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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
レイドルク領滞在編
30/206

近衛兵


 役職のある身分にもなると、日々の自由が無い。人材発掘という名目の外遊は、年に一度の旅行のようなもので、私の数少ない楽しみであった。

 美しい風景、その地でしか食せない名産、諸々。

 一か月の道程は私に新鮮な感動を与え、ささくれた心を癒してくれた。しかし、本来の目的である人材発掘の面でいけば、正直に言って不作であった。

 今年の近衛兵団への新規参入は、僅か三名。まあ、近衛は花形であるが故に稼ぎは良くとも、縛りの多い職業だ。条件となる強度を満たす人間はそれなりにいたものの、誰もが就業を希望するようなものでもない。

 またお偉方に嫌味の一つも言われるのかと思うと口惜しいが、後は新人を伸ばしていくしかないのだろう。

 先のことを考えて溜息をついていると、当の新人の一人であるアヴェイラが私に頭を下げた。

「申し訳ございません、団長。父も兄もなかなか時間が取れず……」

「いや、あの方々には良くしてもらっている。それに、領地の仕事を優先するのは当たり前のことだよ」

 侯爵領滞在二日目。アヴェイラの参入についてお話をしたいと思ったものの、急な来訪になってしまったこともあり、私は侯爵家の方々とまだ面会が出来ずにいる。

 寝所を提供してもらっているだけでも個人的にはありがたいと感じているのだが、アヴェイラは現状を苛立たしく思っているらしい。彼女からすれば上司が待ちぼうけを食っている状況な訳だから、焦るのも当然か。こちらからすれば、上位貴族が身内の話で簡単に時間を取るとも思っていないので、想定済みの状況である。

 手持無沙汰なことだけが問題だ。

「どれ、少し庭を貸してもらおうか。じっとしていては体が鈍ってしまう」

 立てかけていた長剣を取り、鍛錬で時間を潰すこととする。腰を浮かすと、アヴェイラが慌てて私を先導する。

 静かな廊下を進み、玄関の扉を押し開いて外へ。今日は曇っている分風が冷たい。体を動かすのに丁度良い気温だ。

 どこだと邪魔にならないかと周りを見渡すと、慌ただしく走る使用人が見えた。何を急いでいるのかとぼんやり目を向けると、アヴェイラが鋭い声を上げた。

「ちょっと貴方! こっちに来なさい!」

 声をかけられた使用人の肩が跳ねる。彼は自分の用件を優先するか一瞬迷い、やがてこちらへ駆け寄って来た。

「いかがなさいましたか」

「貴方も急ぎでしょうから手短に。今うちに来ているのは誰?」

「ビックス・ミズガル伯爵令息とフェリス・クロゥレン子爵令息のお二人です。当主様がビックス様、ジェスト様がフェリス様のお相手をしております」

 む、フェリス・クロゥレン? ジィトの弟ではなかったか?

 私が記憶を探っていると、アヴェイラの眦が吊り上がった。

「そんな約束は聞いていないけれど。団長を差し置いて、そんな二人の相手をしているの?」

「お嬢様、そのような発言はお止め下さい。ビックス様は当主様がお呼びした方です」

「じゃあフェリス・クロゥレンはどうなのよ」

「あの方は今回ビックス様の従者という立ち位置のようです。いずれにせよ、両者とも失礼があって良い方ではありません。申し訳ございませんが、業務がありますので失礼いたします」

 強度計を持って去ろうとする使用人を、アヴェイラが腕を掴んで止めた。掴まれた場所が痛むのか、彼は顔を顰める。

「ジェストの所に持って行くの?」

「ッ、ええ、そうです」

「私が行くわ。……団長、兄を紹介させていただきますので、ご足労願えますか?」

 普通に考えれば、歓談している最中に部外者が踏み込むのは失礼を通り越した行為だ。アヴェイラとフェリス・クロゥレンの間柄でそれが許されるのか判断は出来ないし、ここで軽々しく頷くべきではない。

 しかし――私は退屈していて、何よりジィトの弟に興味があった。

 いざとなれば、私が彼女を止めれば良い。

 そう自分に言い訳をして、使用人には、

「こちらで何とかするよ」

 と囁いた。


 /


「失礼、お邪魔するわね」

「歓談中に申し訳無い、失礼する……」

 許可を得ることも無く入ってくるとは恐れ入った。言うだけあって本当に失礼だし、馬鹿は予想もつかないことをするから馬鹿なのだ。そんなことを考え、こめかみを揉んだ。

 扉を開けて入ってきたのは、予想通りアヴェイラだった。かつてより全体的に女性らしくなってはいるものの、勝気で、どこか人を見下した瞳は変わらない。

 そしてもう一人、長身で油断の無い佇まいの女性が後ろに控えている。腰には黒鞘の剣が佩かれており、柄には金で王家の紋が刻まれていた。俺の記憶違いでなければ、あれは近衛兵団の正式装備だ。どことなく後ろめたそうな色が浮かんでいる分、アヴェイラよりは道理を知っているらしい。或いは、問題が起きそうなのでついてきたのかもしれない。

