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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
レイドルク領滞在編
29/206

面倒な女


 最近あんまり良いことが無かったので、気の置けない友人が訪ねて来てくれたことは素直に嬉しかった。

 お土産を一つ一つ確かめながら、どれを私物として取り置こうか悩む。フェリスが職人を目指していたことそのものは、定期的にやり取りをしていたので知っている。しかし、こうも腕を磨いているとは思わなかった。

 奇を衒うことの無い、単純な造り。色にも派手さは無く、むしろ何処にでもありそうな地味な佇まい。

 それが心を穏やかにする。

 他者に対して見栄を求められる貴族は、何かにつけて豪華なものを使うことが多い。中央に近づけば近づくほど、その傾向は強くなる。大人しい物を買おうにも、売り手が高価で派手なものを勧めるため、好みに合った物は目の届く所にやって来ない。

 こんなにも琴線に触れる物は久し振りだ。

「いやあフェリス、これは良いよ。気に入った。追加注文出来ない?」

「ん、あんまり複雑な物でなければ受けるけど……何かあるのか? やっといてなんだけど、地味だろ?」

「それが良いんじゃないか。普段使いの物は、目が疲れないのが欲しいんだよ」

 僕の考えに思い至ったのか、フェリスは仕方無さそうに苦笑する。

「ああ、そういう文化もあったな。お偉いさんが来ない所で生きてると、派手な物を使わなきゃいけない、って状況がほぼ無いからなあ。来客用の食器類とか、うちだと一年に五回くらいしか使われないぞ」

「ええ? もっと誰かしら来ない?」

「年に二回の監査は確定で……後は隣の領に行く途中で、うちを通る人? 基本的にうちの領に用事あるのって父親に関係のある商人だから、貴族ってあんま来ないんだよ。特産も別に無いし」

 クロゥレン家の前当主は成り上がり者として貴族から煙たがられているし、領地が国内でもかなり端の方にあるため、確かに敢えてあそこに行こうという者は少ないのかもしれない。個人的には、特産も無しに貴族の地位を維持していた剛腕の持ち主なので、是非お近づきになりたいのだが……一線を退いたのなら、講師としてお招き出来ないものだろうか。

「その辺でちょっと聞きたいんだけどさ。御父上はどうやって領地を経営してたの? あそこって魔獣が多い危険地帯だったし、開拓が済んだのも最近でしょ? 目立った輸出品も無いみたいだし」

 世間話にしては踏み込んだ内容だとは、自分でも理解している。しかし、領地の経理を任されている人間として、クロゥレン子爵家の発展する勢いには興味がある。

 フェリスは腕を組んで少し宙を眺め、やがて口を開いた。

「うーん……領地が出来た前後は、父上の商人としての能力だけでやってたんだよなあ。あの人がやってることって昔から変わってなくてさ。安く買って高く売る、ってのを繰り返してるだけなんだ。ただそうは言っても、それって簡単なことじゃないだろ?」

「そりゃあ、言うのと実行するのとじゃ、全然違うものだしね」

 高く売れる物とは何か? 安く買うためにはどうすればいい? 求める人は誰?

 商売を成立させるためには幾つもの課題がある。

「俺も昔不思議に思ってな。んで、訊いたんだ」

「うん」

「そしたら、物流のあるべき姿が見えるから、それに従っていると言われた」

 意味が解らないし、参考にならない。首を傾げて先を促す。

「俺なりに整理した結果、どうやら日々細やかに行っている情報収集が、あの人の頭の中で急にまとまる瞬間があるんだな。それを物流と称している、らしい。後は見えている通りに事を進めて行けば、稼げるんだと。俺はもっと具体的に、情報収集の方法と稼ぐための視点を教えて欲しかった」

