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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ザヌバ特区探索編

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昔話

 すっかり気力を失っている優男から中央の現状を聞き出し、ようやくミル姉が戻らない理由を把握した。まあミル姉にしろフェリスにしろ、刺客くらいはどうとでもするだろう。

 問題はそこではない。

 優男は身を縮めて、椅子に座り込んでいる。これ以上の話は聞けなそうだと知り、俺は腕を組む。

「で、どうしようかね?」

 顔を顰めたまま戻る様子の無い親父に、今後の動向を尋ねる。親父は茶を一口啜り、呆れたような声を漏らした。

「……我が家としては、別に国がどう動こうと大した影響は無い。お前は知らないだろうが、うちは元々乞われて貴族になった家柄だからな。爵位を奪われようと、元に戻るだけだ」

「そうだったのか?」

「開拓民をまとめられて、金のある奴が当時いなくてな。私がたまたま条件を満たしただけだ。まあそんな訳で、いざという時は家族揃って隣国に移動だ。領地については、誰かが派遣されて来るだろうし、そこまで気にしなくとも良いだろう」

 ふむ。なら領民についても後はそちらに任せれば良い、と。まあ悪政を敷くようなら、自己判断で別の領に移動すれば良いことだしな。

 そう考えると、思った以上に俺達は身軽だったのかもしれない。普通の貴族なら、もう少し地位やら権力やらに固執しただろうが、基本的に俺達は統治を面倒な仕事だと思っている。

 やるべきことは、確実にやる。善政こそが貴族の矜持だと思い、少しずつでも現状を良くしようとしてきただけだ。

 それが不必要だと言うのなら、残念ではあるが続ける理由も無い。

「まあ……隣国で平民としてやり直すのは、別に良いよ。俺もそっちの方が楽だろうし。取り敢えず、戦は避ける方向で動くんだな?」

「やりたいならそれでもいいぞ? やられっぱなしは私も癪だしな。ただ、領民を巻き込むつもりは無いから、徴兵はしない。あくまでやる時はクロゥレン家が一つの家として動くことになる」

「どっちなんだよ」

 苦笑してしまう。そうは言っても、親父がやる気なら、周囲が黙っていないのではないか?

 ぱっと思いつくだけで、話に乗りそうなおっさん達が両手で足りないくらいいる。無論、守備隊の中にも血の気の多い奴らは沢山いる。そういう人間が黙って見ていられるとは思えない。

 結局、戦になるのではないか?

 内心を見透かすように、親父は目を眇めて俺を見詰めている。

「多分、やると決めたらお前が思った通りになるさ。しかし、それなら逃げた方が早いし楽だろう? 知った顔が死ぬのも本意ではないしな。ただもしかしたら、私達が隣国へと向かう過程で、追手が壊滅することはあるかもしれないがね」

 力無く笑う親父に対し、今まで黙り込んでいた優男が顔色を失う。

「そ、それが出来るとお思いですか?」

「何事であれ挑戦してみることは、悪くないことだと思わないかい?」

 意地の悪い質問だ。挑戦云々と言うより、向かって来る相手は排除しなければ先に進めない。人死にを避けたいのなら、そもそも軍を差し向けることそのものを止めるべきだ。ミル姉とフェリスが不在で、クロゥレン家の戦力が現状で三人しかいないとしても、国軍くらいなら容易く相手は出来るのだから。

 半分泣きそうになりながら、優男は首を横に振る。

「短期的には可能でしょう。ジィト殿だけで見ても、国軍で相手になれる者はそういない。しかしジィト殿が幾ら強くとも、休まずに戦い続けられるものではない筈です。やり合うより、真っ直ぐに逃げた方が良い」

