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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
新生活編

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232/232

 全ての人員との会話が終わったところで、グラガス隊長が静かに執務室の扉を叩いた。意識を巡らせれば、こちらからは見えない位置で、ジィト兄が息を潜めていると解る。

 もう帰って来たのか、早いな。

 ……しかし、一緒にいる筈のビックス様の気配が何処にも無い?

 俺が眉を跳ね上げて疑問を呈すると、グラガス隊長が伯爵に見えないよう、そっと向こうから手招きをする。

 ……聞かれたくない話かね。

 嫌な予感を抑えつつ一旦廊下へ出ると、ジィト兄がすぐさま俺の襟首を掴み、耳元に唇を寄せた。

「フェリス、ちと問題が起きた」

「どうした?」

「ビックス様だが、どうやらレイドルク兄弟の争いに巻き込まれたようでな。四肢を射抜かれて動けない状態にある」

 四肢をということは、ジェストが意図的に痛めつけたのか。殺さないようお願いしていた筈だが……いや、だからこそ、そこで止めてくれたのか? 命は取らず、しかし確実に相手の抵抗力を奪おうという意思を感じるな。

 色々言いたいことはあるにせよ、死んでいないなら取り敢えず良しとすべきか。

「何故巻き込まれたのか、経緯については?」

「情報が錯綜していて、細かい部分はよく解らんかった。ただ、二人の争いは最終的に決闘という形になったようでな。ジェスト一人に対し、ウェインは複数人で対戦に臨んだらしい。状況からして、ウェインに味方した一人がビックス様だった、ってことなんだろうな」

 上位者からの命令で断れなかったか? それとも、義憤に駆られて首を突っ込んだ? 何にせよ、ジェストはよくぞ約束を守ってくれたものだ。俺が同じ立場なら、全員まとめて殺している。

「ふむ……ビックス様の容態は?」

「意識はあるし、簡単な返事くらいなら返してくれるぞ。ただ、当然ながら治療中なんで、軽々しく面会出来る状態ではないな。母さんがいるから、いずれは治るだろうけど」

「回復を待っていられる状況ではないんだよなあ。意識があるなら、引継ぎを受けてもらいたいところだが」

 いや、引継ぎは無理でも、ここまで引き延ばしたのだから和解はしてほしい。ここの関係は綺麗にしておかないと、俺にまで悔いが残る。

 ……何故ビックス様は、決闘に参加したのだろう? その所為で、段取りが全て狂ってしまった。

 事が済んだ後でどうこう言えるものではないが、ビックス様は余所の家の問題になど関与すべきではなかった。どうしても参戦を避けられないなら、決闘開始と同時に降伏するという手段もあった筈なのに。

 無意味な負傷――それは彼自身の判断によるものだ。本人に原因がある以上、あれこれ斟酌などしていられない。

 ジィト兄は消耗した太腿を軽く叩きながら、困ったように眉を下げる。

「まあ俺も、バルガス様が生きているうちに話をしておくべきだと思う。ただ、どうなんだ? こんな状況で、まともな会話が出来るもんかね?」

「それは解らんが、俺はもうバルガス様の好きにさせると決めてるんでな。全てを包み隠さず伝えた上で、どうするか判断は委ねるよ。今から本人と話すんで、ジィト兄も同席してくれ」

 ジィト兄は少し嫌そうな顔をしたものの、必要なことと割り切ったのか、素直に執務室へ入った。バルガス様は椅子に全身を預け、気の抜けた表情で窓の外を眺めている。

「バルガス様、ビックス様のことでご報告が」

「……どうした、何かあったか」

 こちらの言葉に対し、返事が遅れている。意識が少し朦朧としてきているか? これでは話を理解出来ないかもしれない、いや、それでも全てを話すしかない。遣り取りが難しいようであれば、このまま屋敷で最期を迎えてもらおう。

 頭の中で段取りをまとめ、とにかく現状を片っ端から口にする。時折、ジィト兄が現地に行った者として説明を加える。決闘に負けてこちらに運ばれたと知った辺りで、バルガス様は何故か目を細め、唇を柔らかく緩めた。

 何も含むものの無い、素の笑いだ。

「ええと、何か面白いことでも?」

「いや……相変わらず、ビックスはいざという時に弱いと思ってな。アイツは昔から対人戦が苦手で、よく負けてべそをかいていたものだよ。懐かしい」

 まあ、あまり闘争心を感じさせない御方ではあるので、何となく想像はつく。それよりも、怪我についてまるで心配していない様子が気にかかった。

「お待たせした挙句、この状況なのでお伝えすべきか迷ったのですが……」

「気にするな。決闘で命を取られていないのだから、むしろ良い報告だよ。死んでいなければどうとでも立て直せる。いやはや……強度の割にアイツが弱いのは、本気で人と争う機会に恵まれなかった所為なんだろうなあ。果たして、私は優しい子を育てたと誇るべきだろうか? それとも、甘過ぎる後継者を育てたと嘆くべきか? 君はどう思うね」