 しかしそれは、笑ってはぐらかされたのだと言う。

 うーん、やはり是が非でも教えを乞いたい。招くのではなく、行って頭を下げるべきか。学ぶにしてもまとまった時間が欲しい。

「御父上は、僕が経営について教えて欲しいと言ったら、受けてくれるだろうか?」

「受けてはくれるんじゃないかな? それが目的で来る人も結構いたよ」

 それは良いことを聞いた。

 今抱えている仕事を誰にどう引き継ぐべきだろう。僕は頭の中で段取りを整え始める。


 /


 考えていたよりも、ジェストは領地経営について真面目に取り組んでいるようだ。

 実際に当主となるのは兄のウェイン氏になるとしても、身に付けた知識や技術は役に立つ。それに、ウェイン氏は経営者よりも司法官としての側面が強いため、このままジェストが経営を担う可能性も高い。

 しばらく見ない間に、貴族として成長しているのが目に見える。俺は選べなかった道で、彼が成功すれば良いなと思う。

 まあ、うちの父親に教えを乞うのはいかがなものかとは思うが。

「一応言っておくけど、父上のやり方を真似するなら充分に吟味した上でやれよ? あの人は運気上昇系の異能持ちだから、たまたま成功してるだけってのは結構あるからな」

 父上の異能は『強運』『人運』『金運』という、何をどうすればそうなるんだというもので占められている。これだけ揃っていると、適当に動いても失敗する方が珍しい。

 稼ぐ手法としての理屈は一応あるにせよ、世界があの人に味方したとしか思えない例も、聞いている限りではあった。

 我が家で最も胡散臭い人間である。

「まあ自分に合ったやり方が何か一つでも得られれば、それに越したことは無いよねえ。金を稼ぐって難しい」

「そういう意識を持てるかどうかが、貴族の資質の一つだろうな。俺には領民の生活を背負うのは無理だし、身に余る金は要らんと思ってるからなあ」

「うちは僕以外稼ぐ人がいないってだけなんだから、特殊だよ。兄上もアヴェイラもやりたいことしかやらないもの」

「止めろ、その発言は俺にも刺さる」

「アハハ。でも自領のために動いてはいるじゃない」

 それも伯爵領での仕事で打ち止めだ。

 俺が微妙な心持ちになっていると、ジェストは不意に苦い表情を覗かせる。

「アヴェイラは近衛兵になることが決まったんだよ。元々大して仕事はしていなかったけど、これで完全に自領に貢献することは無くなった。我の強いアイツが巧くやっていけるかは解らないけど、強度的には水準を超えてるんだってね」

「近衛兵ねえ……」

 加入条件は総合強度7000以上、単独強度2000以上だったか? 武術と魔術のどちらも一定以上の腕が求められる、というのが加入を難しくしている感はあるが、貴族領の守備隊長格であれば該当者が出るくらいの線引きである。

「自己確認」


 フェリス・クロゥレン

 武術強度:5359

 魔術強度:8021

 異能:「観察」「集中」「健康」

 称号:「クロゥレン子爵家」「魔核職人」「業魔」

 

 姉兄との戦闘や、シャロット先生の魔力運用を覚えたからか、強度が多少伸びている。

 ……というか、近衛兵って俺でもなれるな。器用貧乏な人間がなりやすい職業かもしれない。そう考えると大したことねえなあ……。

「フェリスの今の数値は?」

「お前も教えてくれるなら、強度計を使ってもいい」

「別にいいよ。強度計持ってきてくれる?」

「畏まりました」

 指示に従い、使用人が部屋を退室する。

「それなりに鍛錬は続けてたの?」

「鍛錬っていうか……狩りだな、うん。後は守備隊の訓練で只管叩きのめされていた」

「ああ、そうか。うわあ、数値伸びてるんだろうなあ。知らない間にフェリスは僕を置いて行くんだね」

「クロゥレン領だと戦えない貴族はいる意味無いんだよ……」

 とはいえ個人的に、強度は人を計る物差しとして認めてはいるが、あくまで参考程度のものと考えている。あれはあくまで人間の肉体の程度を示しているものであって、武器の良し悪しや精神的な要素を反映しないからだ。

