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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
中央騒乱編
79/222

三対一

 久し振りに走ったが、急いだだけの甲斐はあったようだ。ミルカ様が死にかけではあるものの、勝負が終わる寸前で場に混ざることが出来た。後はミケラが全力でかかれば、立て直すことも出来るだろう。

 しかし、よくもまあ保ったものだ。一対一ならまだしも、カルージャ含みで二対一は無理がある。無謀としか言えない。

 主が変わりないようで何よりだと思う反面、いい年なのにまだコレなのかと慄然とする。

 どうしようもなくクロゥレンの血筋を感じた。

 さて。

 雑事を考えるのはここまで。足に力を込め、景色を置き去りにしていく。相手もこちらを警戒したのか、とうとう殺意が向けられた。

 眉間へと一直線に向かって来る矢を、首を傾げて躱す。正確過ぎてむしろ避け易い。恐らくは、攻撃の配分をどうするかに気を取られている。

 ミケラには矢を落とされた。では俺はどう対処するかが気になるのだろう。

 カルージャにはこちらの力量が解らない。狩人はあくまで狩る者であって、挑む者ではない。だから距離がある内に、知らない相手のことは探りたいと思うのが道理。

 その悠長な発想が命取りだ。何気無い一撃でも、俺の場所からは出所が見えた。

 山の中腹、僅かに顔を覗かせている背の高い樹の一本。そこから矢は飛んで来た。俺が現場に辿り着く前に、相手は移動をするだろう。狙撃手は接近されることを好まない。

 だとすると、成すべきことは二つ。

 隠れる場所を減らす。相手の位置を暴く。

 まずは目標の山へと辿り着くため、『疾駆』を起動。余力は充分、後先など考えず走る。

「……ふっ! っと」

 杖で矢を打ち払いつつ、身を沈める。秒間四発を三人全員に振り分け、全て急所を狙う――尋常ならざる業の冴え。しかし、見切れないほどではない。土煙を巻き上げ、右へ左へと適当に身を傾けて的を散らす。

 ミルカ様を放置出来ないということが、俺を多少楽にしている。距離があるうちに誰かを仕留めるのが常道でも、この局面で一人に集中は出来まい。

 探りなど入れずに、最初から全力でこちらを殺しにかかるべきだったのだ。どうせブライは失敗した者を許しはしないのだし、なりふり構わず俺達を殺す以外に、カルージャが中央での生活を続ける術は無い。安全の確保を真っ先に考えるという当たり前が、俺達を却って自由にしている。

 ああ、そうこうしている内に、ミケラが陣地を構築し始めた。的は見えなくなっていき、どんどん目標が遠ざかっていく。石壁の隙間からは光弾が飛び、矢を落とすようになってきた。

 通常なら撤退の一手。とはいえ撤退するなら、自身の華々しい経歴を諦めるしかない。

 そろそろ焦れてくる頃か?

 遥か彼方にあった山の麓に、ついに到着する。ここまで来れば、樹々が邪魔で俺を狙いにくくなっているだろう。もう一押しをする為に、杖を馬鹿でかい棍棒へと変える。

 地術で地盤を緩め、樹々を薙ぎ払い、道を作る。邪魔なものを全て取り去ってしまえば、楽に走れるし相手の行動も封じられる。とにかく先程の場所を目指し、登山を続ける。

「つ、っと、拙いな」

 距離が縮まった所為か、矢の速度に対応しきれなくなってきた。視界が悪いことも相俟って、掠り傷が増えていく。いくら状況が有利になっても、相手が圧倒的な強者であることに変わりはない。このまま行けば射抜かれる。まあ、避けられないなら防ぐまでだ。こちらを抑え込もうとする斉射を、魔核を盾に変えて捌く。ついでに手足も甲で覆ってしまう。

 ここまでは想定通り。ミルカ様もある程度は立て直し、反撃の準備は整った。

 ――だからこそ、胸騒ぎが止まない。

 思考を寸断するように、矢が迫る。盾を斜めにしてそれを流し、射線の先へと進む道を調整する。

 恐らくは誘導されている。それでも俺は行くしかない。自分を鼓舞するべく、棍棒で矢を叩き落とす。

 そう、叩き落とせてしまう――この追い詰められた状況で、カルージャはまだ本手を見せていない。

「自己確認」


 ヴェゼル・バルバロイ

 武術強度:6978

 魔術強度:7324

 異能:『増幅』『顕微』『疾駆』

 称号:『クロゥレン子爵領領民』『魔核職人』『千変万化』


 見慣れた数値が立ち並ぶ。

 順位表に名前が載っているのなら、カルージャの武術強度は9000を超えている。八位なら9500までは行かないか? どうあれ、俺とカルージャとでは、武術強度で2000以上の差がある筈だ。武術も魔術も中途半端な俺が、当たり前の顔で攻撃を凌げる訳が無い。この場を引っ繰り返すための何かを、奴は絶対に隠し持っている。

 そして、それだけならまだ良いが、本手とは別に罠を張っている可能性もある。敢えて俺を引き込んでいる以上、近寄られてからの策はあるだろう。

 山で活動する一線級の本職相手に、単なる魔核職人が何処まで食らいつけるか。

「ふぅ……」

 一度ゆっくりと呼吸をし、棍棒を握り直す。そろそろ目視した場所に近づいている。いつの間にか矢の斉射は止まり、葉が風で擦れる微かな音しか聞こえない。

 ある程度距離が詰まった所為で、隠れてしまったのだろうか。超一級の隠身を看破出来るほどの強度は、こちらには無い。だが、人は隠れられても物資はそうもいかない筈だ。あれほど撃ち続けられるだけの量の矢が、必ずこの近くにはある。

 大きく息を吸い、加減無しで地面に魔力を浸透させた。魔術だけで樹々を薙ぎ倒し、視界を確保していく。遮蔽物が無い分狙われ放題だが、隠れる場所を奪うことがきっと何かに繋がってくれる。

 唾を飲み、慎重に歩みを進めていると、不意に一瞬だけ魔力が流れた。俺以外の魔力、ならばカルージャ。

 そちらに目を向けた途端、全く逆の方向から風切り音が響いた。

「――ぐッ!」

 左膝に矢が突き刺さり、姿勢と思考が乱れる。やはり気配を感じなかった。左後方、いや違う、むしろその誘導こそが罠!

