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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ザヌバ特区探索編
55/223

住人たち

 大変長らくお待たせしました。


 雨雲が近づいている。

 空気が湿り、肌にまとわりつく。相棒が空を見上げ、舌打ちを一つした。山のど真ん中での立ち番――樹々の枝は雨を遮るには頼りない。

「雨季に入ったかねえ」

「どうでしょう。客が減るのはありがたいけど」

「ハッ、元々大して客なんていねえだろ」

 悪態に苦笑する。確かに彼の言う通りで、前回人がやって来てからもう何日経ったのかも解らない。この門を潜る者が、年に十人もいるだろうか。

 別に人を阻んでいる訳ではなく、単に魔獣が出る悪路を突破してまで、特区にやって来る者がいないというだけの話。

 しかし、どうやら今日は違うようだ。

 風でも獣でもない。小さく響く音に目を細める。茂みの奥で、影が揺れている。

 相棒に横目で合図をし、剣を握る。まだ抜かない。手の力をなるべく緩める。

 番兵は相手の敵意を確かめてこそ。

 やがて茂みの奥から、水で出来た透明な傘を差した少年が、汗を拭いながら近づいてきた。

「こんにちは」

「そこで止まってください。特区に何の用ですか?」

 こちらが武器に手をかけていることを承知で、少年はくたびれた笑顔を向ける。そして両手を挙げ、何も持っていないことを示して見せた。緊張も気負いも無い。

 ここまで単身で来れたということは、道中の魔獣を相手に出来る力があるということの証左だ。だというのに、相手は武装した私達を前に、自然体を保っている。

 脅威は感じないのに、異様な印象を受ける。

「おい、水術を止めろ」

「いやあ、それをやったら濡れちゃうので」

 少年は術を解かず、それどころか私達の上にも水の傘を作り上げる。魔力が流れ、術式が発動するまでの全てが理解出来るのに、反応が出来なかった。

 私はすぐに敵対する方向性を捨て、居住まいを正した。

「……繰り返します、訪問の目的はなんですか?」

「私は魔核加工の職人をしておりまして。聖地と呼ばれるこの場所に、一度訪れたいと思っていたのです」

 確かに、一部の職人がこの地を目指すということはある。ただその場合、普通は護衛を帯同しているのが当たり前だ。しかし少年はどう見ても単身でここまで乗り込んで来ている。

 酷く、不自然だ。

「身分証の無い者はこの先に進むことは出来ません。何かお持ちですか」

「組合員証では?」

「構いません。こちらに掲示してください」

 組合員証であれば、本当に職人かどうかの確認が取れる。そちらの方が都合が良い。

 少年は懐から証を取り出すと、私達の足元に投げて寄越した。目線を外さないまま慎重に拾い上げ、内容を確認すると、そこにも異様なものが表示されている。

 狩猟、解体、調合、調理が第四。魔核加工と錬金が第五。

 魔核加工の職人であることは、証に明記されている。証に刻まれた紋も正規のものだ。だから、彼が言っていることに嘘は無い。

 ただ――通常あれくらいの年齢の職人であれば、どれか一つでも第四階位の資格を持っているだけで、相当の有望株という扱いになる。

 それを六つ。

「……幾らなんでも、盛り過ぎじゃねぇか? どうやって組合員証を偽造した?」

「偽造はしてませんよ。大体、組合員証を偽造出来るなら、それだけで逸失技術の第六くらいは取れるでしょう」

 それも正しい発言だ。あれは旧時代の証発行機があるからこそ増産出来ているだけで、手作りをするようなものではない。もし現代の技術でやろうとすれば、かなりの加工能力を要求される。

 相棒は明らかに納得出来ていない。指先が短剣の柄を忙しなく上下している。けれど、少年は幾ら怪しく見えても、正規の手順を踏んでいる。不正を明確に出来ないのであれば、敢えてここで止める理由も無い。

「……身分証と用件は確認しました。中に入りましたら、特区の中央にある赤い壁の建物へ向かってください。特区内では日数に応じて滞在費用を支払う必要がありますので、ご自身の予算に応じて生活するよう留意してください」

