敵の正体
たった一人に対してどれだけの人員を放出したのか、中にはあまり兵が残っていなかった。とはいえ皆無という訳ではないため、俺は出会った敵兵をその都度壁や床に封じ込め、なるべく丁寧に痕跡を消すように努めた。死者の情報を与えない方が、相手に与える不利益は大きい。
さて……階段まで辿り着いたが、上と下、どちらから調査すべきか。
部屋に籠ったまま、まるで動かない気配が三階に一つ。これは恐らく幹部級の人間であり、尋問するなら狙い目の相手であろう。翻って地下には、何やら不審な魔力の流れがある。企みが隠れているとしたら、こちらも充分疑わしい。
価値としては同程度……なら上からにしてみようか。地下は仕掛けの詳細が解らずとも、建物ごと沈めてしまえば処理出来る。
俺は階段を駆け上がり、目当ての部屋へ飛び込む。中では神経質そうな壮年の男が書類を作っており、こちらの姿を確認すると盛大な溜息を吐いた。
「敵襲か。全く、兵達は何をしているのだ? 警笛の一つも鳴らないとは、随分と弛んでいるようだな」
「彼等なら外で遊んでるよ」
俺が窓を指差すと、男は立ち上がって外を見下ろし、悲しげな顔で煙草に火を点けた。紫煙がゆっくりと部屋に広がる。
「あれで金を貰えるとは羨ましい。真面目に働いているのが馬鹿らしくなってくるな」
「本人達は必死なんだよ。で、アンタは随分と余裕じゃないか?」
「最近腰痛が酷くてな、走ったところで逃げ切れるとは思えん。私としては現状を受け入れているだけだが……少しくらい抵抗した方が、君は満足するのかね?」
嫌味を含みつつも潔い返答に、思わず苦笑してしまう。隣室で二人、そこそこ強そうな護衛が出番を待っているというのに、男はまるで期待していないようだ。ただ……男が諦めていたとしても、護衛はこのまま黙ってはいられないだろう。
どうせ出て来る相手なら、いっそ引き摺り出すか。
奇襲されても面倒なので、俺は水弾を撃ち込んで壁を打ち砕く。すると瓦礫を踏み締めながら、若い男女の二人組が姿を現した。
「いやあ、見つかってしまいましたな。これは命令違反ではありませんよね?」
「ミンツ様、危ない時は呼ぶようにお伝えした筈ですよ。少しは我々を信用して下さい」
何やら騒がしくしつつも、二人はミンツと呼ばれた男を守れるよう前へ出る。左右の手には見覚えのある短棒を握っており、立ち姿からは自信が感じられた。武器や言動からして、恐らく彼等はヘンデンと同門の人間なのだろう。
向き合ってみると、取り回しの利く短棒は厄介な印象を受ける。とはいえヘンデンよりは圧を感じないため、流派の特徴を掴むなら今が好機か。
俺は肩の力を抜き、無造作に一歩進み出る。応じるように女が立ち塞がり、こちらへと短棒を向ける。男の方は魔術を警戒してか、ミンツを隠すように位置を変えた。
まずは壁や入口を魔術で塞ぐ――そして手招きで初手を譲る。
「来な」
「その意気や良し!」
気合の入った声と共に、女が動き出す。右、左、右、左――腕よりも手首を使った連打は、見た目以上に重く勢いがあった。関節が柔らかいのか、軌道も角度がついていて嫌らしい。手刀や掌底で短棒を払い続けるも、防具が無いため末端が徐々に痺れてくる。
よく息が続く……受けても受けても攻めが途切れない。狙いは正確だし、威力も速度も維持されたままだ。
まあ強度としては7000前後といったところか? 想定よりは上だが、圧倒される程ではない。
反撃をするべく『集中』と『観察』を起動し、相手の動きの先を読む。振り下ろしに合わせて肘を掴み、軽く極めてやると、女は武器を手放し慌てて身を引いた。
「やりますね」
「そうかい」
俺は床に落ちた短棒を拾い上げ、牽制として一度思い切り振ってみる。頑丈ではあるが、長さがいまいち性に合わない。残念ながら、以前使っていた棒の代わりにはならないようだ。
「ふむ……お前等の国は皆、この太鼓のバチみたいな武器を使ってるのか?」
「失礼な、バチではありません。これは我等ヘンデン・コダーンが誇る武器、マサーナです」
思わず漏れた疑問に対し、女は素直に答えてくれる。
しかし今、聞き捨てならないことを言われた気がするな?
