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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
レイドルク領滞在編
43/222

責任の取り方


 全てが想定を外れていく。

 フェリス・クロゥレンが重体に陥ったとの知らせが入り、様子を確認しに行くと、かろうじて胴体が繋がっている彼の姿が目に映った。あまりにも深い傷口からは、淡い光が漂っている。

 ……自分で自分を癒している?

 その能力に瞠目する。通常であれば、意識を失ってそのまま死んでいるはずだ。今も意識があるようには見えないが、ということは先んじて自分の体を癒せるように手を打っていたのだろう。

 速やかに医者を手配するよう指示し、環境を整える。どうにか命を繋いでもらわなければならない。怪我をする程度ならばどうでも良かったが、死亡となるとあまりに体裁が悪い。既にミルカ嬢をこちらから招いてしまっている上、無罪がほぼ確定している貴族家の令息を、侯爵家の庇護下で死亡させることなどあってはならないのだ。

 苛立ちが募り、部屋中を歩き回る。頭を掻き毟ると、汗で湿った髪の毛が指先に絡みついた。

 ――そもそも、何故こんなことになったのだ。

 経緯を知っているはずのジェストは黙して何も語ろうとしない。ただそれは語る気が無いというより、むしろもっと別の事情から来るもののように見えた。

 あの表情には覚えがある。裁きの場で時々見る表情――努めて冷静であろうとする人間の顔。つまり、冷静でいられない、意識しなければ自分を保てない何かがあったのだろう。

 そしてもう一人。

 ファラ殿が事件以降部屋に籠っている。普通に考えれば、人が一人両断されかかっていて、その直後から挙動不審になっているという時点で彼女は極めて怪しい。強さの面でも犯行は充分可能だ。

 ただ、そんなことをする理由がよく解らない。

 特に確執があったような気配も無く、むしろファラ殿はフェリス君を気に入っていると思っていた。後は考えられるとすれば、訓練中の事故というくらいだが……フェリス君は強引に仕掛けていくような手合いというより、むしろ危険を避ける人間だろう。『守護者』ともあろう者が、成人したばかりの少年を相手に加減を誤るものだろうか?

 いや、こんな考えは現実逃避に過ぎないな。

 原因を探る意味はあっても、目の前の状況が改善される訳ではない。どうにかしてミルカ嬢の足を鈍らせる必要がある。隣の伯爵領を出発して、道中で三日かけるということであれば、大体の現在地は予想出来る。

 妨害となると、私兵を出すべきか? いや、国内最上位の魔術師を相手にすれば、兵を無駄に散らすことになる。罷り間違って殺してしまった場合も問題だ。後は、道中の進路を塞いで回り道をさせることくらいか。いや待て、迂闊に塞ぐと流通が滞る。

 焦りで頭が回っていない。歯を軋らせる。

 結論が出るまでまだ時間がかかることにして、別邸に留まってもらう辺りが無難か。当人に会わせろと言われた場合、裁定が下るまで外部とは連絡が取れないということにしてしまおう。

 ある程度外傷を治さなければいけないとしても、どうせ立ち上がれもしない人間を裁きの場に出すことは出来ない。どれだけ金と薬を消費しようとも、やるしかないのだ。

 方針を決めて部屋を出ようとしたまさにその時、扉が叩かれる。

「入れ」

 許可を出すと、家令が額の汗を拭きながら躊躇いがちに顔を出した。

「お休みのところ申し訳ございません。ミルカ・クロゥレン様が領の南門に、ジグラ・ファーレン様が北門に到着したとの知らせが入りましたが、如何なさいますか」

 当の本人と近衛の副長が揃い踏みだと?

 握り締めた拳を壁に叩きつけそうになり、懸命に堪えた。


 /


 侯爵家家臣の案内に従って邸宅にやって来た瞬間、酷い違和感に包まれた。初めて来た場所で何が引っかかっているのかと考え、中にいる筈のフェリスの気配が希薄であることが原因だと悟る。

 もし本気でフェリスが気配を消そうとしているのなら、私も本腰を入れなければ感知出来ない。特に意識していないのにこの弱々しさを知覚出来るということは、単純に彼が死にかかっているということだ。

 周囲に悟られないよう舌打ちをする。どうやら悠長にしている時間は無い。離れた気配を目掛けて陽術の経路を作り、私とフェリスを繋げる。そのまま一気に活性と再生を起動し、強引に生命力を注ぎ込む。

 他人との会話が難しくなるが、ひとまず安定するまでは私が場を繋ぐしかないだろう。何があったのかはじっくり聞かせてもらうとして、生きていてもらわなければ話が続かない。

「ミルカ様、ようこそいらっしゃいました。当主代理がお待ちですのでこちらへどうぞ」

 中へ入ると、家臣の一人が私を先導しようとする。しかし、向かう先がフェリスからは離れる形だったため、私はこれを無視した。慌てて追い縋ろうとする彼を一睨みで押し留め、消えそうな気配を追う。

