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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
7/212

料理人


 伯爵領までの道中は、穏やかなものだった。

 盗賊や魔獣に襲われることもなく、天気が崩れることもなく、ちょっとした休暇のような気分を味わえた。

 これがジィト様との二人旅であれば、もう少し気が重いものになっていただろう。当初は一人で全てをまとめなければならないと思っていたため、フェリス様が同行してくれたことは幸いだった。

 フェリス様の外交手腕は知らないが、ジィト様よりは他人の機微を感じ取ってくれる方なので、そこまで無茶なことにはならないはずだ。

 ジィト様は実戦では非常に頼りになる方なので、フェリス様が他の面を補佐をしてくれる形になれば個人的には嬉しかったのだが、現実とは無情なものだ。

「また難しいことを考えてるな?」

 黙り込んでいると、フェリス様が俺の顔を覗き込んでくる。

「いえ、大したことではありませんよ。ただ……俺のような人間が、貴族様との交渉の場に立つことになるとはな、と思いましてね」

「お前かミル姉じゃなきゃ誰が立つんだよ」

「そりゃあジィト兄だろうよ、本来は……」

 人の心を解さない訳ではないのに、何故交渉事になると面倒になって手を引いてしまうのか。外敵から身を守る必要があって、武官の育成に力を入れたことは理解しているが、クロゥレン家は文官をもう少し育てるべきではないかと思う。

 いや、文官の長にこそ、フェリス様が収まれば良かったのに。

「まあ今更ジィト兄にその辺を期待はしないけど、取り敢えず大人しくはしておいてくれよ。なんであれば現場の人らとメシでも食っててもらえれば、後は俺らで何とかするから」

「おう、そういうのは得意だぞ」

 責任者だと言うのに、こうも信用が無いのも珍しい。

 そうして軽い打ち合わせを続けていると、丘の向こうに囲いが見えてきた。伯爵領の防壁の一つだ。演習地の近くだが、魔獣の気配は今のところ感じられない。

「ここまで来たらもうすぐですね。日暮れ前には入れそうだ」

 二日後にはあちらの領主やそのご子息と対談するかと思うと、手に変な汗が滲んでくる。手を拭っていると、フェリス様が苦笑しながら俺の肩を叩く。

「気楽に行こう。駄目だった時はミル姉がなんとかするから」

 そういう精神性は羨ましい。俺は唾を飲み込んで、獣車を更に先へと進めた。


 /


 やって来ました、ミズガル伯爵領。

 柵の前に陣取っている番兵たちが、俺たちに気付いて走り寄ってくる。

「おーい、審査があるから、そこで止まってくれ!」

 言われた通りに獣車を止め、外へ降りる。彼らも仕事だろうし、俺達も貴族というにはあまりにらしくないので構わないのだが、あの口調で今まで問題無かったのだろうか。

 まあ、礼儀に煩い貴族がこの入り口を利用しないことを祈ろう。

「すまんが獣車の中を検めるぞ。三人か、代表者は?」

「俺だ」

 ジィト兄が手を挙げ、笑って応える。……この男、家紋付きの装備はどうした。

 状況を面白がっているのか、それとも素で忘れているのか判断がつかない。相手は絶対に、俺達のことを隣からやって来た一般人だと思っている。

 俺は慌てて懐から家紋入りの短剣を取り出した。

「ああ、済みません。俺達は一応こういう者なんですが」

 短剣を見せると、番兵達の動きが止まる。いや、君らが最初に誰何をすればこんな問題は起きなかっただろうが、うちの長男がこんなんで何だか申し訳無い。

 相手が固まってしまったので、俺は苦笑いで獣車の荷台を開け、中を指差す。

「検めるならどうぞ」

「大変申し訳ございません、決まりですので……」

「いえいえ、お疲れ様です」

 番兵達はすっかり縮こまってしまい、ちゃんと荷台を確認したのかも怪しいままに、入領審査が終わった。

「因みに、今回はどういった用件か伺っても?」

「ミズガル様と二日後にお会いすることになっています。それまでは領内の『沈花楼』という宿屋におりますので、何かありましたらそちらに」

「畏まりました。この度は大変失礼をいたしました」

「お気になさらず」

 ということで、領内へ入ることに成功した。多分、貴族としては下手に出過ぎなのだろうが、波風が立たなければ俺はそれで良い。

 大きく伸びをして、俺は二人に向き直る。

「どうする? 取り敢えず宿に行く?」

「そうですな。ああ、なんでしたら、フェリス様は組合に向かわれても構いませんよ。荷物はこちらで運びますので」

 先に用事を済ませて良いなら、それに越したことはない。ジィト兄に視線を投げると、首肯が返る。

「そうだな。職人の知り合いと会いたいんだろ? 俺はミル姉に頼まれた買い物があるし、当日までは全員自由行動でいいんじゃないか。グラガスも宿を押さえたら、飲みにでも行ってこい」

 そう言って、ジィト兄は俺とグラガス隊長に五万ベルを押し付けてきた。クロゥレン領内ならかなり良い店でたらふく飲んでも、大体一人八千ベル。二日分の飲食費としてはかなり太っ腹だ。

