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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
レイドルク領滞在編
37/222

晒す/晒される


 侯爵領最終日。

 フェリス殿に教わった地術の訓練が実を結んだのか、少しだけ魔術強度が伸びていた。それを報告すると彼は当たり前の顔で、やれば成長するものですよと目を細めた。恐らく、自分でもそうやって研鑽を積み重ねてきたのだろう。

 本当に世話になった。彼には感謝しか無い。

 私が頭を下げると、フェリス殿は苦みを滲ませながら口を開いた。

「お礼を言って下さるのは嬉しいですが、ちょっと迷惑をかけるかもしれません。……サーム・ハーシェル殿のことなのですが」

「おや、もう接触したのですか。何がありました?」

「ええまあ……私も戸惑っておりまして」

 聞けば、サーム殿はフェリス殿の包丁に一定の価値を認めたという。そして、支払いの一部については技術の伝授で応えることになった。ここまでは本人達が納得しているならそれで良い。

 しかし、約束の日にサーム殿の工房を訪れた所、妻を名乗る女性から詐欺師扱いされて追い出されたと言う。

「処断すべき案件かと思いますが」

 今なら流石に、生かしておいた方が害になる人間がいることは理解出来る。話を聞く限りでは、その女性はそういう手合いだ。

 私の返答に、フェリス殿は困ったように曖昧な笑みを浮かべる。

「勿論それは考えました。とはいえ、サームさんの状況が解らないのですよ。既に現金はいただいているので、三万だけ値切る意味はほぼありません。まあ自分の作業時間は出来ますが……組合を挟んで交わした契約を破る利点も無い。だから、あの人が主導でやっている訳ではないとは思うのです。ただ如何せん、本人の安否も意思も確認出来ていないので、何処まで手を下していいのか迷うんですよね」

 可能であれば、サーム殿は伯爵家の職人として起用したい。ただ場合によっては、その女性を処断するだけでは話が収まらず、両方を切り捨てることもあり得る。

 フェリス殿はそんなことを話してくれた。なるほど、こちらのことを尊重してくれるのはありがたいが――

「いや、伯爵家のことは考慮せずとも構いませんよ。確かに腕の良い職人を押さえたいのは事実ですが、不穏な人物が領内に紛れ込む方がこちらとしては避けたいことですからね。フェリス殿がどういう選択をしようとも、うちはその段階で適切と思われる対応を取るだけですし、必要なことがあるなら手をお貸しします。気兼ねせずに動いてください」

 むしろ、伯爵家はフェリス殿に対して何も返せていないくらいだ。職人が一人手に入らずとも、迷惑のうちにも入らない。事が起きれば、私はよく知らない職人よりも友誼のあるフェリス殿を選ぶ。アキム殿とバスチャー殿には悪いが、根拠も無しに人を犯罪者呼ばわりするような者は、我が領には不要だ。

 フェリス殿は一瞬俯いて、それから苦笑を見せた。

「きっと、何も得はしませんよ」

「それでも、貴方との付き合いが残せます」

「過分な評価ですね」

 まさか、過小なくらいだ。

 私は笑みを浮かべ、手を差し伸べる。フェリス殿もそれに応じ、握手を交わした。

 そろそろ時間だ。

「またいずれお会いしましょう。旬の物を用意して、お待ちしています」

「楽しみにさせていただきます。その時には、ビックス様も伯爵位に就いているかもしれませんね」

「ははは、なる前でもなった後でも、いつでもお越しください」

 この年若い友人が、大きく成長してくれることを祈る。

 私も、それに見合うようにならなければなるまい。そんなことを考えた。


 /


 一番の懸念事項であった伯爵家への根回しは済んだ。後は、組合と侯爵家に話を通す必要がある。

 組合を通して話し合いが済めば、侯爵家の出番は無い。ただ、あの女性が無駄に騒ぎを起こして、ジェストに迷惑をかけることは避けたい。今後の展開がどう転ぶか読めないものの、連絡は済ませておくべきだろう。

 俺は事の経緯を書き記した文を門兵に託し、そのまま組合へと足を向けた。あの時近くで話を聞いていたフィッツさんに、契約内容を証言してもらわなければならない。

 アキムさんの身内だから、組合員が会話を把握していたから――そんな理由で契約書を交わさなかったことは、こちらの油断だった。技術供与を金銭の代償とするような特殊なやり取りをしたのなら、それは間違いなく形として残しておくべきだった。

 頭の中で展開を考える。

 最良は、奥さんが妄執から解き放たれ、恙なく契約が履行されること。望み薄だとは思うものの、そもそも俺は研ぎを教えてくれるのなら、金は要らないという立場だった。二十万を戻すことで円満に済むのであれば、惜しい金ではない。