 発言を聞いて、知らず笑ってしまう。言っていることは大体正しい。ただ、それ以上に心配しなければならないことが、彼にはあるのだ。

「俺らが国軍を相手にするかどうかは、実際にそうなってみないと正直解らない。接敵するかはその時次第だしな。そんなことより、中央のことを心配した方が良いぞ?」

「……ミルカ様ですか」

「それもある。あるけど、それ以上にフェリスの方がなあ」

 直接的な危険性なら、確かにミル姉の方が脅威だろう。強度でそこまで大きな差が無い俺とミル姉を比較した時、まず引き合いに出るであろう要素が被害の度合いだ。影響範囲と効率という面において、武術は魔術に追いつけない。あの人なら長距離から高威力の魔術を浴びせかけ、一日で中央を火の海に沈めるくらいのことはやれる。

 それほどまでの人間だということは承知の上で、俺はミル姉よりもフェリスの方が恐ろしい。

 優男はフェリスの人物像を知らないため、怪訝そうに眉を寄せる。

「その……フェリス様については、近衛が何名か向かっております。話を聞く限りでは、彼が近衛とやり合えるとは思えません。それどころか、その、もう処理されてしまっているのではないかと……」

 言いにくそうに、しかしはっきりとフェリスの死を口にする。この男なりに、自身の所属に対しての思い入れがあるらしい。俺も近衛の精強さは知っているし、確かに素晴らしい部隊だと思う。

 で、その程度が何だと言うのか。

「ハッハッハ、それは無いだろうが、処理出来るんなら近衛の評価を改めよう。でもな、お前らが思ってるよりフェリスは厄介だぞ? ミル姉は単純に強いが、フェリスはいざという時に手段を選ばないからな」

 俺の頭では思いもよらないような、迂遠で、確実な何か。どんな強者であれ、対応が出来ないような術。フェリスならそんな行動を取る。

 ――正道なんてのは、それを辿れる奴だけの道だ。結果が出るなら、俺はどんな道でも良い。

 アイツが十歳の時、何かの拍子にそんなことを言っていた。解っていて正道を求めないなんてことが、あの世代の子供に選べること自体が興味深かった。

「フェリス曰く、どんな達人でも殺すだけなら強度は要らない、ってな。アイツは気が良いというか、何処かしら呑気だから、他者を害することはあまり無い。でも、俺やミル姉より強度は低いから、追い詰められるのも早いかもしれないぞ?」

 そしてその時、中央でどれだけの人間が死ぬだろうか。

 ともあれ話は終わりだ。俺は笑いを噛み殺し、優男に行くなら行けと許可を出す。彼は肩を落として、足を引き摺りながら、部屋を出て行った。

 煤けた背中を見送り、改めて親父と向き直る。

「どうなると思う?」

「解らん。ただ、ミルカはもしかしたら危ないかもしれん。既に近衛を二名、復帰不能なまでに痛めつけているらしいからな。報復に本腰を入れられれば、流石に楽ではないだろう」

「展開が早えよ」

 いや、むしろ俺達が後手を踏んでいると見るべきか。

 中央でミル姉の相手が出来そうな人間――俺に思いつく限りでは四人。うち二人、ファラ師とヴェゼル師は敵に回らないことが解っている。問題は残る二人。狩猟の第十階位と、世界七位の魔術師だ。前者はさておき、後者は宮仕えなのだから、国の危機ともなれば間違い無く出て来る。

 ミル姉は何処で折り合いをつける気なのだろう。

「冷静であれば良いが、ミルカの気性だとどうだろうかな」

「少しはしゃいでるんじゃないかね」

 手綱を握れる人間が、傍にいない。

 この一件――鍵を握るのはフェリスなのかもしれない。


 /


 状況が状況なので、特例で居住区内に入れてもらった。魔核で作った箱の中に詰め込まれたコルムについては、特に指摘を受けなかった。

 暗い自室の中で胡坐をかき、腕を組む。部屋の隅で控えているギドと赤髪――ガルドが邪魔なのだが、作業が気になって仕方が無いらしい。

 まあ、ひとまずは良い。必要があれば手を借りることもあるだろう。

 氷で覆われた遺体を前に、あれやこれやと遠い記憶を探る。かつての世界で得た知識をかき集め、何となくの方向性を求めて頭を捻る。

 取り敢えず俺がいる分には冷凍を続けられるが、かといって彼らの旅について回るつもりは無い。彼らが自力でどうにか出来る方法を見出す必要がある、ということだ。そもそも、今は急場凌ぎでこうしているのであって、冷凍保存にも限界はある。

