二対一
斬撃、射撃、射撃、斬撃。避けても受けても攻撃が止まらない。
強がってはみたが、正直追い込まれている。
カルージャについては予想していたが、それ以上にインファムが出来る。剣筋は稚拙とはいえ、異能を使い熟すという面では、国内でも随一と言って良いかもしれない。
「く、っと」
肩口を狙って振り下ろされた長剣を避ける。魔術師である私が捌ける程度の剣筋。しかし反撃に光弾を飛ばせば、宙を舞うようにして、インファムはそれを避ける。追撃を仕掛けようとすれば、射撃によって寸断される。
同じことを繰り返している。
やはり地に足がついていないということが、想定しない動きに繋がっている。予備動作も無く上下左右を自由に移動するため、狙いが大きくずれてしまう。
点の攻撃では駄目だ。網を広げなければ、この相手は捕まらない。しかし――面の攻撃で視界が狭まれば、射撃に対応出来なくなる。前方と上方に意識を割きながらも今凌げているのは、最低限の距離と視野が確保出来ているからだ。
とはいえ何処かで割り切らなければ、このまま削り殺されてしまう。
……どうする。手段を選ばず、全力で行くか?
周囲への被害を考慮しなければ、手は残されている。カルージャがいると思われるところに火を撃ち込み、山火事を起こすだけだ。ついでに風を送り込めば、さぞや盛大な一撃となるだろう。
魔力の残量は七割ほど。二割を切れば出来なくなる。
やれることがあるのに悩んでいる。自分が近隣住民のことを気に掛けるなんて、考えもしなかった。確かに私は思いの外甘いのかもしれない。
不覚にも、戦闘中だというのに笑ってしまった。
躊躇う要素があるのなら、本当に追い込まれるまでは対応を保留しよう。身を反らし、斬撃を避けながらそんなことを考えた。
「笑っていられるとは、なかなかに余裕だな」
「いえいえ、余裕なんて、とんでもない。この笑いは、戦闘とはあまり、関係無いですよ。っと」
絶えず体を動かしているので、言葉が途切れがちになる。風で矢の軌道を曲げ、同士討ちを狙えないかと期待したものの、勢いが強過ぎてあまり曲がってくれなかった。練度不足が嘆かわしい。
……しかしまあ、遥か向こうの山から、よくこうも正確な射撃を続けられるものだ。
「やはり余裕ではないか」
懐から丸薬を取り出し、インファムが噛み砕く。疲労回復か魔力回復か、恐らくはそんなところだろう。こちらと違って、備えがしっかりしている。そして、回復の隙を潰すように迫り来る矢の嵐。
待ち伏せをしている以上、勝ちの可能性はなるべく積み上げるのが当然だ。鬱陶しいというだけで敵陣に突っ込んだ私が悪い。
「チィ」
跳ねた石がこめかみを掠める。舌打ちしつつも、消耗覚悟で風を体に纏った。今は目に砂粒が入っただけで死ぬ。
どうにかしなければならない。
最大の問題となるのは、当然ながら射撃だ。急所へと的確な拍子で放たれる一撃が、こちらを守勢に回らせる。空中を自由に動くインファムと合わさった時、それは反撃の切っ掛けを奪い、こちらの手を封じていく。時間はかかるものの、堅実かつ確実だ。有利な点を少しずつでも増やしていかなければ、このまま圧し潰されてしまう。
打てる手段を考え、攻撃で邪魔され、苛立ちを募らせながらそれでも行く先を模索する。そうして、使える物が無いかと引っ繰り返した記憶の中に、僅かばかりの光明を見出す。
思い出した。
そうだ、何歳の時だったか、かつてフェリスは言った。私の攻めは大雑把で単調だ、と。生意気なことをと咎めれば、弟は一つ面白い技を実践して見せてくれた。
それは当たり前に起きる現象で、私自身もよく知ったものだった。ただ、わざわざ戦闘に活かそうなどとは考えるほどのものではなかった。
火術を使えるのなら、誰にでも使えるであろう技。
巧く行く保証は無いし、実行するには溜めが必要だが――息を止めて覚悟を決める。
今回重要なのは距離。なるべく遠くに、範囲を広めに取る必要がある。
首筋に向けられた斬撃を身を捩って避け、そこに飛んできた二本の矢を迎え撃たずに敢えて踏み込む。
無傷で済ませようと思うな。射撃を落とそうとすれば、それだけ無駄な手数を使う。
「づぅっ」