 ただ、あの奥さんが返金で満足するかと言われれば、それもまた解らない。俺が目的を果たすために金を手放したとしても、詐欺行為の罪から逃れるための返金だと騒がれる可能性がある。そうなれば、口止め料を追加で寄越せと言い始めるだろう。元々俺が下手に出る理由も無いのだが、その流れを考慮すると、返金もまた危険度が高い。

 貴族であることを証明をして、あの奥さんを強制的に黙らせるべきか? いや、最終的に当人の性根が変わらなければ、伯爵領に不穏分子を送り込むだけだな。

 悩ましい。

 なるべく人死にが出ないように動いていることも含め、俺もまだまだ甘い。

 頭を掻き毟りながら、面倒なことになったと内心で嘆く。そうこうしているうちに、組合に着いた。中に入ると、前回皿を売った事務員が同じ席にいてくれた。

「お仕事中すみません」

 組合員証を提示し、呼びかける。俺のことを覚えていたらしく、彼は顔を上げると笑みを浮かべた。

「ああ、その節はどうも。交換便ですか?」

「いえ、フィッツ女史に取次をお願いしたいのですが、お手隙ですかね?」

 彼は立ち上がって周囲を見渡し、やがて目当ての人がいないことに気付いたか、断りを入れて離席した。そのまま待っていると、奥の方から小走りでフィッツさんがやって来る。慌てていたのか、少し息が上がっている。

 促されるままに壁際の席に座り、彼女と向かい合う。話の展開が解っているので、多少気が重くなってくる。

「お呼び立てして申し訳ございません」

「いえいえ、滅相もございません。本日はどのようなご用件ですか?」

「……折り入って、お願いがありまして」

 勧められた茶で唇を湿らせながら、サームさんの店であったことを説明する。見る見る間に彼女の顔が歪んでいくのが解った。厄介事に巻き込んで申し訳ない。

「……状況は理解しました。それで、私は何をすれば?」

「お願いしたいのは、私とサームさんとの間でどういった契約をしたのかの証言と、彼の呼び出しです。因みに、契約内容については覚えておられますか?」

 フィッツさんは顎先に指を当て、慎重に口を開く。

「私は当事者ではないので、何となく聞こえた部分しか覚えていません。具体的な金額は解りませんが、一部を技術を教えることで対価とした、というくらいでしょうか」

「それさえ押さえられていれば問題ありません。信じていただけるかは解りませんが、契約は二十三万のうち二十万を現金で、残りを講師代とする形でした」

「金額については把握していませんでしたので、証言は出来ません。ただ、そう法外な額ではないと思います。詐欺と言うには弱いですね。それに、金額の如何に関わらず、技術を教えなかったのであれば契約不履行に当たりますので、呼び出しは必要でしょう」

 うん、至極真っ当な対応だ。契約不履行の確認をしてくれるだけで、話はだいぶ有利になる。俺が相手を騙している訳ではない、という部分はある程度確立出来たのではないだろうか。

 問題は概ね筋道が立ったと見て良い。まだ何か抜けはあるか?

 脳の奥底で直感が訴えかけている。

 確認すべきこと。計りかねていること。こういった事例において考えるべき、根本的な何か――ああ。

 そもそも、俺の敵は誰になるのか?

 妻は黒。サームさんは白にしたい、と俺が期待しているだけの灰色だ。

「フィッツさん、今更な話になるのですが……サームさんの奥さんはどういう人なんです? 少なくとも、サームさんは話をした限りでは真面目な印象でした。こういう真似を許す人には見えなかったんです」

 対策と傾向。俺は彼らの人となりを知らない。人間性を把握していれば、取れる手段も増えるだろう。フィッツさんはここの組合員として、当人らとのやり取りを何度も経験しているはずだ。

 なるべく客観的かつ公平に、言質を取られないよう考慮しているのか、フィッツさんは気難しそうに眉根を寄せる。

「仰る通り、真面目な方ですよ。それに、自分を弁えていると言いますか、無理をするような性格でもありませんし。組合を通した仕事だけで見れば、少なくとも業務の達成率は九割を超えていたはずです。件数も平均よりは上だったと思いました」

 なるほど、仕事ぶりは良い訳だ。

 そこまで堅実にやって来たのであれば、ここで無茶をする理由はますます無いような気はする。

「因みに階位は?」

「第六ですね」

 上級一歩手前ならば、稼ぎも悪くはあるまい。夫婦、或いは子供がいても、食べていく分には充分な稼ぎがあるはずだ。

「ふむ……では、奥様はどうでしょう?」

「奥様は……まあ組合員ではないので、私も何度か話をしたことがあるというくらいです。個人的には、その……あまり他人の話を聞く方ではない、という印象でしょうか」

 それは俺の時もそうだった。人様の趣味にケチをつけても仕方が無いが、サームさんはどうしてあの人を選んだのだろうか?

