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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ザヌバ特区探索編
64/223

その存在を認めない

 ――誰がこんな身分を望んだのだろう。少なくとも自分ではない。

 眠れない日々が続いている。働いても働いても、作業の終わりが見えない。一つこなせば、二つの問題が現れる。

 口の中が渇く。霞んだ目に薬液を垂らし、どうにか視界を確保する。

 何故、こんな生活を続けているのだろう。

 そうして部屋で一人、どうにか執務をこなしていると、いきなり扉が押し開かれた。手を止めて記憶を掘り起こしても、来客の予定は無い。

 顔を上げれば、苛立ちを含んだ弟の顔が見える。思わず溜息が漏れた。

「……先触れはどうした、ゾライド」

「失礼、兄上。ですが急ぎの案件がありまして」

 取り敢えず、話を聞かねば仕事にはならないのだろう。先を促すと、弟は息を荒げながら、手近な椅子へと腰を下ろした。

「ブライの奴が、兄上の裁可も無しに近衛を動かしています。それも正当性があればまだしも、全くの私事で、です。兵達の間にも不満が広がっています」

「ああ、そのことか。気付いているよ。むしろ……知っていて手を打っていないのはお前だろう?」

 自分だって王族なのだから、王家として業務に差し障りがあると判断したのなら、命令を却下する権利はある。王子二人の意見に齟齬があり、近衛が判断に迷う形になるのであれば、私か父が結論を出すだろう。

 王位を継承する気が無いからといって、自分の権利を行使しない理由にはならない。

 弟は歯軋りをしながら私を睨み付け、声を震わせた。

「……私が何もしていない、と?」

「そうだ。近衛が動いて問題があるのなら、まず一度止めれば良い話だ。お前にとって深刻に見えるのであれば猶更な。私に意思決定を委ねている辺り、猶予はあるのだろう?」

「ですが、こういった案件は遅れれば遅れるほど――」

「だから、弊害が出るのなら、まずお前が止めるべきだ。何故そうしない?」

 理由は解っている。自分が矢面に立ちたくないだけなのだ。

 状況は見えているし判断に大きな誤りも無いのに、弟は自分で問題を解決しない。

 王になれと言っている訳ではない。ただ、王族として言動に責任を持つべきではある。こんな話は具申ではなく、愚痴か告げ口の類でしかない。

 うんざりする。

 臆病で甘ったれた、責任感の無い第二王子。

 愚鈍で自分本位な、行動力の有る第三王子。

 どちらもロクなものではない。

 私の質問に対し、弟は口を開かなかった。厭世観に包まれながら、どうにか私は続ける。

「そもそも、近衛は王族の命令に従うことも仕事の一つだ。従いたくないから拒否する、というのは仕事ではない。ブライの命令で士気が下がったと思ったのなら、別の王族が口を挟まなければ話は進まないぞ。全近衛を動員しなければならないような、重要な案件が存在しない以上、私から止める理由は無い」

