が姿を現した。剣では間に合わない、膝蹴りを合わせて相手の姿勢を崩す。そこへラ・レイの針が無数に突き刺さり、ようやく相手は止まった。

 男が血を吹いて地に崩れ落ちる。まだかろうじて生きているものの、反撃は出来ないだろう。

「チッ、面倒をかけてくれる」

「もう充分です! ワタシが仕留めますから、ここから離れて!」

「ああ。コイツの首を落としたら、な」

 持ち上げた長剣が止まる。手の感覚が鈍い、毒が回って来たか?

 早くコイツを殺さなければ。

 ラ・レイから届いた淡い光が、症状を和らげる。本来なら大した相手でもなかろうに、間が悪かった。

 渾身の力を込めて刃を振り下ろす。寸前で男が床を転がり、一撃を避けた。まだ動く余力があったか。舌打ちをして、更に突きを繰り出す。傾げた首の脇に剣先が刺さる――またしても避けられた。

 握り締めた長剣を何度も何度も突き立てる。男は右へ左へ体をずらし、突きは床ばかりを抉る。

「悪足掻きを! 見苦しいぞ、ガキが!」

「自己紹介か?」

 男の発言と同時、ラ・レイが俺の襟首を掴み、後ろに勢い良く引いた。

 足元に熱を感じる。何が起きたのかと見下ろせば、寝転がった男はいつの間にか鉈を手にしており、そのすぐ近くには俺の右脛から下が――

「うおお、おあああ!?」

「ブライ様!?」

「ああアアア!」

 血が、俺の足が!

 痛みで視界が滲み、思考がまとまらない。自分の叫びが遠くで聞こえる。

「くっ、ご容赦を」

 ラ・レイが傷口に何かを打ち込む。一際強い衝撃と痛みが走り、一拍遅れて急激に楽になる。秘薬を使わずに持っていたのか。

 多少意識が朦朧とするものの、痛みで何も考えられない状態からはどうにか脱した。

「き、貴様……」

 片足を失い、立ち上がり方が解らなくなる。

 翻って男は血塗れのまま、平然と立ち上がっていた。肩を何度か回すと血が噴き出し、そして止まる。

 あれだけの手傷を負いながら、動きに支障があるようには見えない。

「まさかとは思ったけど、フェリス・クロゥレン本人? 副長二人を仕留めて、そのままこっちに来たの?」

「そうですよ。因みに俺も、ファラ師がしくじるなんてまさかでしたけどね」

「動じてるようには見えない。……どうやって王族の脱出路を知った?」

 俺もそれが疑問だった。誰かが裏切って情報を流そうにも、そもそも王族以外が持ち得ない知識だ。フェリスは場違いに和やかな表情で笑う。

「ははは。親切な上位存在から教えてもらったんですよ」

 上位存在?

 ラ・レイが目を剥いて大きくフェリスから距離を取る。本気の緊張感を漲らせて、魔力を練り上げている。

「受託者……実在したの?」

「一応ね。内緒ですよ?」

 魔術師にしか解らない何か、か? 理解は出来ないが、警戒するだけの存在ではあるらしい。あれほどまでに余裕の無いラ・レイを見るのは初めてだ。

 しかし、消耗していてもなお、このガキにラ・レイが敗れることなど有り得ない。

「そいつを殺せ、ラ・レイ! お前なら出来る!」

「可能性を削れるだけ削っておいて、よくもまあ言えたもんだ。ちゃんと教えておいた方が良かったんじゃないですか? お前足手まといだよって」

 反論しようと口を開こうとすると、水弾が眼前に迫っていた。意識するよりも先に、別方向から飛来した岩弾がその魔術を撃ち砕く。

 一歩間違えたら死んでいた。心臓が酷く暴れている。

「この方は勇敢な戦士だ。馬鹿にすることは許さない」

「そうですか、それは失礼。では……二対一ですがお相手願いましょう」

 全身を水で覆い、それが床に落ちると、フェリスはまるで何事も無かったかのように小綺麗になっていた。流し目でこちらを眺め、唇を持ち上げる。

 馬鹿な、何が起きている!

 ラ・レイが顔を歪めながら叫ぶ。

「クソッ、化物め!」

「ご自分は何だと言うつもりです?」

「黙れェッ!」

 魔術弾が空中で弾け合う。消耗しているとはいえ、ラ・レイと同威力の魔術を連続で行使出来るのか。あれだけの腕を持ちながら投擲を多用していたのは、こちらの魔力消費を促すためか?

 しかし、魔術で互角なら分があるのはラ・レイの方だ。アイツは魔術だけでなく、武術にも長けている。未熟な接近戦に持ち込まれたら、あの男では対処が出来まい。

 ラ・レイも魔術戦を続けながら、じりじりと摺り足で間合いを詰めている。半身で隠した手には、拳を覆うように鋭利な岩塊が纏わりついていた。

 不意に単発の水弾が俺に向けられる。ラ・レイは敢えて自分への攻撃を一度無視し、肉を削がれながらも岩弾でそれを阻害した。

「嬲るか、貴様ァッ!」

「二対一と言っただろう、勇敢な戦士様。こっちは勝ち目を増やすためなら何だってする。何せ俺は格下だし、戦士じゃないからな」

 不躾な目でフェリスはこちらを観察している。ラ・レイは怒りを噛み殺しながら、慎重に機を窺っている。

 立て、立ち上がれ、足の痛みを無視しろ。

 動け、動け! どうして動けない!

 蟲のように這いずりながら、首だけで戦いを見ていることしか出来なかった。

 今回はここまで。

 来週は休日出勤があるのでお休みになる可能性が高いです。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 受託者って一応認識はされてるんですね。 以前の話からこの時代でも複数いる可能性は十分ありますし、確かに敵となったら恐ろしい。
[一言] お〜い、ダライよ、生きているか〜?
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