 やはり、あの奥さんがこの事態の原因としか思えない。

 ひとまずサームさんと改めて面会をして、状況を整理しなければならないが――

「フェリス・クロゥレンか?」

 不意に、背後から話しかけられる。この地で俺の名前を知っている人間は限られている。一体誰かと向き直れば、知らない男がいつでも剣を抜ける構えでそこに立っていた。

 組合の中で、武装した男が戦闘態勢で立ち尽くしているという有様に、周囲が騒然とし始める。

 要らぬ騒ぎが起き始めていることに、思わず顔を顰めた。内心の嘆きを押し隠して、ゆっくりと深呼吸をする。

「……貴方は誰なのかな?」

「ウェイン・レイドルク様がお呼びだ。速やかについて来い」

 ああクソ、どいつもこいつも、人の話を聞きやしない。

「もう一度聞くぞ、お前はどこの誰だ?」

「質問は認められない。抵抗せずについて来いと言っている!」

 大声を出せば、こちらが従うと思ったのか? 知らず、唇が吊り上がる。脳の血管が千切れそうだ。

 面白くなってきやがった。

「皆様、不審者が組合内で暴力行為に及ぼうとしております! 離れてください! フィッツさんも早く!」

 立ち上がって吼えた。どうせ注目を浴びているのだ。騒ぎが大きくなったところで、どうということもない。

 相手が何者かは知らないが、ウェイン・レイドルクの名を挙げる以上は司法関係者だろう。多分、あの奥さんは本当にレイドルクに訴え出て、侯爵家が事実確認に乗り出した、といったところか。

 ただ、それはあくまで推察であって、所属も名前も明かさない相手に従う理由は無い。現状相手は、人を無理やり連れて行こうとする誘拐犯に過ぎない。大体にして、貴族家に従属する者であれば、身分証の一つも持っているはずなのだ。

 武装を見せつけて周囲の意識を集めたのは、彼にとって最大の失策と言える。複数の人間が、名乗りもせずに俺を威嚇し、無理やり連れ去ろうとする一部始終を目にしてしまった。領内の人間であれば、彼が何者かを知っている人はいるのだろう。ただ、俺からすればそんなことは知ったことではないし、この状況下では今更だ。

 俺は不審者に対して、当たり前の自衛をするだけのこと。

 家紋の入った短剣を周囲に見えるよう掲げ、それから切っ先を真っ直ぐに相手へ向けた。

 段取りを誤った己を恨め。他者、それも貴族を罪人のように扱い、衆目に晒した意味を知れ。

「何者か知らんが、レイドルク侯爵家の名を利用しようという行為、並びに武器による民間人への威嚇行為を見過ごす訳にはいかない」

 侯爵家に恨みは無いが、下の躾がなっていないのはそちらの不手際だ。

 ようやく自分の行為の意味に気付いたのか、相手の顔色が変わる。柄にかけたままの手が、焦りで硬直しているのが見て取れた。

 馬鹿が。

 状況を改善するのは簡単だ。武器から手を離し、身分を証明し、俺と周りに謝罪をする。それから状況を説明して同行を求める。何も難しいことは無い。ただ、今まで間違ったやり方を続けてきたから、当たり前に取るべき行動が解らないのだ。

 ここまで時間を与えたのに、彼は武器から手を離すどころか、柄を握って力を込めた。俺は溜息とともに魔核を針にして、相手の喉へと撃ち放つ。

「クッ、カッ」

 全く反応出来ず、彼は首を掻き毟るようにして膝を折る。反撃を封じるため、両手首と膝に追加で針を打ち込み、行動不能にした。一本一本が細いため、致命傷には至っていない。簡単に死なれては困る。

「フィッツさん、大変申し訳ございませんが、侯爵家へご同行願えますか?」

「……は、はい」

 可哀想に、フィッツさんは腰を抜かして床にへたり込んでいた。俺は彼女に手を差し伸べ、その身を引き起こす。

「では、よろしくお願いいたします」

 そうして、不審者の襟首を掴み、引き摺ったまま歩き出す。フィッツさんはよろけながらも、懸命に俺の後ろをついてきた。

 苛々が止まらなくなり、攻撃的な自分が内側から顔を覗かせる。

 そちらがそのつもりなら、構わない。

 良いだろう。どんな言い訳をするつもりか、聞いてやろうじゃないか。

 今回はここまで。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] お手隙の漢字をずっとお手空きと勘違いしていた。 ということを一瞬忘れるくらい展開が激しかった。 ・・・誰がハゲじゃい!?おおん!?
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