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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
中央騒乱編
75/223

一つの決着

 一度引き剥がしてしまえば、追いつかれることは無いと思っていたが……なかなかどうして執念深い。ジグラはワタシよりも城下の地理に明るく、人が隠れそうな場所をよく解っている。

 路地裏から出た瞬間、汗だくの大男と出くわしたのは流石に驚きで声が出た。

 後ろに跳び退き、慌てて石壁を張る。それを目晦ましにして、懸命に道を逆走した。生成したばかりの壁が砕け、甲冑が耳障りな音を立てながら背後から迫って来る。

 王族同士の争いを民衆に露呈させるには、まだ時期が悪い。だからこちらは規模の大きな破壊活動に出られない。それが状況を拮抗させている。

 ジグラを弱いとは言わないまでも、制限無しならもう仕留めていると言うのに。

「……鬱陶しいな」

 こうして追いかけて来るということは、こちらと敵対する覚悟でいるということだ。やがてはジグラを従わせるための人質も、結局は機能していない。

 使えないものに拘る理由も無いだろう。

 記憶を頼りに、開けた場所へ向かう。ジグラを引き付けながら走り続けていると、やがて目的地へと辿り着いた。

 足を止め、相手と向き合う。

「逃げ回るのは止めたのか」

「ええ、もう良いかと思って。折角人質を取ったのだから、きっと何かの役に立つって期待したのだけど……そんなこともないみたいだし」

 ジグラが槌を上段に掲げる。力強く、威圧的な構えだ。ワタシは魔力を練り上げ、体の力を抜く。

「アナタも含めて、もう良いわ」

 閃光を放ち、土人形を前に出す。振り下ろされた槌が、そのうちの一体を容易く破壊した。その破片に魔力を通し、石の針にしてジグラを狙う。

「チィッ」

 高速で動き回る槌が針の大半を打ち落とす。九割方無効、それでも多少は相手に刺さっている。

 やはり副隊長格ともなれば、ワタシでは及びもつかない武術強度を持っている。接近戦に活路は無い。相手だってそう思っている。

 ならばこそ前に出る。

 土煙を巻き起こし、人形の群れに自分も混ざる。自分のすぐ隣の人形が胴体を吹き飛ばされた時、知らず笑っている自分に気付いた。横薙ぎを屈んで避け、地に触れ、直接魔力を流し込む。突如として足首から下を石で覆われ、ジグラの動きがぎこちなく止まる。

 それだけでは済まさない。

「ぐ、ぬうッ!」

 足枷に棘を追加。そのまま両足を千切ろうとしたところで、ジグラが枷を砕いた。普通に立っている以上、骨に影響は無いのだろう。

 だが、機動力は奪った。たった一度の賭けで、距離を制圧出来るなら悪くはない。

 ここから先は作業だ。

 拳大の岩弾を飛ばしながら、一度後退する。ジグラはそれをいなしながら、こちらへ近づこうと挑み続ける。ワタシはそれを眺めながら地面に魔力を流し込み、自分の領域を広げていく。

 余裕が出て来たからか、ふと疑問が湧いた。

「そう言えば、少し気になったのだけれど……アナタ、姪は大事じゃなかったの? 調べた限りだと、身内は姪しかいなかったじゃない」

 そして、調査内容を見る限り、ジグラは姪に対して充分な愛情を注いでいるように見えた。

 ワタシなら、大事なもののためなら全てを擲っても良い。今だってそうしているし、そうすべきだと思う。国のために姪を切り離したのだとしたら、そんなものと引き換えにするのは馬鹿げている。

 どうしてもブライ様に従えないのだとしても、一旦は服従して、姪を取り戻す機会を窺うくらいはしても良さそうなものだ。なのにジグラはそういったことをせず、真っ先にダライへ自身の現状を報告した。

 姪にそこまで拘りが無かったのなら話は解る。そうでないなら筋が通らない。

 彼の愛情とは。

「……フン、貴様などには理解出来まいよ」

 侮るような、自嘲するような笑みを浮かべ、ジグラはこちらを睨み付けた。理解出来ないから訊いているのだが、何を言っているのだろうか?