 溜息を押し殺しながら、ジェストを見遣る。彼の顔からは表情がすっかり抜け落ちてしまっていた。現状を客観的に見れば、侯爵家は礼儀も道理も知らない馬鹿を飼っています、と喧伝したような形だ。面子を完全に潰されて、感情がおかしくなってしまったのが見て取れる。

 可哀想に……。

 流石に人は選んでやっただろうが、アヴェイラはこの行為がどれだけの不利益をもたらすか理解しているのだろうか。

「久し振りね、フェリス。悪いけど、ちょっと用事があるからジェストを借りるわよ」

「……入室を許可したつもりはないよ、アヴェイラ。ファラ様、まことに申し訳ございません。時間が出来次第、父がお相手をさせていただきますので、何卒ご寛恕いただけませんか」

 あれがファラ・クレアスか!

 正体を知って冷や汗が背中を伝う。王国の近衛兵団長にして武術師世界三位、そして何より、ジィト兄の剣術の師。可能ならば会わずに済ませたかった一人だ。

 アヴェイラといいファラ師といい、今日は厄日なんじゃないか。

 黙り込んでいるうちに、ジェストとアヴェイラの言い合いが始まる。

「あら、フェリスと団長じゃあ、団長を優先するのは当たり前でしょ?」

「対応の順番を決めるのはお前じゃない。それに、お相手をさせていただくにも格というものがある。僕が対応したのでは却ってファラ様に失礼だ」

「まあ、確かにジェストじゃ格落ち感は否めないけどね」

 いかん、ファラ師に出会ってしまった驚きと、アヴェイラに対する呆れとで内心が忙しい。取り敢えず、アヴェイラがいても侯爵家の為にはならないし、近衛になるのならば貴族籍を剥奪した後に放逐で良いんじゃないだろうか。

 残念ながら、格下貴族の俺が侯爵家内部の話に口を挟む訳にもいかない。魔核をいつでも変性出来るように備えながら、成り行きを見守っていると、ファラ師がようやく声を上げた。

「アヴェイラ、口を慎みなさい。道理を無視しているのはこちらだ。私としては、ジェスト様で不足とは思いません。ただ私はご挨拶をさせていただきたかったのと、フェリス君の顔を見てみたかっただけなのですよ」

 何故そこで俺に振る。

 ファラ師が真っ直ぐにこちらを見ていることが解り、俺は逃げ場を失う。彼女から直接何かをされたことはないが、どうにも嫌な予感が拭えない。いつぞやミル姉が言っていた、ファラ師とジィト兄は似ているという言葉が、俺の中で警鐘を鳴らしているのだ。

「団長、何故こんな男を?」

 アヴェイラと意見が被るのは癪だが、同意せざるを得ない。俺に興味を持たないでくれ。

 とはいえ、話を振られた以上黙ってもおられまい。

「……私、ですか。いえ、自己紹介もせず失礼しました。改めまして、フェリス・クロゥレンです。以前は兄のジィトがお世話になりました」

「大した世話はしておりませんよ」

「ご謙遜を。あと、普通に話していただいて結構ですよ」

 近衛兵団長は貴族ではないので、俺に敬語を使うのは当たり前だし、そういうのに煩い奴がいるであろうことも理解出来る。ただ、格下のこちらとしては丁寧な対応は気後れするので止めて欲しい。ファラ師も窮屈さを感じていたのか、微笑んで返す。

