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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ザヌバ特区探索編
65/222

難しい仕事

 シャスカを抱えたままひた走り、どうにか居住区へと辿り着く。特区の人間に疑念を抱かれることなど、もう気にしていられない。誰に誹られても良い。ただ、これでシャスカを失えば、コルムの献身が無駄になる。

 番兵の姿を目にして、足に力が入る。泥の中に突っ込むようにして、門前に滑り込んだ。

「医者を頼む、急いでくれ!」

「待て、そこで止まれ! 何があった!」

「森ん中ででかい魔獣に襲われた! コイツは咆哮を正面から喰らっちまって……ッ」

 二人の番兵が顔を見合わせる。

「ギド、ここで止めておいて。私は人を呼んで来る」

「おう。……悪いが、負傷者を置いて、少し下がれ」

 女の番兵が居住区へと走り出す。ギドと呼ばれた男が短剣を俺に向け身構えたので、俺はシャスカを寝かせて後退った。

 改めてシャスカを見遣る。両耳から血を垂らしてはいるが、胸は上下している。死にはしないとしても、戦線に復帰するまでは長い時間がかかるだろう。少なくとも、あの化け物の所に戻るのは無理だ。

「飲めるか……?」

 ギドは腰から下げていた水筒を開けると、シャスカの首を傾け、中身を口に流し込んだ。シャスカは一度大きく咳き込んだものの、喘ぐようにして何かを飲み下し始める。しかし、その勢いも数秒で、またすぐに力を失う。

「何を飲ませた?」

「鎮痛剤だ。飲むとすぐに寝ちまうが……起こしておくのも酷だろう」

 その言葉に同意し、頷く。

「すまん、助かった」

「仕事だよ。まあ何にせよ、命があっただけ良かったな」

「ああ、そうだな」

 言い置いて、俺は踵を返す。握り締めた指先が酷く冷たい。

「おい、何処へ行く」

「戻るんだよ。……あそこで待っている仲間がいるんだ」

 取り返さなければならない。あいつの尊厳を穢されたまま、助かった、なんて言う訳にはいかない。

 それに、可能ならあの小僧も回収しなければならないだろう。生きているかどうかは解らないが、殿を任せた以上、その結果を確認しなければ。

「……すまんが俺は行く。撤退に巻き込んだガキがいる、時間が無いんだ」

 門のかなり奥の方から、女番兵と医者らしき人物が戻って来る様が見えた。それを確認し走り出すと、ギドが俺の横に並んだ。

「どういうつもりだ?」

「多分、アンタが言うガキは俺の知り合いだ。簡単にやられるとは思えねえんだが、それでも安否は確認したい」

 俺が見た限り、ギドは強度の高い人間ではない。ただ、ここで生活しているだけあって、森の中の動き方を知っている感じはする。いざという時に、伝令くらいは出来るだろう。

 取り敢えず、化け物の相手をしながらこいつを守る、なんてことは無理だ。

「一応言っとくが、俺に余裕は無いぞ」

「こっちも無い。現地に行ったら勝手に動くだけだ」

「それで良いなら問題は無い。……こっちだ、先行する」

 強く地面を蹴る。あの魔獣のことを思い浮かべると、口の中が渇く。怒りと恐れが綯い交ぜになって、頭の中が落ち着かない。

 経験則が訴える。これは失敗する時の感覚だ、と。

 深く息を吸い、自分の状態を調整する。目的を絞れ。

 とにかく、コルムを回収するんだ。


 /


 門は既に閉まっただろうか。今日は外で野宿になりそうだ。

 水から毒を抜き、適当に排出する。そして、傍らにある亡骸を包む氷に、魔力を充填する。かなり消耗していても、これらを怠る訳にはいかない。水嵩に合わせて囲いの高さを下げていると、こちらに迫る複数の足音が聞こえた。

