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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
中央騒乱編
76/222

戦闘準備

 血が煮えている。握り締めた拳が白く染まる。

 何時間経っても、ジグラが戻らない。

 単に、追跡に時間がかかっているだけのことなのかもしれない。しかし、アレは任務に忠実な男だ。相手を見失ったのだとしたら、基本に従って一度拠点に戻り、増援を求めるだろう。警笛を使って人を集めることだって出来る。

 にも関わらず帰って来ないということは、つまりそういうことなのだ。

 私は近衛や一般兵に指示を出す王子を横目に、詰所内の隊長室に入る。そうして壁の窪みを殴りつけ、隠し金庫を開けた。中には歴代の猛者達の私物――種々の武器の最上級品が立ち並んでいる。

 目当ての物を見つけ、すぐさま壁から取り外す。総ウェイゼル鉱の柄に、龍の牙を組み合わせた長鎗。久しく扱っていないにも関わらず、やけにそれは手に馴染んだ。一度首元で回すと、壁のすれすれを掠めるようにして、容易く鎗は意識に従う。

 そのまま担いで部屋を出る。奇妙なものを目にしたとばかりに、王子や部下達がこちらを見詰めていた。

「……ファラ、長剣が無いなら用意させる。適当な物で済ませようとするな」

「不要です。長剣など、義理で使っていたに過ぎません」

 王国兵であるという立場が、兵士として金を稼ぐのだという自負が、長剣という縛りを生んだ。あまり困らなかったので、そのまま長剣を使っていた。しかし真に剣士であるジィト等とは違い、私は称号に『剣聖』を持っている訳でもない。

 目を閉じ、立場を捨て、称号を変える。


 ファラ・クレアス

 武術強度:10320

 魔術強度:4231

 異能:『瞬身』『鉄心』『慧眼』

 称号:『鎗聖』『武人』『空貫』


 私は所詮個人だ。

 国に身を捧げることは、どうしても出来なかった。何処まで行っても、我執を捨てられない。難しいことを考えられない。

 もっと単純で、愚かだった頃の自分に立ち戻る。感覚に己を委ね、全てをあるべき形へ。

 あれこれと難しく考えることを止めた瞬間、今まで頭の中にかかっていた靄が晴れていくように感じた。精神的には平坦であるのに、不思議な爽快感と高揚感に包まれている。

 本能のままに周囲を睥睨し、一般兵の男に目を止めた。

「そこの。名前は」

「はっ、……私ですか? ザック・コスタと申します」

「なるほど。ザック、お前はブライ王子の配下だな?」

 根拠が何なのかは解らないが、『慧眼』がそう訴えている。言語化は出来ないものの、何かそういう要素がザックにはあるのだろう。いきなりの質問だったからか、核心を突いていたらか、彼は返答出来ずにしどろもどろになっていた。

 周囲の視線が一斉に彼を向く。

「な、何を言うのです。いや、そりゃあ、王族の方々の配下という意味ではそうですが」

「ああ、良いんだ、そんな話をしたい訳じゃない。ブライ王子の所在を知っているか、それが訊きたいのだ」

 鎗の穂先を相手の首筋に沿えて、問う。知っているなら楽で良いのだが、知らない可能性の方が高いとも思っている。やがてザックは状況に耐え切れなくなったのか、穂先へと自分の首を差し伸べて来た。

 ふむ、自害を選ぶか、よく躾けられている。

 鎗を引き、鳩尾に爪先を捻じ込む。反吐と共に相手が宙を舞う内に、石突で四肢を砕いた。

 蹴りは余計だったか? 少し気が立っているかもしれない。

「尋問はお任せします」

「……出るのか?」

「はい。やるべきことが定まりました。ミルカ様は自分で自分を守ることが出来るでしょう。兵達もやがてここに集まります。ならば、私が狙うべきはラ・レイです」

「先程のような者がいないとも限らんが」

 苦笑混じりにダライ王子は言う。それはそうだろう、むしろいる筈だ。だが、ダライ王子が無事でなければミルカ様の立場を保証出来ないのかと言えば、そうとも限らない。今更そのことに気付いた。

 私は笑って返す。

「部下への判断はご自身でどうぞ。貴方がミルカ様の無罪を民衆に証明出来ないのであれば、ブライ王子を殺して、私がクロゥレン家の居場所を作るだけです。それくらいでなくては贖罪にならない」

 我侭を通すだけの力は、この手の中にある。

 ダライ王子は僅かに考え込むと、やがて部下に指示を出した。その部下が部屋から何かの袋を持ち出し、私へと手渡す。

「これは?」

「退職金の一部だ。……新しい情報が入って来ることもある。必要なら戻って来い」

「ええ、必要ならそうしましょう」

 相手に背を向けて、廊下へと飛び出す。鎗を握る指先が妙に熱い。頭はそれでも冷えている。

 考えることは一つだけ。

 私は主を失った。

 私は友を失った。

 ――この借りは絶対に返す。絶対にだ。


 /


 自分の異能の拡大解釈――『集中』を全力で使用し、精神の乱れを強引に抑える。

 怒るでもなく、嘆くでもなく、成すべきことを成すために。

 数秒で自分を立て直し、呼吸を整えた。俺はラ・レイ師を殺す以外に、ジグラ殿に報いる術を持たない。ならばこそ、彼の亡骸から得られる示唆を無駄にする訳にはいかない。

 あの明るい部屋の記憶が、母の手腕が、俺に取るべき手段を教えてくれる。

 小さな光源を幾つも浮かべ、可能な限り影を消す。外観をざっと確認した限りにおいては、まず目につくのは損傷の激しい甲冑だろう。全身をくまなく撃たれたらしく、見るからに頑丈な甲冑のそこかしこが割られている。鉈の峰で欠片を叩いても大きな変化が見られなかった辺り、一撃の威力はかなり高い。

