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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ザヌバ特区探索編
54/222

またあとで

 隊長に追いついたのは、中継地点となる村に着いてからだった。それなりに急ぎはしたものの、やはり元々の速さが違い過ぎる。

「どうした、時間がかかったな?」

「途中、何回か魔獣が出ましたからね。一応掃除をしてましたよ」

「それは大事なことだ」

 軽く笑って、隊長は俺とフェリス殿に水筒を寄越した。侯爵領を出た時に持っていた物とは違う物だ。どうやら買い物をするくらいの余裕があったらしい。

 そこまで汗は掻いていないにせよ、水分補給は重要だ。蓋を開けて口に含むと、微かに甘い味が広がる。よく冷えていて美味い。

 何だこれは?

「カロ……だっけ? 小さい頃に食べたような」

「ご名答、フェリス君は味覚が鋭いね。この村では熟す前のものを潰して、濾した果汁を飲むそうだ。肌荒れに効くらしいよ」

 隊長の肌が荒れているようには見えない。フェリス殿も同じことを思ったのか、一瞬だけ目が合った。 取り敢えず効果の程はさておき、冷えた水分がありがたい。

「これ幾らでした?」

「水筒込みで五百ベルだったよ。中身だけなら二百だと」

「安いですね。もう一杯行こうかな」

 フェリス殿はカロが気に入ったらしく、俺と隊長の分も抱えて店まで歩いて行った。彼の背が曲がり角で消えたのを見計らって、隊長が俺に向き直る。

「で、本当は何で遅れたんだ?」

「別に嘘を吐いてはいませんよ。大体にして、こんな装備で速く走れますか」

 脱いで背嚢に入れることも考えたが、それはそれで後ろの重みが増して走りにくい。結局邪魔になるのなら、装備した方が楽だと判断した。

 隊長は俺の返答に眉を寄せる。

「それは……まあ、そうだな。でも、何かあっただろう?」

「無くは無いですが、そう大したことではありませんよ」

 フェリス殿は隊長を手元に置くことを否定しなかった。必要とあれば国を捨てるとさえ言った。あれは一人の男が自分の能力を鑑みた上で、真っ正直に出した答えだ。

 それを他ならぬ隊長に、軽々しく告げようとは思えなかった。

 俺は首を横に振って、言えることだけを続ける。

「助言を受けたんですよ。俺は中央の貴族を、ただ鬱陶しいだけの邪魔な連中だと思っていました。しかし、フェリス殿は利害が一致するのなら味方につけろ、と教えてくれました」

「私達には無い発想だな」

「はい。何せ隊長は、何処ぞへ行ってしまうらしい。どうしたものかと困っていたら、機転の利く男がいたのでね。話し込んでいたら少し長くなってしまった」

 俺は苦笑いを浮かべる。隊長は静かに目を閉じ、細く息を吐いた。その表情は穏やかで、けれど少しだけ頬が紅潮している。

「……ジグラは反対すると思っていたよ」

「賛成した覚えはありません。というより、こちらが何を言ったからって、意見を変えるつもりも無いでしょう」

「そうだな。自分で決めたことだ」

 人より多少裕福に生きようとして、縋れるものが己の肉体しか無かった平民上がりの俺達に、近衛の身分は大き過ぎるものだったのかもしれない。

 ただ武器を振って食っていければ充分だった。地位や権力が与えるものは余分だった。

 近衛に思い入れが残っているとしても、もう隊長にとって、現職は重荷にしかなっていなかったのだろう。

「……次は誰になると思います?」

「お前は不器用だが、隊員を気にする意識がある。私としては、お前を推したい」

「真っ平ですよ、そんなもの。言っちゃなんですが、よくあんな地位を続けてましたね」

 こちらの返答に、隊長は声を上げて笑う。こんなに楽しそうな姿は久し振りに見た。僅かに胸が疼く。

「暫くは引継ぎがあるとして、どれくらいで抜けられますかね」

「最短を行くよ。従者が主を待たせるものではないからな」

「そりゃそうですよ」

 近衛であってもその辺は同じだ。大きく息を吸い、溜息に変える。

 隊長は未来を見ている。俺は今しか見えていない。先のことを考えれば考えるほど不安になるだけだ。

 まあ――俺は弁えている。

 手が届かないものも、手に収まらないものも必要無い。

 だから、貴女をもう追わない。


 /


 やたらと愛想の良いおばちゃんから、飲み物を買って戻る。

 昨今の世情に対して不満を述べつつも、大量の果物から果汁を吸い出しては冷やすという離れ業を、おばちゃんは延々と続けていた。何故こんなところで露天商をしているのか不思議なほど、水術に長けていた。

 凄かった。話のネタになるだろう。

 さて。

 戻ってみれば、そこには腹を抱えて笑うファラ師と、微妙な顔をしたジグラ殿が俺を待っていた。道中にも時間はあるにせよ、二人でゆっくり会話する余裕も必要かと思ったら、想像していない方に話が転がったようだ。