 さて……順番に整理しよう。作業は段取りが重要だ。

 遺体を保全するということは、要するに如何に腐敗を抑えるか、ということだ。そのためにはまず、腐敗の原因となる菌をどうにかしなければならない。ならば殺菌消毒と洗浄が必要、と。本職ならここで身なりを整えたりするのだろうが、幸いコルムの顔は綺麗な状態だ。胴体の穴を誤魔化すだけで事足りるだろう。

 後は、体液が内側に残ったままだと劣化が進む。これをどうにかしなければならない。体液を吸い出して、防腐剤と入れ替える……注射針を作る必要があるか?

 ……駄目だな、選択肢に迷っている。

 それよりも先に、確かめるべきことがあるな。

「……ギド、そこにいるなら扱き使うぞ」

「ここまで来たら、最後まで付き合ってやるよ」

「そうか。なら、生のマスバの実と、後は……メリガルディの目玉はあるか? 薬師がいるなら多分解る。量があればなお良い」

「解った。ちょっと行って来る」

「俺も行く。金が必要だろう」

 俺の言葉を聞くなり、二人が並んで飛び出して行く。その背を見送り、ひとまず氷に魔力を補填する。

 あれらがあるなら、作業の難度はさておき、保存期間についてはそこまで悩まなくても済む。無い場合はガルドの意見を聞いて、次善策だな。

 そうだよな、まずは最善を選べるかの確認が必要だ。

 二人を待ちながら、事前準備として魔核に幾つか魔力を込めておく。コルムの腹は貫かれているため、体の一部が失われたままになっている。服を着せるとはいえ、このままではその部分に凹みが出来てしまう。輪郭を綺麗に保つための詰め物が必要だ。

 最終的には腹腔の形に合わせるとはいえ、その手前までは進めても良いだろう。適当な大きさの球体を作り、箱の中に入れておく。

 そうこうしている間に、二人が駆け戻ってきた。両者とも、結構な大袋を抱えている。

「全部あったぞ。で、これをどうするんだ」

「良し! ここから暫くは力仕事だ、朝までかかるぞ。まずお前らはマスバの実をとにかく潰してくれ。なるべく細かくな」

 擂鉢と擂粉木を作り、二人に渡す。彼らはそれを素直に受け取り、指示されるがままに作業へ取り掛かった。

 俺は袋の中から目玉を取り出し、掌で転がす。まだ充分に潤いがあり、品質の高さがよく解る。

 俺は目玉から行くか。

「そういえば、マスバを潰している時に汁が飛ぶかもしれんが、それは舐めるなよ。具合悪くなるからな」

「おい……。一体何作るんだよ」

「猛毒だ」

 二人が体を引く。脅かしはしたものの、あながち嘘ではない。これから作るものは、取り扱いに注意が必要だ。

 ガルドが当たり前の疑問を口にする。

「コルムの遺体に何をするつもりなんだ?」

「標本にする。標本って言って解るか? 中央の研究者がやってる手法でな、魔獣の死体なんかを今から作る薬液に漬けると、その時点で死後変化が起こらなくなる。対象が硬くなってしまうんだが、腐敗もしなくなるんだな。まあそういう液体なんで、当然体には良くない」

 ガルドが黙ったまま実を見詰める。どういう結果に繋がるのか、いまいち解り難いのかもしれない。或いは解っていても、コルムが物のように扱われることを意識したくないのか。

 まあ俺も口にはしないが、標本化に踏み切るのは思いきりが必要だった。最初こそ、防腐剤を流し込んでの遺体衛生保全を考えはした。ただ、あれは作業の難しさの割に腐敗が遅れるだけで、やがては破綻を迎えてしまう。それでは意味が無い。