「気を遣ってくれてありがとう。謙遜と君は言うが、事実大したことは教えていないんだ。あれは私を見て勝手に育ったのだよ」

「団長が『剣聖』ジィト・クロゥレンの師だったのですか?」

「師と言うのも烏滸がましいね。安っぽい言い方だが、あれには天賦の才があった。こちらの挙動を見るだけでどんどん成長していく様は、興味深いものがあったよ」

「クロゥレン家の姉兄が天才だというのは有名だけど、そこまでの傑物なんだ?」

 あまり詳しくないらしいジェストが首を傾げる。

「魔術師世界八位と、武術師世界十位だな。身内を自慢するのもなんだけど、腕は確かだ」

「尋常じゃないなあ……」

「そんな名門で、どうして貴方みたいな凡庸な男が生まれてきたのかしら」

 それにも残念ながら同意せざるを得ず、俺は頷いて返す。しかし、俺の反応にファラ師は訝しげな声を上げた。

「凡庸? フェリス君がか?」

「遺憾ながら、クロゥレンの次男は出来が悪いことで有名なのですよ。まあ私は職人なので、風評を改めようとは思っていませんがね」

「ふむ。……しかしそれはそれとして、あのジィトの弟の強さは気になる。もし良ければ、強度計もあることだし数値を見せてくれないか?」

 絶妙に嫌な所を突いてきたな。

 俺は近衛になるつもりは無いし、ジェストはさておき彼女らに数値をひけらかす気も無い。しかも、アヴェイラからは脅威を感じない辺り、俺の方が数値が高い可能性もある。その場合は絶対にろくなことにならない。

 どう断るか迷っていると、アヴェイラが俺に強度計を押し付けてきた。

「ほら、団長がお望みなんだから、さっさとしなさい」

 上位者の指示であれば、大人しく頷いた方が良いのは事実。とはいえ、自身の戦力を軽々しく晒さないのは貴族として普通の対応だ。アヴェイラに従う理由は無いし、ファラ師も強要は出来まい。かといって、貴族社会から半ば離れていると自分で話している俺が、貴族であることを理由に申し出を拒否するのは理由が弱いんだよな……。

 妥協点を求めるのなら――話を持ち掛けてきたファラ師にのみ数値を晒し、相手から何らかの利を引き出す、か? アヴェイラは増長するかもしれないが、ここでファラ師の覚えが良くなる方が、ジェストの顔も立つだろう。

 一瞬目を閉じ、思考をまとめる。目を開き、ジェストの青白くなってしまった表情を見遣り、品性や人格といった言葉に思いを馳せる。

 覚悟を決めて、立ち上がった。

「何よ」

 反応が急だったのか、アヴェイラは俺を睨みつける。それに取り合わず、強度計を受け取ると俺は壁際に移動する。

「ファラ師。お望みとあれば数値をお見せしますが、家に迷惑がかかりますので、詳細はそちらの胸の内に留めていただきたい」

「何者にも漏らさないと誓おう」

「いいじゃない、見せなさいよ。職人だって言うんなら、勿体ぶるような数値じゃないでしょ」

「辺境の貴族が、外部に具体的な弱みを晒すはずがないだろう。考えてモノを言え」

 いい加減対応が面倒になり、発言を切って捨てた。悔し気に言葉を噤んだアヴェイラを尻目に、ファラ師が俺の傍らに寄り添う。そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、

「すまんな、部下が迷惑をかける」

 と呟いた。

「いずれ中央で徹底的に教育されることになる。しばし時間を与えて欲しい」

 それは俺ではなく、侯爵家の面々に言うべきことだな。俺は所詮、どこまで行っても部外者でしかない。

 聞こえなかったことにして、俺は強度計を握り込んで起動する。当たり前のことながら、先程自己確認した通りの数値がファラ師に晒された。彼女は息を飲み、俺と文字盤に目を行き来させる。

 まあ、人に誇れるほど突出したものは無いが、貴族として弱くはないつもりだ。単独強度が極端に高い相手でなければ、どうにか出来る自信はある。近衛になれる水準を満たしているのは、彼女としては想定外だったかな。

「君は……ジィトの三つ下ということは、成人したばかりか?」

「ええ。私とジェストとアヴェイラは同じ年です」

「そうか……」

 どんな感想を抱いたのか、俺にはよく解らない。いずれにせよ、ここまで身を切ったのだから、ただで済ませるつもりはない。

「ファラ師、後でお時間をいただけませんか。少しお話をさせていただきたい」

「二人きりで何をするつもり?」

「言わない。……怪しく感じるのは解るが、王国最強に対して俺が何か出来るのか?」

 相手はジィト兄の上位互換だ。しかも、身内の甘えは無い。三十回やって一本取れるだろうか。

 ファラ師は少しだけ考え、すぐに頷く。

「いいだろう。いつでも部屋を訪れて来てほしい」

 いや、妙齢の女性の私室に踏み込むまでは求めていなかったが……本人が気にしないなら良いのか?

 ひとまず言質を取り、俺は強度計の表示を消した。

 今回はここまで。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒロイン候補になれるかと思えばこれは厳しい……。 あとその数値は胸を張っていいと思うんだ、本当に。
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