 すると、階段の手前に、美しい佇まいの女性が控えていた。

「ミルカ・クロゥレン様ですか?」

「ええ。貴女は?」

「ファラ・クレアスと申します」

 近衛兵団長? 何故ここにいる。

 訝る私に頭を下げると、ファラ殿は膝をつく。

「フェリス様の所までご案内します。……驚かずに聞いていただきたいのですが、彼は現在、危険な状態にあります」

「それは感知出来ています。やったのは貴女ですか?」

 領内に入って今に至るまで、危機感を覚えるような手合いはいなかった。フェリスを害せるだけの力量の持ち主が目の前にいれば、それを疑うことは当然だ。

 彼女は一瞬言葉を止め、改めて私に顔を向けた。

「はい、私です」

 瞳の奥には悔いがある。少なくとも、やりたくてやったことではないらしい。

 気にはなる。とはいえ、それもこれも後回しだ。

「今は話している場合ではありません。案内を願います」

「畏まりました」

 彼女は立ち上がると、滑るように階段を駆け上がって行った。私も足に魔力を込め、見失わないよう後を追う。程なくして、締め切った扉をファラ殿が押し開くと、中では汗だくの老魔術師が懸命に治療をしている所だった。掲げた両手を震わせながら、彼は疲れ切った顔をこちらに向ける。

「……患者に魔力を注いでいるのは君か? ああ、扉は閉めてくれ」

「手伝います」

 急にフェリスの状態が変わり、何者かと術式が繋がったことを把握していたのだろう。魔術を感知させないような工夫をしなかったとはいえ、どうやらこの老師は腕が良い。

 ひとまず私はフェリスの元へ駆け寄り、一度経路を切る。この距離で魔力を遠隔操作する理由は無い。

 見下ろす――体は半ばまで断ち切られ、臓物が見えている。本来なら間違いなく死んでいる傷だが、フェリスの異能と老師の技が、かろうじて命を繋ぎ止めている。

 二人分の魔力で現状維持なら、やはり三人目が必要だろう。

「ファラ殿。余計な邪魔が入らないようにしてください」

「全力を尽くします」

 声色は確かだ。きっと、その言葉に嘘は無い。

 では久し振りに全力を出すとしよう。魔力量はフェリスに及ばないとしても、最大出力は私の方が上だ。僅かでも命があるのなら、死の危険など跳ね除けてくれる。

 まずは老師に活性。フェリスには先程以上の効果で活性と再生をかける。赤黒く露出した内臓を、薄桃色の皮膜がゆっくりと覆っていく。もう流れ出るだけの血も無さそうだが、出口を塞ぐ必要はある。

 造血をどうすべきかと考えて顔を上げれば、薬液の入った袋から出た管がフェリスの鼻と喉に繋がっていることに気付いた。

「あの袋の中身は?」

「侯爵家の秘薬だな。体液の代わりになると同時、筋肉を弛緩させる」

「ああ、下手に動かれると体の中身が出るからですか」

 老師は問いかけに黙って頷く。活性が効果を発揮しているのか、状況が改善しているからか、最初よりは表情が明るい。でも、このままでは時間がかかり過ぎる。

 多少の申し訳無さを感じつつも、私は口を開く。

「回復を早めたいので、フェリスを起こしたいのですが」

「……今患者の目が覚めたら、痛みで死ぬ可能性が高いぞ」

「フェリスならそこは大丈夫です」

 返答を聞かず、覚醒の術式を練った指先をフェリスの額に押し付けた。僅かな間を置いて、微かに瞼が開く。

「フェリス動くな! 『集中』、『健康』!」

 一瞬顔を顰めるも、フェリスは身をよじることもなく、言われた通りに異能を発動させる。曖昧な意識の中でも、彼は指示を間違わない。流石にいつもと比べれば魔力が弱々しいものの、今までよりは格段に傷口の修復が早まっていた。

「馬鹿な……何故この状況で魔力を練られる?」

「そうしなければ死ぬからですよ」

 そもそも、フェリスが致命傷を負うのは初めてではない。ジィトや私との決闘、不注意による調合失敗等々、知る限りでも五回は死にかかっている。その全てを異能で切り抜け続けた男は、経験値が違うのだ。

 だから私は、異能さえ使えれば今回もどうにかするだろうと信じた。

 老師は驚いてフェリスを見下ろしていたが、やがて呆れたように首を横に振り、術式へ込める魔力を強める。

 さて、この状況ならまだ話が出来るか?