 仮に二人で向かって行ったとしても、まず間違いなく負ける。状況を素直に受け入れることとした。

 私の言葉に、少年は問いを投げかける。

「滞在費って、一日幾らです?」

「基本的には一日二千ベルとなっております」

「基本的に、というと?」

「特区内での宿泊がその額です。その中に食事等は含まれておりません。詳しくは受付でご確認ください」

「ああ、なるほど。滞在費ってそういう」

 納得したらしく、少年は頷いて返した。私は相手の手に組合員証を戻し、門を開ける。

「ようこそ特区へ」


 /


 何の嘘もついていないが、相手の不審を煽ったことだけは理解出来た。とはいえ、証拠を見せたにも関わらず感情論で否定された以上、こちらに出来る対応は無かったと言える。

 女性の方はさておき、男性の方は対処に困るところだ。あちらが暴力で来たらこちらも合わせざるを得ない。特区は貴族の権限がいまいち通じないところが厄介だ。

 今後、彼と絡むことがあるだろうか。

 悩みながら足を進めていくと、教えてもらった建物が見えて来た。元々は馬鹿でかい樹だったらしく、洞を掘って無理矢理内側を使っていることが解る。赤い壁の建物というより、穴の空いた赤い樹だ。

 何故こんなやり方を選んだのだろうか。木材は周囲にあるのだから、普通に建築をした方が良かったのでは。

 首を捻りながら中へ入る。そこには机と椅子が二つずつ並んでおり、一つを背の曲がった老婆が占有していた。俺の気配に気付いて、転寝をしていた老婆が顔を上げる。

「んん~、客かい。よう来たね」

「お休み中失礼します。特区の入り口にいた女性から、こちらへ向かうよう指示されました」

「ええよええよ。そこに座んなさい」

 勧められるがまま、空いている椅子に腰かける。座った瞬間、椅子を通じて魔力が体を抜けて行った。魔術なら使われれば解る、であれば恐らく異能。

 体調に変化は無い……何を調べられた?

 完全に気が抜けていた。遅まきながら、全身に魔力を巡らせ身構える。

「うんうん、面構えがしっかりしとる。アンタいい男じゃね」

「……それはどうも」

 自分の行動が攻撃の一種であることくらい、この人は承知している筈だ。俺が警戒したことも察しただろう。

 しかし敵意は感じず、『健康』も機能していない。

 対応が出来ない訳ではない、と思う。まだ危害と言うほどには至っていないのなら、ひとまず良しとすべきか?

 次手が読めず、取り敢えず魔術を待機状態のままで話を進める。 

「こちらでは宿泊場所の斡旋をしておられるので?」

「まあそうじゃね。寝床ならいっぱいあるけども、人によっちゃアレは嫌だとかコレがいいとか、要望があるからねえ。どれどれ」

 そう言って、老婆は特区の地図と思しき板を取り出した。ばかでかい一枚板に、何やら様々な記号が刻まれている。

「ほれ、この辺の線で囲まれてるとこ。ここが居住区になっとる。広さはまちまちだけども、基本的には一人で一か所を使ってもらってるね。何処がええ?」

 特区に何があるかも解っていないのだから、何処を選べば得なのかも解らない。建物同士もそんなに離れてはいないようだ。

「別に場所は何処でも構いませんが、寝床がちゃんとしている所がいいですね」

「じゃあここかね。ここはあんまり土台が傾いてないから、他よりは寝やすかろう」

 そもそも平たくないのか。なら最低限、平たいだけで満足するべきなのだろう。言われるがままに頷く。

 どうせ山の探索を暫く続けることになるのだから、体を休められる場所の確保は重要だ。いくら『健康』があるとしても、快適な方が良いに決まっている。

「食事はどうなってるんです?」

「ここの広場でなら火を使っていい。作るのが苦手なら、広場の脇には食堂もあるでな。ただし、日が暮れれば閉まるんで気をつけるんだね」

「解りました」

 久々に調味料作りを楽しむのも良いかもしれない。

 自分の趣味を思い出して実感した。最近ずっと忙しかったのだし、俺は少しゆっくりするべきだ。この山中の何処かに祭壇があるのは確かとしても、どうせすぐには見つからないだろう。

「滞在費はここで支払いですか?」

「んむ。何日泊まる?」

「ではひとまず三十日で」

「一括なら五万ベルでええよ」

 ならばと一括で金を払うと、引き換えに紐の絡みついた杭を渡される。杭には溝が彫り込まれており、紐はそこに引っかかるようにされているため、簡単には取れなそうだ。

 で、何だこれ?

