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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ザヌバ特区探索編
60/222

牙を剥く者達

 レイドルク領からミズガル領へ、獣車に乗って戻る。ウェイン様より提供していただいた新人に御者を任せ、寄り道をしつつ気ままな旅を――と思っていたのに、何やら邪魔者の気配がある。

 遮蔽物の無い一本道。ミズガル領まであと半日といった場所に、二人の影が立ち尽くしている。

 身なりも良い。そして――立ち姿が良い。佇まいが素人のそれではない。

 私は御者に指示を出し、獣車を止めさせる。

「……お知り合いで?」

「いいえ。でも、私に用があるんでしょうね。貴方はここで待機していなさい」

 返事を聞かず、外へと飛び出す。あの見た目で野盗ということも無いだろう。迎撃のために充分な距離を取ったまま、誰何する。

「私はクロゥレン子爵家の当主、ミルカ・クロゥレンです。そちらは何者ですか」

 相手は跪くこともなく、姿勢を保ったまま声を張り上げる。

「こちらは王国近衛兵、ネヴァ・シャナンです!」

「同じく、ユール・アノア! ミルカ殿、貴女は王家への謀反を企んでいるとの嫌疑がかけられている! このまま我らに同行し、中央で取り調べを受けていただきたい!」

 ……うん?

 何がどうしてそうなったのか、すぐに掴めなかった。が、一拍遅れて理解する。

 ああ、ファラ殿の引き抜きの件か。

 自分の進退くらい自分で処理して欲しかったが……まあ、ファラ殿は腹芸が得意ではなさそうだし、周囲が愚かであれば彼女の配慮も無意味と。

 でも、この対応は少々不愉快で――それ以上に心が沸き立つ。

「抵抗したら?」

「力づくでも」

「あら、素敵」

 強者としての矜持と傲慢。私に自分の力が通じると思っている。良いことだ。

 意識的に唇を曲げ、彼らに笑いかける。知らない相手との対人戦は久し振りだ。相手が近衛ともなれば、相応の力量もあるだろう。

「因みに、誰がそのような話をしたのです?」

「第三王子、ブライ・デグライン様です。ミルカ殿、これは王族直々の召喚です。拒否権はありません」

 ネヴァ殿が淡々と告げる。私は笑いを噛み殺しながら、首を傾げて見せる。

「誤解がありますね、拒否なんてしませんよ」

 そう、拒否はしない。今後のためにも立場は明確にしておく必要があるし、不当な言いがかりには対処しなければならない。

 両手を広げて彼らに向かい合う。

「召喚には応じましょう。ただ私は潔白であり、強制的に連行されるような謂れはありません。私は私の意思で、独力で中央へ赴きます」

「逃亡すると解っていて、それを許すと思うか?」

 ユール殿の発言に、ついに噴き出してしまう。楽しい方だ。

「つくづく失礼な方々ですね、逃げる必要などありませんよ。それに――木っ端風情の許可が必要だとでも?」

 魔力が炎の形で渦を巻く。無数の光弾が浮かび上がり、星のように瞬く。

 炎壁で私達三人を外部から遮断し、舞台を作り上げた。

 相手は未だ抜剣すらしていない。

「近衛の業前、拝見しましょう。準備はよろしいですか?」

 私の問いかけに二人が膝を曲げ、武器を構える。両者ともに長剣か、近衛らしいといえばらしい。しかし、この期に及んでユール殿はまだ言葉を重ねる。

「……無駄な抵抗は止めろ。お前の弟にも追手は放たれているんだ、ただでは済まんぞ」

「弟? フェリスに?」

「そうだ」

 ……素晴らしい、面白い。

 なんて、愚か!

「クッ、アハハハハハ! アハ、アハハハハッ!」

「狂ったか……?」

 目尻に浮かんだ涙を拭う。必要とあらば、フェリスは奇襲だってするし毒だって使う。このお坊ちゃん達で、真っ向勝負をしないフェリスとやり合うなんて出来る訳がない。

 ああ、おかしい。こんなに笑ったのは久し振りだ。

「貴方良いわね。芸人になりなさい、きっと人気者になれるわ」

 相手の顔が朱に染まる。こんな簡単に逆上するなんて、とてもとても甘い。

「ユール、落ち着け! ミルカ殿、本気でやりあうつもりですか!」

「本気なんて出させてくださるの?」

 ネヴァ殿も認識の遅い男だ。そんな素敵な体験をさせてくれるのなら、期待してしまう。

「フェリスのことならお好きなように。何人出したか知りませんが、近衛の数が減るだけでしょう。それに何より、自分達の心配をすべきでは?」

 牽制として、光弾の一つを地面に落とす。爆音とともに平原が陥没した。そして、減った分以上の光弾をどんどん追加していく。視界が魔力塊で埋まっていく様は壮観だ。相手が余程悠長でなければ、ここまでやれない。

「落ち着いていて良いの? 早く止めないと、大変なことになるわよ?」

「クソッ、この、狂人が!」

 二人の身に魔力が流れる――身体強化か。左右に分かれ、剣を構えて突っ込んでくる。距離を詰めるということは、どちらも武術が得手ということ。

 火柱を適当に並べて進路を塞ぐ。わざと開けてある道を、隙と勘違いして抜けて来る。私の目で捉えられるということは、そう大した速さではない。

 足元に風弾を放ち、彼らを後ろに吹き飛ばす。派手に転がりはしたものの、すぐに二人とも起き上がった。

 顔色を窺う。怒りはある。焦りもある。しかし思い切りが無い。

 なるほど?