左腕と脇腹の肉を削ぎ飛ばされながら、どうにか死を免れる。練り上げた魔力で火球を幾つか生み出し、空へと撃ち放った。
カルージャの潜む山にはまるで届かないその攻撃は平地へと落ち、空気を焦がす。
「緩んだな」
インファムの追撃が迫る。流石に体術では間に合わず、風術で吹き飛ばすようにして距離を取る。それに合わせるような一矢が私の頭へと飛び――僅かに逸れて過ぎ去って行った。
賭けには勝ったらしい。流石はフェリス、小技が効いている。
外れる筈の無い射撃が外れたことに対し、インファムは驚愕の声を上げた。
「貴様、何をした!?」
「ははは、見ての通りではありませんか!」
遥か先の平野が焼け、背の低い炎が疎らに吹き上げている。熱が空気を揺らがせ、彼方の景色が歪んでいる。
その正体は陽炎。
標的を目視で正確に捉えられなくなった時、どうなるかが気になっていた。答えはこれだ。対象との距離が離れれば離れるほど、僅かなズレでも大きな誤差を生む。熱気が邪魔で、風を読むことすら出来まい。
追撃の精度が落ちれば、反撃の余裕も出来る。
「そこっ!」
「小癪な!」
撃ち出した光弾を長剣で弾いた所為で、インファムの姿勢が乱れた。
落ち着け、逸るな。
反射的に単発で撃ってしまったが、面でなければ決め手に欠ける。光弾を分割し、攻撃を散弾に変える。
……傷を塞いでいる暇は無い、か。ならば代わりに『演算』を起動。負荷が上がるのは承知の上で、相手の攻撃の軌道を読む。
全身に巡る魔力を感じたか、インファムが息を飲んだ。
「……世界八位、か。恐ろしいものだ」
言いつつ、今度は地面を滑るようにして平行にこちらへと飛ぶ。散弾で応じるも、相手は急制動を利用して直角に跳ね上がり、綺麗にそれを回避した。
同時、目の端に矢が映る――大丈夫、これは当たらない。動かずに止まっていると、死が顎の下を抜けて飛び去って行った。この状況下でも、射撃はそれなりに危ないところを通るようだ。
出来ることなら、カルージャとは人混じりせずに腕を競い合いたかった。
「私も驚いていますよ。貴方の強度がそれほど高くないことは知っていました。数値に縛られない強さを磨き続けることは、報われないこととの闘いだったでしょうに」
外部に解りやすく強さを示すことが出来ない。そのことも、インファムを武に駆り立てる理由だったのかもしれない。
考えてみれば、元々の家柄もあったにせよ、斥候としての活動を評価されて侯爵へと陞爵するというのはおかしな話だ。ある程度の立場がある貴族であれば、普通は指揮官としての立場に就けられる。それが最前線の一般兵と同様の職務をこなしていたというのなら、政争上で余程の何かを抱えていたということだ。
その全てを跳ね退け、栄光を手にする切っ掛けともなったのが戦争であるのなら、再び自分の居場所を求めるのは道理だろう。
インファムは誇らしげな笑みを浮かべ、長剣を構え直す。
「敵とは言え、強者に評価されることは喜ばしいな」
「敵でも味方でも、強い人は強い。それだけです」
数値に現れない強さを持つ者、インファムはそういった者達の極北と言って良い。しかし幸いなことながら、私はフェリスで耐性が出来ている。
敵の脅威を再設定する。
雑談の中飛来する矢を見切りながら、インファムを仕留める手筋に思いを巡らせる。カルージャも、いずれは射撃の誤差を解決するだろう。出血のことも含め、時間はあまり残されていない。
まずは散弾を放ち、相手を垂直に動かす。追撃の前を阻む矢が向かって来る、これは急所ではないが当たる――ほら、もう補正されてきた。後ろへ一歩下がり、覚悟を決めてインファムへと炎を浴びせる。
「ぐうおおおおお!」
視界の三割ほどが自分の攻撃で埋まる。それでも、相手が上にいるだけマシだ。そして耐火服があっても、呼吸を止めることは出来まい。
指先から火を噴きながら、走り出す。
的を散らせ、体力を考えるな、出し惜しめば機を失う。
首の後ろを矢が走り、髪の毛を数本毟り取る。二の矢が左の太腿を掠め、肉が抉られる。避けているのではなく、もしかしたら嬲られているだけなのかもしれない。
それでも良い、どうでも良い、私は今生きて戦っている!
