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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
クロゥレン家離脱編
3/209

王国の至宝


 何となく、フェリスはやれる人間なのだろうなと思ってはいた。

 フェリスが守備隊の訓練で、誰かに勝ったところを見たことはない。ただ、誰を相手にしても、そこそこの勝負は出来ていた。アイツは悔しがる様子もなかったし、自分なりに課題に取り組んでいる様子が見て取れたので、勝てないこと自体は何とも思わなかった。

 色々試している人間は、結果を出すまでに時間がかかってしまうものだ。無駄なことをしている様子はなかったので、ただ漠然と応援していた。大体にして、成人前の人間が本職相手に結果を出そうとしても、簡単に行くことではない。

 じっくり形にして行けば良い。焦ることではない。

 ――俺はフェリスを気にかけていただけで、何もしてやれなかったし、解っていなかったということなのだろう。

 儀式は力を示すことが必要なのであって、勝つことは必須ではない。そもそも、職人志望が武力を示す必要性にも疑問があった。だから、サセットに対し善戦以上に持ち込めた段階で、俺は勝負を止めて終わらせるつもりだった。

 それがどうだ。

 アイツが自前の武器を構えた瞬間、俺は無意識に震えた。得物の出来映えもさることながら、佇まいに武人としての研鑽が見て取れたからだ。

 考えてみれば、貴族家に生まれた男子は式典に剣を佩いて参加するので、多少は剣を使えなければならない。フェリスが剣を振るっていたのは、ただそれだけの理由だったのだろう。当たり前の素養を持っていないと、家が恥をかく。

 その軛から解き放たれたフェリスの動きは、圧巻の一言だった。

 サセットを一蹴し、息一つ乱さない姿。そして、ミッツィを前にして変わらない余裕。

 その様を見て後悔する。

 俺が相手として手を挙げれば良かった、と。


 /


 んー。

 ミッツィ隊長かー。

 相手になると決めはしたものの、やりやすい相手ではない。両隊長は人を侮って、単純に攻めてきたりしない。それに、さっきの俺の動きである程度対策を考えてくるだろう。

 さて、取り敢えずは。

「やるのは構いませんが、まずサセットの治療をお願いします」

 中央に陣取られていると邪魔だ。俺の声に、隊員たちが我に返って彼女を運び出す。

 場が整ったことを確認し、ミル姉に向き直る。

「これが最終戦ということでよろしいですか?」

 ミル姉が珍しく即答しない。だが、少しの思案をもって、彼女は答えを出す。

「フェリス・クロゥレンの出立に際しての結論は、先程の勝利で出たものとします。勿論、貴方の希望が認められる形です。これ以降の勝負についてはどういう結果になったとしても、その結論を翻すものではありません」

 うん、それは当然だろう。

「そして、ミッツィ。貴女の意気込みは買いますが、勝負は認めません」

「へえ、どうしてもダメです?」

 まさかの却下に、ミッツィ隊長が不満げな声を上げる。俺もまさか却下するとは予想していなかったので、正直意外に思う。

 だが、ミル姉は続く言葉で俺たちの思考を止めた。

「ええ。貴女の後で消耗したフェリスが相手では、私が本気を出せない。……最終戦は私がやるわ」

 ……ん?

 何か聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がする。領主様、口調が素に戻っているし、言っている意味がちょっと解らないのですが。

「不満なら、ミッツィ。フェリスの前に私とやる? それならフェリスも一戦、私も一戦で、帳尻は合うけれど」

 これはいかん。

 先程の試合の何が琴線に触れたのか解らないが、明らかにミル姉は本気だ。ミッツィ隊長もそれを感じとってか、何かを言おうとして止め、を繰り返している。

 頑張れ隊長、負けるな隊長。俺の身の安全は貴女にかかっている。

「……解った、解りましたよ。見学はいいんでしょうねェ?」

「それは勿論」

 駄目だったよ隊長。そして、ミル姉が見たこともないくらい爽やかな笑顔をしている。

 これは反論しても無意味だと悟り、俺は諦めて溜息をつく。

 俺が知っているのは領主となる前の、二年前のミル姉だ。それ以降戦う機会は無かったはずだが、それでも鍛錬は続けていたようだし、実力は伸びているだろう。

 デグライン王国の至宝、ミルカ・クロゥレン。今、魔術師としては世界で八位だったか?

