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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
レイドルク領滞在編
48/223

レイドルク家の次男坊

 真夜中。家人の大半が寝静まる頃合い。

 看守に食事を取るよう指示を出し、見張りを交代する。特に怪しまれた様子は無く、彼は休憩を単純に喜んでいるようだった。その姿が奥へと消えるまで待ってから、呼吸を整えて、独房への階段を下りていく。

 時間的な猶予は無い。それでも、検証する。

 階段から独房までの距離を測る。壁と廊下の角を利用しながら、標的を観察出来る位置を探る。武器を自由に扱えるだけの空間があるか、それとなく動いてみる。

 まだ本番ではない。まずはじっくりと、やり遂げられるかどうかを確かめるのだ。

 独房の扉には看守が話しかけられるよう、小窓がついている。今回はそこを敢えて塞いでいないため、呼べば相手も顔を出すだろう。

 想像する。

 声をかける。外の様子を窺うため、相手が小窓に顔を近づける。そこを目掛けて全力の一撃を放つ。

 もしも、外してしまったら? 外したら次は無い。失敗の許されない環境において、成功をより確かなものにするため、何度だって検証する。

 可能性を上げるため? いや、自分の不安を薄めるために。己の身の丈は弁えている。今になって虚勢を張る必要も無い。

 大きく息を吸う。

 きっと大丈夫だ。必要なだけの力は手に入れた。だから後は、取り乱さずに自分が事を進められるかどうかだ。

 この時のために装備を整えた。

 この時のために魔術を教わった。

 この時のために――異能を隠し続けた。

 ただ一度、本気で相手を殺すため、足掻き続けた時間は長かった。だがそれも、もうすぐ終わりを迎える。

 全ての条件は整った。後は、検証を終えるだけ。


 /


 まともに意識を保てるようになった時には、裁きから三日経っていた。まあ、ミル姉が出て負けることも無いとは解っていたし、想像通りに勝ったようだ。

 ただ、精神的にはやはり疲れが出たようで、何処となくミル姉の顔色は悪い。

「面倒をかけたね」

「全くね。得る物があったのは良かったけれど」

「それは何より。因みに、尋問の方は?」

「アヴェイラ嬢はまともに会話をする気が無いから、話は進まないわね。セレン女史を突いた感じだと、駆け出しの職人がそんなにもらえる訳がないと話したのは、アヴェイラ嬢で間違い無いみたいだけど」

 悪意が透けてはいるものの、発言そのものに誤りは無い。単に俺が駆け出しではなかっただけだ。

 アヴェイラが迂闊に場を引っ掻き回さなければ、単に行き違いを正して終わっていた話だった。そこまで度外れた馬鹿だとは思っていなかったが、お陰でレイドルク家に貸しを作れたのだから、我慢した甲斐はあったのだろう。

「とはいえ……アヴェイラに死罪とは、思い切ったな」

 そうなるだけのことはしているが、ウェイン様は身内に甘い印象だった。本人の性格に難はあるにせよ、レイドルク家としては使い道がまだあったのではないだろうか?

 俺の言葉に、ミル姉は欠伸を噛み殺しながら応じる。

「ん、そう? 上位貴族だし、使えない人間なら身内でも切るもんじゃない?」

「否定はしないよ。実際、アヴェイラは邪魔だったろうしね。ただ基本的に、出た判決に対して俺らはどうこう出来ない訳だから、ウェイン様は私情で判決を下しても良かったんだよ。ミル姉自身、アイツのことはどうだって良かったんでしょ?」

 ミル姉は苦笑いを浮かべながら、窓の外を見遣る。

「正直、そうね。でも多分、ウェイン様は私があの三人を殺さないことに賭けたのよ。レイドルク家を離籍している以上、家には戻せない。近衛は犯罪者の受け入れを拒否した。じゃあ残っているのは?」

「うちしか無いだろうな」

 俺に権限があるなら断固拒否でも、客観的に見れば選択肢はそれしか無い。なるほど、家から切り離しつつ彼女の命を繋ぐため、処断をこちらに委ねたと。

 必ずしもうちが引き取りをする訳ではないにせよ、最低限、家から切り離すだけなら成功する。アヴェイラの生死に拘っていないことはあちらも解っただろうから、分の悪い賭けではなかったのか。

 やはりウェイン様は切れる。判決までの僅かな時間で、求める可能性が少しでも残るよう考え、立ち回ったのだろう。

 素晴らしい――最後の最後、見落としてさえいなければ。

 今後の展開を予想する。ほぼ間違い無く、ウェイン様の狙いは達成されない。事はもう動き出しており、俺にとって本当に望ましい結果を出すなら、今動くしかない。

 黙り込んだ俺を訝り、ミル姉がこちらの顔を覗き込む。

「どうかした?」

「……ミル姉、頼みがあるんだ」

「内容によるわね」

 言外で面倒はご免だ、と告げながら、ミル姉は俺の返答を待つ。

「難しいことじゃない。三人の処遇をどうするか、ウェイン様に話すのを出来るだけ先送りしてくれ」

「領地に帰らなきゃいけないから、そこまでは引っ張れないんだけど……」

「そこを曲げて頼む。それだけで、俺とミル姉の懸念事項がある程度解決するんだ」

 周囲の気配を探る。扉の外にファラ師が控えている――内容が内容だけに、ミル姉以外に聞かれる訳にはいかない。

 風術で遮音しようとして巧く行かず、そんな俺に呆れたミル姉が、あっさりと部屋を魔力で覆った。

「まだ魔術は無理でしょう。……で、何が起きると踏んだの?」

「簡単だ、間もなくアヴェイラが殺される。だから巧く行けば、ハーシェル家だけを確保出来る」

 むしろ、まだ死んでいないことが俺としては意外だった。たまたま間が悪かったのだろうか?

