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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
レイドルク領滞在編
42/222

夢中


 目下の者と対峙する時、思いつく限り手を抜くようになったのはいつからだったか。

 異能を制限し、魔術を制限し、武器を制限した。なるべく意図が読みやすいよう、相手が受けやすいようにあからさまな構えを取り、それでも勝ち続けた。

 私が認める強者達は、私の相手をしてくれない。配慮はどんどん過度になっていき、若手の成長を期待するようになった。

 そして今。

 相手の武術強度は知っていたし、5000も差があればどうとでもなると高を括った結果、背後を打たれるという不覚を取った。私に当てたことを誇るでも喜ぶでもなく、ただ仕留められなかった事実を苦いものとして受け入れ、なお先を促す者が現れた。

 フェリス・クロゥレン。私にかつて師事した才人の弟。

 ジィトは以前言っていた。弟は周囲に侮られているが、本当はかなり出来る人間なのだ、と。

 かなりなんてものではない。得意分野に縛られる人間が多い中、武術と魔術を融合させた新たな戦法でもって、彼は強度差を引っ繰り返してきた。

 素晴らしい戦果だ。その先をもっと知りたい。

 彼我の距離を一息で詰め、逆手で胴を薙ぐ。いつの間に入れ替わったのか、フェリス君の姿は斜めに崩れ、水の針となって私を襲う。

 背筋に走る悪寒に従い、右へ飛ぶ。避けた先にあった樹々が穴だらけになり、音を立てて倒れる。

 受け損なえば死ぬという緊張感が、私の鬱屈していた欲望を解放させる。

「いいな、いい。危機感を覚えたのは久し振りだよ。当たったらその時はその時だと思っているね?」

「そちらこそ、人の胴を真っ二つにしに来たでしょう」

「君なら何とかする気がしてね」

 実際偽物を掴まされたのだから、綺麗に攻めを凌がれてはいる。

 魔術強度に開きがあり過ぎて、何をされているのか知覚出来ないからだ。いつもなら魔術の発動より先に斬ってしまうのだが、こちらの攻めを受けきる武術強度も持ち合わせているため、どうしても妨害を許してしまう。

 熟練の魔術師が厄介なものであることを、嫌というほど思い出させてくれる。それでも、このままならなさが、どうしようもなく愛おしい。

 もっと、もっとだ。

 世界から隠れ、地に潜んでいた才をこの目に。

 彼我の距離を詰めるために、満身の力を込めていた足が軽くなっていく。山の歪な地面を滑るように舐めるように、反動も無しに左右へ走る。

 制動を要しない、力も要らない移動こそが『瞬身』。私は自由自在だ。

 異能に呼応するように、フェリス君の分体が増殖していく。無我夢中でその全ての首を刎ね、胴を断ち、頭を割り――息継ぎをした瞬間に、地に両足を掴まれる。

「む、くぅっ」

 足元を見れば、石で出来た手が私の足首を捉えて離さない。ならばとその手を切り刻んでいると、隙を探していたのか上下左右から水弾が飛ぶ。

「邪魔!」

 襲い来る水弾の全てを八つに断ち割り、フェリス君の本体を探す。気配が追えないということは、魔術による隠蔽が働いている。

 相手は強度差を引っ繰り返せるのに、こちらはそれが出来ないことがもどかしく、楽しい。

 釣られていることは承知で、次々と現れる気配を切り裂いていく。感じ取れるということは、本体ではないということ。ただ、思考を妨げる要素は少ない方が良い。分体の発生も、私の移動も、どんどん早くなっていく。

 剣を振るいながら考える。フェリス君は何処にいるのか。

 こちらの動きに合わせて時折攻撃が飛んでくるため、そんなに距離を取ってはいないだろう。少なくとも、私を感知出来る範囲内にはいる。

 迂闊に足を止めると狙い撃ちにされるため、感知に集中出来ない。適当に飛び回りながら、相手を探し続ける。

 いや、思い込みか?

 目で見えないなら、姿を魔術で隠しているのではないか。実態の無い虚像を生み出せるのなら、実像を視認させないことも出来るのではないか?

 剣閃を空間に走らせる。格子状に刻まれた地面が捲れ上がる。

 取り敢えず、当たるまで攻撃範囲を広げてみようか。


 /


 あ、これは駄目だとすぐに悟った。そのまま地中で息を殺し、一刻も早く時が過ぎることを願う。

 ファラ師が攻撃の意識を変えた瞬間、敗北を確信した。巧く嵌めることが出来た所為で、その分相手の箍が外れ過ぎてしまった。

 あの猛攻を止める術が俺には無いと気付いてしまう。

 環境に配慮して、ある程度の加減をしてくれるものだと思っていたが、もうそんな意識は彼女には無いだろう。大体にして、魔術戦でなければ相手に対応出来なくなった時点で、本来の目的からは遠ざかっている。元々は近接戦の訓練だった筈なのに、今や俺は災害から身を隠すくらいしかやれることがない。

 黙ってやり過ごせば、いずれはファラ師の体力か魔力が切れて、俺にも反撃の機会が巡って来るだろう。しかし、それを悠長に待っていたらこの森が無くなってしまう。

 先のことを想像する。侯爵家の管理地を勝手に更地にしたら、ファラ師とて何らかの咎を受けるだろうし、ジェストの立場も悪化する。そうなれば、ウェイン様に要らぬ口実を与えることになる。