 俺はどんな相手であっても一対一なら逃げられるように、ということを基本に鍛錬をしてきた。だが、逃げることを封じられた今、俺の生き残る道はどこにあるのか。

「……俺に余裕は無いからな」

「それがいいのよ。本気のフェリスなんて、これが最後かもしれないんだから」

 吹き上がった魔力が頬を打つ。現場に出られないことで、ミル姉も溜まっていたのかもしれない。

「何でそんなに俺の本気に拘るんだ?」

「……我慢ならないのよ」

「何が?」

 問いかけに、ミル姉は唇を吊り上げて笑う。

「色々、かしら。貴方が侮られていることも、それを放置していることも。さっきのを見て解ったわ、貴方はいつだって勝てるのに、勝ってこなかった。何故勝たなかったのかは……まあ、理由があるのだろうけれど」

 そうだな。ろくなことにならんだろうから、俺は力を見せなかった。そして、人目があるところでの訓練は全て、苦手分野の克服に費やした。ある程度のことが出来るようになったら、次の出来ないことへ。周囲の人間には、やることがたびたび変わる俺は、物事を投げ出す人間に見えていたかもしれない。

 結果として、ある程度の技能はやれば伸びると実感出来たし、後悔は特にしていないが。

「買い被りだな。俺は大した人間じゃないよ」

「その言葉はサセットを侮辱しているわよ?」

「あの女は俺の傑作を侮辱したが? 俺にだって腹が立つことくらいあるんだよ」

 肌にまとわりつく、ミル姉の魔力が鬱陶しい。極々弱い風魔術を垂れ流して、意図的にこちらを挑発している。

 しかし、冷静さを失って対応出来る相手ではない。

「そう。じゃあ、解ってくれないかしら? 私だって、腹が立つの。領主の地位を得たら、現場になんて出られなくなった」

 それは――俺と、ジィト兄の所為だろう。領主は上から指示する者であって、最前線で魔獣を狩る者ではない。ミル姉は優れた魔術師でありながら、それを発揮する場の大半を失った。

「大体ねえ、皆酷いのよ? 私が訓練でちょっとその気になると、領主様に何かあったら大変だから、って相手をしてくれないの。ジィトはあまり付き合ってくれないし。だから、ね? 私は貴方の本気が見たい。それに、自分でも本気を出したいの」

 ミル姉は、どれだけのものを胸に秘めていたのか。俺も含め、周囲が不甲斐なさすぎた。

 ならば、この惨状に付き合うのは、最低限の俺の役目だろう。

 大きく息を吸い込む。

 さっきと違って、今度こそは全開だ。

「満足出来るか保証はしない。けど、付き合うよ」

「あはっ」

 魔術戦が希望なら、相応しい距離があるだろう。お互い申し合せたように後ろへ飛び、壁に背をつける。

 ジィト兄を睨みつける。一つ頷いて、彼も大きく息を吸った。

 叫ぶ。

「この立ち合いの見届け人となる! 双方名乗れ!」

「――クロゥレン子爵家領主、『炎魔』ミルカ・クロゥレン!」

 何を名乗るべきか、迷う。

 称号に無いものを名乗ることは、決闘の流儀に反する。

 だが、それでも。

 本気と言うのなら、己を意味するものを、目指すものを掲げるべきだろう。

「――魔核職人、……『自在流』フェリス・クロゥレン!」

 誰にも知られていない、俺と師匠だけの流派。

 その真価を、見せてやろう。

「よく吼えた! 楽しませなさい!」

 ミル姉の周囲に、小さな光球が幾つも浮かび上がる。ミル姉の基本戦術は陽術、火術、風術を組み合わせた光弾と熱線。

 防げなくはないが、一度守勢に回ると後が続かない。

「さっきも言ったが、俺に余裕は無い」

 なので、まずは霧を生み出して視界を塞ぐ。そうして全力で横っ飛び。

 一瞬後に、先程まで俺がいたところを光弾が貫いた。

「当たったら死ぬな」

 死にたくはないので、地面に穴を作って地中を移動。同時に水で人形を作り、地上で逃げ回る俺を演出する。今まで得意属性を隠し続けていたので、こちらがどれくらいやれるかを相手は知らないはずだ。