 ミル姉は俺の発言に目を見開くと、黙って先を促す。

「もうずっと前から、ジェストはアヴェイラを殺す機会を窺ってたんだ。平時なら身内を殺す訳にはいかないとしても、今ならそこを気にしなくていいだろ?」

 何せ相手は死罪を申し付けられているのだ、殺したところで言い訳が立つ。貴族として身内の恥を雪ぐため、とでも言えば、他家の人間は引き下がらざるを得まい。加えて当たり前のことながら、アヴェイラは武装解除した状態で独房に閉じ込められている。この絶好の機会を逃す手は無いだろう。 

 ただ、ミル姉にとってはいまいち納得し難い内容だったらしい。

「確かにそうね。でもどうして、ジェスト君はアヴェイラ嬢を殺したがってるのかしら。彼女がいないと、レイドルク家の武力には不安が残るんじゃないの?」

「それはそうだ。でもな、腕はあっても頭の悪い女があの調子で動き回ったら、後始末は必要だろ」

 そうだ、後始末だ。一瞬遅れて、ミル姉は状況を正確に読み取る。

「……ああ。じゃあ、ジェスト君は、レイドルクの暗部だったんだ」

 俺は頷く。

 別に難しい話ではない。頭も聞き分けも良い兄は、周囲からの言いつけもあって、妹の尻拭いをするようになった。しかし妹の性格は収まることはなく、むしろ成長するに従って暴力と権力を知り、兄を侮り人格を否定するようになっていく。

 だがそれでも、大貴族にしては武門の弱いレイドルク家としては、アヴェイラの強度に頼らざるを得ないところがあった。レイドルク家は彼女を司法から遠ざけることで、巧くその強度を利用することに成功する。しかし、難しいことは何もする必要が無く、ただ勝手気儘に好きなことをしているだけで称えられるという環境は、彼女を更に増長させていった。まして、当人になまじ才能があったことも、事態の悪化に拍車をかけた。

 家に傷をつけないためだけに、やりたくもない殺しを、アイツはどれだけ続けてきたのだろう。

「……ジェストももう楽になっていい。状況が許すなら、本人に決着をつけさせてやりたい。アイツに猶予をやってくれないか」

 ミル姉は眉間を揉みながら、返答を考えていた。

「彼が失敗しても別に不利益は無いし、やらせてあげるのは構わない。ただ、こう言ってはなんだけど、やりきるだけの腕はあるの?」

 その疑問はご尤も。しかし、それは織り込み済みだ。

「ある、と思う。火と風の合成と付与について、俺の方で仕込んだからな。それに、真っ向勝負ならまだしも、狙撃でアイツ以上の腕の持ち主を俺は知らない」

「アンタがそこまで言うのなら、相応のものは持っているんでしょうね」

 無論だ。加えて――敢えて口にはしないが、独房には魔術阻害の仕掛けがあるし、ジェストの異能は対アヴェイラ特化のものだ。アヴェイラが相手であるなら、真っ向勝負でもジェストは負けない。

 だから、今一番アイツが困ることは、ミル姉が三人の処遇を決めてしまうことだ。引き取るにせよ処刑するにせよ、レイドルク家に回答をしてしまった時点で、ジェストは手を下せなくなる。

 そして、懸念事項は後もう一つ。

「知ってたら教えて欲しいんだが、侯爵本人は何処で何をしてるんだ? 最近見てないんだよ」

「当主様なら、中央に行ってるわよ。私も詳しくは聞いてないけど、大角以外にも人工的に弄られた魔獣が何体か見つかってるみたいね。調査要員を確保しに行ったって話だから、まだ当分は戻らないでしょ」

 ならば、当主からの横槍は入らないものと思って良いな。

 判決を翻されることは無いとしても、当主がジェストやウェイン様に余計な指示を出して、場が読めなくなることは避けたかった。

 これなら、俺が手助け出来ることはもう無いだろう。後はジェスト本人が地力を発揮するだけだ。

「そうか。なら……後はミル姉の意向次第と。アヴェイラを手元に置くつもりは?」

「特に無いわね。手元にあるなら使うとしても、うちで必要な人材ではないでしょう? なら、ジェスト君の希望を叶えさせる方が、私としては意味があるかしら」

 ジェストというよりは、俺の希望を汲んでくれた、という方が正しいのだろう。

「ありがとう。色々仕事もあるのに悪いね」

「まあ、今後の流れには興味もあるしね。ただし、後でアンタに何かしら発注するから、その時は無償でよろしく」

「魔核さえあれば、作業料はいいよ」

 俺の返答に、ミル姉が歯を見せて楽しげに笑う。

 それで済むなら安いものだ。注文の一つや二つ、こなしてみせますとも。

 だからジェスト――どうか巧くやってくれ。

 今回はここまで。

 そろそろ各話のタイトルをつけようかなあなどと考え始める。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 特に止めることもないフェリス君。 思えばアヴェイラに対して殺意隠していなかったですからねー
[一言] な〜るほど!ジェストの異常とも思えたストレスの理由はこれでしたか!なるほどなるほど。 淡々と話すクロゥレン姉弟、怖っ! 次回も楽しみです!
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