 どうにもこちらの想定と噛み合わない男だ。

「……まあ、興味本位で訊いてるだけだから、答えなくても良いわ。いずれにせよ、もう準備は整った」

 魔力の充填が終わり、この空き地一帯がワタシの領域に変わった。

 仕上げと行こう。 


 /


 城下を探れと言われたものの、当ても無く走り回ったところで結果が出る訳もない。では相手の狙いを考える必要がある。

 拙い中央の知識を、頭の片隅から引っ張り出す。

 まず、ラ・レイ師がミル姉を騙る可能性は低い。扱う属性も違うし、城の役職持ちなので、顔がそこそこ知られている。あの人がやっても無駄に目立つだけだろう。だから事を起こすとしたら、それ以外の、一般に顔が知られていない人間だ。相手を過剰に恐れずとも良い反面、誰だって怪しいということになる。

 人が解らなければ、場所であればどうか。

 恐らく、これはある程度絞り込める。辺境貴族とはいえ、ミル姉は国内有数の魔術師だ。中央への出入りが無い訳ではないのだから、顔を知っている人間が何処にいてもおかしくはない。であれば、あまり人通りが多い場所は選べない筈だ。それでいて、何か騒ぎが起きれば解るような、そんな場所でないと意味が無い。

 ……商店街や市場の裏とか、その辺りだろうか? 地図を思い出す限りでは、細い路地が何本かあった。基本的に客は表側にしか用が無いため近寄らず、かつ、火災が起きればすぐに解る。店の人間だって営業中に裏口にはあまり行かないだろうし、物陰に隠れてしまえば人の目に晒されることも少ない。有り得そうだ。取り敢えずそこを第一候補として、後は……幾つかある物見台と尖塔もか。関係者以外立ち入り禁止で、何かあれば目立つのはこちらも同じ。

 ラ・レイ師については見つけるだけなら簡単な気はする。全力で探知を発動させれば、いずれ反応が出るだろう。ただし上位の魔術師相手に探知をすれば、絶対に気付かれる。やるなら相手の所在を把握出来て、かつこちらを侮るような絶妙な加減で探知を使わなければ、逆に殺されて終わりだ。あの人を相手にするなら奇襲しか手は無い。

 しかしどうするか。

 どうにも気が進まないというか、端的に言ってやりたくない。

 ミル姉が現れていない以上、騙りもまた現れることは無い。となればやはり、ラ・レイ師の方から対処することになる……格上相手に命を懸けて。

 俺は噂でしかラ・レイ師の戦い方を知らない。ミル姉のように手札を把握している相手ではない。地術と陽術の使い手であり、光による目晦ましと岩塊の射出による攻撃を主とする、という程度だ。戦術としてはあまりにも単純で当たり前過ぎる。

 思うに、強度の順位表に名前が挙がるような連中は、絶対に何かしらの秘技を持っている。それはミル姉もそうだし、ジィト兄もそうだ。ファラ師だって例外ではないだろう。ただ、多くの人間がそれを目の当たりにするまでもなく、敗れているだけのことだ。

 迂闊には動けない、一手仕損じれば命を落とす。かといって動かない訳にもいかない。俺が死ぬだけならまだしも、師匠やミケラさんにもそれは影響する。

 どうするか。

 暫く悩み、取り敢えず装備を整えることとした。ひとまず外に出て、候補となる場所を実際に回ってみるべきだ。何かに遭遇したら、その時はその時で対処するしかあるまい。全てに完璧を求めていたら、この部屋すら出られない。

 扉を開ければ、外は良く晴れていた。陰術で自分を覆い、顔の影を濃くする。違和感無く、かつ表情を見られないよう細工をして歩き出す。ここから最寄りは西の物見台か。頭の中に地図を叩き込んでおいたのは正解だった。

 歩き続けて体が温まりだした頃、物見台がようやく見え始める。

「うん……?」

 一瞬で、ここではないと感じた。

 周囲の建物より背が高い分、すぐに周囲の目につくようにはなっている。それに、塗装はされているものの、木造である分よく燃えそうでもある。しかし、物見台は四方を兵士で囲まれており、かなり厳重な体制となっていた。あそこで騒ぎを起こしても、すぐさま警備がやって来るだろう。内部の人間なら実行出来るとして……やはり無いな。