 立て続けの振動で、攻撃が止んでいないことだけが解る。恐ろしくて、上に出られたものではない。

「シィッ!」

 大体の場所は解っている、ならば、地中からの範囲攻撃。無数の石槍を生み出して相手に飛ばす。

「甘い甘い甘い!」

 石槍が溶かされたらしいことを、魔力の消失で感じる。

 こんなことで決まらないことくらいは承知の上だが、まずは相手の攻撃を減らさないことには話が始まらない。

 続けていると、先程よりは振動が減った。囮はまだ気付かれていないか? 相手が見えないのも厳しいな。

 次手に移る。熱を少しでも抑えるべく、上空へ水球を飛ばし、ちょっとした雨を降らせる。相手の視界を更に遮り、的を散らす。

「鬱陶しい!」

 轟音とともに、ミル姉の魔力が弾ける。恐らく全てを吹き飛ばされた。音が止んだのを見計らって、一旦地上へ戻る。

 距離は最初の半分、といったところか。この距離ならば相棒も機能する。

「苛々しているな?」

「ええ。でも、そこまで行かない相手の方が多いのよ。だから……期待しただけのことはある」

 そりゃあまあ、並の人間なら初手の光弾で即死だろう。俺は知っているから対処出来ているだけだ。

 両手に陰術を込め、武器の輪郭をぼやかす。ジィト兄なら間合いを誤認するかもしれないが、接近戦をしないミル姉には多分理解されない行為。

 無意味かもしれなくても、やれるだけのことはやっておこう。陽術を減衰させる効果はある。

「陰術か……使う人間は珍しいわよね」

「嫌われ者には相応しかろ?」

「まあ、あまり好かれる属性ではないけど。それ以前に、素養のある人間が少ないだけじゃない? 使えるものは使って然るべきだと私は思う」

 雑談で息を整える。ミル姉は承知の上で付き合ってくれるようだ。

「……昔はさあ」

「ん?」

「ミル姉みたいに、解りやすくて強力な魔術を使いこなしたいって思ったこともあったんだよ」

 俺が物心ついた時から、ミル姉は人を惹きつける魔術の使い手だった。戦場に光と熱が走り、誰もが苦戦するような魔物を滅する。

 そんなもの、格好良いに決まっている。

 ただ、この世界へと生まれ落ちる前に、俺は俺を転生させた存在から自分の特性について既に知らされていた。

「言ったことなかったけどさ。俺の魔術属性の素養は、ミル姉と真逆なんだよ。ミル姉は陽、火、風。俺は陰、水、地だ。憧れはするけど、絶対に真似は出来ない」

 眩いと感じる。

 だが、それに俺の手が届くことはない。

「だから、拘るのは止めたんだ」

 かつて聞いた名言――配られた手札で勝負するしかないのだ。

 真っ直ぐに立ち、武器を持ち直し、異能を全開にする。『観察』と『集中』で相手の挙動を捉え続ける。『健康』で己の最善を維持し続ける。

 格好良くなくても、地味で解り難くても、こなすべきことを粛々とこなしていく。

「俺には人を魅了する力も、圧倒的な強さなんてものも無い。けどまあ……ミル姉相手でも、少しはやれる気がしてきたよ?」

「――いい目ね」

 笑い合う。休憩は終わりだ。

 鉈を真っ直ぐに振り下ろし、水の刃を飛ばす。ミル姉の火壁があっさりとそれを蒸発させ、反撃の熱線が地を舐める。

 今度は隠れずに前へ。

 水の散弾で火壁を弱めながら、陰術で作った毒を撒き散らす。卑怯だからとあまり使われない手口は、対応に困るだろう?

「チィッ」

「まだまだ」

 陰術の真骨頂であり、嫌われる理由は、敵を弱めることにある。

 俺が高みに行けないのなら、相手を引きずり下ろすまで。

 陽術で相殺される以上に、陰術で毒を生み出し続ける。右へ左へと体をずらしながら、距離を詰めていく。武術強度が低いミル姉は、近づかれるのは嫌なはずだ。

 しかし、近づきすぎるつもりはない。前傾姿勢はどちらかと言えば、圧をかけたいだけの構えだ。鉈も棒も届かないように見える、今この距離こそが、俺の最も得意な距離。

 ――魔核は魔力を込めると、形を変えられる。それを操るからこその自在流。

 手に持った棒を一気に伸ばす。ミル姉は慌てて横に飛び、頭を狙った一撃を避けた。

「それは悪手」

 逃げた方向へと、棒を更に伸ばす。避け切れずに右腕を打たれ、ミル姉が顔を顰める。

 曲がった棒では大した威力は出ないが、陰術を付与することには成功した。筋力を落とされ、ミル姉の右腕が下がる。

 解呪の隙を与えず追撃を、

「ぐぬッ!?」

 視界の外からの熱波に、左半身が一瞬焼かれる。先んじて解放していた『健康』が、軽くない火傷をじわじわと癒していく。

「いいわ、とてもいい。痛いなんて久し振り」

 想定より早いが、一発もらってその気になってしまったか。

 渦を巻いた炎が、訓練場を埋めていく。

「守備隊員は下がれ! もっとだ!」

 ジィト兄の焦った声が響く。結構深く焼かれたのか、左側の聞こえがおかしい。

 それでも、まだ戦える。

「楽しんでる?」

「ええ、とても。これで終わりじゃないわよね?」

「見せたいものはもっとあるよ」

「本当にフェリスは素敵」

 しんどい。

 しんどいが、お褒めの言葉ももらったし、もう少し頑張りますか。

 今回はここまで。

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― 新着の感想 ―
[一言] コミックスの2話では「役不足」となってます。正しくは「力不足」です。
[一言] 弟が侮られてる事が我慢ならないって言ってるけど、その現状を覆す為にこの姉は何か行動してたの?
[良い点] 語り手については、誰の視点かな〜っと予想して、中盤で答え合わせみたいな楽しみ方があるのて、私は好きですよ
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