「ファラ殿、状況がある程度落ち着いたので、侯爵領に到着してからのフェリスについて知る限りを教えていただけますか?」

「私に異存はありません、が……ウェイン様に報告が行ったようですね。人が来ます」

「ああ、ようやくですか。では、扉を開けていただけますか? そう、そのくらいで」

 扉の隙間から廊下へと火球を放つ。入り口を炎で覆い、容易く入れなくなったことを確認してから閉めてもらった。これで暫く邪魔は入らない。

 肺に溜まった空気を思い切り吐き出し、少しだけ気を抜く。ついでに馬鹿の鼻先を指先で弾いた。

「アンタからは後で聞くからね」

 瞼が震えたので、首肯と見做す。ファラ殿は珍妙なものを見る目でこちらを眺めていたが、やがて頭を振って話し始めた。

「では、最初に会った時から――」

 彼女の見聞きした全てが語られる。

 アヴェイラ・レイドルクの紹介でフェリスと出会ったこと、口外しないことを条件にこっそり強度を教えてもらったこと、諸々。

 そして最後に、訓練中に我を忘れてジェスト様に攻撃を飛ばし、それをフェリスが止めたこと。

「ふむ……」

 聞く限りでは、彼女を責め辛い。受けに回ったフェリスを崩そうとして、躍起になる気持ちは非常によく解る。ある程度の安全を確保した上でこちらの嫌がる攻めを延々と続けて来るので、意地でも叩き潰してやりたくなるのだ。なので、つい力が入ってしまったであろうことは頷ける。

 ただ結果的に、ジェスト様を巻き込んでしまった点だけが言い訳出来ない。加えて、私人としてはファラ殿を許せても、公人としては軽々しく許す訳にはいかない。

「事の経緯は理解しました。それで、この後はどうするおつもりで?」

 ファラ殿は私の問いに僅かな苦笑いを浮かべ、床の一点を見つめる。

「アヴェイラを近衛に組み込んだら、職を辞そうと思います。王族を守る近衛が、特定の貴族に対して負い目を抱えているという状態は健全ではありませんから」

 それはまさしく言う通りだろう。該当の貴族が叛意を持った際に、守備が機能しなくなる。ファラ殿のような要職であれば猶更だ。国に対してはまずそういう対応を取らざるを得ない。

 では次。

「通常、訓練中の事故であればどのような手傷を負ったとしても、その責を問うことはありません。ですが……」

「ええ、今回はその範疇では収まらないでしょうね。ただ見学していただけのジェスト様に刃を向けてしまったことが原因となれば、負傷の意味が変わってくる。幸いジェスト様には怪我がありませんでしたので、侯爵家には手持ちの私財全てをお渡しして賠償としようと考えております」

 ウェイン様が認めるかはさておき、ジェスト様はそこまでされたら頷くしかないだろう。被害者本人が頷いた時点で賠償としては成立する。金額としてどの程度かは解らないが、ファラ殿の首と合わせれば、国内有数の貴族家への謝罪としてはまあ丁度良いところか。

 国と侯爵家に対しては、どうした所でこれくらいやらなければ、事態への責任を果たせない。

 そして最後に、クロゥレン家についてだ。私財の全てを投じたならば、当家に彼女はどう報いるのか?

 問おうとして若干の間が空く。こちらの様子を察したのか、ファラ殿は静かに膝をつく。

「フェリス様は、クロゥレン家の最高戦力の一つであるとお見受けしました。フェリス様と同様の役割を果たせるかは解りませんが、強度の面だけで言えば、私で穴埋めが出来ると信じます。許されるなら――私は、辞職後すぐにでもフェリス様の従者となりたい」

 その確かな眼差しに背筋が震える。

 痺れた。満点の回答だ。

 ファラ殿は自分の価値とフェリスの価値を正しく理解している。

 私は胸元に隠していた懐剣を取り出し、跪いたままのファラ殿の前にそれを置いた。家紋がついた物品を持つ者は、その家において一定以上の権限を持つことを意味する。

「貴女をフェリスの従者として認めます。必ずしもクロゥレン家の味方である必要はありませんが、常にフェリスの味方ではありなさい。以後の活躍に期待します」

 私の言葉に、ファラ殿は恭しく懐剣を手に取り掲げた。

 結果としては満足――しかし、クロゥレン家が国内最強の領地になってしまうか?

 あちこちから目をつけられそうな気はする。それでも、私は唇に這いずる笑みを抑えられそうになかった。

 今回はここまで。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
この作品、キャラが何かをやらかしたとき読者からすればまぁまぁデカい代償払おうとするけど、その時主人公サイドがそれを止めずに当然の代償とするのがガチっぽくて良い。
[良い点] 貴族とは何かを冒頭の問いかけ含めて作品の中でこれでもかと表現されているのがとても良いと思います。そして作品の主人公が自身を貴族のあり方から身を置きたいと考えているのにやる事は貴族としての姿…
[良い点] 率直に、この展開は好き
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