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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ザヌバ特区探索編
53/222

懸念


 ――見た目だけで彼を判断し、侮っていたことは否めない。

 レイドルク領を抜け、中継地点である宿場町を目指す途中、隊長が不意に呟いた。

「そろそろ人目も無くなって来たことだし、少し急ごうか。フェリス君、走るのがきつければ、こちらで担いで行くが」

「……いや、流石にそれはお断りします。走れますから大丈夫ですよ」

 そうは言っても、見た所フェリス殿は魔術寄りの人間だ。普段から行軍している俺や隊長について来れるものだろうか。

 俺の懸念を余所に、隊長は朗らかに笑って走り出した。速度は抑えているものの、常人よりは圧倒的に早い。置いて行かれないよう、俺は慌てて足に力を込める。

 貴族への礼儀として、金属製の鎧を着ていたことが呪わしい。騒々しい音を立てつつ、先を行く背を追う。フェリス殿はどうしたかと周囲を探れば、苦笑いをしながら涼しい顔で俺に並走していた。

 面食らって足取りが乱れる。

「こちらのことはお気になさらず」

 走りながらも言葉に乱れは無い。明らかに、普段から走っている人間の動きだ。

「行軍の経験が?」

「行軍なんて大層なものじゃありませんよ。守備隊の訓練には参加してましたけどね」

 クロゥレン家の守備隊と言えば、国内でも精兵揃いで知られている。流石に近衛ほどではないものの、加入条件はかなり厳しかったはずだ。当主の血筋の者だからと、身分による甘えが通用する世界ではない。

 見ただけでは強さがよく解らなかったが、新兵よりは余程基本が出来ている。病み上がりでこれなら、本調子の彼はもっと素晴らしいのだろう。

「子爵領は森林地帯でしたね。森にはよく入っていたのですか?」

「そうですね。生きていくためには必要なことでしたし、足腰は鍛えられたと思います」

「なるほど、動ける訳だ」

 荷物やら鎧やらが一歩踏み込む度にうるさいので、自然と声が大きくなる。まだまだ体力的には余裕でも、無駄口を叩くと消耗が激しい。

 隊長はこちらを待つつもりが無さそうだし、一度集中するべきか。

「ひとまず、前に追いつきましょう。異能無しでも隊長は速い」

「そうですね、行きますか。……っと、ジグラ殿、魔獣が寄って来てます。右手側、奥の茂みから三体。このままだと接敵します」

「脅威は?」

「ありません。が、ファラ師から離されます」

 それも問題とはいえ、放置する訳にはいかない。溜息をついて、足を止めた。

 槌を腰の留め具から引き抜き、構える。

「取り敢えず、全滅させましょう。我々以外の人間も使う道ですからね」

「了解しました」

 フェリス殿が頷くと同時、地を低く這う黒い影が三体同時に飛び出して来る。思いの外近くまで来ていたようだ。

 足首を狙って襲い来る影目掛けて、掬い上げるようにして武器を振り抜く。獣の頭が砕け散り、血飛沫が舞った。残り二体へ顔を向ける――そこには、首を石槍で貫かれた魔獣が横たわっている。

 対応が早い。魔術の発動を感知出来なかった。

 貴族としての力を持っていないから職人を選んだのかと思ったら、そういう訳ではないらしい。というより、俺の魔術強度を大きく超えていなければ、感知すら出来ないなんて現象は起きない。

 俺の魔術強度が3208。もしかして彼もアヴェイラ同様、魔術強度で5000を超えている?

 だとしたら逸材である分、惜しい。

 いっそ単なる盆暗であったなら、簡単だったというのに。


 /


 目の前の人物の纏う空気が変わった。

 明確にこちらへと向けられる圧力――何故?

 ファラ師はだいぶ先へと行ってしまった。今ならジグラ殿が何を言っても、ファラ師には届くまい。何処となく緊張を孕んだまま、彼が重々しく口を開く。

「フェリス殿。……隊長が職を辞して、貴方の従者になると聞きました」

「そのようですね」

 本当に何でそんな発想に至ったのか、今もって解らない。ただ、その思い切りがミル姉のツボを突いたらしいことは確かだ。

 俺が困惑していると、ジグラ殿は苦々しげに顔を歪めて続ける。

「現職を続けてもらえるよう、貴方から口添えをしてもらえないか」

 ああ、なるほど。

 それは確かに、今じゃないと言えないか。しかし返答に困る発言だ。ファラ師が俺の従者になることについては、正直かなり首を捻っているところではある。ただ、かといって本人の意思を妨げるほどの反論も、俺には無い。

「まあ、ファラ師が俺の従者になることは、勿体無いとは思っています」

 言葉を慎重に選ぶ。残念ながら、ジグラ殿の意思には沿えない。

「かといって、あの人が現職を続けることに賛成なのかと言われると、よく解りません」

「と言うと?」

「繰り返しになりますが、俺の側にいるのが正解か? という気持ちはあるんですよ。ただ、近衛としての立場にあって、あの人が幸せなのかと問われれば、そうでもなさそうに見える」

 そもそも現職に執着があったら、もっと別の形になっていたはずなのだ。他人がどれだけ惜しもうと、本人にその気が無ければ続かない。

「あの人は才ある人で、かつ有能なんでしょう。ただ、建前としてこの国には職業選択の自由があります。それを認められないのなら国として破綻しているし、ファラ師が抜けることで近衛が立ち行かなくなるのなら、それも組織として破綻している。戦時下でもない今、あの人に拘る理由は無いでしょう」