 強度が幾ら高くても弱気な人間では勝てないし、鈍らで打ち負けることだってある。

 前世には無かった指標なので面白いとは思っても、ありがたがるほどのものではない。

「強度って、何を元にして割り出されてると思う?」

「何って……武術や魔術に秀でた人ほど、それらの強度が高く出るってだけじゃないの?」

 俺の質問が抽象的過ぎたか、ジェストは当たり前の認識を述べる。

「そういう意味ではなくてな。試したことあるか? 素手でも武器を持っていても、強度って変わらないんだよ。剣士が棍棒を持ってても、数値は同じなんだ。でも、当然に剣を持って戦った方がその人は強いはずだろう。因みに、体調の良し悪しでも数値は変わらない」

 昔からあれこれと考えてはみたものの、どれもしっくり来る結論には至らなかった。数値が平均を取っているのか最大値を取っているのかも解らない。

「神様が決めてることに疑問を差し挟むのは不遜だよ」

「そうでもないさ」

 疑問を持つことは大事だと、当の神に言われたことがあるからな。まあ厳密には神じゃなくて、権限を持っているだけの存在らしいけれど。

 ジェストは俺の言葉に溜息をつくと、僅かに唇を持ち上げた。

「教会の関係者が聞いたら目を剥くね。因みに僕は、その人が最高の機能を発揮した場合の数値が強度なんじゃないかと思ってる。だから、その人に合ったものを持った時の数値ってことだね」

 お前も考えたことがあるんじゃないか。

 言葉にはせず、笑って返す。

 ともあれ、その意見は俺も考えたことがあった。基本的にこの世界は長所を伸ばす傾向にあるので、その人が得意だと主張する武器と、実際に得意な武器とが齟齬を起こすことはあまり無いだろうが……それが正しいとすると、剣を持っている人間の強度が、実は槍を持った時の数値を示しているという可能性が出来る。

 そうなると、強度を知っている相手と戦うことがそう無いということも含めて、やはり妄信出来るような指標ではないということになるんだよな。

 正解は不明だが、一応頭の片隅に留めておこう。

「今のところ答え合わせの方法が無いから、思い付きを喋ってるだけになるのが難しいね」

「そうだなあ。まあ教会の怨敵である、研究機関の皆様が調べるだろう」

「気にしたって仕方が無いのはそうだね。……貴族社会にいるとどうしても強度を意識するけど、ぶっちゃけ僕らの立場だと過剰に強い必要って無いし」

 領地の守備隊がしっかりしているのであれば、俺達は現場に出る必要が無いからな。最低限、移動中に襲われた時に対処出来る程度のものがあれば良い。

 さて。喋っていて喉が渇いたので、お勧めのマーチェとやらをいただこう。見た目は黄色っぽい茶で、少し甘い匂いがする。

「ん……、ん? 何だコレ、ちょっと辛い?」

「そうなのです、辛いのです。要は薬湯の一種でね、体を温めて疲れを取ると言われてるんだ」

「へえー、面白いな。後でちょっともらえる?」

「構わないよ。乾燥前の葉っぱでも、粉末にしたやつでも。フェリスなら何かと混ぜて別のものを作るかな?」

「と、考えてはいる」

 だらだらと雑談を続けながら、強度計を待つ。別に待つのは良いが、妙に遅いな?

 同じ疑問を抱いたのか、ジェストが扉の向こうを気にし始める。すると、廊下の方から騒がしい足音が響いてきた。

 俺達は顔を見合わせ、眉を顰める。

「魔術で鍵かけていいか?」

「後々がもっと面倒くさくなるから……」

 家人が来客の正体を尋ねること自体は普通のことだとしても、俺のことは言わないで欲しかった。厄介なことをしてくれたものだ。

 鉈と棒を小さくして袖口に仕込むと同時、左手に魔核を三つ握り、手遊びを装う。

 大きく息を吸い、内心を落ち着ける。

「性格的にはあんまり変わってないということでいいのか?」

「良くなった部分もあれば、悪くなった部分もある」

「見込みが薄いということだけは解った」

 目を逸らしていた現実と向き合わなければならないようだ。

 あーあ。揉め事にならなければいいんだがなあ。

 今回はここまで。

 投稿ペースは維持したいのですが、今月は忙しいので遅れるかも。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘力の数値化はロマンですけど、条件が謎っていうのもわかり。 上げるために研究するのはいいことのようにも感じますが。
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