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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
25/222

上に立つ者


 先を進む貴族の後に続く。俺も相手も特に口を開くことは無く、静かに時間が過ぎていく。

 つい先程まで懸命に強がっていた哀れなバチェルの首は、今は氷に覆われた状態で貴族の手の中にある。一方こちらは、アイツが隠し持っていた金をぶら下げて、緊張しながら歩いている。

 俺は伯爵様への説明というか、証言というか、そういったものの為に彼に付き従っていた。どちらかと言うと彼の行為を正当化する為ではなく、俺が罪に問われない為に必要な措置になるのだろう。

 友人であり後輩でもある男が死んだ。ただ、原因となった名も知らぬ貴族の彼を恨む気にはならなかった。

 当然そうあるべきことが、当然のように起きた結果に過ぎない。伯爵家の方々は理不尽を強いるような性格ではないのだから、ひとまず頭を下げれば良かったのだ。

 我慢すべきことは我慢する。命が懸かっているなら尚更だ。権力に逆らうことは格好良さの証明になる訳ではない。

 バチェルは本当に、単なる無駄死にだった。そして、こんなことで他者をいちいち手にかけなければならない立場というのが、何だか気の毒に見えた。

「……なあ」

「ん? どうした?」

 ふと、気になって沈黙を破る。

「アイツを除いて、今まで、人を殺したことはあったのか?」

 軽々しく聞くことではないとは解っている。ただ、俺よりも一回りは若いであろう人間が、どういう時間を過ごして来たのか。それが知りたかった。

「ああ……あるよ。バチェル君を含めれば七人だね」

 平坦な口調で、彼は昔の殺人について説明をしてくれた。かつての相手は、領内に侵入してきた盗賊達だったらしい。確かに、それは発見次第処理しなければならないだろう。ただ、そうしなければならないとしても、殺しを好んでいる訳ではないようだ。

 俺は貴族というものをよく知らないが、彼の在り方はやけにしんどいものに思えた。

 義務と権利と責任と。

 この若さでそれを背負って歩くなんてのは、俺だったら投げ出してしまうような話だ。しかし、それから逃げないからこそ、貴族という立場でいられるのかもしれない。

「俺には貴族は無理だなあ」

「別になりたくてなった訳ではないよ?」

「そりゃあそうだろうよ」

 誰も彼もが簡単に貴族になれるはずもない。誰にだって身の丈にあった立場というものがある。結局、俺には食堂の店主が丁度良いのだ。

 そして、今後も店をやって行こうというのなら、己の潔白を証明しなければならないのだ。

「伯爵様に会うかと思うと、気が重いな」

「別に咎められたりはしないでしょ。俺も口利きくらいはするよ」

「その辺は申し訳ないが任せる。巧く喋れる気がしない」

 伯爵様にも、アキムさんにも、バチェルの家族にも――言えることなんてほとんど無い。アイツの死を穢さないような言葉を探して、俺は考え込んでしまう。


 /


 単にキレて人を殺しただけの話を、どう言い繕うべきか。そんなことを悩んでいるうちに、伯爵邸の前に着いてしまった。考えは未だにまとまっておらず、生首の入った氷塊を持て余している。とはいえ、人の家の前でこんなものを抱えたまま、うろうろしている訳にもいかない。

 重い足取りで門を潜る。頭の中で、幾つかの予想を立てる。

 単独行動については、咎められそうな気がする。伯爵家の兵と連携すべきだったことは事実だ。今回の件は、他者から見れば弱兵に過ぎない俺が、たまたま巧く事を運んだようにしか見えない。

 後はやはり、身柄を引き渡さずに相手を処断したことは指摘されるだろう。誰が殺すかが違うだけで、バチェル君の結末が変わるものではなかったのは確かだが、捕獲出来なかったのかを問われれば出来ましたとしか答えられない。

 頭に血が上って飛び出してしまった結果、伯爵家の面子を軽く潰した感がある。

「どうした? 入らないのか?」

 俺の様子を訝しんだ店主が率直な疑問を呈する。俺は唇を半分曲げて白状する。

「俺がバチェル君を罰する権限はあるんだけど、これって伯爵領で起きた犯罪だから、本来は伯爵家が処理するべきことなんだよ。文句を言われるような話ではないにせよ、まあ、良い顔はされない」

 店主は口を大きく開けて、唖然としていた。

「アンタ伯爵家より格上の貴族なのか?」

「いや、格下なんだなこれが」

「大丈夫なのかよ……」

 そこに自信が持てないという話じゃないか、そう続けようとした時、入り口からビックス様がこちらへと向かって来た。

「大丈夫ですよ、今回の件でフェリス殿を咎めるつもりはありませんから」

「お戻りでしたか」

「フェリス殿が出撃したと聞いた時点で、街の外周以外の兵は退かせましたからね。私は中心で統括という訳です」

「お手間を取らせました」

 逃がしさえしなければ、いずれは俺がバチェル君に追いつくと考えたんだな。であれば、脚に負荷をかけてまで飛ぶ必要は無かったか。一瞬だけ『交信』で知らせてくれればと考えたものの、そうなると他の面々とやり取りが出来なくなるだろうから、やはりこういう形にしか出来なかったろうと思い直す。

