表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
レイドルク領滞在編
47/223

決着

 根拠の無い自信は危機感の喪失へと繋がる。

 自分が弾け飛ぶという想像に至らなければ、どんな強がりだって出来るだろう。私はアヴェイラ嬢の稚気を、微笑んだまま迎え入れる。

「さて、質問に答えていただけるかしら?」

「……貴女に答える必要などありません」

 這い蹲ったままでも、気持ちが折れていない。こんなにも敵意を率直にぶつけられることは、あまりに久し振りだった。やはり人生には張りが欲しくなる。

 そして、こんな良い子にはご褒美が必要だ。

「そう。ならまあ、この答えは後でセレン女史に聞きましょうか。ファラ殿、ジグラ殿、アヴェイラ嬢を解放しても構いませんよ。話し難いので」

「よろしいのですか?」

 ジグラ殿が油断無く構えたまま、私に問う。私はただ頷く。こちらの準備は万端だ。攻めるも守るも術式は組み終わっており、魔力にも余裕はある。

 アヴェイラ嬢は裾を払いながら立ち上がると、抜剣出来る体勢で私に向き直った。

 酷く滑稽に見える。

 既に負けの決まっている人間が、それに気付かず勇んでいるだけだ。悪足掻きですらない。 

「では次の問い。司法関係者の身内でありながら、どういった意図で裁きに口を挟んだのですか?」

「ハッ。平民の彼らでは、貴族の当主である貴女の口先に丸め込まれる可能性があるでしょう。彼らが主張したいことを、しっかりと主張出来るようにしたまでよ」

「誰がそんなことを頼んだのです? ハーシェル家ですか?」

「誰にも頼まれていないわ。公平な裁きには当然必要な行為でしょう?」

 嘲るように笑って見せる。

 部外者が公平性の担保とは――自分がどれだけ愚かな真似をしているか、やはり理解していないらしい。

「……ウェイン様、極めて基本的なことを問いますが、そもそも傍聴人は裁きに介入する権利を有しているのですか?」

 苦り切った顔で妹を睨みつけていたウェイン様が、舌打ちとともに首を振る。

「傍聴人が裁きの関係者であり、こちらから何か意見や物証を求めた場合は別として、傍聴人はあくまで裁きを傍聴することを許された者だ。当方は一貫して、アヴェイラ・レイドルクに発言を認めていない。……裁きまでの期間、護衛を務めたことを思えばこそ同席を許したが、こちらの落ち度であったと言わざるを得まい」

 ウェイン様は卓に両手をついて、深く頭を下げた。ジェスト様もそれに倣う。

「レイドルク家は今回の裁きにおいて、著しい不利益をクロゥレン家に与えた。謹んでお詫び申し上げる」

 圧倒的に格が上で、かつ司法関係者という誤りの許されない立場の者達が、非を認めたということの意味は大きい。

 慌てたようにアヴェイラ嬢が叫ぶ。

「何故謝罪をするのです!? 私は間違っていない! クロゥレン家の潔白が証明された訳ではないじゃありませんか!」

「もう黙れ、アヴェイラ。お前がしていることは、既に言いがかりだとかそういったものを超えて、誹謗中傷でしかない。大体にしてクロゥレン家は、自分の潔白を証明する必要が無いのだ。相手が罪を犯したと言うのなら、そう言った当人こそがそれを立証しなければならない。そんなことも理解しない人間が、レイドルクを名乗っていたとは……」

 痛恨の極み、といった調子でウェイン様が項垂れる。一方は法に、もう一方は武に生きてきたとはいえ、家業について当たり前の理解はあると考えることは不自然ではあるまい。ただ、ウェイン様が思っている以上に、アヴェイラ嬢の貴族としての程度は低かった。

 人には相応しい立場がある。そういう意味では、ジィトやフェリスは己を弁えていた。

 やるべきことを、やるべきことなのだと自覚出来ないまま成人したアヴェイラ嬢は、無様な生き物にしか見えなかった。

「……と、いう訳です。己の愚かしさを理解しましたか?」

 これで素直に引けば良し。ただ、そう出来るのならこうはなっていないだろう。

 私は身を斜めにし、溜め込んでいた魔力を少しだけ形にする。ファラ殿とジグラ殿に目線を遣り、彼女らの動きを制する。

「私は――間違って、いないッ」

 抜剣。しかし、来ると解っている抜き打ちなど物の数ではない。迫る刃は薄く炎を固めた防壁を貫くことさえ出来ず、半ばから溶け落ちる。不意に失われた武器を手に、アヴェイラ嬢は目に見えて狼狽えた。