 一人はギドで、もう一人は赤髪だな。援軍を連れて戻って来たのか。

 さて、どうしたものか。

 あまり自分の手札を教えたくはない。適当に誤魔化すしかないだろうな。

 どう説明すべきかを思い、溜息をつく。

 段取りを考えていると、騒々しい音を立てて近場の藪が切り開かれた。二人が息を切らして飛び込んで来たのを、囲いに座ったまま迎える。

「お疲れ様。仕事はどうした?」

 ギドは今日番兵の仕事があった筈だ。途中で放り出して来たのだろうか。

「いや、お前が……ッ、牙薙と交戦中だって、言われたから……ッ」

 門からここまで走るだけで息が上がっている。鍛錬不足だな。赤髪は流石に近衛と言うべきか、往復で倍走っているのに呼吸がギドほど乱れていない。

 まあ走り込みを勧めてから間も無いし、ギドの体力不足はまだ仕方が無いと言うべきなのだろう。

 到着と同時に気が抜けているギドとは対照的に、赤髪は油断無く短剣を抜き、周囲を警戒している。気配を読めないのか、意識的に身構えるようにしているようだ。

 探知能力を磨いた方が良いと思うが、本人がその短所を理解した上で対策を取っているのなら、敢えて指摘することもあるまい。

「……あの化け物はどうした」

 赤髪から当然の疑問が飛ぶ。俺は囲いの中を指差す。

「遊べる相手じゃなかったからな、殺したよ」

「あれを、単騎で殺せるのかよ」

 引き攣ったギドの声が、雨の中に響いた。

 二人が囲いに跳び乗り、中を覗き込む。もう動かなくなった巨躯の背を見て、両者とも立ち尽くしていた。

 恐らく特区に、牙薙以上の脅威は存在しない。安全が確保されて、赤髪はようやく力を抜いた。短剣を囲いに突き刺し、俺の傍らにある遺体を見下ろす。

 彼らの関係性は解らない。色々と思うところもあるのかもしれない。それでもあの瞬間、彼らが目的のために尽力していたことは事実だ。

「……お仲間は残念だったな。もう一人は?」

「医者に任せて来た。死にはしないだろう」

 手短な言葉が返る。声は硬いが、こちらへの殺意は感じない。

「やる気は無いってことで、良いのかな」

 赤髪の目は伏せられたまま、こちらに向かない。

「……そうだな、任務は失敗だ。お前に勝てる見込みも無いし、隊員が死んでしまったからな。それより、俺はコルムを弔ってやりたい」

 感情を抑えた低い声が、後悔を感じさせる。

 もう成功しないであろう任務を、これ以上続ける意味は無い。かといって正直な所、自身の感情で任務を放り投げることが、是認されるとも思えない。

 彼らの近衛としての経歴は、既に詰んでいる。むしろこの状況なら、色々教えてくれるだろうか。

「……今回の件って、誰からの指示なんだ?」

「第三王子のブライ・デグライン様だな。王族は誰しも隊長を重用しているが、その中でもあの方は特別だ。ただ、王族からの指令だから従うって奴もいれば、隊長にいなくなられるのは困るってことで動いた奴もいたよ」

 まあ、ファラ師は慕われているのだとして。

 取り敢えず、相手は第三か……とんでもない盆暗だと聞いた記憶はある。周囲の意見を聞かず、当たり前の遵法意識も無いという噂だった。

 俺が思う通りの人物なら、失敗の報告すら許されないだろうな。

 どうしたものか。

「因みに、任務の期間は?」

「指定されていない。達成までが期間、ということだな」

「……んん? 状況報告はどうする」

「俺達に求められるのは、達成した、という結果だけだ」

 聞いた言葉を頭に刻み、何回か諳んじて、首を捻る。

「それ、任務中の報酬ってどうなるんだ?」

「各地の領主や代官に身分を提示すれば、そこで支払ってもらえる。それから、彼らが後で中央にその分を請求する流れらしい」

 立替払いか。まあ任務中に当人が死んだ場合、請求自体が無いから、そういう意味での問題は無いんだろう。

 頭の中を整理する。考えれば考えるほど解らない。

 ……これ、任務達成する必要無いんじゃないか?