「あああああ!」
踏み出すたびに血が噴き出る。炎の先で、インファムの気配が蠢いている。敵の気配を消し飛ばすよう、指先に込めた魔力を強めていく。
「が、ああッ!」
赤く染まった視界の中から、全身を黒く焦がし、眼球の破裂したインファムが飛び出して来る。振るわれた長剣は見当違いの場所を通り抜け、そのまま泳ぐように体が私の横を流れた。
ここだ。
魔術を切り替え、風弾を鳩尾へと直接捻じ込む。胴体の骨を圧し折る確かな感触、手応えは充分。猛烈な勢いで回転しながら、インファムの体が彼方へと吹き飛ばされていく。
「まず一人……ッ!?」
快哉を上げた瞬間、衝撃で足が縺れる。インファムへの攻撃のため、伸ばしていた右腕に矢が垂直に刺さっていた。
角度からして今まで使っていた平行射撃ではなく、山なりの軌道を利用した、視界外からの曲射。反射的に矢を断ち切り、引き抜く。横へ飛ぶと、立っていた場所へと矢が突き立った。
なるほど、インファムを巻き込まないように、一部の攻撃を控えていたと。上からの射撃は全く意識していなかった。
痛すぎるからなのか、不思議なほどに痛みを感じない。ただ全身に痺れが広がっていく。
……いや、これは麻痺毒か?
少しだけ、頭に靄がかかり始める。術式を練り上げ、風壁を張りながら止血と解毒に魔力を回す。間に合うか。
矢が飛ぶ。前に出て避ける。上から降り注いだ矢の一本が、爪先の横に刺さった。風壁がぎりぎりで私の命を繋いでいる。
「……はは、参った。これはしんどい」
無傷の同格相手に、これ以上続けられるだろうか。普通に考えれば撤退だ。しかしそれが許される相手とは思えない。
やるしかないか。
どれだけの人間を巻き込むか解らないが、もうこの一帯の山全てを焼き尽くしてしまおう。まあそれも、矢を避けながら魔力を練り上げられれば、だが。
一つ呼吸をし、まともに上がらない腕の血で喉を潤す。膝を曲げ、全力で目標を定めたところで――視野のぎりぎり端を、男が猛烈な勢いで駆けて行った。思わず集中力が切れた瞬間、矢が飛来する。
あ、これは死んだ――
息を飲む。しかし、矢は真横から現れた石礫によって撃ち落とされ、私は困惑する。
「劇の英雄になった気分ですね」
私に語り掛ける、よく知った顔。頭から薬を浴びせられ、傷口が粟立つ。
我知らず歓喜の声が漏れた。
「……ミケラ! ミケラ・バルバロイ!」
ということは、さっきの男はヴェゼル師か!
「さあ、今の内に回復してください。私も盾くらいにはなります」
地術で塹壕を作りながら、彼女は頼もしい笑顔を見せた。崩れかけた膝をどうにか立て直し、私は姿勢を正す。現金なものだ、先程より、気力が漲っている。
「ありがとう、甘えさせてもらう。ここからは三対一ね」
「ええ、やっちゃいましょう」
この面子ならやれる。今度こそ、こちらの番だ。
今回はここまで。
ご覧いただきありがとうございました。