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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
8/212

恩師


「飲み会ィ? 今日の晩か?」

 珍しくバスチャーからのお誘いがあった。最近はすっかり組合の人間になったのかと思ったら、自分の店に貢献するつもりはまだあったらしい。

 仕事は多少余裕があるし、酒も嫌いではないが、急に何を企んだのか。

「いやな、今日懐かしい顔に会ってな。お前も知ってる奴だしどうかなと」

「誰だよ?」

「フェリスって覚えてるか?」

 本当に懐かしい名前に、少し息が止まる。

 かつて友人から世話を頼まれたが、結局は面倒を見切れなかった子供。筋は良かったものの、何も言わずにアイツは俺の元を去って行った。姿を消す直前、この辺では見ない連中が部屋に出入りしていたと聞いたので、家に連れ戻されたのだろうと諦めるしかなかった。

 あの時からそれなりに時間は経ったが、無事に過ごしていたか。

「覚えてるよ。ヴェゼルが人の指導を頼んだのは、あれが最初で最後だったしな。……アイツはどんな感じだった?」

「元気そうではあったぞ。ようやく家を出て独り立ちだと」

「ああ……もうそんな年なのか」

 そうか。初めて会った時、十二歳だと言っていた。成人して、自分の道を進めるようになった訳か。

 職人として本格的に学び始めるには遅いとしても、この三年はアイツなりに頑張っていたと信じよう。

「よし、解った。久々にアイツの面を拝みに行くか」

「来い来い。今日はいいのが入ってるからな」

「おう。仕方がねえから、金は俺が出してやるよ」

 バスチャーが誘うってことは、そう悪い感じではないんだろう。

 良い酒になりそうだ。


 /


 少し胸をざわつかせながら、約束の時間を迎える。料理を作りながら酒を飲む訳にはいかないと、バスチャーさんの店が閉まる直前の集合となった。

 店の奥の席で、面子が揃うのを待つ。気を遣ったバスチャーさんが、口寂しさを紛らせるようにと炒った塩豆を置いていく。それを噛み砕きながら、緊張した自分を落ち着かせる。

 豆が三分の一ほど無くなった辺りで、当時とあまり変わりのない顔が、俺の向かいの席に座った。

「よう、待たせたか」

「いいえ……お久し振りです、アキムさん。あの時は申し訳ありませんでした」

 頭を下げる。溜息が聞こえると同時、つむじを突かれた。

 ああ、これは昔もやられた。地味な痛みに懐かしさが込み上げる。

「メシが不味くなるぜ、坊主。まあ、まずは乾杯といこうや」

「はい」

 アキムさんは手を上げて、給仕に三人分の酒を頼んだ。俺は塩豆をアキムさんの方に寄せつつ、そういえばこの体で酒を飲むのは初めてだと気付く。

 やがて、酒を抱えた給仕と、大皿を抱えたバスチャーさんが席にやって来た。給仕は酒を置くと、バスチャーさんに挨拶をして店をそのまま出て行った。

 気付けば、店内には俺達しかいない。

「よし、じゃあ再会に乾杯と行くか。カンパーイ!」

「おう、乾杯!」

「乾杯」

 たっぷりと注がれた酒を掲げてから、一気に喉へと傾ける。名前は知らないが、よく冷えていて飲みやすい、甘い酒だ。胃の奥が微かに熱を帯びる。

「よし、じゃあ話してみな? あの時何があったんだよ」

「ええ」

 アキムさんに促され、あの時からを語る。

 祖父が死んだこと。ジィト兄が迎えに来て、そのまま家へと連れ帰られたこと。それ以降領からは出られなかったこと。

 事情を知って、二人は唇を曲げて頷く。

「説明はして欲しかったところだが……そういう事情じゃあ仕方ねえな」

「その辺はフェリスがどうこうってより、兄ちゃんが慌ててたってことじゃないかね?」

「それはあったと思います」

 話は続く。

 見かねた師匠が、専門外でありながら基本を教えてくれたこと。

 それもあって職人としての道を捨てられず、成人を迎えるにあたり、決闘をしてその権利を勝ち得たこと。

 そこまで語った辺りで、二人が同時に首を傾げた。

「ん、ちょっと待った、何でそうなる?」

「坊主、今のくだりの意味が解らん」

「ん、何がです?」

 酒精で唇を湿らせて、アキムさんが問う。

「なんで決闘するんだ?」

「その辺は俺も正直よく解らないんですが、貴族はそういう規則があるらしいですよね。あんまり意味が無いと思うんですけど」

「貴族? 誰が?」

「俺ですけど……師匠から聞いてませんか?」

 バスチャーさんが咳き込み、アキムさんの唇の端から酒が垂れる。バスチャーさんはさておき、アキムさんは師匠と直接やり取りがあったので、てっきり話が通っているものだと思っていた。