「短期間であれば、より生身の人間に近いというか……単に腐敗を遅らせるって方法もある。ただ、下手をすれば数か月に及ぶ旅程で、状態を維持し続けるのは無理だ。ならば遺体が硬直することは承知の上で、コルムの状態を固定する」

「……見た目は、今の状態になる訳だな?」

「ああ。後、顔はまあこのままとして、欠けている腹については詰め物で整形をして、形を綺麗にする。なるべく生きている時の本人の見た目にするさ。一度処置をしてしまえば、年単位で保つ筈だ。遺族への引き渡しまでは充分な時間だろう?」

 ガルドは実を潰しながら少し考え込み、一つ頷く。

「解った、任せる。手伝えることは何でも言ってくれ」

「おう。取り敢えずは、その作業だな。あ、絞った中身は布で濾して、この箱に入れておいてくれ」

 魔核で箱を作り、上に布を被せておく。

 ガルドは何か八つ当たりでもするように、擂粉木で実を突き続けていた。一方、ギドは意外にも作業が丁寧で、本職の薬師のような雰囲気を漂わせている。

 ふと、そんなギドが顔を上げて問う。

「……なあ。なんで、中央の研究者が使ってるような薬を知ってるんだ? いくらお前が調合持ちだからって、生きていくのに使わん薬だろう、これ」

 俺は目玉から水分を抜いて容器に移しつつ、過去に思いを馳せる。確かにギドの言う通り、ただ生きていく分には必要の無い知識だ。

 ……まあ、隠すことでもないか。

「うちの母親は医者でな」

「おう」

「治療に失敗して誰かが死んだ時、たまにこうして遺体を標本化してたんだよ。何で死んだか解らないと、次に同じことがあっても治せないからな。ゆっくり調べるために必要だった訳だ」

 初めて見た時は衝撃的だった。

 目に刺さるくらいの明るい部屋で、自分の母親が顔を歪ませながら遺体を刻んでいる。俺は期せずしてそれを目にしてしまい、硬直してしまった。

 はっとして物音を立ててしまった時、母は俺を咎めることもせず、目を伏せて微笑した。

 一瞬何をしているのか解らず、ただ、開かれた誰かの腹と、母が握り締めていた小刀が、かろうじて俺に解剖という単語を思い出させた。

 この世界でだって、人の亡骸を損壊することに対しての忌避感は当たり前にある。なのに、母は躊躇わずにそれを行っていた。その鬼気迫る、何処か猟奇的な佇まいと――探求心に恐怖した。

 綺麗事で医学は発展しない。そして、母は命を扱うことにかけては手を抜かない。

 そういう覚悟を見せつけられた。

「で、俺があまり騒がなかったからなのか、時々作業を見せられることになったんだ。何でいちいち俺を呼ぶんだと思ってたが、あれは一種の授業だったんだろうな」

 姉兄があまり医学に興味が無かった、というのもあったのかもしれない。最終的に、俺は殺すことも生かすことも選ばず、作ることを選んだ訳だが……こうして稼ぎに繋がったのだから、意味はあった。

 そうまとめる。

 しかし話し終えると、彼らは非常に渋い顔をしていた。ガルドが眉間を揉みながら呟く。

「世話になっておいてなんだが、お前の家庭環境はどうかしている」

「それはまあ、自覚あるよ」

 わざわざ言われるまでもない。どう考えたっておかしい。

 そうして他愛も無い話をしながら、全員で作業を進めて行った。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お母様も色々外れているお方。 医学において大事なことではあるんですが子供巻き込むのは危ういよなぁって。
[気になる点] 遺体をまるまる家族に戻すっていうのが、近衛の人間の単なる我儘にしか思えません 遺髪なり持ち物なりを持ちかえればいいじゃん、と
[一言] 大男は生きているのかな? まさかのフェリス君の標本作り。ガルド、わがまま過ぎ!この世界でそこまでしてやるのフェリスだけだよね。 クロゥレン家、怖っ。ミル姉、暴れているのかなぁ? 国との対決…
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