 最終的に俺とビックス様の目論見通りになったのだから、まあ問題はあるまい。

 少し黙っていると、不意にビックス様は俺に対し真っ直ぐ頭を下げた。急な対応に戸惑ってしまう。

「ど、どうしました?」

「本来こちらで成すべき仕事を解決していただきました。ありがとうございます」

「……いえ。罪人を裁くことは貴族の責務です。俺はそれに従っただけに過ぎません」

 むしろ、それを理由に自分の殺人を正当化しただけだ。何一つ礼を言われるようなことは無い。しかし、ビックス様は首を横に振って俺の言葉を否定する。

「ならば、貴方は我々伯爵家の人間に代わり、貴族の役目を果たしたのです。それは誇るべきことであって、引け目を感じることではありません。……本来は一番最初の段階で、私が彼に思い知らせるべきだったのです。貴族という生き物がどういうものであるかを」

 それを言うなら、ビックス様からその機会を奪ったのも俺になるはずだ。彼が無駄に手を下さないよう、勝手に動いたのは俺なのだから。

 自分だって解っているだろうに、それでもそんなことを言うのか。

 俺は相手の言葉を否定しようとして、止める。ビックス様はきっと結論を翻すことは無い。このまま行っても、お互いに奇妙な謙遜を続けるだけになるだろう。

 代わりに俺は跪き、上位者への礼儀を尽くしながら首を献上する。こちらの所作を見て、店主も慌ててそれに倣う。

「バチェル・センクの首をこちらにお持ちしました。後ろの彼は……今回の件の協力者です。あちらはアキム師の所から持ち出された金銭ですね」

「ご苦労様でした。……因みに、協力者とはどういった経緯でそんなことに?」

 一瞬後ろを盗み見る。店主は静かに頷いて俺に返した。当初の予定通り任せる、ということだろう。

 俺は辛山へ辿り着き、バチェル君を処刑するまでの流れを説明した。店主が共犯扱いされないよう、バチェル君が事実を伏せていたことも併せて念押しする。

 ビックス様は経緯を黙って聞いていたが、最後には首と金を恭しい態度で受け取った。

「店主、貴方の名は?」

「サイジェ・バルクです」

「そうですか。……サイジェ、ある意味では騙された形になる貴方を責めることはしません。むしろ、事件に協力してくれたことで、解決を早めてくれたと言っても良いでしょう。店はこのまま続けてください。後で報酬を用意するので、その時までこの地を離れることはしないように」

 そう言ってビックス様は店主の手を取り、体を引き起こした。感動に震える店主を尻目に、俺は穏便に進む状況への違和感を拭い去れずにいた。ビックス様個人の心情はさておき、家という視点で見れば、俺が称賛される要素は無かったはずだ。こんな都合の良いことがあるか?

「フェリス殿は何を気にしておられるのですか?」

 俺の不信感を察知したのか、少し笑ってビックス様は問いかける。本来ならば、上位者の裁定にやらかした側が異論を唱えるなど、あって良いことではない。こちらが有利になる形であれば猶更だ。

 しかし、俺にそれを問うのであれば、相手としても織り込み済みということだろう。

「今回の私への判断について、伯爵はご存じなのですか?」

「勿論です。そもそも、決めたのは父ですから」

 ますます解らない。評価されるほど、伯爵とやり取りをした覚えは無い。むしろやらかした案件がバレないように、接触を避けているくらいだ。

 思わず眉を顰めると、相手は表情を正す。

「『今回は伯爵家がではなく、お前が殺すべきだった。その自覚がお前には欠けていた。むしろ我々は彼に報いなければならないのだ』。……父の言葉です。独断などと気にするのであれば、何よりも私が動かなければならなかった。私は――貴方が真っ先に駆け出したと聞いて、手を緩めたのです。貴方ならば間違いなく事を済ませると思ったし、私は人を殺したことが無かったから」

 言い切って、息を吸う。

「私の甘さが、貴方に手を汚させた」

 それは、不要な懺悔だった。

 気にするまでもなく、俺の手は汚れている。そもそも、貴族として生きていればいずれ経験することだ。たまたま俺はそれが早くて、ビックス様は遅かった。それだけの話だ。

 溜息をつく。そういうことも含め、自覚的ではないということになるのだろう。

 俺は縮めて隠し持っていた、処刑用の長剣を元の大きさに戻す。飾りも無い、不格好だが只管に鋭いそれの柄を、ビックス様に向けた。

「彼の命を奪った剣です。出来は正直良くありませんが、差し上げますよ。これがビックス様の戒めとなることを祈ります」

 他者の命を奪わずに生きていけるなら、それが一番良い。だが、その道を選ばないというのなら、血に塗れることを厭うことは出来ない。

 上からの発言だが、今の彼の在り方であればこんな剣で充分だ。

 ビックス様は顔を歪めて笑い、金を放り出すと、柄を掴み取った。

「いずれ私が貴族として正しい在り方になった時は、これを仕上げてくださいますか」

「約束しましょう」

 彼は跪いて、首と剣を抱き締めた。

 今日この時、正しさを求める貴族が生まれた。遠くない未来に、彼が伯爵としてこの地を治めるだろう。

 誰も彼も立派なことだ。ままならぬ我が身を振り返り、そう思った。

 今回はこれまで。

 伯爵家編はあと1~2回で終わりかな。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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[良い点] 貴族らしい貴族の話を珍しく読めました 成人年齢が現実の我々より早いという点と貴族籍の教育と相まって精神の成熟を早めている、又はそういった社会性の世界だからこそのやりとりなのかと読めうまく設…
[良い点] とても良いやり取りでした。 双方の言いたいことはわかり、色々ままならないと言いますか。深みがとても凄かったです。
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