 まあ、貴族であると話してしまうより、普通の職人志望だとして扱われる方が、師事する者としては正しい。お陰で場が変な空気にはなってしまったが。

 気を取り直して先を進める。

「一応、クロゥレン家の次男坊ってのが俺の立場です。とはいえ、うちは姉兄が優秀ですし、俺も家を継ぐことは最初から放棄してますがね」

「クロゥレン家ったら、国内でも有数の武闘派だったよな? フェリスがねえ?」

「嗜みとして、多少は鍛えてますけどね。考えてもみてくださいよ、そんな武闘派一家で俺に何しろってんですか」

「何しろって、坊主も貴族なら戦えってことだろう。……似合わねえな」

 そんなことは自覚している。腕に自信がある訳でなし、好き好んで前に出るつもりもない。

 それなりに魔獣を狩りはしたが、食糧を得るか自衛以外で戦ったことはなかったはずだ。

「俺に戦う才能が無いってことは否定しません。ただ、元々俺はモノ作りがしたかった人間ですからね。そういう面からすれば、才能が無いってことにも意味はあった」

 俺が職人を志すことが出来たのは、家族の優しさによる面が大きいだろう。それでも、俺が姉兄に比べて劣っていたということは、決定的な要因であったに違いない。

 成立したばかりで敵が多い領だ、相手が人であるにせよ魔獣であるにせよ、立場を守るためにはどうしようもなく強さが必要だ。周囲の貴族と比較して俺が弱い訳ではないにせよ、領を引っ張るに足るだけの能力は持ち合わせていなかった。それなら、その強さを支えられるものを作ろう。

 モノを作ることは確かに好きだ。でも、職人を選んだ理由なんて、他に返せるものが無かったからだ。

 バスチャーさんは俺を見て、神妙な顔で唇を濡らす。

「まあ……お貴族様ってのは、俺らみたいな一般人とは違うものを抱えてるってことは解った。んで、これからはどうするんだ?」

「今は兄と家臣の二人が一緒なんですけど、七日くらいは彼らの手伝いをする予定です。そこからは……一か月くらい伯爵領で見識を広めて、また旅に出ようと思います。王領の南部に師匠の兄弟子がいるそうなので、そこを目指そうかと」

「そうかあ。何だったら、組合で短期の仕事でも紹介してやるよ。腕を鈍らせないことも必要だろ。アキムは下っ端向けの研ぎの仕事とか無いのか?」

「ん? まあうちの若手に任せてる仕事を一部回してもいいが……坊主の腕次第だろう。最近作ったものは何か持ってるか?」

 魔核は鋭さも含めてやろうと思えば魔力加工出来てしまうので、研ぎの腕を示せるようなものが無いな……。宿に帰れば魔核も砥石もあるので、この際新しく作った方が早い。

 戻ったら包丁でも作ってみるべきか。

「今はちょっと手持ちは無いですね……。魔核加工を始めた時からずっと鍛えてる鉈ならありますけど、それは趣旨から外れるでしょう?」

「それはそれで気になるから、少し見せてみな」

 言われるがまま、腰に下げていた鉈を渡す。相棒は今日も最高の品質を保っている。

 二人は刀身を色んな角度から眺め、一通り確かめると溜息をついた。

「無骨で、遊びの無い造りだな。研がずに魔力整形だけで刃を立ててるのか――手間暇かけてるだけあって、成り立ちが美しい」

 アキムさんは相棒を褒めながら、爪で軽く刀身を叩く。堅く澄んだ音が、歪みのないことを証明している。

「こりゃあいいなあ、よく切れそうだ。これで骨太なヤツの解体やってみたいなあ」

「骨ごとぶった切っても刃毀れしない程度には鍛えてますよ。解体用のでかい刃物が欲しいなら、三十万ベルで請け負います。出来上がりまで十日かかってもいいなら」

「払う!」

「俺も欲しいな。んで、自分好みに刃付けするわ」

「そこらはお任せで。……もう滞在期間中の仕事出来ましたね」

 一瞬間を置き、三人で顔を合わせ、笑う。

 別の職人に褒められるだけの仕事が出来ていることが、素直に嬉しかった。

 ああ、酒が美味い。

 今日はいい気分で酔えそうだ。

 今回はここまで。

 お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦う才能ない詐欺をしていらっしゃる……。 あれだけ動けてそれは色々失礼でしょうw
[気になる点] 一人称と三人称が混在していて誰がどのところかがわかりにくいです。
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