「入り口の戸に穴が開いとるから、杭はそこに差して、紐は中の柱で括ればええ。誰が入って来るか解らんでな」

「ああ……」

 なるほど、鍵の代わりなのか。杭ごと壊されれば一瞬だが、まあ無いよりはマシなのだろう。中に人がいる、という主張にはなる。

 微妙な心持のまま、杭を掌で転がす。後は確認事項を片付けよう。

「そういやお婆さん、ちょっと聞きたいんですがね」

「なんだい?」

 待機状態だった術式に、少しずつ魔力を巡らせていく。回避を許さぬよう、室内を囲む。

「……アンタ最初に、俺に何をしたんだ?」

 指先で机を叩く。ゆっくりと、指を上下させる。十を数える間に正しい回答が無ければ――相応の対処をしなければならないだろう。

 老婆は目を細め、何故か満足そうに小さく頷く。

「よう鍛えとる。その若さで、どんだけの死線を潜り抜ければそうなるのか……いやはや、この婆じゃ相手にもなるまいな」

 それは回答ではない。俺は指先の上下を止めない。

「それで?」

「アタシの異能に『危機感知』てのがあってね。対象が自分にとって危険なものかどうかを判断出来る。アンタについては敵対は避けるべきと出た」

「出会い頭に異能をしかけるのは敵対行為じゃないのか?」

「特区に来てから見破られたことは無いんだよ。全く、アタシも手緩くなったかね」

 確かに自分で言うだけあって、老婆の魔力の流れは安定している。魔術強度の低い人間では、恐らく何も感じないのではなかろうか。加えて、ここに来たがる人間の多くは職人であることを考えれば、感知に長けた人間に出会う可能性はますます低くなる。

 仕事柄、敵を把握しておく必要もあったろう。だからこそ、彼女は異能の行使を日常にしていた。

 特区と限らず何処でだって、他者に直接干渉する異能の行使は攻撃と見做されておかしくないというのに。

「世間知らずのガキなんて、どうにでもなると思ったか? ましてや職人にロクな強度なんてある訳ないってな」

 ところが、世の中には例外というものがある。そして、自分が狭量だとは解っていても、ただ許すべきではないことがある。

 だからここからは交渉だ。

 極めて不愉快ではあるものの――ここで住人と事を構えるつもりはまだ無い。では安全と引き換えに、相手が何を提示出来るのか?

 俺はただ老婆を黙って見詰める。張り巡らされた魔力が部屋の中で層を成している。

「……アンタ、滞在の目的はなんだい?」

「まあ、この辺の探索かな。色々と素材を集めたい」

 そう。歩み寄ろうとするのなら、相手のことを少しずつでも知らなければならない。

 俺の返事に老婆は頷く。

「素材の種類にもよるけども、この辺で取れる物の情報なら提供出来る。山の中は地図を敢えて作ってないんで、大雑把な話になるかもしれんが……」

「ふぅん。なら何かあったら頼らせてもらおうか」

 他人が得た素材を買い取るのはまだしも、タダで回してもらおうとは思わない。まあそんなに欲しい物がある訳でもないが、情報提供があることそのものは悪くないだろう。

 特区の上役と思しき人間に負い目を背負わせたし、俺が都合の良い存在ではないと認識させられたのなら、まず満足しておくべきだ。この老婆は俺が争いごとを避けようとしていたことも含め、織り込み済みとしても。

 溜息を押し殺す。まずは要望の一つもなければ不自然か。

「じゃあ取り敢えず、魔核を買い取りたい。小ぶりな物でいいんで、ある程度まとまった数が欲しい。宿泊地に届けてもらえるか」

「解った。支払いは品と引き換えでええな?」

「それでいい。なるべく早く頼む」

 言い置いて席を立つ。敢えて老婆の様子は確かめなかった。

 目を付けられたのはまず間違いない。とはいえ仕掛けられた以上、対応せざるを得なかった。

 何処までこちらを侮ってくれるだろうか? 探索をあまりせず、ただ籠っていれば警戒感を弱められるとは思うが。

 今後の備えをどうすべきか、悩み事ばかりが増える。

 今回はここまで。

 休日出勤が続いているため、定期更新はまだ難しそう……。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで、厄男(職人犯罪者)、厄女(侯爵家双子妹)、厄女(職人妻)ときて、最強姉、最強兄、最強女隊長(、最強爺師匠) さらに来そうなのが厄男で、男女バランスよさげでいい。
[一言] お待ちしておりました。 新しい展開で、何がどうなるのかさっぱり読めません。それがいいですね。楽しみです。 舐められないよう頑張るフェリス君、かっこいいですね。今度は誰の暴走に巻き込まれること…
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