 もう一点、ジグラ殿は体の前方だけでなく、全身をくまなく撃たれている。高位の武術師が背後を容易く取られる筈も無いので、何かしらの手段をラ・レイ師は持っているということになる。

 まあ、地術を使ったのであれば想像はつく。俺もファラ師にやったことだ、分体を使って攪乱すれば、相手は勝手にこちらへ背を向ける。後一つありそうなのは、現場に魔力を巡らせて、自分の領域を作ってしまうこと。そうすれば、領域内の土地は触れずとも操作対象になる。背後からの攻撃だって苦にはならない。

 陽術であれば、光の反射を利用して自分の幻を作る、なんてことも出来るだろう。……いや、この世界の人間だと、光の特性をそこまで理解していないか? 俺は前の世界の知識があるからそう考えるだけで、他人もそういう手段を取るとは限らない。こちらについては保留だな。いざとなれば、陰術で光を遮るだけで対処は足りる。

 さて、他に何があるか。甲冑を剥がし、水で血を流しながら体に直接触れる。

「……ん?」

 足首に深い裂傷が見られる。魔術師との戦闘で足を負傷することは、致命傷を受けることと同義だ。ジグラ殿の敗因はこれだろう。地術を使う相手を前に、下方の攻めへの警戒を怠ってしまったのか。

 いや、ラ・レイ師がそれだけ巧みだったと見るべきなのだろうな。足元への攻撃は避けにくいものの一つだ、受け続けることは現実的ではない。そうして、対応出来なかったから負けた。

 武人の格として、ジグラ殿はラ・レイ師に及ぶものではなかった。単純にそういう話でしかない。

 そう考えた一瞬、『集中』が途切れた。

 呼吸を止める。

 目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 調べろ。調べるんだ。

 足には裂傷があるものの、下半身全体はそこまでの損害を受けていない。触れた感じ打撲はあっても骨折は無いため、やはり下段への警戒はしていたと見るべきだ。

 では、致命傷となったのは何だ?

 腕はそれなりに切り傷や擦り傷が見られるものの、こちらも打撲が主だ。これは槌による受けを損なったものだろう。不自然なことではない。頭部。腕と似たようなものだ。飛び散った破片で切ったと思われる傷が散見される。

 嬲り殺しにした? いや、追われている人間にそんな暇は無い。

 考えろ。

 ……遺体の周りは血塗れだった。水路が破壊されていないのだから、現場はここではなく、恐らくこの上の土地。犯行が露見しないよう、地面に穴を開けて落とした。多分この考えは合っている。

 解らない。血を洗い流しながら、見えない答えを探る。

 傷はある。無数にある。しかし、そこまで大きな損傷の無いこの体の、何処に決定打があるのか。遺体に魔力を巡らせ、末端から中心まで調査範囲を広げていく。腹部への岩弾による打撃も考えたが、それにしたって内臓も無事だ。

 ならば見た通り、失血死が理由。だが何度考えても、大量出血をするような傷口は無い筈なのに、

「ッ、ってぇ……あ?」

 遺体に触れていると、指先に棘のような、小さな欠片が刺さった。それは地術での攻撃方法からしても、おかしなことではない。奇妙なのは、常ならばすぐにでも消えるような傷から、血が溢れ続けていることだ。

 意識せずとも『健康』はある程度の効力を発揮する。なのにその効力を貫いて、俺に出血を強いる棘?

 目を凝らさなければ解らないような微細な棘に魔力を流し込み、構造を解析する。

「は、ははっ。なるほどなるほど」

 そう来たか。なるほどこれは、恐ろしい。

 円筒を斜めに切断したような形――地術で作った注射針。砕けた岩弾を装っているが、これこそがラ・レイ師の攻撃の最小単位だ。一般的な魔術師が攻撃の規模を大きくしていくのに反し、彼女はより小さく、密度を高めることにその精力を費やした。

 一つ一つは大したことはない。何せ傷そのものが小さいのだから、致命傷にはなり得ない。ただし、そこに卓越した陽術の使い手がいればどうだろう? 体の機能を向上させることを基本とする陽術で、心肺機能を強化されでもしたら?

 ラ・レイ師は自力でこの発想に至ったのだろうか。いや、誰かの入れ知恵だったとしても、実行に至ったのは彼女だ。どうあれ並の力量で現実化する技ではない。最先端をひた走る者は、やはり決定的な何かが壊れている。

 だが。

 現場を隠蔽しようとして、流れ落ちた血ごと遺体を捨てたことは失敗だった。手口が知れれば、対策も浮かぶ。ジグラ殿のお陰で、俺でも格上相手に立ち向かえるだけの材料は出来た。

 彼の死は無駄ではなかった。確かな手応えに、身が引き締まる。

 立ち上がって、支度に取り掛かる。

 ジグラ殿の遺体を水で洗い清め、割れた甲冑を地術で繋げる。それから、氷と影でその身を覆った。こうしていれば、傍から見ても中身が何なのかは解るまい。そうして保存した遺体を急拵えの台車に載せ、外へと向かう。

 ……まだジグラ殿を弔うことは出来ない。

 この偉大な男を弔うためには、ラ・レイ師を討つことが必要だ。そのためには、僅かな消耗も許されない。

 調査のために使った魔力を回復するため、拠点へ戻ることとした。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファラ、、、キレた。 ついに放たれたバーサーカー、どうなることやら。 次回も楽しみです。
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