「我等? ヘンデンは個人名じゃないのか?」
「ヘンデン・コダーンは我等部族の名であり、個人の名でもあります。絆を疎かにしている貴方達とは違い、我々は皆で共通の名を使っているのですよ」
ああ……これは拙いことになった。道理で手応えが無かった訳だ。もしかしたら、いやほぼ確実に、下のヘンデンは順位表に載っている奴とは別人だ。
仕込みに何十年かけたんだ? 同姓同名の人間を揃えて、個人の特定を避けるなんて方法を実行するとは。
「……相当用心深い奴が、お前の部族にはいたようだな。大変参考になったよ。ただ、そんな大事なことを敵に漏らしても良かったのか?」
「どうせ貴方はここで捕まるのだから、秘密にする意味は無いでしょう」
いや、多分拙いと思うが。
俺が首を傾げてミンツに視線を遣ると、彼は諦めたように煙草の火を消し、目を逸らした。まあヘンデンは直属の部下ではなく、外部の協力者だものな。下手な命令を出して、臍を曲げられる訳にもいかないのだろう。
我の強い奴が部隊にいると大変だ。中間管理職の悲哀が伝わり、俺はミンツに同情してしまう。
「自信があるのは結構なことだな。じゃあ、続けようか」
「武器を一本奪ったくらいで、私に勝てると思わないでください?」
女は短棒の先端をこちらに向け、強気に笑う。
男は待機のまま変わらず――交代どころか、二人がかりも選ばないと。女を信頼しているのか、それとも俺を侮っているのか……あの顔からすると後者かな。短棒を奪われたところで、不慣れな俺が扱える訳がない、という読みもありそうだ。
それもまた良いだろう。俺のやるべきことは絞られた。
ヘンデンを生かすか殺すかで迷っていたが、先程とは状況が違っている。当たりの可能性を上げるためには、籤の数を減らすのが一番手っ取り早い。
「今度はそちらからどうぞ」
「ではお言葉に甘えて」
女からの誘いに乗る。
俺は短距離転移で男の背後に回り、がら空きの頭部へと短棒を振り下ろす。まるで無抵抗のまま頭蓋を砕かれ、相手は声も上げられずに即死した。
「え?」
打撃音で女が振り返る。その動作に合わせ、俺は亡骸を相手に向かって蹴り飛ばす。
血塗れの男が迫ってきた所為で、女は武器を振るえず、動揺してしまう。
勝機。
再度の転移で女の死角へと潜り込み、短棒を持った腕へと水弾を叩き込む。衝撃で姿勢を乱した挙句、更には床に転がった遺体に躓いてしまい、女はそのまま倒れ込んだ。
複数人から情報を集めたいところではあるが、下にいたヘンデンのように反撃を受ける可能性がある。聴取はミンツから行うこととして、まずは女に止めを刺そう。
立ち上がろうとする女に地術で枷を嵌め、すぐさま麻痺毒を生成する。
「不意討ちなんて、武人として恥ずかしくないのですか! 私と一対一の勝負でしょう!?」
「いいや? こっちは最初から一対三のつもりだったんで、呆けている奴から処理したまでだ。それと、俺を武人扱いするのは止めてくれ。そんな高尚な生き物になった覚えは無い」
「正々堂々戦いなさい、卑怯者!」
武人と言われるよりも、俺にはそちらの方がずっと相応しい気がする。
遺言を粛々と受け取り、女の口元に毒を垂らす。それから男女二人を床に埋め、他の兵と同じように処理した。これでヘンデン一族との対立は決定的なものになってしまったかな。
生き残ったミンツに目を向けると、彼は疲れ切った様子で新しい煙草を咥え、火を点けようとしているところだった。どうやら懐に武器を隠しているらしく、煙草を持つ指が微かな膨らみに触れている。
「あの二人を一瞬で仕留めるか。恐ろしいものだ」
「殺したかった訳ではないが、ヘンデンが複数いるなら数を減らすしかあるまい」
「理屈としてはそうかもしれんな。しかしその選択は誤っているよ。奴等は同胞意識が強く、執念深い。逃げ切れるとは思わないことだ」
遺体の処理を目撃した所為か、ミンツは落ち着きを保ちつつも、先程より饒舌になっている。これは自分の死を恐れているというより、味方を殺した俺に対して意地を通したいのだろう。現状を打破出来ないと解っていて、これだけ強がれるのは立派だ。
「……敵対した相手の中だと、アンタが一番芯があるな。文官じゃないのか?」
「文官だよ。ただそれよりも先に、私は軍人だ。……自分一人が犠牲になるだけならまだしも、味方を巻き込んだ以上、私は君を討たねばならん」
ミンツは吸い切った煙草を床に吐き捨て、懐から手袋を取り出す。鋲や棘が付いている訳でもない、ただ拳を保護するだけの装備。最期は職務を全うするべく、体一つで勝負という訳か。
とはいえこっちは尋問をするつもりなので、やる気がまるで湧かない。
「無駄死にも辞さずか。質問に答えてくれるなら、解放するつもりだったが」
「……私はそんなに上の身分ではない。君に応えられるとは思えん」
少し気持ちが揺れたか? いや、ミンツとしてもここで突撃するより、味方を頼った方が俺を殺せる目がある。時間稼ぎをするために、会話を引き延ばしたくなったのか。
「お互い話してみなきゃ解らないことはある。折角だ、座って話そうか?」
「本気で私を見逃すつもりかね? ……君は不思議な男だな」
「必要な仕事をしているだけさ」
さて余裕が無い中で、何処まで詳細を聞き出せるか。
俺は火事にならないよう灰皿を作り、ミンツへと放った。
今回はここまで。
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