 バルガス様の言う通り、優しいのも甘いのも事実だろう。ただ、領民と一緒に現場で汗を流せる貴族は貴重だ。周囲からも慕われているようだし、当主としての素養は間違いなく持っている。なので、俺はビックス様を支持している。

 ジィト兄も……表情からすると高評価なのかな。害獣駆除でお互い巧く付き合っているし、クロゥレン領として今後も協調していきたい、といったところか。

 とはいえ、この期に及んで俺達の評価なんてどうでも良いだろう。

「バルガス様としては、どうあってほしいんです?」

「無論、前者だよ」

 ……うん、目に光が戻ったな。

 子の是非について天秤にかけられる辺り、判断力はまだ失われていない。ビックス様の負傷については……シャロット先生と母さんを信頼しているから、という理由が大きいのか。

 思考力に問題は無い。これなら話を進められる。

「バルガス様がそう思うなら、それが事実ですよ。貴方は優しい子を育てた。領民を想い、共に歩める領主が、今後はこの地を守っていくでしょう」

「そうか、安心したよ。……連れ合いを亡くしてから、アイツをどう育てるべきか、個人的には色々と悩ましくてね。そういえば……君はお相手はどうなんだ? 年齢的にはいてもおかしくはないだろう?」

「まあおりますが、子供は出来ませんね。私に種が無いので」

「んっ? いるの?」

 話していないので当然だが、事情を知らないジィト兄が、視界の端で唖然としている。この場で説明するようなことでもないので、俺は首を振って一旦黙っているよう指示する。

 その様を見ていたバルガス様が、喉を押さえて苦しそうに笑った。

「くくっ、かはっ。旅に出ていたとはいえ、君も貴族家の一員なのだから、そういった重要なことは周囲に話しておきたまえ。ジィト殿が驚いているじゃないか」

「まあその辺はいずれ、ということで」

「おい、言ったな? 聞いたぞ?」

「いずれな」

 正直なところ、ルリやトラメについて説明するのはさておき、三人で一緒に領地へ戻るという想定はしていない。俺は今後人里から離れた場所で生きるつもりであるため、説明も本当に必要だろうか、と考えてしまう。

 ……ともあれ、俺の近況なんかで時間を使っている場合ではない。今はビックス様の件だ。

「私の話よりも、そろそろ治療院に戻りませんか? ビックス様は処置の最中かもしれませんが、会っておいた方が良いのでは?」

「いや、治療の邪魔をしたくはないな。それに、私は二人の指示に背いた訳だから、これ以上の我が侭は拒否されてしまうよ」

「この際、あの二人の感情は関係無いでしょう。何だったら治療を続けてもらいながらでも、顔くらい見れます」

 そんなことで仕事に支障を来すほど、母さんの腕は悪くない。シャロット先生としても、バルガス様とビックス様を会わせておきたいだろう。

 多分、拒否はされない。だから後は、バルガス様がどうしたいかだ。

 バルガス様は一度目を閉じ、結論に迷う。数秒の躊躇いの後、ゆっくりと震える唇が開いた。

「……そうだな。君がそこまで勧めるなら、連れて行ってもらおうか。あの馬鹿のところへ」

 ああ、表情が柔らかい――バルガス様が、人生を走り切ろうとしている。

 最期は当主としてではなく、親としての顔を選んだのだな。今までは立場がそれを許さないこともあっただろうし、望みを叶えてやらなければ。

 俺はジィト兄と目を合わせ、頷き合う。

「ジィト兄、治療院まで先行してくれ。受け入れの準備を」

「おう。任せろ」

 ジィト兄は窓枠に足を掛けると、通りへ向かって一気に跳んだ。俺はバルガス様の背中に腕を回し、椅子から引き摺り出すようにして腰を抱える。

 直に触ると、生命力の翳りがよく解るな。制限時間いっぱいまで、あと僅か。

「少し揺れますよ」

「ああ。……着いたら、起こしてくれ」

「いやいや、すぐ着きますから、起きててくださいよ」

 軽口を叩いても、返答が無い。瞼が落ちかかっている。

 いかん、ジィト兄に運んでもらうべきだったか? いよいよ限界だな。

 身体強化を全力で使い、『集中』を起動する。バルガス様に使っている術式を強化する、魔力の残存状態を管理する、姿勢を維持する――やるべきことが一気に増えた。

 負荷が増えようと知ったことか。

 俺はジィト兄に倣い、窓から飛び出す。そうして風精の権能を使い、そのまま空を滑空した。

「ほら、バルガス様。見てください、貴方が作った領地ですよ」

 木々が湿気で煌めき、立派な建物が並び、人々が笑い合っている。高みからの景色に、バルガス様は僅かに頬を緩めた。

 反応がある、まだいける、大丈夫だ。

 急げ。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
急げ急げ急げぇぇえええ! じゃないとまた苦い思い出が増えちゃうぅ
事情と居場所がわかってるなら、ジィト兄にはビックスを伯爵邸の別室に連れてきててほしかったな そして、決闘はどっちが生き残ったのか、感じとしてはジェストが勝った感じにみえるが
バルガスさん、最後の火事場の馬鹿力じゃー!
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