 失敗は許されないとは言っても、任務中であるだけで支払いは続く。指示をした第三王子が期間を設けられておらず、報告も求めていない以上、誰も事情が解らない。下手に中央に戻れば処罰されるということなら、戻らなければ何も起こらず、金だけもらっていられる。

 あまり褒められた話ではないにせよ、俺からすればそれが最善だ。その道を選ばないということは、近衛達が至極真っ当だということなのだろう。

 毒抜きをしながら、情報を整理する。

 横目で見れば、無関係であるギドが、拙い話であろうことだけを理解し狼狽えている。俺は苦笑いし、手振りで彼を遠ざけた。赤髪は全く気にした様子が無い。

 邪魔者もいなくなったし、もう少し話を進める。

「さて……あと幾つか教えて欲しい。今回みたいに近衛が死んだ場合、故人の財産はどうなる?」

「遺産を相続する人間がいない場合、全て国のものになるな。コルムには妻子がいるから、どっちかが相続人になるだろうが。あと、貸与品は回収される」

「貸与品が失われている場合は?」

「相続人がそれに見合った金額を補填することになる」

 僅かに胸がざわつく。

 相続人が存在しない場合はまあ良いというか、仕方無い気はする。だがそもそも、近衛に入る時には実家から切り離されていることが当たり前で、仕事上金を使う機会がほぼ無いというのに、その遺産を国が回収するのか? それに、邸内にある物品が国からの貸与であることを、家人が把握出来るものだろうか?

 詭弁じみた、怪しい気配を感じる。

「なあ。貸与品の関係で、国が相続人に金銭を請求しなかったことって、あるか?」

「いや……俺らが請求している訳じゃないからな。実際にどうなのかは知らん」

 これは参った。当事者である近衛達が理解していない以上、状況は伏せられているのだろう。国が実態に則って金銭の請求をしているとは、到底思えない。

 このまま行けばどうなるか、簡単に想像がつく。ただそれを教えれば、この直情的な男は暴走するかもしれない。

 伏せるべき、か。

「……提案だ。このままほとぼりが冷めるまで、お前らまとまって逃げないか?」

「実際そう簡単に戻れる状況でもないんだが、何故だ?」

「死亡を報告しなければ、支払いはあるんだろ? コルムに妻子がいるのなら、取り分を増やしてやれるじゃないか。働き手がいなくなるんだから、もらえる額は少しでも多い方が良い。お前らがいつ中央に戻れるのかって問題はあるけどな」

 俺の発言を聞いて、赤髪が身動きを止める。暫く考え込み、顔を上げてこちらを見る。

「逃げ回るのは良い。しかし、何処で金を得る?」

「レイドルク領、ミズガル領、カッツェ領と回れば良い。俺は特区を出て、追手に気付いてクロゥレン家を目指す。その途中でカッツェ領に逃げ込んだ、って筋書だ。勿論、途中で状況が変わったなら、お前らの判断で中央に戻るのも良いだろうさ」

 そのまま逃走経路や今後の連絡方法等、幾つかの注意点を並べ立てる。赤髪は概ね納得した様子だったものの、最後に問題を一つ挙げた。

「それが良いんだろう、ってのは解る。俺の頭じゃ今以上の案は思いつかん。ただ……コルムの亡骸はどうする? 喰われちまったんならどうしようもない。でもな、コイツの体はここにあるんだ。家族の元に、こいつを届けてやりたいんだよ。お前はどうにか出来るのか?」

 挑みかかるような視線が突き刺さる。

 求められるのは――長期間遺体を保存可能で、彼らでも管理が出来るような、そんな方法。

 やれるか?

 頭の中の知識をかき集める――やれそうか?

「こう見えて俺は職人でね。ご依頼とあらば、やってやるさ」

 難易度は高い。でもこれはきっと、俺にしかやれない仕事だ。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に面倒見の良いフェリス君。え〜、それって殉職した公務員の家族は、国から金を取り立てられるってこと? 第三だけが腐ってるのでなく、国全体がっ!てこと? 次回も楽しみです。
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