 反射的に向けようとした首をどうにか止めれば、正面から一拍遅れて黒い影が宙を走る。盾で受け流そうとして、伸ばした腕が押し戻された。

「な、っあァ!?」

 重い。

 とんでもなく重い。

 受けた反動で体が後ろへと流されていく。堪えようとして左膝が痛み、足を滑らせる。

 拙い。

 咄嗟に地術で壁を作り、背中を支えた。半ばそれに埋まりつ体を止め、顔を上げればそこには真っ直ぐに立つカルージャの姿。そしてその長身は、まるで経過を飛ばしたかのように、矢を引き絞った姿へと変じる。

 世界がゆっくりと進行していく。

 土と葉を自身に塗したのか、相手は周囲の風景によく溶け込んでいた。顔には感情が出ていない。何処か醒めた表情のままで、こちらを見据えている。

 全ては射撃のために。気配を読み取られないよう、魔力も感情も挙動も抑え込んでいる。

 なるほど、強者だ。強者だが。

「んだその面ァ!」

 人を人とも思わぬその顔が気に入らない。だからタダでは死んでやらん!

 気合とともに『増幅』を起動する。魔力を解放し、指向性を持たせてカルージャへと流した。この状況で矢を放てば、ミルカ様なら乱れを感知して敵の位置を読み解くだろう。

 後は手に持った盾を全力で強化して、俺が前に突っ込むだけだ。

「お、らああああアァァ!」

 相手からの射撃と同時、足元から柱を打ち出して己を前に跳ばす。勘で突き出した盾が衝撃の塊に触れ、左腕が根本から千切れ飛んだ。痛みは感じない、凌いでやったという歓喜が身を動かす。

 残った右腕に握られた棍棒を振り下ろす。距離は未だ遥か遠く、カルージャは慌てず次の矢を番えようとして――その端正な顔を硬直させた。

 視野の端が明るい。

 気付けば、極大の光弾が迫っている。怪しい所を全て吹き飛ばそうとする、あまりに大雑把な一撃。カルージャの意識がそちらへ向いた。喰らえば間違いなく致命傷となる一撃、それを撃ち落とすべく、相手は矢を向け直す。

 殺意が俺から外れた。

 思わず笑みが漏れる。ここは射程距離だ。

 今こそ好機。棍棒を鎗へと変え、伸ばす。

 敵の眼球が動く――穂先を認識された。超一流の射手は視野が広い。

 一直線に進んだ穂先を外すように、カルージャが身を倒す。体を斜めにしながら放たれた矢は光弾を貫き、衝撃が宙を伝いそこら中を震わせた。

 立っていられない程の揺れ。しかしそれでも、魔力さえあれば鎗は動かせる。

 魔核を意志のままに操ることこそ、自在流の本質。

 外れた筈の穂先が、カルージャの心臓を目掛けて曲がる。体は倒れ、地は揺れて姿勢を制御出来ない状況の中、相手は腕を犠牲にして致命傷を免れようとする。その腕をすり抜けるように、俺は鎗をもう一度曲げ――

「……ぐ、がっ」

 声は思いのほか低く、小さなものだった。

 心臓は逸れたものの、背骨を貫く確かな手応えがあった。俺は鎗を更に進め、カルージャを地に縫い留める。相手は唇を戦慄かせ、表情を変えぬままこちらを見詰めていた。ここまで来れば、俺が死のうが死ぬまいが、勝敗は決しているだろう。

 反撃されても良い。何を言わんとしているのか興味が湧いた。

「何か言いたいことがあるのか」

 片腕を失い、膝も射抜かれた状態ではこちらもまともに立てない。地術で体を持ち上げ、滑るようにして相手の傍らへと近づく。這いずってどうにか口元へと耳を寄せた。

 呼気に紛れた呟きが聞こえる。

「……すばらしい、夢のような、時間、だった」

 そう告げてぎこちなく笑い、カルージャは動きを止めた。

 ……なんだ、あんな顔をしておいて、お前は楽しかったのか?

 俺は全身の強張りを緩める。

 三対一で追い詰められる訳だ。最高の一矢を射るため表情まで捨てるような奴が、完全に準備を整えて俺達を迎撃したのだ。被害がこの程度で済んだのは、むしろ僥倖だったのだろう。

 俺は残された腕を空へ伸ばし、光を放つ。段取りに従って、ミケラがこちらに向かって来るだろう。

 俺はそれまで死なずにいられるだろうか?

 とにかく本気で疲れた。それ以外考えられない。

 カルージャの亡骸と並んで、俺は溜息をついた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 膝に矢を(ry
[良い点] 師匠、片腕が……。 生き残れたのは嬉しいんですが、職人としてはどうなるか。 魔核職人ならまだ続けられる?
[一言] 超大物感のあるヴェゼル師匠の圧勝かと思ったけど、意外や援助あっての辛勝だった。フェリスなら確実に死んでたな〜。そんなに強いカルージャなのにザコキャラ、モブキャラになって可哀そう。結局この人も…
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