 近衛は王族を守るためにある。現状、国内は安定しており、周辺国との関係性も悪くない。ファラ師がいなくとも、近衛の業務は回せる筈だ。

 俺の言葉に、ジグラ殿は苦悩に満ちた表情を見せる。

「フェリス殿の発言は理解出来ます。ただ、現実はそうではない」

「何があると?」

「王族の一人が、隊長に執着を見せています。役職があるからこそ愛妾として扱われずに済んでおりましたが……」

「立場が無くなれば単なる女だから、好きにして良いとでも?」

 唇が吊り上がる。話の内容そのものは不快であるにせよ――彼は彼なりに、ファラ師を守りたい訳か。ただし、それを守るとは言わないんだ、馬鹿らしい。

「王権を甘く見るべきではない。今後狙われ続ける生活になるのですよ?」

「お偉方の顔色を窺い遜って仕事をするか、王族の玩具になるかの二択しか無いとでも? 貴方こそ、ファラ・クレアスを甘く見ている。あの人は人格者だから他者を害していないだけで、王家を皆殺しに出来るだけの武力を持った真の強者だ。本気のあの人を誰が止められるんです?」

 ジグラ殿は槌に手をかけ、唇を噛み締める。息が詰まるような時間が流れる。

 ――武器を俺に向けて何が変わるというのか。加えて、彼は根本的に誤解をしている。恐らく、王権は発動するとしても、彼の想定するような事態にはならない。

 内部にいるのだから、ある程度情勢は読んで欲しい。俺は溜息を漏らす。

「ジグラ殿。……貴方の懸念は尤もですが、王族がファラ師に固執しても、恐らく彼女は愛妾にはなれませんよ」

「何故そんなことが言えるのです?」

「簡単ですよ。上位貴族の面々は、ファラ師を疎ましく思っている。理由までは知りませんけどね。女には要職を任せられないだの、平民上がりが偉そうにだの、その辺が定型句なんじゃないですか?」

 ジグラ殿は虚を突かれたように硬直し、やがて頷く。

 上位貴族の陰湿さとでも言うか、そういった手口には飽き飽きだ。言葉だけなら証拠が残らないから、何を言っても咎められないと思っていやがる。

 ただ、そういった連中だからこそ、自分の利害には敏感だ。

「ファラ師が愛妾になった場合、彼女は王族に対して多少なりとも発言権を持つことになる。確認しますが、あの人は周囲から疎まれる以上に、慕われてもいるのでは?」

「それは……その通りです」

「ならファラ師が呼びかければ、彼女の元に集う武人は少なからずいるということです。王族に武力が集中し過ぎる可能性を、上位貴族達が認められると思いますか?」

 断言出来る。彼らは己の心臓を握られることを良しとしない。むしろファラ師が自発的に排除されるというのなら、その流れに乗るだろう。利害が一致するのなら、今回は相手を利用出来る。

「ファラ師の安全を確保したいのなら、むしろ貴族を抱き込むことです。愛妾になることは認められない、かといって物理的に排除しようものなら反撃を受ける、だったら本人の好きにさせよう。そういう方向に全体を持っていくことが、貴方に出来ることです」

 王族以外には、これが一番望ましい形になる。協力を求めることはそう難しいことではない。

 ……しかし、危険だから好きにさせよう、となる辺り強者が強者たる所以だな。

 ジグラ殿は色々と考え込むと、観念したように槌から手を離した。

「そのような道があると、私は想定出来ませんでした」

「まあ、敵だからといって協調出来ない訳ではないですからね。思惑が一致するのなら、そういうやり方もあるってだけです」

 ジグラ殿も平民からの叩き上げなのだろうか。貴族が持つ権力を過剰に恐れると、こうなる気がする。

 ひとまず、病み上がりでやり合うことにならなかっただけで、俺としては恩の字だ。

 話がまとまったところで、放置したままになっていた魔獣の亡骸を地面に沈めた。その様をぼんやりと眺めながら、ジグラ殿は懸念を口にする。

「フェリス殿……私は中央に戻り次第、先程教えていただいたことを目標に、貴族達と交渉をするつもりでおります。ただ、もし隊長が狙われることになったら、貴方も同じく狙われる。その点はどうお考えですか」

「撃退出来るならします。駄目な時は領地に戻るか、国を出るか……まあ、幾つか考えはありますよ」

 地術で亡骸を埋めた箇所を固めてやると、ジグラ殿はそこに槌を振り下ろす。激しい音が響き渡るも、地面は多少凹んだ程度で大きな損害は見られなかった。

 彼は苦笑いしながら、満足げに頷いた。お眼鏡には適ったらしい。

 根が生真面目な人なのだろう。正直、彼も近衛には向いていない感がある。まあ、部外者である俺が口出しすることでもないか。

 ならば残す問題は一つ。

「ところで……」

「はい?」

「ファラ師は何処まで行きましたかね」

 『観察』と『集中』を使っても、最早背中すら見えなくなっている。魔力探知すら及ばない。

「ああ、拙い」

 小さな嘆きが耳に届く。ジグラ殿が慌てたように走り出した。いつものことなのだろう。

 こちらのことを全く斟酌していない……あの人は本当に慕われているのだろうか?

 微妙な心持ちになりつつも、俺は彼の背を追うことにした。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 緻密な描写! [気になる点] 暗い [一言] 冒険譚かと思ったらバカがバカなことやって笑えない結末になるのをネットリ描く異世界ウシジマくんだった…
[一言] 世界3位とフェリス君のコンビなら、どんな敵が来ても大丈夫! 逆にピンチなんてあるの? あっ!ファラ師が暴走してバーサーカーに!? 次回も楽しみです。
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