 もうちょっと色っぽい展開にはならなかったものか。

「戻りました」

「おかえり」

「いやあ……あのおばちゃん、とんでもない実力者でしたね」

 先程の光景を話すと、ファラ師はしたり顔で頷く。

「ああ、アレを見たのか。彼女はこの村の自警団の一人で、元々は中央の研究者だったんだ。座り仕事で腰を悪くして、故郷に戻ったんだね」

「なるほど、やけに達者だなと感心しましたよ」

 それなら納得というか、そうでもないと説明がつかない技術だった。まったく強さを感じさせない辺りが尚更に恐ろしい。

 ともあれ、人材が豊富であることは良いことだ。俺は頭を切り替え、二人に補充した水筒を渡す。

「で、どうします? 俺はここで一泊して、それから特区に向かいますが」

「私達もそうしたいところではあるんだが……まあ、宰相辺りが喚いているだろうからね。先を急ぐことにするよ」

「別に近衛を必要とする状況も無い気はするんですが」

「実際ありませんが、責任者不在の状況を続けたくないのでしょう。王族によってはお気に入りを指名する傾向もありますし」

 ああ……。

 玄妙な気持ちになる。先程の会話からすれば、ファラ師が呼ばれる理由はそれが一番大きいのではないか。彼女がそんな状況から一刻も早く離脱することを祈るばかりだ。

 ジグラ殿も思うところがあるのか、苦い表情をしている。

「まあ、已むを得まい。それだけ腕を買われているということだ。……振るう機会の無い腕に、どれだけの意味があるかはさておきね」

 俺とやり合った時の感触からして、ファラ師はやはり現場に立ちたい人のようだ。思えば、ミル姉やジィト兄といい、現場に出たい人間ほど上に立っている気がする。適材適所ということを考えれば、管理職と現場を振り分けた方が本人達にとっても良い気はするのだが……力量の無い人間や現場を知らない人間に、武人は従わないか。

 ままならないものだ。

 状況を嘆いてもどうしようもない。取り敢えずお互いの日程をすり合わせ、連絡方法を決める。安心と安定の組合便だ。

「特区での見聞が終わったら中央に向かうつもりですが、状況が悪いようなら避けますので教えてください。中央の貴族に目をつけられないようにしていますので」

「それは構わないよ、私も好きで目立っている訳ではないしね。でも、何かあるのなら先に教えて欲しい」

「いや、誰と絞れる訳でもなくてですね……やたらとうちを辺境人だの蛮族だのと言って来る連中がいるんですよ。今のところは適当に流していますが、直接かかってこられたら抵抗せざるを得ないので」

 しかもそういう奴に限って、権力はあっても強度が無い。魔術弾を撃ち込めば粉微塵になりそうな癖に、粋がるのは止めていただきたいものだ。人殺しが良くないという程度の倫理観はあっても、それは己の無事を確保してこその話であり、俺はいざという時に手加減出来る人間ではない。

 ジグラ殿がふと声を漏らす。

「クロゥレン家の方々は、強さが見えにくいのかもしれませんね。力量差があり過ぎて理解出来ないのでしょう。国境線を維持している人間が弱い筈がないことくらい、ちょっと考えれば解るのですが」

「そんなに頭が回るなら、そもそも喧嘩を売って来ないでしょう」

「だからこそ我々も苦慮しているのです」

 相手を味方にしろ、というのは言い過ぎだったろうか。いやしかし、それくらいやってもらわねば、ファラ師の確保が難しくなる。

 ここはジグラ殿に頼るしかない。

「ジグラ殿、もしも武力的な面で困ることがあれば、中央の第三区に私の師匠の工房があります。どうしようもない時は、私の名前を出してください」

「フェリス殿の師匠ですか。名は?」

「ヴェゼル・バルバロイ」

 俺の言葉に、ファラ師とジグラ殿が息を飲んだ。反応が意外で、俺は首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「いや……国内でも最高の魔核職人じゃないか。上位貴族でも軽々しく門を叩けないよ」

「フェリス殿はあの方の弟子だったのですか? いやしかし、武力で頼る?」

 ジグラ殿が大混乱している。まあ確かに、やり合うのに職人を頼れと言うのも意味が解らないだろう。でもそういう人なのだとしか言いようがない。

「師匠は俺の上位互換というか……ミル姉に勝った数少ない人間ですよ」

 二人が完全に硬直する。

「ええ……あの方に勝つ? 勝ち筋があるんですか?」

「流石に他人の手札は教えられませんよ。でも事実です」

 『王国の至宝』が単なる職人に敗北を喫したことを知る人間は少ない。しかし、師匠は総合強度で14000超えの、ファラ師に比肩する怪人だ。荒事には滅法強い。

 というか、巧く嚙み合えば下手をするとファラ師を完封しかねないのだよな……。

「実際に頼る局面があるかはさておき、顔繋ぎくらいはしておいて損はありませんよ。高級素材とか、大量の魔核を持ち込めば仕事は受けてくれます。後は、珍しい魔獣の情報とかね」

 俺は持っていた飛針に銘を刻み、ジグラ殿に手渡す。

「紹介状の代わりにはなるでしょう。後のことはお任せしますよ」

「……確かに、受け取りました」

「色々と気を遣わせるな。ありがとう」

「いいえ、構いません。師匠と会ったらよろしくお伝えください」

 その後もあれこれと名残惜しく話を続けたものの、日暮れが迫っていることもあり、彼らは出発して行った。遠ざかる背を、手を振って見送る。

 次にファラ師に会うのは、早くても一月後だろう。

 腰に手を当て、体を反らす。鈍った体のあちこちが軋んだ。

「宿を探すか……」

 さっきのおばちゃんなら、宿の場所を知っているだろう。水筒を傾けて喉を潤しながら、さっきの露店に足を向けた。

 明日以降のことをぼんやりと考える――聖域の攻略ねえ。

 はてさて、何が待っているのやら。

 生きて再会出来るのかも、よく解らない。

 今回はここまで。

 今月は休日出勤が多いので、投稿が不定期になるかもしれません。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 調理師でも4級ですからね。 舌が良いのも納得です。 [一言] 次の近衛の隊長は政治が出来て身分が高い人に……。 平民にやらされにはつらすぎる役職です。
[一言] 夢も希望もない苦労人のジグラ殿、報われるといいですね。次はいよいよ神託イベントですか? ファラ師大暴れイベントも控えていますし、楽しみ盛り沢山です。 でも執筆では無理をなさらずに、気長に待つ…
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