 明らかに反応が緩い。フェリスなら防壁を突破出来ない時点で、退くか更に踏み込むかで状況の改善を目指しているだろう。新成人の中では随一の強者という話ではあったが……。

「頭が悪い。視野が狭い。意外性が無い。勇気が無い。怖さが無い。速さも無い。力も無い。魔力に乏しい」

 他にまだ何かあるだろうか?

 取り敢えず、総論として。

「弱すぎる。話にならない」

 予想通りと言えば予想通りだが、がっかりだ。これでは遊び相手にもなりはしない。

 確かに強度のみを挙げれば、話題に出る程度のものはあるのだろう。とはいえ、それだけだ。実戦経験が足りない人間の典型と言える。

「武人を名乗れるだけのものは持っていませんね。近衛として起用するのは、私ならお勧めはしません」

「ぐ、ク、あ……ミルカ・クロゥレェェンンッ!」

 私の発言に、アヴェイラ嬢が素手で飛び掛かってくる。魔術の行使すら無い。

 嘆息する。貴女の最善は、激昂した振りをして全力で撤退することだったのに。

 私が対処するまでもなく、ジグラ殿が空中にいるアヴェイラ嬢を床へと叩きつけた。

「いやはや、ご忠告はありがたく頂戴します。ただ……『王国の至宝』を前にしては、現役の近衛兵でも死を覚悟せねばなりません。アヴェイラの出来はさておき、貴女が圧倒的過ぎることも自覚していただきたいものですな」

 ジグラ殿は苦笑いをしながら、呻きを上げるアヴェイラ嬢の手足を縛って拘束した。隙あらば敵を排除しようという辺りは流石である。確かな職業意識に裏打ちされた行動、一流はこうでなければ。

 私はジグラ殿の評価を改める。

 強度的な面で彼を侮ったことは否定しないものの、人材としては悪くない。近衛を名乗るのならば、これくらいの質は欲しい。

「本気の貴方が相手なら、私も楽しむ気になりましたけどね。さてウェイン様。結論が出た訳ではありませんが、質問は後程ハーシェル家に対して、改めて行うこととします。アヴェイラ嬢のことはどうされますか?」

 あんなにふくよかだったのに、今のウェイン様はすっかり疲れ果て、妙に縮んで見えた。彼は重たい息をつくと、ようやくといった様子で返答をする。

「……裁きの妨害が無かったとしても、ミルカ殿を殺害しようとしたことだけで、死罪にする理由としては充分だろう」

 言い分は理解出来る。ただ、正直そこはどうでも良い。あまりにも相手が小物過ぎて萎えてしまった。

「子供の癇癪に過ぎませんので、私への殺意は考慮せずとも構いませんが」

「その場合、ハーシェル家はどうする? アヴェイラが貴族籍であるということを考慮しても、殺意までは抱いていないハーシェル家が死罪で、アヴェイラが死罪を免れるというのは、流石に均衡が取れていないだろう」

 平民の方が、貴族と事を起こした際の罪は重い。だから罪の軽重は別々に考えるべきことではある。ただし、アヴェイラ嬢が元々レイドルク家の人間であったことが、状況をややこしくしてしまう。

 外部からこの裁きを見た際に、現場で何かしらの交渉があったと判断する人間は少なくないだろう。それは双方にとって好ましくない。

 ウェイン様は色々と悩みつつ、ひとまず話をまとめにかかる。

「まあ……死罪はさておき、アヴェイラ個人の財産は全て没収の上、クロゥレン家への賠償に充てることは確定とする。被害に遭ったクロゥレン家を差し置いて問うのもなんだが、近衛はアヴェイラをまだ必要としているのだろうか?」