 物見台は外敵を警戒するためにある。有事でもないのに貴族が出入りする理由が無い。

 一応全ての場所は現地確認するとしても、他の物見台も可能性はかなり低そうだ。

 怪しまれない程度の距離から人の出入りを探り、次へと向かうことにした。内部構造は解っているし、もう充分だ。

 次は尖塔へ。尖塔は地方貴族の宿泊施設となっているため、それなりに人の出入りがある。こちらであればミル姉がいること自体の言い訳は出来るが……ここも無さそうだ。他家の貴族ならミル姉の出入りが無いことくらい解るだろうし、巻き込んだ時の危険性が高過ぎる。ブライの子飼いだって尖塔は利用するだろうから、事が露呈した際に自分の土台を失うことになる。

 ……まあそうか、そうだよな。巻き込むのなら民間人だろう。万が一を避けるなら、普通はそうする。

 当たり前の結論に達し、半ば諦めるようにして市場へと足を向ける。また特区のように長丁場になる可能性もあるし、ついでに食材でも買い込んでおくべきか。師匠達の分も含め、ある程度日持ちのする物があれば良いだろう。

 いかにも騒ぎが起きそうな裏路地を何本か確認しつつ、ふらふらと散歩を装う。やはり中央は活気に溢れている。市場に近づくにつれ、人々の数は増えていった。

 そうして間もなく市場に辿り着くという辺りで、何かが違和感を訴えた。足を止め、改めて周囲を眺める。神経を尖らせ気配を探れば、格子の嵌った水路が目に映る。

 師匠はラ・レイ師が逃げ回っていると言った。逃げ回るということは、人目を忍んでいるということ。

 唾液を飲み込む。いきなり当たりを引くだけのツキが俺にあるか? チンケな犯罪者が隠れているだけの可能性だってある。踏み込むことは恐ろしい、が、ここで相手を逃がす方がもっと恐ろしい。

 悟られることを懸念するなら、まだ魔術は使うべきではないな。幸い、ここはまだ水が臭わない。水の中に飛び込んで、鉈で格子の一部を切った。何事も無ければ戻って来てくっつけよう。

 隙間から入り込んでみると、中には工事等に使われているらしい足場がちゃんとあった。延々と泳ぐのは避けたかったので、ありがたい。

 細い道を、息を殺して進む。明かりもつけられないため、かなり慎重になる。

 歩き続けてだいぶ時間が経った頃、不意に、甲高い金属音が鳴った。心臓が跳ね、汗が噴き出す。

 待て、落ち着け。

 それきり音は聞こえない。印象として、重い物を落としたような感じだった。覚悟を決め、直線上を探知する。

「……ッ!」

 反応は一人の人間だった。それも、かなり大きい。

 足に力を込め、現場へと走り出す。他に反応は何も無い。接敵を恐れず、光を浮かべて視界を確保した。

 血の臭いが鼻先を掠める。

 そうして走り続けた先――血溜まりの中に、倒れ伏す見知った姿があった。周辺には砕けた甲冑の欠片が飛び散っている。先程の音は、これが地面に落ちた音か。

「ジグラ殿!」

 呼びかけへの応答は無い。治療を施そうとし、体を抱き起したところで俺は動きを止めた。ジグラ殿の手から槌が滑り、水路へと落ちていく。見開かれた目は濁り、何も映していなかった。

「ああ、ジグラ殿……」

 もう、死んでいる。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] フェリスくん悠長にしてるからー
[一言] ジグラ殿……。 間に合わなかったかぁ。 今はただ冥福を。
[一言] ジグラ、無念、、、。ファラ師、キレるなぁ、、、。 結構簡単に近衛副隊長が殺される世界なのですね。 この世界構成は、ある程度の王族貴族の法治国家、中世ヨーロッパの大航海時代辺りかなぁ〜と思って…
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