 我侭をぬかすな、と言えるのは私達だけだ。なら、そうと感じて不満を抱いた当人が動くべきだろう。

 しかしそれでも、弟は動こうとしない。

 筆記具を首に突き立ててやりたくなる。

 私は立ち上がり、弟の真向かいに腰を下ろす。目を覗き込むと、あからさまに相手は視線を逸らした。決してこちらを見ようとしない。

 一体、何をしに来たのだろうか。

 私はただ独り言を重ねる。

「……遠からず、ファラ隊長本人か、クロゥレン家が動くことになるだろう。ブライには彼女らを抑えるだけの手札も、正当性も無いのだ。結果は見えているさ」

 そして恐らく、結果が見える頃にはかなりの被害が出ているだろう。事が動き出した時点で止められなかった以上、それについては諦めている。

 諦めたから、大人しく状況を利用することにしたのだ。

「兄上は、何を狙っているのですか」

「うん? それくらい、解っているだろう?」

 ここに至って、まだ言質を取られないようにしているのか? 察しの悪いフリを続けるのも、大変だな。

 私が状況を放置している理由など簡単だ。

 今回の件で、きっと多くの血が流れるだろう。

 何故血が流れるのか。

 原因は何処に、誰にあるのか。

 それを贖う為には、流した血の責任を取る者が必要だからだ。

「国にとって利が無いのなら――誰であれ、不要だ。違うか?」

 弟はやはり答えを返さず、そのまま逃げるように部屋を出て行った。

 開け放たれたままの扉を閉め、つらつらと考える。

 王族は国家の礎となるべく生を受ける。それが果たせない存在は、頂点に立つべきではない。排除されるべきだ。そこに例外は無い。

 対象となる者が第二であろうと第三であろうと。

 そして、私であろうと。


 /


 怒りに突き動かされながらも、不思議と頭は冷えている。

 逸るな――確実にやれ。

 とはいえ、悠長にやって相手の反撃を許す訳にはいかない。何種類か混ぜた毒の中で、麻痺を強化して流し込み続ける。

「ゴバア、オブゥッ」

 泥が口や鼻に入るのか、時折牙薙が喘ぐ。流石に体がでかいだけあって、いまいち効きが悪い。まだ目に力が残っている以上、何か手が残っていると判断すべきだろう。

 少しずつ魔力を込めていく。毒を強化し過ぎると、それに伴って森が死んでいくため、なかなか加減が難しい。即効性が無いのなら、やはり別の要素で決めるべきか。

「重い相手には、やっぱりコレだな」

 地盤を緩めて相手をより深くまで沈める。全体で見れば、まだ胸から上が出ている。口まで埋めてしまえば、もう少し相手の気力を削げるだろう。

 さて、まだ反撃の気力がありそうだ。今の相手が切れる手札は何か。

 突進は無い。首振りも無い。内在魔力は多そうだし、魔術の類……呪詛か咆哮か?

 考えていると、牙薙が大きく息を吸い、魔力を溜め込み始めた。何を仕掛けるつもりなのか。このままだと詰みなのだし、動き出すのは当たり前だ。

 ひとまず口の直線上から逃れるべく、横に跳ぶ。靴を掠めるように、血の混じった唾が先程まで立っていた場所で飛び散った。生ごみを混ぜっ返したような、何とも言えない凄まじい悪臭が漂い始める。

「う、オェッ」

 いかん、胃の中身が出そうだ。

 足元を水で洗うと同時、鼻に麻痺をかけて感覚を誤魔化す。途切れかかった魔術を『集中』で強引に維持する。ここで逃がしたら終わりだ。相手の行動を抑え込め。

 水はより相手を覆うように、土は粘度をより強く。牙薙を基点として、大地を練るように。可動域を失うにつれ、牙薙の目が焦りを帯びる。

 概ね動きは抑えた。そろそろいけるか?

 牙薙を見遣る。太い牙の中ほどに、虚ろな目をした男がぶら下がっている。自分の身を省みず、馬鹿な真似をした男だ。

 水で作った帯を、牙に貫かれたままの男に引っ掛ける。一気にこちらへと手繰り寄せ、遺体を確保した。

 俺を狙って来たとはいえ、まあ死んでしまった人間だ。今更意趣返しも無いし、仲間のために身を張ったことには敬意を払う。獣の栄養にするには相応しくない。

 死体に残っていた魔力を吸っていたのか、それを失って牙薙が切なげな声を上げる。

 微かに甘えるようなそれが酷く不愉快で、苛立ちが募った。

 足場を盛り上げて、相手の上に陣取る。石で囲いを作り、泥をかけていく。水嵩が増して首までが埋まった。

「バァッ、ゴバァッ!」

 半ば溺れながらも、牙薙は魔力を練っている。体格に見合うだけの魔力量を感じる。

 あの状況から出来る反撃など限られている。『観察』はずっと機能していた。思い返せ――長髪に大きな外傷は無かった。ならば単純に考えるべきだ。

 警戒すべきは咆哮だけ。

 覚悟を決める。地盤を固め、牙薙の周囲を逃げ場のない溜池とする。範囲を限れば、周囲への影響もそう気にしなくても良いだろう。

 牙薙が息を吸おうと、鼻と口を広げる。

 遅い。

 麻痺、糜爛、腐敗、激痛、悪寒、出血。

 思いつく限りの毒を最大濃度で。かき集めた水に混ぜ込んで滝のように流し込む。

「バアアッ! アボブゥッ!?」

 叫ぼうとして広げた口の中に、大量の水が入り込む。咆哮は音と魔力の合わせ技だ、声が出なければ発動しない。出がかりを潰されて、牙薙の瞳にようやく怯えが走る。

 手は緩めない。囲いをより高く、毒液をより大量に。泥と毒で濁った水面に、気泡が湧き続ける。水面の下で、牙薙が肺から空気を絞り出している。

 まだだ。お前の全てを封じ込めて、殺してやる。

 水嵩はどんどん増していき、やがて俺の爪先に触れそうなほどになる。

「死ね」

 牙薙へ掌を向け、握る。手に込めた魔力に従って、大量の水が溜池の中心へと圧縮されていく。凄まじい抵抗を感じる。だがそれでも魔力を込め続ける。

 空間が軋みを上げ――そして、何かがへし折れる音が響いた。

 もう、手応えを感じない。

 全身の力を抜く。

 赤紫色に変わった水面に、牙の欠片が浮かんでいる。それを見詰めながら、大きく息をついた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作品自体を楽しく読ませていただいてますので、私の感想で影響がないようにお願いします。牙薙が大きくて凶暴なイノシシなのは理解していますので、ストーリー自体楽しむのに問題ありません。どうぞご安心…
[一言] いまいち牙薙の全体像が分からなかった。強さ的には、ファラ師やジィト兄なら一撃なのかな? 魔獣の脅威度ランクがあるといいかも。牙薙は、キバナギの読みでいいのかな? 絡みに絡んだそれぞれの思惑…
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