 ミル姉が出すと言っていた経費に、私費で色をつけてくれたのだろう。

「こんなによろしいのですか?」

「まあ俺はどうせ今回役に立たんしな。ちょっとくらいの得があった方が良いだろ?」

 確かに、グラガス隊長には特別手当の一つも必要だ。

 しかし……こういう機微はあるんだよなあ……。なのに何故、と思わなくもない。それがジィト兄だと言われればそれまでだ。

 ひとまず、ここでもたもたしているとグラガス隊長が金を戻しそうなので、俺は強引に話を進めることとした。

「もらえるんなら、ありがたくいただくよ。じゃあ後は適当に、眠くなったら宿屋で合流ということで、解散!」

 手を打ち鳴らす。それを合図に、各々が各々の目的地へ向かった。

 俺は最寄りの組合――料理組合へ行くことにした。歩き始めて暫くは農地が続いていたが、やがて民家が見え始め、そこから領の中心へと入る。以前に来たのは三年前だったので、立派な建物も増えてだいぶ様変わりしてしまっていた。

 道が解らないのはさておき、町が栄えるのは良いことだ。

 自分の記憶に頼ることは早々に諦め、その辺を歩いている青年に組合の場所を尋ねる。彼が教えてくれた建物は、頭の中の地図とはかなりずれた位置にあった。

「あんな場所にありましたっけか?」

「古い方の料理組合は、去年火事があって建て替えたんだよ。倉庫は無事だったんで、そっちはまだ使ってるみたいだけど」

「あ、そうなんですね」

 そういうことらしい。

 意外と俺の頭も馬鹿にしたものではないな、などと考えながら、教えてもらった建物へ入る。新築なだけあって、中は綺麗なものだった。

 幾つかある受付窓口を眺め、知った顔がいないかを探す。

 ――と、発見。俯いて何か書き物をしている横顔には、かつては無かった皺が刻まれている。彼はこちらを覚えているだろうか?

「お久し振りです、バスチャーさん」

「ん、はい……って、えーっと、あれ。本当に久し振りだな。あの、あれだ。解る」

 どうやら、こちらの顔は覚えているようだ。まあ、三年前に二週間ほど世話になっただけの間柄だ、名前は忘れていてもおかしくはない。

 それでも、人柄が変わっていないことが解って、何だかおかしくなってしまう。

「ご無沙汰しています。ヴェゼルの弟子の、フェリスです」

「あーあーあー! そう、それ。久し振りだなあ。何、今日はどうした?」

「いやあ、家を出て独り立ちすることが出来ましてね。少しの間ですが伯爵領でお世話になるんで、ちょっとご挨拶に」

「おー、おめでとう、ついにかぁ」

 興奮したバスチャーさんが、俺の手を取って握手をする。皮の分厚い料理人の手だ。今もまだ現役のようで少し安心する。

 ただ、彼はあくまで組合に出入りしていた利用者であって、職員ではなかったはずだが。

「しかし、何だって窓口に? お店はどうしたんですか」

「ああ、店? 今は夜しかやってないんだよ。昼は息子に任せることにしてな。ただ、それじゃ暇だってんで、明るいうちは組合の手伝いをしてる。聞いたか知らんけど、去年組合が焼けちゃったからさあ。本当なら組合の職員が自分らで何とかすべきだとしても、まあ、困った時は仕方ないだろ?」

 なるほど。元々面倒見の良かった人だ、暇だから組合の手伝いではなく、組合の手伝いをするために昼を任せているのだろう。

 今まで世話になってきた組合の窮状が目の前にあっては、それを放置出来ないという気持ちも解る。

「そうでしたか……確かに、建物も変わってましたからねえ」

「建て替える金があったことは幸いだったけどな。取り敢えず、過ぎたことを言っても仕方がねえ。ああそうだ、お前、夜は空いてるか?」

「特に用事はありませんが」

 ジィト兄やグラガス隊長とは、合流しても良いししなくても良い。むしろあの二人なら、自分の好きな所に飲みに行くだろう。

「折角だ、うちに食いに来い。アキムも呼ぶからよ」

「そりゃありがたいですね、絶対に行きますよ」

 アキムさんとは元々会う予定だったが、何処にいるのか知らなかったので、組合に張り込むつもりだった。

 三年前、こちらからお願いして研ぎを教えてもらっていたのに、途中で俺は領に帰ることになってしまった。今更続きは望めなくとも、不義理は謝罪したい。

 しかしそう考えると、そもそも俺と会ってくれるだろうか?

 不安が顔に出たのか、バスチャーさんは笑っていた表情を正す。

「お前さんがあの時、どういう事情を抱えてたのかは知らん。けど、ガキが家を抜け出して連れ戻される、なんてのはたまにある話だ」

「それは……はい」

 実際のところ、無断で抜け出したのではなく、期間限定で許可を取ってはいた。ただ、訓練中に祖父が亡くなったという報せが入り、帰らざるを得なかったのだ。そして、葬儀が済んでも再びここへ戻ることは出来なかった。

 俺には途中で投げ出したという悔いだけが、今なお残っている。

「なぁに、お前は真面目にやってたし、あいつだってちゃんと説明すりゃ解ってくれるだろうよ」

「そうだったらいいんですが」

 何にせよ、機会は与えられた。

 後は俺に何が出来るかだ。

 今回はここまで。

 ようやく章立ての方法を理解しました。

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