「連れて来いってことは、生かして、ってことだものね。……つまらない」

 炎刃一閃。

 二人の武器を焼き切り、戦闘を終わらせる。結局、本気なのは口だけだった。使えない武力に意味など無い。

 彼らは唖然とした表情で、握り締めた柄を見詰める。少し遅れて、炎刃の余波が二人の四肢を焦がした。

 絶叫が響く。とはいえ、命までは取っていない。

「寄り道しながら伺います、とお伝えください。飼い主によろしく」

 無駄な時間を過ごした。

 獣車に戻り、茫然としている新人に指示を出す。

「この短剣を持って、ミズガル領のビックス様を訪ねなさい。便りは今から書くから」

「は、はい」

 ジィトとビックス様に情報を与えてやらないと、混乱が起こる。余計な手間を取らせてくれるものだ。

 ――王族であろうと、この借りは必ず返す。

 煮え滾る殺意を噛み締めて誓った。


 /


「――クソったれ、やってられるかよ」

 自室の床に濡れた服を叩きつけ、大きく息を吐いた。

 接触は完全に失敗だった。解っている、他ならぬ自分の所為だ。不出来と称される、辺境貴族の次男坊など楽に御せると思っていたら……焦りが全てを台無しにした。

 疲れていた。暗かった。どれだけ言い訳しようとも、失敗したという結果が目の前には広がっている。

 足元がぬかるんでいるなんて、見れば解ることだ。条件が悪いなら、相応に慎重であるべきだ。俺はやるべきことを怠った。

 薄汚れた衣服と冷え切った体が、不調を訴える。禁じられていると知りつつ、周囲に悟られぬよう、小さな火を浮かべた。

 体の表面を乾かすよう、身の回りに並べる。ついでに湯を沸かし、ちびちびと口をつける。胃の奥に熱が入り、落ち着きが少しずつ戻って来る。

 己の不明を恥じる。

 元より気の進まない任務ではあった。

 ――近衛を瓦解させるべく動いている、辺境の蛮族を調査せよ。

 事実がどうなのかは知らない。本当にそうなのかもしれない。ただ、第三王子はそんなことを気にしているのではなく、お気に入りを手放したくないだけだ。しかも、戦力としての保持ならまだしも、単に隊長を好きに犯したいだけの話。

 腐っているし、狂っている。

 それでも……近衛は国のため、とりわけ王族のために存在する。たとえその指示が明らかに狂っていようとも、近衛であろうとするのなら、その言葉には従わねばならない。

 理解している。

 重々理解している。

 生きるためにはそうせざるを得ない。

「やってられっかよ」

 こんなに気乗りしない任務は初めてだ。あんな馬鹿の為に、娯楽の一つも無い特区まで来て、この体たらくだ。

 任務を投げ出すための道筋を探している。俺は贅沢を望んでいるだろうか?

「あちっ」

 ぼんやりし過ぎて、湯で舌を焼いた。没頭しかかった意識が急に浮き上がる。

 ……そういえば、あの次男坊は、牙薙という魔獣が暴れていると言ったか。

 特区の戦力など知る由も無いが、番兵については程度が低いといった印象は受けなかった。彼らで仕留められないということは、相手が余程強いのか、単純に見つかりにくいかどちらかだろう。

 そこまで考えて、腕を組む。

 王族からの指示は何よりも優先される。ただし、近衛の身分を明らかにすることは禁じられていない。加えて、王族の名誉を守ることは近衛として当然のことでもある。

 解っている。これはやりたくないことをやらないための言い訳だ。

 しかし魅力的だ。

 あのクソの言いなりになるより、魔獣狩りで命を懸ける方が何倍も良い。どうせクロゥレン家に叛意が無くとも、あの男は信じない。期限の限られた仕事でもないのだし、調査を名目にだらだらと帰還を先延ばしにしてやる。

 頬を両手で叩き、自分に活を入れる。

 決めた。

 もう知らん、俺は魔獣を狩る。酷い怪我を負うので暫くは戻らない。場合によっては、消息不明で死亡扱いも良い。

 俺以外に人員はいないのだから、どうなっても気付きようは無いだろう。

 方針はもうこれで良い。

 寒気に震えながら、馬鹿が今すぐ死にますようにと祈っているうちに、眠りに落ちた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミル姉に喧嘩売るには戦力が足りなすぎる……。 穏便に同行願うか、叩きのめせる戦力集めるかしておかないと。 まぁやらないからバカ王子言われてるんでしょうけれど。
[一言] 王道のバカ王子の登場か!?ミル姉が足で王子の頭をグリグリしている未来が見える。 誰が最初に暴れるのだろう? お疲れ様です。今回も楽しかったです。
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