 この期に及んで、まだアヴェイラ嬢に拘る理由はあるか? 王族を守る要職に置くのは、如何せん無理がある。ただ、近衛が人員不足だと言うのであれば、使い潰してもらうことに異存は無い。

 ジグラ殿は言葉を飲み込んで、ファラ殿を見遣る。ファラ殿はゆっくりと首を横に振った。

「ジグラ、貴方が判断なさい。私はこの件の関係者だ。あくまで客観的な立場であり、責任者でもある貴方が決めるべきです」

 更に続けるなら、去り行くファラ殿が人事を左右すべきではない。

 ジグラ殿は少しだけ考えて、ウェイン様を真っ直ぐに見据える。

「ウェイン・レイドルク様。一度成された決定を翻す形となってしまいますが、王国近衛兵団は、アヴェイラ・レイドルクの採用を見合わせます。今回の滞在に際してかかった費用につきましては、後程請求をお願いします」

「いや、構わない。全てはこちらの不手際が招いたことだ。むしろ、長い時間をかけて人材を求めながら、割を食うことになったのはそちらだろう」

 ウェイン様は、何処か緊張から解き放たれた顔をしていた。足掻いたところで何も好転しないことを、よくよく理解しているようだ。ここに至っては、非を認めて謝罪に努めるしかない。

 そう、この態度こそが――ハーシェル家とアヴェイラ嬢に欠けていたもの。

 こうして素直に頭を下げ、償うべきを償う。それだけで、事は済んでいたのに。

 自分の席に戻り、ウェイン様は背もたれに体を預ける。一瞬目を瞑り、前髪をかき上げると、深い溜息をついた。力の無い微笑が一瞬だけ浮かぶ。

「では、判決を述べる。アヴェイラ・レイドルク、サーム・ハーシェル、セレン・ハーシェルの三名を死罪とする。また、これから十日間はクロゥレン家による尋問を認め、その状況次第では三名の身柄をクロゥレン家に引き渡すものとする」

 十日過ぎたらレイドルク家が処刑をするので、殺したい時はそれまでにどうぞ、ということか。こちらの出方次第では三名を引き取って、飼い殺しにすることも可ではあるな。

 レイドルク家は法に従った結果を提示した。ただ、被害者であるこちらが敢えて希望するのなら、ある程度の減刑を認める用意はある、ということのようだ。ウェイン様なりに私へ忖度しつつ、アヴェイラ嬢を生かそうとした結果なのだろう。

 全くの結果論だが――悪い選択肢ではない。フェリスとレイドルク家に貸しを作りつつ、こちらの希望を通せる形だ。

 強いて問題を挙げるなら、サーム殿以外は不要だということくらいか。

 まあ、なかなかに良い手土産だ。フェリスのことは、これで手打ちとしても良いだろう。

 私は意図的に姿勢を正し、一礼した。

「公正な判決に感謝いたします。尋問については、明日以降改めて」

「解った。後で担当を部屋にやるので、尋問の際は声をかけて欲しい。では各自、控室へ移動だ。解散!」

 家人が部屋へと押し寄せ、ぼんやりと項垂れるサーム殿と、脱力したままのセレン女史を引き摺って行く。アヴェイラ嬢も手足を縛られ、同様に連れて行かれた。

 三名を見送った後、ジェスト様が私へと歩み寄り、そっと小声で囁く。

「本日はありがとうございました。……フェリスの所へ、戻りましょう」

「そうですね。行きましょうか」

 並んで部屋を出る。

 ああ、今日は疲れた。

 外はすっかり暗くなっていた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] そもそも軍隊とか向いてないですからね。 この子上官の言う事とか絶対聞かないでしょうし。 貴族と関わる近衛とか論外です。 [一言] サームは生きるのかどうか。 本人の意志次第かなぁ……。
[気になる点] 登場人物が殆ど全員正気ではないので、それはそれで楽しいけど、何だか地球の価値観で見ると混乱しますね。 一旦、暗黒面に落ちると雛見沢症候群のレベル5みたいに狂って暴走するスタイルばっかり…
[一言] これにて一件落着〜! 長丁場の裁判、お疲れさまでした! 何気にウェインは、さらっと自分の非は不手際で済ませてませんか? 流石はウェイン様ですね。 とても楽しく傍聴させていただきました。 次…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