 格上相手に自分が通用することが嬉しくて、調子に乗ってしまった。

 こうなれば目指すべきは、なるべく平和的にファラ師を止めることだ。『瞬身』は確かに驚異的な異能ではあるが、ずっと動き続けられるものでもないらしい。相手の移動の傾向を読み、足を止めた瞬間に仕掛けるしかない。

 幸い、分体を出せばそちらに向かってくれるので、多少の誘導は効く。加えて、あれはあくまで転移ではなく移動だ。地面を踏んで動いているのなら、地術は効果を発揮出来る。

「すぅ――はぁ――」

 さあ、ここからは消耗戦だ。

 自分の呼吸のための空気穴を確保した上で、地表を泥で覆っていく。滑るようだった足取りが、泥をかき分けるごとに重くなっていく。感知する限り、それでも俺の最速よりは速い。

 苛立ったような舌打ちが聞こえる。目に見える範囲を適当に斬っていたのに、それさえも巧く行かなくなったからだろう。ならば、はけ口を作ってやれば良い。

 無数の泥人形を作り、適当に暴れさせる。腕を振っている途中でバラバラにされているものの、素材はそこら中にある。それに、ただの水より強度がある点が素晴らしい。

 相手の動きを阻害し続ける。攻撃がこちらに向かないというだけで、囮には充分過ぎる意味がある。十体出しても二秒も保たないという問題はあるが。

 人形に毒を混ぜるか? いや、勝ちの目は出来ても、後に続かないなら却下だ。殺す訳にもいかないのに、手札は晒せない。ただでさえ陰術は敬遠されている属性だ、その使い手であることを国に知られる利点など無い。

 つくづく陰術の使いにくさを実感させられる。せめてもと泥の配分を変え、少しでも粘り気と重さが増えるようにする。

 悪足掻きと同時、

「はあああ――ッ!」

 裂帛の気合が響き渡り、数多の斬撃が飛ぶ。手当たり次第に泥を弾き飛ばしているのか。

 このままでは余波で土地ごと無くなるな。

 思い悩んでいても状況は解決しない。場を好転させる要素を探して、とにかく強度を重視した石壁を建てる。一つ一つに注ぎ込む魔力が増える分、俺にかかる負荷も増える。

 つまり、生成の速度が出ない。

「君の魔力が尽きて諦めるまで斬る!」

 壁に剣を叩きつける音が、前世の工事現場を思い出させる。壁の修復を続けながら、新たな壁を生成。壁でファラ師を囲ってしまいたいが……壊す速度の方が若干速い。

 ファラ師としては壁の破壊に付き合わず、範囲外に出てしまった方が楽だし早い筈なのに、そうはしないらしい。行動範囲を制御されることが嫌なのだろうか。それとも、格下の技ならば全て真っ向から受けるつもりなのか。

 剣による衝撃が地面に伝わり、全身に振動が走る。吐き気が止まらない。歯を食い縛って耐え、ここで出し切るくらいのつもりで石壁を林立させる。

 長剣を振る余地が無ければ、強力な攻撃は出せない。腕を振る空間を奪え。

 限界を超えた『集中』が生成速度を加速させる。眼球の奥が痛み、視界が赤く染まる。

「おおおおああァア!」

 ファラ師の叫びが遠くで聞こえる。耳からも出血しているのか。抵抗は強まっていき、それに伴い指先も痺れていく。

「ッ、くっ、あ、ぁ」

 畜生、呼吸がつっかえる。早く、もっと早く。

 いい加減に、諦めてくれ。

 最早魔術を行使しているのか、祈っているのか解らなくなってきた。内在魔力の残りを計算する余裕すら無い。

「まだまだあああッ!」

 ファラ師の内部で魔力が高まっていく。長剣が炎を吹き上げ、石壁が破壊される速度が上がる。

 クソ――いや、拙い!

 地中から飛び出す。

 無秩序に走った斬線の一筋が、逃げ惑うジェストに向かっている。

 赤い世界に怯えた表情が焼き付く。

 火の粉が舞っている。全てがゆっくりと進んで見える。

「待て、ファラ師!」

 焦って並べた石壁など、盾にもならない。それでもかろうじて遅らせた攻撃の前に、どうにか飛び出す。

 全力で障壁を張る。『観察』と『集中』を切り、『健康』に全てを賭ける。

「いたぁ!」

 喜色の滲む声。先の斬線と重ねるように、ファラ師の刃が走る。

 あ、これは死んだか?

 他人事のように、状況を確認する。笑いが込み上げる。歯を食い縛り、覚悟を決めた。

 何か手はあるか? 何も思いつかない。

 障壁を切り開いて、長剣が俺の肩口から腰までを斜めに裂いた。

 今回はここまで。

 年度始めは仕事が立て込むため、次回更新も一週あいて再来週になるかも。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] また、新しいサイコパスがいた(笑)
[良い点] 駄目だこの戦闘狂、早くなんとかしないと……。 しかしフェリス君も色々制限して戦ってますし、環境にも生命にも配慮しない戦いすればワンチャンありそうですよねぇ。
[一言] 理知的な人かと思ったら、やはりガイキチか~ コントロールしきれない視野狭窄で振るわれる武力はただの暴力ですわな
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